作品タイトル不明
エルフの郵便屋さん
「お弁当と水筒は持った…?ハンカチもある…?」
「うん」
「ねぇ、本当に行くの…?」
「何事も、スジを通さねばならんのデス!」
メルは精霊樹の二階で、姿見を覗き込んだ。
ヘアースタイルはバッチリ。
頭の左右にピンと突きだした三つ編みは、ラヴィニア姫にしてもらった。
自分ではできないし、アビーに頼むと詮索されるから…。
今日は、秘密のお出かけだ。
森の魔女さまに、オツカイを頼まれた。
クリスタからの依頼で帝都の冒険者ギルドに、手紙を届けなければいけない。
ギルドマスターのグレゴール・シュタインベルクさんを見つけて、封筒を手渡す。
それから魔法学校の生徒(遊民たち)を虐めた冒険者どもに、ガツンと宣戦布告だ。
クリスタとアーロンが計画した帝都奪還作戦は、タイムスケジュール通りに進行中である。
妖精女王陛下は遊撃隊を率いて、死角から敵の陣営を引っ掻きまわす。
戦闘能力を持つ子供は、レーダーで捉えることが出来ないステルス機だ。
大人たちには、子供が盤上の駒に見えない。
「メルちゃん、その格好で行くの…?」
「うん。カチコミじゃけー、気合入れんとな」
「ふーむ。気合とか言われてもなぁー」
「どや、冒険者らしいデショ?」
「良く分かんない」
ラヴィニア姫は、身体を傾けてメルの装いを眺めた。
「奇妙…?」
「なわけ、あるかい!」
「バルガスさんと、ぜんぜん違うし…」
「はぁー?ええですかぁー。わらし、ボォーケン野郎一番星デス。わらしこそが、シンの冒険者と申せましょう。なぁーんも、間違っておらんヨォー」
衣装はリボンタイの付いた白いシャツに、サスペンダー付きの王子パンツとニーハイソックス。
リボンタイと王子パンツは渋いワインレッドだ。
ニーハイソックスは格子縞。
足元は、黒いドカ靴で固めた。
「雰囲気あるわぁー。イカした冒険者やね」
メルはチョッキの胸元に、冒険者バッジを飾った。
五芒星を馬蹄で囲んだ、一番星の勲章だ。
(ふむっ、完璧だ。一分の隙もなし…!)
そう思うのは、脳ミソが異世界アニメなメルだけ。
「そもそも、メルちゃんが冒険者とか…。ムリだと思う」
「どこがぁー?」
「背丈…?そのぉー、お子さまなフォルム」
「ほっといて欲しいわぁー」
冒険者に年齢制限は設けられていないけれど、常識がある。
ちみっ子は、受付で登録して貰えない。
メルを相手にする方が、おかしい。
だが、それでいいのだ。
挑発して冒険者たちを怒らせ、抗争状態に持っていくのが狙いだから。
「何しろ、相手は頭の固いオッサンらだもん。身だしなみは、それらしゅーせんと…。女子やと舐められるんは、えろぉー腹立つけぇー」
「その格好なら、オッサンたちに舐められないの…?」
「ワンピースより、ええデショ!」
メルが胸を張って言い放った。
十歳になっても、スカート嫌いは直らない。
TS少女の宿命である。
「ワンピースの方が、百万倍マシだよ(小声)」
ラヴィニア姫が、ボソッと呟いた。
「んっ。なんか言うたぁー?」
「んんん。なんにも…」
「……そっ」
エルフの耳は地獄耳。
だけど、ハッキリと聞こえていても、その意味を追及できないことはある。
装いに関する意見の相違は、仕方がない。
この程度は、許容範囲内だった。
だって、仲良しさんだもの。
(自分の趣味を強要するのは、良くありません。互いに譲り合う気持ちが、大切です)
この世には白黒をつける必要がないことだって、沢山あるのだ。
『カブト虫とクワガタは、どっちが格好よいか?』とか…。
(どちらもキショイ虫じゃないか。そんなもん、どっちでもいいよ!)
何より、言い争うと負けそうなので、追及はしない。
フレッドとアビーだって、ラヴィニア姫の味方をするだろう。
「うん、空耳やね」
メルは気を取り直した。
肩から下げたポシェットは、お気に入りのミケネコさんだ。
メルがポシェットをポンと叩く。
「おっし。行くどぉー!」
「気をつけてね」
「えっ、一緒に行かんの…?」
「ケンカは苦手かな…」
「そう…」
実を言うと…。
メルの王子パンツがオムツに見えて仕方ない、ラヴィニア姫であった。
そんなメルと帝都ウルリッヒを歩くのは、非常に恥ずかしい。
おかしな格好は、メジエール村と魔法学校だけにして欲しかった。
都会でカボチャ見せパンは、ない。
ウスベルク帝国に、そんな風俗はなかった。
「ラビーは冒険者ギルドの外で待っとっても、エエんやで…。それでも、一緒に行かんの…?」
「うん」
ラヴィニア姫に拒否られたメルは、悲しそうな顔で異界ゲートをくぐった。
◇◇◇◇
身内に知られるとフレッドに連絡がいくので、メルは慎重だった。
フレッドとアビーは、メルに危険なことをさせたがらない。
(二人に知られたら、冒険者ギルドの乗っ取りなんて許してもらえない!)
