軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ピザが食べたい

ヴラシア平原から逃げ戻ったロナルト騎士団長とワルターが敗戦を報告すると、ルデック湾の仮設基地はハチの巣をつついたような騒ぎとなった。

「敵部隊に巨人がいる」

「でかい木に囲まれて、魔装化部隊は壊滅した」

「グレムリンだ。俺たちは、グレムリンにやられたんだよ!」

巨人族(ギガンテス) やトレント、グレムリンなどの存在は置いておくにしても、由々しき事態であった。

「不味い。コイツは不味いぞ」

多少の武器供与だけであればいざ知らず、こちらから軍事行動を起こしてしまった以上、冗談では済まされなかった。

調子に乗って多脚ゴーレムに立てたミッティア魔法王国の国旗が、問題になっていた。

「敗北など許されん!」

本国から最強の魔装化部隊を派遣してもらうしかない。

「しかし、間に合うのか……」

「帝国軍の移動速度からすれば、ギリギリ行けるでしょう」

「このようなときに、遠距離念話装置が使えんとは……」

「このようなときだからこそでは……。私はグレムリンの存在を信じます」

「11番倉庫の呪いは、深刻だな!?」

遠距離念話装置が不調なので、増援要請をするにはヴェルマン海峡を渡るしかなかった。

時間はかかるが、高速船を使えば間に合う計算だ。

何しろウスベルク帝国軍の移動速度は、観光旅行かと思うほど遅い。

領主が逃亡した所領に辺境地域から送られてきた糧食を配給しているのだから、移動速度が遅いのも当然だった。

◇◇◇◇

領都ルッカの 端(はずれ) で、ビンス老人が修繕したボロ屋に潜伏する面々は、カレーパンを食べながら情報交換を行っていた。

「情報は軍の内部で止められていますが、魔装化部隊の敗北は確かです」

マーカス・スコットが基地で入手した情報を伝えた。

「事態が事態です。箝口令が敷かれていても、じきに皆の知るところとなるでしょう」

マリーズ・レノアはマーカスの報告に頷きながら、説明を付け加えた。

「始まったな。終わりの始まりだ」

「再生の始まりだよ」

ヤニックの台詞を調停者クリスタが訂正した。

「ヴェルマン海峡は、すぐにでも封鎖できます」

斎王ドルレアックは上品な手つきでカレーパンを摘まみ、片端を千切った。

「斎王よ。慌てることはない。ミッティアの輸送艦を沈めるのは、増援がルデック湾に到着してからだ」

「分かりました。時が至るのを待ちましょう。それまでは、ビンスの手伝いに回ります」

斎王ドルレアックが、澄んだ湖のようなアイスブルーの瞳をビンス老人に向けた。

ビンス老人は虐げられた住民の救助に献身していた。

治安が最悪の場所を巡るのだから、その身辺を守る用心棒は欠かせなかった。

弱者に威圧的ではなく、それでいて腕っぷしの強い用心棒が。

斎王ドルレアックは、正にうってつけと言えた。

強くて美しい娘の噂は、領都ルッカの 貧民街(ダウンタウン) に伝播しつつあった。

斎王ドルレアックに毒を使われた悪漢たちが、目から血を垂らして倒れ伏すので、ついた徒名は血涙の人形姫。

一見すると嫋やかな黒髪の聖女は、情け容赦のない毒蛇だった。

「ありがとうございます」

ビンス老人が斎王ドルレアックに頭を下げた。

「先ずは自分が高速船でミッティアに渡ります。話は通してあります」

マーカス・スコットが口を開いた。

マーカスは何食わぬ顔で特殊工作部隊に戻り、『グウェンドリーヌ女王陛下に直接お伝えしなければならぬことがある!』と上官に告げた。

グウェンドリーヌ女王陛下のサインが入った命令書を見せて、『秘密の任務なので詳細を説明することはできない』と上官の執拗な追及を躱した。

そして高速船に便乗する権利を勝ち取った。

「ミッティア魔法王国に戻るのは、わたしとマーカスのみです。部下たちは、こちらに残します」

マリーズはクリスタとメルから託された手紙をマーカスに渡した。

「メッセンジャーの大役、自分たちが務めさせて頂きます。この命に代えても」

「マーカスよ。そうやって硬くなるんじゃない。手紙が届かないなら、それまで……。そいつは単なる嫌がらせの脅迫状だ……。命を懸ける価値なんて、ありゃしないのさ。危ないと思ったら、全て投げ捨てて逃げるんだよ」

