軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

斎王の謝罪

ユグドラシル王国、国土交通省、精霊樹管理局は、調停者クリスタによって運ばれた苗木が聖地に根付いたことを確認した。

異界ゲート開発部、ネットワーク研究室では、妖精女王陛下メルの許可を得て、さっそく霊気の転送に取り掛かった。

精霊樹に異界ゲートを設置したければ、一定以上の大きさまで育てる必要があった。

異界ゲートの安全性は、現象界に於ける精霊樹の大きさに比例した。

異界ゲートを設置できる精霊樹は、どうしても目立つ。

しかし聖地グラナックであれば、誰かに発見されたところで問題などなかった。

一方、ミッティア魔法王国の周辺に植樹された精霊樹は、異界ゲートを持っていない。

敵に発見される危険を避けるため、成長を抑えてあるのだ。

なのでクリスタは、小型の漁船を買い取ってヴェルマン海峡を越えることになった。

ヴェルマン海峡は、季節を問わずに潮流の激しい難所である。

ヴェルマン海峡を渡りたいと依頼されて、船頭を引き受けてくれる漁師はひとりも居なかった。

妖精たちの助けがなければ、クリスタと言えども無事では済まされなかっただろう。

片道の旅程に百日以上の時間が掛かったのは、異界ゲートを使用できなかったせいである。

だが、復路は往路と違う。

十日もあれば、精霊樹は巨木へと成長する。

異界ゲートの調整を含めても、二十日は掛からない。

妖精女王陛下に教えてもらったのだから、間違ってはいない筈である。

メルの顏を思いだすと、少しだけ不安になるクリスタだった。

「あたしも、もう歳なんだねぇー。まぁーた歩いてグラナックの霊峰を越えるなんて、想像しただけでうんざりだよ」

クリスタはエグランティーヌに用意して貰った部屋で、自儘に寛いでいた。

「あらっ、クリスタさま。もう、帰ることを考えているのですか…?少しは、ゆっくりしていってください」

「あたしにも、色々とあってねぇー。そうそう、のんびりとはしていられないのさ」

「まさか…。もう出立するとか、言いませんよね?」

「言わないよ…。十日間くらいは、休ませてもらうつもりでいる。身体が重くて、動く気にならないからね!」

妖精たちとの約束を果たした後に、旅の疲れがどっと出た。

バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵の件もあるので、クリスタには気を抜く余裕などない。

いつまでも、メジエール村を放置していられる立場ではなかった。

クリスタの緊張感は維持されていたし、焦る気持ちもあった。

ただ本当に、どっしりと疲れてしまったのだ。

復路に異界ゲートを使える安心感と、待たなければいけない十日間という日数が、クリスタに身体を休めるよう要求していた。

(年寄りは短気だって言うけれど、本当だね。ジタバタしたって、何も始まりやしないのに…)

客室で自儘に寛ぐクリスタは、旅の疲れを癒しつつ異界ゲートの起動を待つことにした。

「あっ。そう言えば、あれがまだ残っていたね…。すっかり忘れてたよ」

香りの強い薬茶を啜っていたクリスタが、 雑嚢(ざつのう) からチョコレートを取りだした。

今回の旅に出るとき、メルが渡してくれた保存食のひとつだ。

それなのに、余りにも奇妙な姿なので、食べる機会もなく目的地まで到着してしまった。

不思議な銀色の紙を剝がすと現れる、ツヤツヤした黒い板。

餡子も黒かったけれど、こちらは更に板である。

衝撃的だ。

その外見には、怪しさしかない。

(うはぁー。何度見ても、黒い板っぺらだね…。硬いし…。匂いは悪くない。だけど、食べものには見えないよ!)