自分の娘に、ヤクザの抗争みたいな真似をさせたがる親は居ない。
悪魔王子(デーモンプリンス) や三の姫に挨拶をしたメルは、カメラマンの精霊にバルガスたちの訓練状況を見せてもらった。
「難易度レベル4…?頑張っとるのぉー」
「失敗しても死にませんからね。ミスから学んで成長しています」
「連中に会わんで、冒険者ギルドの近くまで行きたいんですけど…」
「おかぁたま…。メジエール村の冒険者たちを避けて行くと、かなり遠回りになりますよ」
カメラマンの精霊は、メルにすり寄りながら言った。
「はぁー。こっちの通路は、訓練で使用中やね。んでもって、あっちにはヤニックとジェナがおる」
「そう言うことなら、彼らを横道に誘導して足止めしましょう」
「そうしてもらえると助かるわぁー。遠回りは、好かん」
「ふっ。俺にお任せください、妖精女王陛下」
悪魔王子(デーモンプリンス) はメルが使用したい通路から、訓練中の冒険者を移動させた。
「うぎゃぁー!」
「ひぃぃぃーっ。やめてくれぇー!」
「キャァー!」
あちらこちらのモニターから、悲鳴が聞こえてきた。
モンスターやトラップを使っての強制移動だ。
ひどい話である。
「通路を確保しました」
「うむっ。ご苦労!」
メルは冒険者ギルドへの最短距離を走破し、立坑の梯子を登った。
地下迷宮を抜けて地上へ出ると、牡丹雪が降っていた。
「道路が、グチャグチャやん…」
水っぽい雪は厄介だ。
汚らしくて不愉快な気持ちになる。
それでも、頑張って用事を終わらせなければいけない。
「粉雪が積もるのも敵わんけど、灰色のべちょべちょはバッチイのぉー」
ぐしゃぐしゃと足音を立てながら、冒険者ギルドの建物を目指す。
『カラカラカラカラ…。ビシャ!!』
「うおっ!」
馬車が冷たい泥水を跳ね散らかして、メルの横を通り過ぎた。
「フゥー。ラビーさんを連れてなくて良かったわ」
この天気だと、デートどころの騒ぎではない。
外で待っていてもらうとか、あり得ない話だった。
「メジエール村は、晴れてたのに…」
雪は積もっていたが、晴天だった。
だが、帝都ウルリッヒは遠い。
正確には他国である。
カメラマンの精霊に確認しなかったメルの、手落ちだ。
おめかしをして来たのに、気分は最悪。
どんよりとした顔で、冒険者ギルドの扉を押す。
冒険者ギルドのフロアは、薪ストーブの熱気と喧騒に満ちていた。
昼間から酒を飲み、カードゲームに興じる男たちの姿。
一見して、場末の飲み屋と何も変わらない。
腐敗した帝都ウルリッヒで、冒険者ギルドは悪党どものたまり場になっていた。
ここに居るのはミッティア魔法王国の工作員から小遣いを貰い、悪の限りを尽くすクズばかりだ。
壁に貼り付けられた依頼書は、パラパラだ。
数が少ないだけでなく、どれも古びて黄ばんでいる。
「何年もまえの依頼だ…」
メルは依頼書を見て、呆れかえった。
目つきの悪い男たちが、メルに視線を向ける。
「なんだありゃ…?」
「こりゃまた、場違いなチビが迷い込んできやがった」
「おいおい、耳がでかいぞ。エルフのガキじゃねぇの…?」
「珍しい。取っ捕まえて、売っ払うか…?」
こそこそと物騒な話をしている。
ならず者たちは、奴隷売買が法律で禁止されていても気にしない。
ここには冒険者なんて居ない。
どいつもこいつも、犯罪者だった。
「坊主、何しに来たんだ?!」
「ここはよぉー。冒険者ギルドだぜ!」
「小父ちゃんたちが、遊んでやろうか…?」
「おまえら、止めねぇか!」
酒瓶を手にした赤ら顔の男が、受付カウンターの奥で怒声を上げた。
「ここは俺の職場だ。子どもに手を出した野郎は、ぶち殺す」
冒険者ギルドのフロアが、シンと静かになった。
男はメルに近づいて、 屈(かが) んだ。
「こんなところに来てはいけない。ここはダメな場所だ。すぐに帰りなさい。そして二度と立ち寄ってはならない」
男の息は、酒臭かった。
メルが鼻にシワを寄せた。
(ダメ人間どもの親玉か…?)
