軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メルとラヴィニア姫

妖精女王陛下としてエーベルヴァイン城に招かれることになったメルは、皇族や貴族たちに負けない衣装を用意しようと考えた。

日本の国民的年末歌番組に登場する小母さん歌手のような、煌びやかで大袈裟な衣装も相手を威圧するのに良かろうと思ったが、黒歴史になりそうなので却下した。

「やっぱ、普通がエエわ…」

フォーマルな装いと言えば、スーツである。

バリッとしたスーツに、お洒落で格好の良いネクタイだ。

メルは女王陛下だから、フォーマルドレスを身に纏う。

クリスタによれば、『メルはユグドラシル王国の代表である…!』と紹介されているのだから、妖精たちに恥ずかしくない格好をしたい。

(しかし…。幼女だしなぁー!)

問題は其処だ。

どのように着飾ろうと、メルは女児だ。

背伸びをして大人ぶったところで、珍妙な格好になってしまうだろう。

「つけヒゲは、あかんよね…」

女児のつけヒゲが許されるのは、メジエール村と概念界に限定される。

他所で同じことをすれば、後ろ頭を叩かれるに決まっていた。

「笑われたら、恥ずかしいデス」

ハダカでタケウマに乗って疾走しても平気な癖に、少しでも改まるとモジモジちゃんになる。

森川樹生であった頃から、メルはクラスでの自己紹介が苦手だった。

それより前世は、世界樹だったので人目を気にしたことが無い。

故にメルは、公式の場を苦手とする小心者であった。

(妖精女王陛下の、お披露目とか…。マジで、勘弁して欲しい。もぉー。開き直って、勢いで押し切るか…)

