軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メルの達人

何年もの間、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵との決着が先延ばしにされてきたのは、 魂魄集積装置(スピリット・アキュムレータ) の開発に手こずったからだ。

リィンカーネーション・システムを再起動させる計画は、概念界にとって世界樹の再生につぐ重大事だった。

そして、それらの条件が整いながらも未だにメルが動こうとしなかったのは、新型ゴーレムでミッティア魔法王国の魔導甲冑を蹴散らしたいと夢見ていたからである。

「わらしのデビュタントが…」

巨大ロボットに乗って、華々しく戦場デビューしようとの目論見は、 愛豚(あいとん) トンキーの乱によって潰えた。

でっかいロボットで無双する妖精女王陛下の活躍場面は、シナリオからカットだ。

兄の和樹に自慢できるシーンが消えた。

「 萎(な) えるわぁー」

個人的なモチベーションを失ったメルは、公的なモチベーションに従って行動するしかなくなった。

妖精女王陛下は、虐げられている妖精たちの復権を目指すのだ。

「わらし…。義務って言葉が、大嫌いヨ!」

責任とかペナルティーも、嫌いだった。

大嫌いな義務を果たさなければ、その先に責任とペナルティーが待ち構えている。

「しかし、わらしは妖精女王陛下デス。やるときは、ガツンとやらねば示しがつきません」

戦争は祭祀である。

新生ユグドラシル王国の礎を築くために、人々の魂を贄に捧げる特別な儀式だ。

「おまつりは、ドーンと仰々しくやらなアカン!」

その場にいた者たちが永遠に忘れられないような、印象深い演出を用意しておかねばならない。

もっとも、そちらに関してはメルの都合などお構いなく、ユグドラシル王国の方で準備を整えていた。

メルが拘っていた巨大ロボットは、最初から 演目(プログラム) に含まれていない。

ユグドラシル王国儀典局は、祭祀のために 巨人族(ギガンテス) を復活させた。

聖地グラナックでは、 巨人(ギガース) たちが自分たちの出番を心待ちにしている。

これに伴い、 巨人族(ギガンテス) を任意の場所へ移動させる巨大な転移門が必要となった。

ユグドラシル王国の要請を受けたメルは、無人の荒野で 門番の精霊(ゲートキーパーズ) をリ・クリエイトした。

門番の精霊(ゲートキーパーズ) は暗黒時代の到来と共に失われた、太古の精霊である。

何本もの精霊樹を素材として生み出される、異界ゲートの管理者なのだ。

その見栄えときたら…。

「カッケェー。巨大ロボ、負けとるわ…」

天から降り注ぐ光の柱に巨大な扉が出現し、その両脇には二体の 鬼人(オーガ) が立哨していた。

使い込まれた革の甲冑を装備した 鬼人(オーガ) は、まるで地獄の門を守る番人だった。

塗装されたメタルフィギアも吃驚の重量感で、メルが目を合わせるのを躊躇うほどのド迫力である。

「アニメじゃない」

門番の精霊(ゲートキーパーズ) と比較したら、メルがデザインした巨大ロボットは玩具のようだ。

それなりに洗練はされているが、武威を感じさせないプラスチックモデル。

メルは 鬼人(オーガ) たちが放つ暴力の気配に、動揺を禁じ得なかった。

鬼人(オーガ) の圧倒的な存在感は、戦場にまき散らされる死を想起させた。

咽るような血の匂いと、地べたに転がる無数の 躯(むくろ) だ。

「怖いわぁー。ちびるわぁー。こんなん、小さな子に見せられん!」

門番の精霊(ゲートキーパーズ) には、モザイク処理が必要だった。

毒を食らわば皿までの意気込みで聖地グラナックを訪れてみると、そこでは 門番の精霊(ゲートキーパーズ) に勝るとも劣らない凶悪な面構えの 巨人(ギガース) たちが、楽しそうに投擲の練習をしていた。

