軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メルは考えた…

『酔いどれ亭』に帰り着いたメルは、ユリアーネ女史とラヴィニア姫が用意してくれた衣装を大切そうにメルの宝箱へしまった。

その箱にはフレッドが最初に買ってくれたワンピース(着なかった)や、帝都ウルリッヒのヤクザ事務所から持ち帰った青銅の騎士像などを入れてあった。

アビーが拵えてくれた布製の人形とか、サイズが小さくなってしまった毛糸のパンツ、それからタリサに貰った友情の証(青い石コロ)なんかも大事に保管されていた。

国家安全保障局のドール長官とラビット副長官も、宝箱の中で眠っている。

「うふぅー。わらしの、オモイデさん…♪」

それは異世界でメルが過ごした、楽しい日々の堆積だった。

『良かった』が詰め込まれた、宝箱だ。

「わらし…。モヤモヤの正体が、分かりました」

メルは宝箱の蓋を閉めながら、ぽそっと呟いた。

「反省すゆ!」

お披露目に際してメルが悩んでいたことは、全て表層上のごまかしに過ぎなかった。

納得できない事から、意識を逸らすためのまやかしだった。

「ちゃんと、自分に向き合ってなかった。手を抜いて、さぼろぉー思った」

ウスベルク帝国と対立を抱えるのは怖いし、正直に言って面倒くさかった。

メルは自由で居たかったし、世界の救済に責任など負いたくなかった。

正義なんかより、美味しいゴハンの方が何倍も大事なはず。

ずっと、そう思っていた。

いいや、そう信じたかった。

「だけど…。自分にウソォー吐くと、ゴハンが美味しくないデス」

メルはフレッドが、帝都ウルリッヒで闘っている理由をぼんやりと考えていた。

ずっと、ずぅーっと考えていた。

『アビーが寂しがっているのに、なんで意地を張るのだろうか…?』と。

フレッドはアビーやメルが大好きだから、意地を張っていたのだ。

そこで闘わないと、家族を愛する資格が失われてしまうから。

これまでメルは、遠くに居る害虫なんて、誰かに任せて放っておけば良い、と思っていた。

『他人ごとに首を突っ込むなんて、馬鹿げている!』と言うのが、メルの意見だった。

「ラビー。ラビーのこと考えたら、あいつらと仲良しは言えません」

ウスベルク帝国の貴族どもは、封印の巫女姫たちを粗略に扱った。

屍呪之王(しじゅのおう) を封印するため、大勢の人たちが犠牲にされたけれど、帝国の貴族たちは欠片も感謝の意を示そうとしない。

(ミッティア魔法王国の連中が、妖精さんたちを迫害しているのと変わらない。許せないよ)

ラヴィニア姫の戸籍は、ウスベルク帝国の記録から抹消されていた。

他の巫女姫たちも、同様だ。

「わらしは、あいつらの仲間かぁー?」

立場をはっきりさせなければいけない。

「むむっ…。わらしは…。仲よぉー、しとぉーないわ!」

メルは頭を横に振った。

ウスベルク帝国が封印の巫女姫たちにした惨い仕打ちを思えば、仲良くなど出来るはずもない。

生贄にされた犠牲者たちの上で胡坐をかく貴族どもと、慣れ合う訳には行かない。

端から結論など決まっていた。

これまで無意識に、面倒ごとを避けてきただけだ。

(お土産なんかやらん。ご機嫌取りなんてするモノか…!)

