作品タイトル不明
打ちひしがれる斎王
調停者クリスタは、エグランティーヌと巫女見習いのエルフ娘たちに守られて、聖地グラナックの心臓部とも言えるドームに足を踏み入れた。
世界樹(最初の精霊樹)を失ってから、聖地グラナックはエルフたちの祈りによってのみ支えられていた。
斎王ドルレアックと 斎女(いつきめ) たちは、聖地が滅びる日を遠ざけるために、毎日欠かすことなく祈りを捧げていた。
その祈りは、聖地グラナックに縛られた妖精たちが生き延びる力となった。
妖精たちは、調停者との約束を信じて待ち続けた。
再び精霊樹が 齎(もたら) されるまでに、どれほどの歳月を必要とするか分からなかった。
それでも調停者を信じて、来る日も来る日も、千年もの長きに渡り、精霊樹の復活を待ち続けたのだ。
そして今、千年以上も昔に交わされた約定が、果たされようとしていた。
「エグランティーヌよ。何をしている…?」
「おやっ、斎王さま。こちらに、お出ででしたか…」
エグランティーヌは微笑みながら、斎王ドルレアックに会釈した。
斎王ドルレアックが率いる衛兵は、ドームの中央へ至る回廊を封鎖するように、隊列を組んでいた。
武装した体格の良い衛兵たちに守られた斎王ドルレアックは、可憐な巫女装束が似合う美しいエルフの男性だった。
幼い頃に世界樹の実を食した影響で、千年を生きてなお女装が映える童顔の持ち主である。
当人も、それを弁えていて、艶のある娘らしい仕草を身につけていた。
癖のない美しい黒髪とアイスブルーの瞳は、エルフ王家に受け継がれる遺伝的特質だった。
そう考えてみると斎王ドルレアックの整った容貌は、どことなく調停者クリスタと似通っていた。
違うのは、存在の重さだ。
自らの運命を引き受けたクリスタと己の無垢性にしがみつく斎王ドルレアックでは、根本から物事と向き合う姿勢が異なる。
クリスタにしてみれば、斎王ドルレアックは幾つになっても貫目が足りない若僧に過ぎなかった。
言うなれば、体裁ばかり気にする薄っぺらな小者だ。
その斎王ドルレアックが、厭味ったらしく目を細めてクリスタを見据えた。
「招かれてもおらぬのに、図々しい女だ…!」
美しいのは見た目だけで、相も変わらず口が汚い。
(このバカは、どれだけあたしの邪魔をするのかね…?)
クリスタは苛立ちを隠せなかった。
「キミが門番たちの仕事を邪魔したのか…?その女は我らが聖地に相応しくない、忌まわしく穢れた女だぞ!」
斎王ドルレアックはエグランティーヌを叱責し、クリスタを指さした。
「ご挨拶だね、ドルレアック…。若造は、もっと年寄りをいたわるもんだよ」
クリスタはウンザリとした様子で、斎王ドルレアックを睨みつけた。
「この私を若造扱いするのは、アナタぐらいのものだ。とっくに老衰でくたばっている筈の婆が、アスケロフ山脈を越えることが出来たのは何故だ…?いいや、答える必要など無い。我らが同胞を贄として生まれたのが、滅国のクリスタだからな…。アナタの若さも比類なき能力も、もとは我らが同胞たちから奪った命なのだ。このっ…。呪われた魔女めが…!」
「はぁー。いつまで経っても、学ばないガキだねぇー。あたしは、ひとりの同胞も殺しちゃいないよ。あたしが殺したのは、世界樹を滅ぼした恩知らずどもだけさ」
「くっ。私をガキ呼ばわりするのは、やめて貰おうか…。アナタと言うヒトは、エルフ王国を滅亡させておいて、よくもヌケヌケと…」
「ドルレアック、そこをお退き。あたしの行く手を遮る者は、たとえ斎王であろうと許さないよ!」
クリスタが石畳に杖をつき、『コーン!』と大きな音を響かせた。
「ちっ、断罪の杖か…?」
「今日は、精霊樹を植えに来たんだ。妖精たちとの約束だからね。この地に精霊樹が根付けば、もう斎王は必要なくなる。エルフの祈りなどなくても、妖精たちは力を取り戻すだろうさ…。オマエさんが長年の決着をつけたいと言うのなら、受けて立とうじゃないか」
「……いまっ。今、何と言った?」
斎王ドルレアックは、精霊樹と聞いて顔色を変えた。
「決着をつけてやると、言ったんだよ」
「バカが…。その前だ。せっ、精霊樹が蘇ったのか…?」
斎王ドルレアックと調停者クリスタの相性は最悪で、単純明快な意思の疎通にも事欠く始末だった。
「信じられない愚劣さだね…。あたしは最初から、精霊樹を蘇らせると言っていたはずだ。真面目に聞いていなかったのかい…?」