旅先で食べ慣れないモノを避けるのは、大人の分別だった。

一人旅では、こうした用心深さが生死を分ける。

メルの思いつきは、クリスタの事情を全く考慮していなかった。

山で遭難したらチョコレートを食べると言う、どこかで見聞きした話に影響された結果でしかない。

もしクリスタの為を考えていたのなら、旅立つまえにひと口で良いから食べさせておくべきだった。

自分ばかり食べていないで…。

それ以前に、乾燥させた精霊樹の実を渡した方が、遥かに気が利いている。

こうしたところが、メルの幼児クオリティーなのであろう。

「エグランティーヌ、半分こして食べよう」

クリスタはチョコレートを二つに割った。

パキンと硬質な音がした。

「えーっ。何ですかコレは…?」

「ちと、分らん」

「そんなぁー!」

エグランティーヌは、クリスタに手渡された 黒い板(チョコレート) を嫌そうな目で見た。

久しぶりに突きつけられた、クリスタ(姐御)のムチャ振りだった。

おっかなびっくりで、チョットだけ齧ってみる。

「えっ…?ナニコレ…。甘ぁーい。すっごく、美味しいですよ!」

「本当かい…?」

クリスタはエグランティーヌが食べたのを確認してから、自分もチョコレートに口をつけた。

クリスタの本質は、この臆病なところにあった。

「あーっ。こいつは、元気が出そうな食べ物だね…。グラナックの霊峰を登っているときに、食べておけば良かったよ!」

口中に広がる苦味を含んだ甘さが、クリスタの疲れた身体に活力を呼び戻した。

「もしかして…。ちっこい瓶に入ったエイヨーザイ(栄養剤)とか言うのも、これと同じかい…?そう言うことなら、さっさと飲んでおけば良かった」

後悔、役に立たず。

悔やんだところで、意味など無かった。

◇◇◇◇

斎王ドルレアックは精霊樹の根元で祈りを捧げながら考えあぐねた末、自己正当化の理論武装を放棄した。

現実として精霊樹がドームにあり、これを齎したのはクリスタで間違いない。

何ひとつとして、斎王ドルレアックの手柄ではなかった。

功労者がクリスタでさえなければ、今ごろは精霊樹の復活を祝う宴の準備で、大わらわなはずだった。

(されば、クリスタは大いに讃えられるべきであり、ユグドラシル聖樹教会の統括責任者である斎王としては、正しく感謝の意を示さなければなるまい。衆人環視のもとで…。くっ…!)

それが道理である。

「訴えるような、周囲の視線が痛い…」

ユグドラシル聖樹教会で祈りを捧げる信徒たちは、斎王ドルレアックが調停者クリスタと和解するときを待っていた。

これまで周囲の者たちに、クリスタの悪口を吹きまくったツケである。

(詰まるところ私は、クリスタに頭を下げなければならんのか…。感情的には、とうてい受け入れることなど出来ぬが…。それを嫌って先延ばしにするほど、私のもとから信徒たちの心は去って行くだろう)