メルは覚悟を決めた。

「フンッ!クズどもには、キッチリと分からさなアカン」

心のモヤモヤが晴れて、気分はスッキリ。

何をしたいかも、明確になった。

だけど、お披露目の日は時々刻々と近づいているし、急がなければならない。

「テェートへ、いざ行かん!」

メルはすっくと立ちあがり、行動に移そうとした。

「メルちゃん、何処へ行くつもり…?お外は雪だよぉー」

自分の傍を通り過ぎるメルに、アビーが声をかけた。

「あい。ちょっくらテェートまで」

「もう日が暮れちゃたし、明日じゃダメなの…?」

「まぁま…。わらし、五つよ。五つは、立派なオトナでしょ。暗くなっても、心配いらんわ」

「ふっ。大人ねぇー。メルちゃんは、ひとりでトイレ出来ないでしょ」

情け容赦のない指摘が、幼児の 胸(ハート) をぐさりと抉った。

言い返したくても、口をパクパクさせるだけで言葉にならない。

「………っ!」

真実なので、一言も反論できなかった。

冬のトイレは難しい。

防寒着が邪魔で、アビーに補助してもらわないと危うい。

メルはモコモコした防寒着の裾をたくし上げたら、そこから先に一歩も進むことが出来ない。

両手で裾を押さえているから、タイツや毛糸のパンツを自力で降ろすのは至難の業だ。

もたもたしている内に事態は逼迫し、目も当てられない大惨事を引き起こす。

それはタリサやティナでさえ、避けようがない屈辱的な 場面(シーン) なのだ。

事程左様に、幼児と言うモノは不器用だった。

手足が短いので、どうしようもない。

「トイレ、関係ないヨ。ちゃんと、気をつけマス。急いでゆから…。 許(ゆゆ) して、つかぁーさい。こぇにて、ゴメンなすって」

「まぁーた、奇妙な喋り方を教わってくる」

「キミョォー、ちゃうわ。カッケーです。そえでは、ゴメンなすって!」

メルはアビーとの会話を切り上げて、『酔いどれ亭』の食堂をスタスタと横切った。

時間はあまり残されていなかった。

クリスタやアーロンとも、ちゃんと相談しなければいけない。

最後には、ラヴィニア姫の説得も残っている。

幼児には、厳しい毎日になりそうだった。

「ミケ、行くどぉー」

「みゃあ?」

食堂の薪ストーブでヌクヌクと温まっていたミケ王子は、メルに抱え上げられた。

いつだって問答無用なので、もう抵抗の気配すら見せない。

妖精女王陛下の我儘に逆らっても、無駄なのだ。

ミケ王子は、とっても賢いケット・シーだった。

◇◇◇◇

地下迷宮の指令室に到着したメルは、さっそくカメラマンの精霊に命じてクリスタとアーロンを呼んでもらった。

「メル…。子どもが夜にほっつき歩くのは、感心しませんよ」

「全くその通りです。メルさん、日が暮れたら外に出てはいけません」

「わらし、ほっつき歩いてないよ。ずっと二人を待って、ここで座っていました」

メルは間髪入れずに言い返した。

メジエール村の精霊樹とエーベルヴァイン城の精霊樹はリンクしているので、外を出歩くことなく移動が可能だ。

「そのような詭弁を弄しては、いけません」

「わらしなぁー。ちゃっちゃと用件を済ませて、帰りたいの…。はよぉせんと、まぁまにホッペを抓くられマス」

「メルさんの用件とは、何でしょう?」

「近々、わらしのお披露目があるやん。アレなぁー。コォーテイ、どついたろか思うとるんよ」

アーロンは、メルを訝しそうに見た。

「どつくって、ウィルヘルム皇帝陛下を殴っちゃうんですか…。メルさんが…?」

「ほんなん、脅かすだけじゃ」

「どうしてまた…?」

「よぉーく考えてみたら、ムカつくでしょ!」

メルは腕を組んで、これでもかと反り返った。

「メルや。皇帝に腹を立てた理由は、何かね?」

「テェーコクの貴族どもは、ふざけとォーよ。なして、封印の巫女姫をないがしろにしますか?」

メルは封印の巫女姫として犠牲になった、精霊樹の守り役たちを示した。

「みぃーんな、居ないことにされとォーよ。ラビーも、コセキ消された。彼女たちの苦労は、無かったことにされてゆデショ。そんで自分らだけ、ヌクヌクとしおってからに…」

「あーっ。そこですか…」

「なるほどねぇー。メルは小さいのに、よぉーく考えたね。あたしもウスベルク帝国の貴族どもには、折檻が必要かと考えていたところさ」

「コーテェーと仲良しは、ない。仲良くしたら、ラビーや生贄にされた方たちに、申し訳が立ちませぬ」

メルは厳めしい表情で言い放った。

「聞いたかいアーロン。メルの立派なコト…。それに比べて、オマエときたら…」

「それ…。キッツいですわ、調停者さま。騙しながらポンコツを動かしているわたしの苦労も、ちょっとは考慮して頂きたい」

アーロンが悲しそうに俯いた。

歴代皇帝の教育係であるアーロンは、アーロンなりに苦労をして来たのだ。

「確かに…。三代目辺りから、グズばかりだった気がします」

クリスタが、眉間に深くしわを寄せた。

クリスタも皇帝の血筋には、苦労をさせられた覚えがあった。

「いいですか…。『パンで釘は打てない』と言う、格言がありますよね。現皇帝だけでなく、先代も、先々代も、パンだったんです。どうしても、金槌になってくれない」

「アー オ(・) ン、うまいこと言うのォー。ドーリョクしても、ムダ言うことですね」

「わたしではなくて、昔からそのように言われているのです」

「ふぉー。わらし、カンシンしました」

メルは真面目な顔で頷いた。

「だけどオマエ…。『わたしに任せてください!』と、格好つけて大見えを切っただろ?あたしは、あの時のことを忘れてないよ」

「あれはぁー。『若気の至り』ってやつですよ」

「んっ…。わき毛のナタリー。ナタリー、誰ですか?」

真剣な表情で首を傾げる妖精女王陛下を笑える者は、ひとりとして居なかった。

勿論、ミケ王子も沈黙を守った。