「そんなことが出来るはずはない!と、思っていた…。それに…。あの日から、千年以上も経つんだぞ…。待てるわけがない」
「妖精たちは待っていたよ」
「私だって…」
「だったら、そこをお退き!」
クリスタが杖の頭で、斎王ドルレアックを押しやった。
「………………」
斎王ドルレアックは呆けたような顔で、クリスタに道を開けた。
ドームの内側には、緑地帯が広がっていた。
足元に生える草は色味が薄く、生気に欠けていて弱々しい。
所々に剥きだしの泥地が点在し、植物に勢いがないのは一目見れば分かった。
屋根のないドーム施設は、妖精たちの棲みかだった。
沢山のオーブが楽しそうに飛び回りながら、緑地帯の中央へとクリスタたちを 誘(いざな) った。
(よしよし、長いこと待たせちまったねェー。ようやっとアナタたちに、約束していた精霊樹を渡せるよ)
クリスタは 雑嚢(ざつのう) から、緑色の小さなケースを取りだした。
二の姫が拵えた、アーティファクトである。
「苗木ではないのですか…?」
不思議そうな顔でエグランティーヌが訊ねた。
「苗木だよ。ただし、安全に運びたかったから、ちょっとばかり魔法を使った」
ケースを開けると、中には精霊樹の葉が大切そうに仕舞われていた。
「葉っぱ…?」
「苗木を背負って、百日を超える旅は出来ないよ。いくら精霊樹が通り一遍の植物ではないと言っても、枯れちまう」
「これが魔法…」
「このケースには、保存の魔法が仕込まれている。だけど、本命はケースじゃないのさ。それに、あたしの魔法でもないよ」
クリスタは愉快そうに笑みを浮かべた。
「この葉は、エーベルヴァイン城に生えた精霊樹から頂いたものでね。特別な葉っぱなのさ」
「特別…」
「一の姫。精霊樹の守り役、ユーディット姫よ。聖地に到着したので、苗木をお願いしたい」
クリスタは葉っぱを地面に置いて、呼びかけた。
精霊樹の葉が、目を開けていられないほど強く光を放った。
そして次の瞬間には、その場に苗木を 携(たずさ) えた一の姫が立っていた。
「ドリアード…」
斎王ドルレアックの口から、驚きの声が漏れた。
「おうっ。漸く到着したのかい…。わたしは待ちくたびれて、寝てしもうた」
ユーディット姫はブツブツと呟いてから、小さくあくびをした。
「長旅、お疲れさまでした」
「うむ…。クリスタさまこそ、お疲れであろう…。狭いところに延々と閉じ込められるのは、慣れておるが…。やはり、面白ぉーないわ。わたしも、自分の足で歩きたかった。旅には、ずっと憧れておったのに…」
「お気持ち、お察しいたします。しかし聖地グラナックであれば、ユーディット姫の望むように振舞えましょう」
「それは楽しみじゃの…」
ユーディット姫が嬉しそうに微笑んだ。
「ここに居る者たちが、ユーディット姫のお世話を致しましょう」
「よろしく頼む…」
「お任せくださいませ」
エグランティーヌが深々と腰を折った。
(やれやれ…。これで、肩の荷がおろせた。御守り役の、御守りは辛いねぇー)
精霊樹の守り役であるユーディット姫を引き連れての旅など、クリスタには考えられなかった。
とくに魔法文明が発達したミッティア魔法王国は、鬼門だった。
(ユーディット姫が路面列車を見て、平静を装えるとは思えないからねぇー。精霊樹の苗木を運んでいる最中に、揉め事なんてゴメンだよ)
なにしろ、精霊樹の守り役たちは目立つ。
外見からして人間ではないのだから、どうしようもなかった。
それだけでなく、三人そろって時代遅れの箱入り娘で、好奇心の塊なのだ。
お年頃でもある。
偽装の魔法を用いたところで、いつ何時、正体がバレてしまうか知れたものではない。
であるからして、精霊樹の苗木を抱えたまま葉っぱに変身できるユーディット姫には、葉っぱでいてもらうのが一番だった。
妖精たちはユーディット姫が抱えた苗木に群がり、チカチカと光を放って 喧(かまびす) しい。
「妖精どもは、もう待ちきれぬようじゃ…」
「それなら、早く植えてやってくれ!」
斎王ドルレアックが、黙っておれずに口を挟んだ。
「ユーディット姫よ。この地に、精霊樹は根付きそうかね…?植樹に問題があるようなら、聞かせておくれ」