「ふわぁーっ!」

信じられないほど大きな岩が弧を描き、ズシーンと地面にめり込む。

それはもう、非常識を絵に描いたような光景である。

「やばい。バスティアン、終わったわ」

メルが遠い目になった。

巨人族(ギガンテス) と魔導甲冑の闘いは、鍛え上げたプロ選手チームと幼児チームでアメフトの試合をするようなものだ。

やるまえから結果は見えている。

「地獄か…」

黄泉送りの祭祀である。

祭が始まれば、多くの命がすり潰される。

「はぁーっ。切ないのぉー」

前哨戦が行われる場所も、とっくに決まっていた。

「ヴラシア平原」

そこが合戦の予定地だった。

「陛下…。なんとも頼もしい、戦士たちではありませぬか」

巨人族(ギガンテス) の訓練場所にメルを案内した一の姫が、うっとりとした様子で呟いた。

「うむっ…」

「あの盛り上がった筋肉をご覧ください。キュッとしまったお尻のラインが、キュートなこと…」

「あのなぁー。わらし…。ユーディット姫に、お願いがあります」

「なんでしょうか…?」

「フルチンは、あきまへん。あいつらに、パンツを穿かせたって…!」

そこは譲れないメルだった。

◇◇◇◇

エーベルヴァイン城を訪れたメルは、自分で張った結界に 解(ほつ) れがないか指さし確認をしてまわる。

邪悪な心を持つ侵入者たちから大切な精霊樹や魔法学校を隠すために構築した、オリジナルの結界である。

「おはよう、メル」

「あっ、 婆(ばば) さま。おはぁー」

「この姿のときに、婆さまは止めておくれよ」

「クリスタ…?」

「そうそう、それでいい」

黒髪の美魔女を捕まえて、婆さまはない。

だけどメルの中で、クリスタは婆さまだった。

「ぱぁーぱが、帰って来よった」

「フレッドかい。冒険者ギルドの再建で、大忙しだったからね。たんと労っておやり」

「甘ったれたことぬかしよるで、頭突きを食らわしたった」

「はぁーっ。オマエさんの話を聞くと、フレッドが不憫でならないよ」

「まぁーまに慰められて、鼻の下を伸ばしよるモン。わらしの頭突きは、ご褒美じゃ!」

フレッドにオネショをばらされた恨みは、今も消えていない。

オネショ防止のネコさんナイトキャップは、擦り切れて破れるたびに買い直し、とうとう十六代目を迎えた。

幼児退行のバッドステータスが消える気配は、微塵もなかった。

「そうなると、またメルに弟か妹が出来そうだね」

「大歓迎じゃ…。どうせなら、双子とか三つ子がエエで…」

「そりゃ、アビーが大変だ」

「はい。まぁーまは、とっても不器用さんです。せやから赤ちゃんの世話を持て余して、ひとりくらいなら分けてくれるやろ?」

「……メル。赤ちゃんが欲しいからって、変な魔法を使うんじゃないよ!」

「ワラシ、ソンナ魔法ハ知ランヨ」

「いいかい。絶対に、やっちゃダメだからね!」

「イヤだなぁー。まだコッコさんで、排卵誘発の実験をしているだけ…。イギャァー!?」

クリスタはメルの頬っぺたを思い切り抓った。

「おやおや、メルさん。朝から、お仕置きをされているのですか?」

「なぁ、アーロン…。婆さまに言うたって…。まだ犯してもいない罪で、罰せられるのはおかしい」

メルが赤く腫れた頬を手で擦りながら訴えた。

「まったく精霊の子ってのは、目を離すと何をしでかすか分かったもんじゃない!」

「わらし、やっとらんモン」

「やってからじゃ、手遅れでしょ…!」

エーベルヴァイン城の敷地内で、ここだけエルフ密度が異様に高い。

「まあまあ…。ウィルヘルム皇帝陛下や将軍さまたちも、首を長くしてお待ちかねですから…。会議室にて、今後の方針をお聞かせください」

「将軍さまって、あの偏屈な爺さんたち…?」

「帝国軍を指揮されているプライドの高い方たちですから、ちょっとだけ手加減して上げてください」

「まぁ、無視するから構わんヨォー」

「そんなことを仰らずに…」

「わらし、質問は受け付けません。説明もしません。伝えることだけ伝えたら、帰ります」

「えぇぇーっ。そんなぁー!?」

アーロンが悲痛な声を漏らした。

「だって、説明したところで爺どもには通じんデショ。ぐちぐち、ぐちぐちと文句ばっかし…。ほんなら地下迷宮に入って、 悪魔王子(デーモンプリンス) に揉まれてきたらエエねん。五、六回、殺されて、自分らの弱さを思い知るとよいのデス。なんなら、わらしが首を絞めてやろうか!」