真実が何処にあろうと、ゲームではクリスタが勝利を収めたのだ。

斎王ドルレアックに、勝ち目は残されていなかった。

過去に拘った斎王ドルレアックと、未来に賭けた調停者クリスタの明暗がクッキリと分かれた。

「歴史の真実など、どうでも良いか…?」

ユグドラシル聖樹教会の信徒たちは、エルフ王国滅亡の罪を問うより、エルフ族の繁栄を望んでいた。

聖地グラナックに精霊樹が齎されたコトで、信徒たちは未来を夢見てしまった。

もう後戻りはできないだろう。

「クリスタは咎人だが、私は敗北者だ…」

少しも面白くなかった。

忽ちのうちに大きく育った精霊樹が、ちっぽけな斎王を見下ろしていた。

斎王ドルレアックの周りに群がった妖精たちが、嬉しそうに光を放った。

何やら励まされているような心地になり、こそばゆさを感じる。

「しかし…。アナタたちが元気を取り戻せて、本当に良かった」

斎王ドルレアックは、妖精たちに笑みを向けた。

「そうだな…。私は面白くないが、アナタたちにとっては喜ばしいコトであろう」

斎王の役目は、妖精たちの言葉を伝えるところにあった。

歴史の真実を伝えるのは、歴史学者や語り部の仕事であろう。

ましてや己の都合を優先させるなど、あってはならない愚行である。

公私は分けるべきなのだ。

ドルレアックの個人的な考えを斎王として語るべきではなかった。

斎王ドルレアックは主聖堂に集まった信徒たちを前にして、口を開いた。

「初めに、私は自らの過ちを謝罪したいと思う。書記係には、私の言葉を公式文書に記録しておくよう、お願いしたい」

書記係が、斎王ドルレアックに頷いて見せた。

「皆も知るところであるが…。私は悲惨な暗黒時代を生き延びてきた、エルフ族の長老である。少なくとも聖地グラナックに、私ほどの高齢者は存在しない。それが私の誇りであり、教導者として立つ根拠とすべきところでもあった。 世界樹(ユグドラシル) より 慧眼(えげん) の能力を授かりながら、私は少しも真実を見ようとしなかった。斎王の座を与えられ、慢心していたのであろう。恥ずべきことである…。皆には、正式に謝罪したい。本当に済まなかった」

斎王ドルレアックが、信徒たちに深々と頭を下げた。

「調停者クリスタと比べたなら、私は背伸びをした生意気な童子に過ぎない。それこそが偽りなき真実である…。これまで悪しざまに罵ってきた件について、調停者クリスタに謝罪したい。あれは全て間違いであった。少なくとも斎王の立場で、口にすべき言葉ではなかった。であるからして、これを機に心からお詫びしたい…」

斎王ドルレアックに手をつかまれて内陣に立たされたクリスタは、困惑の表情を浮かべて固まった。

礼拝に招待された理由を聞かなかったことが、途轍もなく悔やまれた。

そんなクリスタを逃がすまじと睨みつけながら、斎王ドルレアックは跪いて首を垂れた。

「調停者クリスタよ、私の謝罪を受け入れてもらいたい…。これまでの非礼の数々、誠に申し訳なかった」

「……ぐぬぬっ!」

クリスタは言葉を発することが出来ずに、奥歯を軋らせた。

千年間に渡る悔しい思いが、『申し訳ない』の一言で済まされる筈がなかった。

しかし衆人環視のもとで跪かれたら、嫌でも頷くしか無いではないか…。

斎王ドルレアックに対する負の感情は、クリスタの私的な側面だった。

一方、今ここに立っているのは、ユグドラシル聖樹教会の信徒たちにとって『調停者クリスタ』と言う公人である。

正しい選択肢は謝罪を受け入れる事であり、斎王ドルレアックの頬に張り手を喰らわせるコトではなかった。

蹴とばして殴りつけ、唾を吐きかけるコトでもない。

謝られて腹が立つと言うのもおかしな話だけれど、腹が立つのだから仕方ない。

こうした場面では、誰からも子供としか思われていないメルが、羨ましくて堪らなくなる。

メルなら間髪入れず、『嫌じゃ!』と叫んでいただろう。

だが『調停者クリスタ』は、メルのように振舞うことを許されていなかった。

「分かりました…。斎王の謝罪を受け入れましょう」

ずるい。

いざとなると年下ぶって、平然と頭を下げる。

『本当に汚い奴だ!』と思いながら、クリスタは斎王ドルレアックに頷いて見せた。

「私の謝罪を受け入れて頂き、感謝します…。重ねて、聖地グラナックに精霊樹をもたらして下さった貴女の偉業を讃えたい」

立ち上がった斎王ドルレアックは、クリスタの身体を会衆席に立ち並ぶ信徒たちの方へ向かせてから、声を張り上げた。

「調停者クリスタの努力により、我らエルフ族に精霊樹が戻った。この功績は、永遠に讃えられるべきモノである。我らは記念すべき日を祝い、復活祭を催したく思う」

どっと歓声が上がった。