軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

試食会

メルとラヴィニア姫がハルフォーン山脈へ出かけている間に、エルフたちの引っ越しは完了していた。

一家の引っ越しと違い、エルフ族の引っ越しである。

民族大移動で、それはもう大変な騒ぎだった。

恵みの森では幼児ーズが案内人となり、トンキーまで荷物運びに駆り出されていた。

仕事半ばでクリスタからの緊急連絡を受け、メルとラヴィニア姫はドワーフたちが暮らす集落へと飛んだわけだが、そこで予定より多くの日数を取られた。

まあ、メジエール村に帰ってみたら、全てが終わっていたわけである。

ついでとばかりに、メルは冒険者たちを 新兵訓練施設(ブートキャンプ) に放り込んだ。

気合の入った戦士を養成するための、訓練所だ。

難易度S級のダンジョンで、本気のサバイバルをしてもらう。

ならず者たちの性根を叩きなおすには、丁度良い。

現在ドワーフ族の長ドゥーゲルは、タルブ川の 畔(ほとり) に魔鉱石の製錬所を建設中だった。

メジエール村の大工や技術者、職人たちなども、一緒に働いていた。

ドワーフが錬金炉を造っているのだ。

何のことはない、文句を吐いていたゲラルト親方が、真っ先に協力を申し出た。

後はもう我も我もで、人手に関しては声をかける必要さえなかった。

職人や魔法研究者たちは、常に自分たちが知らない技術や知識を求めている。

(さぼっていても平気なのは、帝都の魔法博士たちだけだよ。あいつらって、博士とは名前ばかりの『お役人』ですから…。まあ…。ニキアスやドミトリみたいになられても、困るんだけどね!)

力を得ても、威張ったりひけらかしたりしない。

それは殊のほか難しい。

強くなれば威張り散らすのが、人の 性(サガ) である。

だから幼児ーズは偉かった。

というか、すでに幼児期から賢者だった。

どことなく老成した、子ども賢者だ。

リーダーのタリサが、 他人(ヒト) からマウントされるのを嫌がったので、そもそもの最初からマウント行為は問題視されていた。

仲間内でマウントしたりされたりしながら、『オマエ、今やったデショ!』、『アンタ、ムカつくぅー!』とか激しく罵り合い、すっかり角が取れて丸くなった。

発散は大事である。

もう疲れて動けなくなるほど暴れまくれば、放っておいても静かになる。

賢者タイムだ。

ケンカのあとは、知恵を絞って反省会。

そして、仲直りのチュー。

毎日毎日、こんなことを繰り返していれば、賢くもなる。

ましてや子供である。

幼児ーズの学習速度は早かった。

エルフ族の引っ越しに際して…。

賢い幼児ーズは、斎王ドルレアックから名誉エルフ族の地位をもぎ取り、精霊の弓矢を与えられた。

調停者クリスタからは、 妖精犬(バーゲスト) ロルフと遊ぶ権利に加えて便利な魔法具を貰った。

そのうえでメジエール村のファブリス村長宅を襲撃し、労働対価としてお小遣いをせしめた。

そして今、メルのまえに居る。

タリサとティナとダヴィ坊やに、ラヴィニア姫がくっついて並んでいる。

ラヴィニア姫の表情が暗い。

タリサの強引な取り立てに付き合わされて、かなり恥ずかしい思いをしたのだろう。

おそらく多分、タリサが強権発動して幼児ーズのメンバーを連れ回したのだ。

大勢で 強請(ねだ) れば、相手は圧倒されて褒美をケチれなくなる。

なかなかに計算高い。

「あんた。あたしたちは、仕事をしてクタクタなの…。メルの分も、ご褒美を貰ってきて上げたんだからね。何か美味しいものでも、食べさせなさいよ!」

リーダー気取りでタリサが言い放った。

「アータら、そろそろ来ると思っていました」

「そう…」

「準備はできとぉーよ」

出会った頃から、タリサの嗅覚は半端ない。

当人には自覚がないらしく、追及しても偶然だと言い張る。

だけど、ここぞと言うときにタリサは居る。

スペシャル料理の食べ逃しはない。

奇跡のラッキーガールなのだ。

その点のみでも、幼児ーズのリーダーに相応しい。

グループに利益をもたらすリーダーは尊い。

何なら組織のトップに求められる資質は、ツキの良さだけだと言ってよい。

(なんだろぉー?この運命を感じさせる、引きの強さは…。ジャストタイミングとか、あり得ないんですけど)