だがそれは、ただの見せかけに過ぎなかった。
男の魂は、少しも穢れていない。
その瞳には、意志の力が宿っていた。
「アータは…?」
「俺か…?俺は冒険者ギルドの統括責任者、グレゴール・シュタインベルクだ」
「ほぉー。青灰色の瞳に、口元の傷。さてはアータ、グレゴール・シュタインベルクさんですね」
「だからよぉー。そうだと言っているだろ…。おやっ…。キミは俺のことを知ってるのかい?」
「アータに、ご用事よ」
メルはポシェットから手紙を取り出した。
小さなエルフの郵便屋さんだ。
ひとつめの任務は完了した。
「くっ…。調停者さまの密書か…。こんな場所で、大切な手紙を渡すんじゃねぇよ(小声)」
「ふっ。やむなし」
「キミは調停者さまの弟子か…?」
「弟子ちゃうよぉー。わらし、特使さまよ。ウスベルク帝国に於ける正式な身分は、ユグドラシル王国より派遣された特命全権大使デス…」
「はぁっ…。ゆぐどらしる王国だと…?!」
これより帝都ウルリッヒ浄化作戦を開始する。
アーロンとフーベルト宰相が、メルの意見を取り入れて練り上げた計画だ。
帝都ウルリッヒ浄化作戦は、我儘エルフの挑発行為から始まる。
思い切り息を吸ってぇー。
はい、吐いてェー。
もう一度、吸ってェー。
大声で叫ぶ。
「なんじゃ、なんじゃ…。このギルドは…。ヨボヨボの爺ばかり集めて、何が出来るんかノォー。こんなカスしかおらん冒険者ギルドには、ワンコの散歩も任されんわ!」
「ええーっ?!」
驚くグレゴールを置いてきぼりにして、メルは近くに置いてあったゴミ箱を冒険者たちに投げつけた。
「うわっ!」
「ゴラァー!!」
「どういうことだ、コノ野郎!」
テーブルに置いてあった酒瓶は倒れ、カードとゴミが飛び散る。
賭け金が、チャリンチャリンと床に転がった。
「ちっきしょぉー。何しやがる!!」
「このガキ、舐めんじゃねぇぞ!」
「ぶっ殺せ!」
冒険者たちは一斉に立ち上がり、脱兎のごとく逃げ出したメルの後を追った。
「おい。ヤメロ、止めるんだ。よせェー!」
「うるせぇ!」
「ギルマスは、すっこんでろ!」
「腰抜けは、邪魔すんじゃねぇよ」
グレゴールの制止を振り切って、ならず者たちは大通りへと躍り出た。
「いた。あっちだ」
「逃がさねえぞ。追いかけろ!」
「チビのドタマをカチ割ってやれ」
「はぁはぁ…」
グチャグチャの雪道をメルは走る。
背後から駆け寄ってきた冒険者の一人が、追い越しざまに 戦鎚(ウォーハンマー) を振り下ろした。
「ぎゃふん!」
灰色の汚らしい路面に、メルの身体が転がる。
三つ編みが揺れる頭から、ピューッと血が噴きだした。
雪の日に、紅い花が咲いた。
「いただき。俺さまの獲物だぜ」
「素晴らしいスイングだ。お見事…!」
コブシを突き合わせる、ならず者たち。
「ちっ。攫って売った方が、良かったんじゃねぇか?」
「いいや。最近、奴隷売買は稼ぎよりリスクの方がでかい。不景気なんだよ」
「いいから、無駄口を叩かずに走れ!」
「モタモタしてっと、警邏隊に捕まっちまうぞ!」
「ヒャッハァー!」
小さな少女をハンマーで殴り倒し、上機嫌な酔っ払いども。
この連中に、遊民保護区域で暮らしていた孤児たちが、何人も殺された。
ベルゼブブ(子機)たちが、男たちの後を追って行った。
〈こちらオリジン…。探査機X07号、そちらの首尾はドウカ…?〉
〈ピピピピピピ…。特使襲撃の一部始終を録画シマシタ…。これより地下迷宮のコントロールセンターに、転送シマス〉
〈データーを受信シタ。第一ミッション終了。第一ミッション終了…。引き続き、冒険者どもの監視を徹底セヨ〉
〈了解…。子機による追跡を続行シマス〉
カメラマンの精霊と探査機X07号の間で、念話による通信が行われた。
これで冒険者たちは、ユグドラシル王国からの特使を襲った指名手配犯となる。
ウスベルク帝国の高位貴族たちも、国際問題となれば文句を言えない。
腐った患部に、帝国諜報機関のメスが入る。
フーベルト宰相が、手ぐすねを引いて待っている。
帝都ウルリッヒの救護隊が、近隣住民の通報を受けて駆け付けた。
「なんて 惨(むご) い…」
「頭から血が出ているぞ」
「馬車から、毛布を持ってこい」
「そっと、運ぶんだ」
「かわいそうに…」
延々と待たされて、マジで可哀想だった。
たとえ無病息災でも、雪道でびしょぬれは厳しい。
気絶した振りは楽じゃなかった。
(僕は、何を考えていたんだ…?こんな状況で、ラビーとイチャイチャはあり得ないデショ!)
よくよく考えてみると、ラヴィニア姫とのデートは無理だった。
何のために着飾ってきたのか、今となっては分からない。
『帝都でデート』と思いついたとき、ちょっと浮かれてしまったのだろう。
(殴られ役なのに、気合を入れてお洒落するとか…。ホント、馬鹿じゃないの…)
ラヴィニア姫に笑われてしまう。
めっちゃ、恥ずかしかった。