「はい」

「それより、ミッティアの様子を見てきておくれ。必ず報告に戻るんだよ」

「畏まりました」

自分の命を大切にしろと、クリスタはマーカスの肩を叩いた。

妖艶な黒髪の美魔女に優しく諭されて、マーカスは顔を赤く染めた。

命知らずのバカは要らない。

これからは命を大切にするヤツだけが、真の仲間だ。

それこそが、妖精女王陛下の望みである。

「バスティアンの姿を見ない。ヴランゲル城への潜入を許可してもらえたら、もう少し調べられるのだが」

「ヤニック、止めておきな。あそこは危ない。おそらくバスティアンは、家臣たちにも姿を見せられなくなっているのさ」

「アンタがそう言うなら、止めておくよ。愚劣王ヨアヒムみたいのが出てきたら、俺たちじゃ対処できないからな」

「それが良いさ」

クリスタが鷹揚に頷いた。

「11番倉庫がある区画は立ち入り禁止になった。シートで囲われた中から、大量の土砂が運び出されている」

ヤニックは港湾施設の話を始めた。

「それは穴を掘っているんだ。オベリスクを撤去できなかったので、魔法研究者たちの指示に従って、工兵たちが根元を掘り返した」

マーカスが詳細を説明する。

「それで……?」

クリスタは面白そうに訊ねた。

「はい。かなり深く掘ったのですが、とうとう岩盤に突き当たりました。現在、発掘作業は頓挫しています」

「アハハハハ……。あれは撤去できないよ。愚か者どもに、邪魔などされて堪るかい!」

クリスタの声音には、隠しようのない侮蔑と怒気が含まれていた。

魂魄集積装置(スピリット・アキュムレータ) は世界を滅亡から救う、唯一無二の希望だった。

概念界と現象界を因果の楔で穿つ、強力無比な魔法術式である。

穴を掘っても、抜き取ることなどできやしない。

「安心おし。全ては順調さ」

「左様でございますか。オベリスクが無事だと伺って、胸を撫で下ろしました」

ビンス老人が晴れ晴れとした顔で、クリスタのティーカップに茶を注いだ。

「さてと……。俺たちは、引き続き破壊活動だ。領都ルッカをぶっ壊せ!」

「フォーッ。ヨーゼフ・ヘイム大尉。作戦続行ですね」

ジェナ・ハーヴェイが歓声を上げた。

「ヤニックと呼べ」

「ボス……」

「ヤニックだ!」

「もう諦めようぜ、ボス」

「そうだ、そうだ……。以前と比べたら、ジェナも随分とましになったよ。呼び方なんて、今のオレたちには大した問題じゃない」

「ちっ!」

マーティムとメルヴィルに諭され、ヤニックは舌打ちをした。

信頼していた部下たちが、ジェナの味方に付いてしまった。

もと特殊工作部隊の隊長としては、内心忸怩たるものがあった。

だけど祖国を裏切った脱走兵だから、規律について口喧しくしても通じない。

国家権力の後ろ盾を失った隊長は、ただのボスだった。

「じゃ、そう言うことで」

「世間に恥じることのない、立派な脱走兵らしく」

「行くよぉー」

「「「エイエイオーッ!!!」」」

ヤニック率いる三人組が、気炎を上げた。

悪逆非道な商人たちが蓄えた富を盗むのは、とても楽しい。

厳重に守られた金蔵を荒らし、貧しいスラムの住民に物資を再分配するのがヤニックたちの仕事だった。

◇◇◇◇

湯むきしたトマトから種を除き、ざく切りにする。

これを鍋でコトコト煮て、ハチミツ、塩、胡椒、ビネガーなどを加えていく。

細かく刻んだ玉ねぎとニンニクをオリーブオイルで炒め、トマトが入った鍋に投入する。

ローリエを入れて、爽やかな香りをつける。

「懐かしい匂い……♪」

メルは鼻をクンカクンカ鳴らして、刻まれた乾燥オレガノの香りを嗅いだ。

オレガノと言えばイタリアンだ。

トマトとオレガノ。

絶妙の組み合わせである。

鍋にパラパラとオレガノを散らす。

何を作っているのかと言えば、ピザソースだ。

花丸ポイントの振り分けを諦めたメルは、PCモニターから現実に舞い戻った。

するとお腹が減っていた。

ペコペコだ。

何か食べたいのだが、カレーの気分ではなかった。

クイッと眼鏡を直すと、すぐさま食べたいものが頭に閃いた。

ピザだ!

何がなんでもピザが食べたい。

メルは拘りのエルフだ。

ただの食いしん坊ではなかった。

だから、お腹が空いているのにピザソースから作り始めた。

先は長い。

お腹が鳴くし、ヨダレも垂れてくるのだが、ここは初志貫徹だ。

「こなくそ!」

エルフさんの厨房に、メルの声が響く。

メルにとってピザと言えば、クリスピーである。

パリッとした歯ごたえの、薄いパイ生地。

薄力粉に適量の塩と水、オリーブオイルを加えて捏ねる。

発酵させないので、イーストは使用しない。

コネコネ、コネコネ、捏ねる。

充分に捏ねたら生地を休ませるために、布巾を被せて暫し寝かす。

「んんっ。ふぁーっ。おはようございます。これは何の匂いでしょう?」

「おはよう、マルー」

ピザソースの匂いにつられて、マルグリットが起きてきた。

今朝も完璧な 縦ロール(ドリル) だ。

「メルお姉さま。それは何ですか……?大きな白い塊」

「ピザです。正しくは、ピザの生地です」

「ぴざ……?」

暗黒時代に滅亡した食文化は多い。

そうした中には、ピザのような料理もあっただろう。

だけどメルが口にしたピザと言う名は、前世記憶にある料理名だ。

千三百年を生きたマルグリットであろうと、ピザで通じるはずがなかった。

「マルーも、同じような料理を食ったことがあるやも知れん。この生地を薄く伸ばして、色々な具を載せて焼く」

「そうですか……?」

鮮血の狂女マルグリット(千三百才)が、真っ赤な鍋を覗き込んだ。

美味しそうな匂いは、そこから漂って来る。

好奇心が疼く。

「フムフム……。どのような味がするのでしょう?」

スプーンを手にした。

「アカァーン!」

「ひっ!」

「マルー。摘まみ食いをしたら、張り倒します。ピザも上げません」

「…………ねっ、姉さま」

メルは 小鬼(ゴブリン) の形相である。

お姉さんエルフが、妹エルフを睨みつける。

厨房に立つ頑固シェフは、小さな幼児にも情け容赦がなかった。

鮮血の狂女マルグリット(千三百才)は、泣きっ面になってスプーンを手放した。

忌々しい戦争シミュレーションを投げ出したメルが、久しぶりに本気で取り組む料理なのだ。

完成するまでは、そっとしておくのが無難だった。

メルは眼鏡をクイッと直し、ピザに載せる具材の準備に取り掛かった。