そんなタリサなので、すき焼きに参加しない訳がなかった。

『さて食べようかな…!』と思った途端に現れた。

「招待不要のオンナ…」

「なんか言った?」

「いいえ」

こうしてすき焼きの試食会は始まるのだった。

◇◇◇◇

「美味しい教団の子どもらが、広場に集まっておる…」

『竜の吐息』に借りた部屋で窓の外をチラ見したビンス老人は、ささっと執筆途中の原稿用紙を片付けた。

それから戸棚を開けて、自分用の箸とお椀を取りだす。

その箸とお椀は、美味しい教団の教祖さまから授かった聖なる食器だった。

「 祭儀(ミサ) が行われるようですな…。ワシも急いで参加せねば…!」

マチアス聖智教会の大司教さまは、もうすっかり美味しい教団の一信徒となっていた。

「メルよぉ…。鍋は、これでいいのか…?」

「そそっ。底の平たい鉄鍋。パァパは、そこのテーブルに鍋を置いて…。簡易魔法コンロのうえ」

「わかった」

「なによぉー。準備は出来てるとか言って、何もないじゃん」

「むっ。タリサは黙って…。すき焼きは、こういう料理なのデス!」

「おやおや、皆さんお揃いで…」

わざとらしく偶然を装ったビンス老人が、メルたちに頭を下げた。

「ビンス爺ちゃん。アータは、フレッドが用意している席に着いてくらはい。ディーの横ね。幼児ーズと一緒だと、のんびりさんは食べ損ねるどぉー」

「おおっ。教祖さまのお気遣い、痛み入ります…。どっこいせと…」

メルに言われて、ビンス老人は椅子に腰を下ろした。

大司教さまは、ちゃっかり者だった。

テーブルに着くなり、ディートヘルムと言葉を交わし、まるで家族のように溶け込んでいる。

フレッドは苦笑いだ。

「メルちゃん。材料は、これだけで良いの…?」

笊に載せられた野菜を運ぶアビーが、メルに訊ねた。

「白いポットにタレ(割り下)が入っとるでぇー、それもお願い」

「あーっ、受付カウンターに置いてあるやつね」

「あい。あのポットです」

メルは『メルの魔法料理店』を指さした。

テーブルにセットされた簡易魔法コンロが点火され、鉄鍋を加熱する。

鍋がチリチリ言いだしたところで、 牛脂(ヘット) を投入。

ジューッ!と音を立て、白い湯気が上がる。

食欲を誘う、素晴らしい香りだ。

だが、鉄鍋を囲む一同の反応は、芳しくなかった。

「うわぁー。牛の匂い」

「牛か?今日は、牛の料理なのか…?」

「この間、牛肉は食べたよぉー。もう、当分は食べたくないと思ってたのに…」

「アンタさぁー。何してくれるの…?これって、ご褒美じゃないデショ!」

「おまぁーら、うっさいわぁー!」

メルは菜箸を振りまわして、怒鳴りつけた。

「コックさんの気が散りますから、静かにしてくらはい」

「うへぇー。黙ってればいいんでしょ。分かったわよ」

「メル姉、オレは信じてるぜ」

「心配いらん。こいつは、おまぁーの知っとるウシさんと違う」

「くっ…。牛はウシだろと言いてぇところだが、肉を見ただけで違うのが分かる。この肉は、何だ…?」

フレッドが特級和牛を箸で突きながら、奇妙な顔つきになった。

メルとフレッドは、それぞれのテーブルで打ち合わせた通りに調理を進める。

鉄鍋は二つ、材料も同じものが用意されていた。

その材料に、奇妙な肉が交ざっていた。

と言うか、薄切りにされた肉が主役だった。

フレッドは霜降りを知らない。

「ドウドウ…。あなた、少し落ち着きなさいよ。メルちゃんのすることデショ」

「だって、オマエさぁー。こんな肉、見たことある?」

「牛だけど、きっと魔法の牛なのよ」

フレッドの背中をポンポンと叩き、アビーが宥めた。

「あーっ。それなぁー」

フレッドは、遠くを見る目になった。

鉄鍋に牛脂が広がったところで、長ネギが投入される。

長ネギに焼き目をつけながら、鉄鍋のスミを空けて適量の砂糖を入れた。

「ほいよぉー。お肉さんの出番じゃ!」

砂糖と絡めるようにして、牛肉を焼く。

「匂いが…。匂いが堪らん」

「美味しそぉー」

「でも、牛でしょ。きっと木の皮みたいに、硬いのよ。パソパソしていて、食えたもんじゃないわ!」

「タリサー。うっさいわ!」

メルはタリサを黙らせ、割り下を注ぎ入れる。

火が通ったら、肉は煮すぎないように避難させる。

「おー肉さん、お肉さん。ネーギの上に、載せましょうー♪」

メロディーがおかしな歌を口ずさみ、絶好調だ。

もう分かっている。

こいつは絶対に美味しい。

肉をどかした場所に、焼き豆腐を並べてシラタキを突っ込む。

更に長ネギと肉を寄せて、シイタケも入れる。