「いやいや…。地下迷宮は、立ち入り禁止区域ですから…。あとメルさんは、お淑やかであるべきだと思います」

アーロンは激しく首を横に振った。

「もう地下迷宮に 屍呪之王(しじゅのおう) は居ない。あそこが立ち入り禁止になっているのは、それをミッティアに隠しておきたかったからさ」

「そうです…。メルさん、クリスタさまの仰る通りですよ」

「だけど、ここにきて状況は変わった」

「へっ?」

「祭祀の準備は整い、獲物を仕留める段階に移った。ミッティアの密偵から地下迷宮を隠す意味など、無くなったんだよ…。アーロン、ウィルヘルムに許可を出させな。この件では、あたしもメルに大賛成だ。帝国騎士団の上に、融通の利かない将軍職なんて必要ないからね。あんな奴らは、とっとと引退すべき老害だよ」

「あわわわわっ…。老害だなんて、あの人たちには絶対に言わないでくださいね」

「あたしゃ、約束できないね」

「チッ。熟成期間が千年を超える、頑固者だよ」

「わらしが考えるに…。モルゲンシュテルン侯爵家とミッティア魔法王国の混成軍を潰すんは、帝国でなくとも構わんデショ。なんか面倒やし。ユグドラシル王国だけで、行こか!」

メルが胸元で腕組みをし、言い放った。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね」

「どうしたね、アーロン?」

「クリスタさま…。このままでは、ウスベルク帝国の面目が丸潰れです。ひとっ走りして、ウィルヘルム皇帝陛下とフーベルト宰相に判断を仰ぎます」

この後、予定されていた作戦会議は、即座に中止された。

「帝国騎士団が陣をしくのは、ヴラシア平原な…」

「ふむふむ」

「そこで両軍が衝突します」

メルは天使の間に用意されていたお菓子の家を眺めながら、ウィルヘルム皇帝陛下に語って聞かせた。

天使の間は、メルを接待するためにウィルヘルム皇帝陛下が用意させた部屋だ。

「敵の魔導甲冑は、クヌート湿地帯を踏破できるようになったのですな」

「うん…。バスティアンは新型ゴーレムで魔導甲冑を運んでくるけど、なんも心配いらんで…。帝都まで攻め上ることはできぬ。わらしが許しません」

「我が帝国騎士団にとって、魔導甲冑は難敵です。お恥ずかしい話ですが、ちと歯が立ちませぬ」

「あーたらは、合図があるまで見てるだけでエエよ」

お菓子の家からアイシングされたクッキーの屋根瓦を毟り取り、モグモグする。

「そやつらは、メルさまが片付けて下さるのですか?」

「はい。わらし、ちっさいけど強いですから」

「もちろん、存じ上げておりますぞ」

ウィルヘルム皇帝陛下が笑顔で肯定した。

「けどなぁー。帝国騎士団は恰好よいデス」

「これは、ありがとうございます。メルさまにお褒め頂いて、騎士たちも嘸かし喜ぶことでしょう」

「平原に騎馬を並べると、雄々しくて見栄えがヨロシイ」

「まったく、その通りですな」

「わらし、平原では草に埋もれてしまいます」

「アハハ…!メルさまの御威光は、草むらに埋もれたりしませぬぞ」

「そうかのぉー」

メルが可愛らしく小首を傾げた。

「磨き上げたミスリルの如く、輝いておりますから…。キラキラと」

「おまぁー。上手いこと言うのぉー」

「わっはははは…」

「ブハハハッ」

メルとウィルヘルム皇帝陛下の笑い声が、天使の間に響いた。

古くから、習うより慣れろと言うが…。

ウィルヘルム皇帝陛下は、すっかりメルのご機嫌取りが巧くなっていた。