「うーむ。些か霊気は足りぬが…。ここには、祈りに浄化された清々しい大気が満ちておる。人々とエルフどもの願いがあらば、概念界は応えよう。なぁーに。霊気に関しては、わたしの持ち合わせを分け与えれば問題あるまい。暫くの間、わたしが苗木と同化すれば済むことじゃ…」
「つまり…。問題は無いんだね?」
「ウムッ。これならば、精霊樹も問題なく根付くであろう」
はしゃぐ妖精たちと共に、ユーディット姫は世界樹が生えていた場所へと足を進めた。
精霊樹は現象界に樹木の 形(ナリ) で存在するが、意味的には概念界と現象界の結節点である。
確りと精霊樹が根付けば、妖精たちは二つの界を行き来できるようになる。
だがしかし、この地に棲みついた妖精たちが概念界に戻るには、世界樹の有った場所を利用しなければいけない。
妖精たちは現象界に来たときと同じ結節点を使わなければ、概念界へ戻ることが叶わないのだ。
こうした法則は、概念界と現象界の有り方を定め、妖精たちもまた従わざるを得なかった。
もっとも殆どの妖精たちは、好奇心と冒険心を抑えられずに境界を越えてきた、血気盛んなモノたちである。
また精霊樹に固定された結節点を利用せずに越境してきた妖精たちの中には、妖精郷の再建とユグドラシル王国の建国を志し、概念界の衰退に歯止めをかけようと目論む勇敢なモノも少なからず存在した。
メジエール村は妖精の勇者たちが集まった、新たなる聖地なのだ。
だからこそ、妖精たちは旧来の約束事を放り捨て、幼児ーズとの直接対話に踏み切った。
人と妖精の念話は、全く新しい試みであった。
そのために必要となるノウハウは、何もかも妖精女王が並行世界から持ち込んでくれた。
願望や欲望を具体的なイメージに落とし込めるなら、妖精たちは現象界に強い影響力を持てる。
近いうちに旧来の魔法は、一新されるだろう。
妖精女王陛下メルによって…。
世界樹が朽ちた場所に精霊樹の苗木を植えたユーディット姫は、緑の霧になって苗木と同化した。
霊気を与えられた精霊樹は一気に根を張り巡らせ、即座に強固な結界でドームを覆い、無病息災のパワーを解き放った。
無病息災は、メルから譲り受けた能力である。
草木への強い働きかけは、ラヴィニア姫から授けられた能力だろう。
枯れかけていた樹木や草に、瑞々しさが戻った。
土の見えていた場所には、モゾモゾと草の芽が顔を覗かせた。
その変化は聖地を守ってきたエルフたちにとって、まさに圧巻だった。
長い長い年月を祈り続けて来た成果が、目のまえで結実した瞬間である。
エグランティーヌや巫女見習いたちの目には、涙が滲んでいた。
守備兵たちは、言葉もなく立ち尽くしていた。
皆の顏には歓喜があった。
「おおっ。何とありがたいことか…」
感動の余り、精霊樹に跪いて祈りを捧げる斎王ドルレアックであったが、その心中は穏やかと言えなかった。
(なぜ、クリスタが偉業を為す。この地で同胞たちを束ね、挫けそうな仲間たちの心を支え、祈りを捧げ続けて来た私こそが、精霊樹に認められるべきでは…?)
才覚の差であり、運命の定めるところであった。
そもそもの立場からして、まったく異なる二人なのだ。
調停者クリスタを嫉妬するのは間違っているのだけれど、そう単純に考えられないのが社会に従属する人やエルフの性であった。
(くそう…。クリスタめ…。エルフの世を滅茶苦茶にしておいて、今更…。私は、皆に、どう説明すればよいのだ…?)
これまで調停者クリスタを悪しざまに罵ってきた斎王ドルレアックは、すっかり立場を無くしてしまった。
(クリスタが精霊樹を持ち帰りさえしなければ、こんなことにはならなかったのに…)
その考えが邪悪であり、幼稚なエゴだと言うコトは、斎王ドルレアックも重々承知していた。
明日からは、手のひらを返すしかないだろう。
クリスタの行為を褒めたたえ、恭順の意を示して同じ道を歩むのだ。
だが、自尊心に邪魔をされて、上手く振舞える気がしなかった。
(私が、ガキか…?これは、甘えていると言うことなのか…?)
罪を我が身に引き受けて進むクリスタからすれば、斎王ドルレアックの嘆きなど甘えでしかない。
その事実に、やっと気が付いた斎王ドルレアックであった。
(しかし、私には…。認めがたい…!)
周囲に尊大な態度で接してきた者は、自らの過ちを認められなくなると言う、悲しい法則が働いていた。
何とも、情けない事態に陥ってしまったものである。