「よしよし…」

そのうえに春菊を置けば、すき焼きらしくなった。

いや、ネットや料理雑誌でお馴染みの、すき焼きである。

完成だ。

「煮えるのを待つ間に、溶き卵を作りマショ!」

オープンテラスに集まったメンバーは、既に生卵を知っている。

この世界では危険視されている鶏卵の生食に、全く抵抗を見せなかった。

メルが居れば大丈夫なのだ。

全ての食材は、完璧に浄化済みである。

食中毒や寄生虫の心配は、欠片もなかった。

自分の器を手に持ち、カシャカシャと無言で卵をかき混ぜる。

「おっしゃ。それでは、いただきます」

「オレも、いただきます」

メルとダヴィ坊や、フレッドの三人が、肉に箸を伸ばした。

他の面々は、肉を避けた。

先日の牛肉が、いまだ記憶に生々しい。

各々に野菜や豆腐、シラタキなどを箸で取って、溶き卵に絡めた。

だけど、その視線はフレッドに注がれていた。

腕自慢の調理人が、どう判断を下すのか。

「うめぇー!」

フレッドより先に、ダヴィ坊やが感想を述べた。

「うまぁー」

メルがダヴィ坊やに続く。

「…………っ!」

フレッドからは、何も報告が齎されなかった。

もの凄く、困った顔になっている。

「何よナニよ…。あたしも、食べるわよ。あたしにも、寄こしなさいよ!」

タリサが肉を口に放り込んだ。

モグモグモグ…。

「………えっ?!」

目を丸くして言葉を失う。

でも、次の肉を取ろうとして、鍋に手が伸びる。

「何なのコレ…?」

「和牛。霜降り肉と申します」

「牛だよね?」

「一応…。モーモーさんです」

「信じらんない!」

タリサは箸の先をメルに突き付けて、叫んだ。

「美味しいんだ…」

「わたくしも食べます!」

ラヴィニア姫とティナも、肉を取る。

「んんっ!」

「美味しいー!」

そこからはもう、幼児ーズのテーブルが奪い合いの戦場と化した。

「タリサさん。お肉ばかり食べないでください。わたくしの分が、減ってしまいます」

「わたしも食べたいのにぃー」

「そうだぞ。タリサは、肉を食いすぎだ。緑色のシュンギクを食え!」

「なによぉー。ケチケチしないでよ」

「ゴハンもあるで、よそって食おう。お肉ばかりだと、お腹を痛くするドォー!」

メルのストレージには、まだまだ霜降り肉が保存されていた。

何しろエルフたちの引っ越し祝いに、すき焼きパーティーを催す予定でいるのだ。

花丸ショップで購入した特級和牛の量は、膨大だ。

だけど、食べたいだけ食べさせたら、たぶんタリサはお腹を壊すだろう。

メルは美味しいものを食べて、楽しんでもらいたい。

お腹を壊して苦しむのは、止めて欲しい。

だから限度はあるのだ。

決して、ケチケチしている訳ではなかった。

「お肉さん、おいちぃー!」

「ディートヘルムくん。キミは今、皇帝陛下や王さまでさえ口にできないご馳走を食べているのですぞ。これぞ、まさに美食…。メルさんに感謝して、味わいましょう」

「ゴチソウ…?」

「こんな肉、メルが居なきゃ食べられない。そういう話だ。ディー、この味は普通じゃないからな。こいつは、特別な肉なんだよ」

素材が違う。

すき焼きはシンプルな料理だけに、素材の良さがモノを言う。

「まったく…。メルは食い物になると、容赦がねぇよな」

フレッドは肩を落として、ぼやいた。

すき焼きが美味しすぎるので、悔しさも薄れていく。

「それにしても、美味い肉だ」

メジエール村の牛肉にも、まだまだ工夫の余地があった。

例えばミンチにして丸めてから調理するなど、肉の硬さや味気なさは幾らでも解消できる。

「廃牛がでなければ、牛肉なんて使わないからなぁー。俺としたことが、努力を怠っていた。いつも通りに、シチューで終わらせちまった。つぎの機会があれば、アイデアを色々と試してみるか…」

だがメルに突き付けられたのは、料理の腕で乗り越えられない壁だった。

であるなら、ここは気持ちを切り替えて楽しむしかない。

「アビー。メルの料理はどうだい?」

「うん。やわらかくて、美味しいねぇー。ビックリするほど、お肉の味が濃い。んーっ、冷えたエールがぴったり!」

アビーはディートヘルムの頭を撫で、エールが入ったグラスをグイッと傾けた。

「アビーさん。いい飲みっぷりですなぁー」

「ビンスさんも、どうぞ」

アビーがビンス老人にエールを勧めた。

「おっと、これはかたじけない」

ふとビンス老人は思った。

この感動を語り合う友の姿がない。

「今頃アーロンは、何をしておるのかのぉー」

そのときアーロンは、ウィルヘルム皇帝陛下の愚痴を聞かされていた。