悶々と悩んだ末に、メルの方針は定まった。

「ヨージ権を発動すゆ!」

ヨージ権とは、即ち幼児の特権を振りかざすコトだ。

「むつかしいコトは、コ ロ(・) モだから分かりまシェン」

そう言う特権デアル。

メルは一日も経たず、『妖精たちに恥ずかしくない格好を…』と言う、難問との取り組みを放りだした。

お披露目の衣装については、後回しとなった。

「初めて会うデショ。お土産は、大切ヨ…」

帝都ウルリッヒの地下に秘密基地を建設してしまったメルとしては、お披露目に引っ越しの挨拶みたいなイメージを被せていた。

謁見とか、どっちが偉いのか?とか、そうした儀礼上の問題より、『よろしく…』の挨拶が大事だと思った。

近所への挨拶と来れば、心がこもった手土産だ。

「オイシイは、仲良しさんのヒケツです」

引っ越しソバなどを振舞うとかも考えたけれど、丁度よい品があった。

花丸ショップに並んでいる和風生菓子だ。

「ウサギだぴょん」

『兎だぴょん♪』は、妖精女王陛下御用達のユグドラシル銘菓である。

木箱と包み紙に、そう印刷されている。

木箱の蓋を開ければ、ズラリと並んだ白い大福が姿を現す。

全部で十二個。

モチモチのお餅にメルの顏が刻印された、可愛らしい大福だ。

刻印には、ウインクをしていたり、眠そうに目をこすっていたりと、様々な表情のバリエーションがあって楽しめる。

この一年間を異世界で過ごしたメルは、漸く花丸システムの概要を理解するに至った。

「エエことすゆと、ハナマルもらえます」

花丸ポイントは、メルが人々と妖精たちの関係を良好なモノにして、より明るい未来への可能性を開くことで加算されていく。

異世界からメルの持ち込んだ情報は、花丸ポイントが加算されると概念界に定着する。

「そして…。花丸ショップに、ヨウセーさんたちの作った品が並ぶヨ」

更に長い目で見るなら、森川家よりデーター送信された異世界の科学技術や発想法は、概念界で魔法に置き換えられてから、現象界へと伝えられる。

やがては誰かが、天啓として魔法のアイデアを授かる事になるのだ。

『天才の閃き』である。

今のところ、『天才の閃き』が検証されているのは、メジエール村だけである。

だが、メルは自分の考察に、揺るぎない自信を持っていた。

メジエール村に於ける技術革新は、目覚ましい。

錬金術師や魔法使い、メルにお馴染みのゲラルト親方や大工のニルス兄貴までもが、あれやこれやと閃きまくりなのだ。

「楽しくて、ヨイ」

嬉しそうに顔を輝かせる職人さんたちは、見ているだけでメルの気分を上向かせてくれる。

病室で死に怯えていた少年は、笑顔が似合う溌溂とした女児に生まれ変わった。

「うふぅ~!」

お披露目の衣装に悩んでいたって、メルは楽しい。

転んでひざを擦りむいても、生きているのが楽しくて仕方ない。

因みに、『兎だぴょん!』のもとは、イチゴ大福である。

イチゴの代わりに精霊樹の実とピューレが、小豆の餡に埋め込まれている。

サッパリと甘くて、精霊樹の加護も授かることが出来る。

最高の手土産だった。

◇◇◇◇

冬の間、メルは都合が許す限り、ラヴィニア姫のところへ遊びに行った。

ゲラルト親方が作ってくれた橇は快適で、メルの手でトンキーに装備することが出来た。

雪道だってトンキーは、橇を引いてサクサクと進んで行く。

そのパワーは申し分ない。

何より早い。

体感時間で三十分もかからずに、赤いレンガ造りの綺麗な屋敷が見えてくる。

「トンキー。わらし、さぶいわぁー」

「ぶぃぶぃ…」

「もうちょっとだって…。そんなん、見れば分かるデショ」

「ブーッ!」

もこもこに着ぶくれしていても、メルは寒いのが苦手だった。

大切なラヴィニア姫のためにアーロンが用意した、資産家用の邸宅である。

空調魔法によって、全室が温度と湿度を調整されている。

屋敷の内部はヌクヌクだ。

「こんちわぁー。遊びに来たよぉー」

「まあ、メルさん。寒かったでしょう。お入りください」

トンキーを橇から解放したメルは、小間使いのメアリに手を引かれて屋敷の入口を潜った。

「いらっしゃい、メルちゃん」

「ラビー、元気してた?」

「もちろん…!」

応接間に通されたメルはコートを脱ぎ捨て、ラビーと再会のハグだ。

暖炉は飾りに過ぎないのだけれど、薪の爆ぜるパチパチという音が、冬らしい風情を盛り上げていた。

ユリアーネ女史に管理された小さな屋敷は、とても心の落ち着く場所なのだ。

メルはラヴィニア姫の屋敷を訪れるのが、大好きだった。

お披露目で着るメルの衣装を決めたのは、ラヴィニア姫とユリアーネ女史だった。

お披露目の衣装をどうすべきか、メルはラヴィニア姫やアビーに悩みを打ち明けた覚えがあった。

それでもラヴィニア姫の屋敷へ遊びに行ったとき、いきなりユリアーネ女史から『ドレスを誂えましたよ』と告げられて目を丸くした。

「さあ、こちらがメルさんに用意した衣装です。下着や靴も、コーディネートを考えて用意しました」

ユリアーネ女史の指示に従って、小間使いのメアリが応接間の長椅子に新しい衣装を丁寧に並べた。

タイツやリボンまで用意されていたが、女児用のサイズだからスペースを必要としない。

「わらしのドレス…?」

「わたしも意見を出しました。メルちゃんに似合うと思います。絶対にカワイイです」

ラヴィニア姫が得意そうに言った。

「ふわぁー。ありがとう、ラビー」

メルはラヴィニア姫の好意に感動して、お礼の言葉を口にした。

「ぜんぜん気にしないで良いよ。メルちゃんの服を考えるのは、すごく楽しかった。ねぇ、ユリアーネさん」

「そうですね。雪に降り込められてしまうと、楽しいことを探すのも難しいですから…。冬の退屈を紛らすことが出来て、むしろ感謝したいくらいです」

ユリアーネ女史は、穏やかな口調でラヴィニア姫の意見を肯定した。

メルの悩みはラヴィニア姫とユリアーネ女史のちょっとした娯楽となり、いつのまにやらお披露目で着る衣装が完成していた。

クリスタとアーロンに放置されても、メルは助力者に不自由することが無い。

しかも、この件ではフレッドやアビーが、ユリアーネ女史に前もって相談していたらしい。

『メルがウィルヘルム皇帝陛下と会うらしいのだが、何を着せたらよいか?』と…。

常日頃から、帝国貴族など鼻も引っかけない酒場夫婦であるが、 愛娘(メル) には恥を掻かせたくなかったらしい。

ドレスの代金は…。

(後ほどアーロンから取り立てるとしよう。それまでは、ユリアーネ女史に甘えて借りておこう…!)

メルは都合の良いコトを考えた。

アビーとフレッドに感謝。

そして、ユリアーネ女史とラヴィニア姫には感謝の言葉だけでなく、『兎だぴょん!』を手渡した。

お茶のときに、みんなで食べよう。

「メルさんはエルフですから、ウスベルク帝国のドレスコードを気になさらなくても良いでしょう」

ユリアーネ女史は、メルを着せ替えながら気楽な調子で言った。

ドレスと言うモノは、アンダーウェアからして身につけるのが難しい。

メルとしては、おとなしくユリアーネ女史に着せてもらうしかなかった。

「クリスタさまなどは、少しも帝国の作法を気にしていません。アーロンはともかく、私だって多少のお付き合い程度です」

「なるほろぉー」

「メジエール村は、ウスベルク帝国の領土でもありませんしね」

「うん…。けど、わらしがエルフと言うんは、あやしいわ」

実際のところメルは、自分がエルフだと信じていなかった。

ステータス画面で確認すれば、『ハイエルフ』と記載されているので、エルフっぽい何かではあるのだろう。

(でも…。耳がなぁー)

メルが知るエルフたちに、メルみたいな耳毛は生えていなかった。

耳のサイズも、メルほど極端に大きくはない。

(多分、種族が違うんだよ…。ハイエルフって、きっと残念なエルフなんだ…)

その妄想は、ちょっとだけメルをおセンチな気分にさせる。

ルーツが分からない、ひとりポッチの寂しさだ。

もっとも、本当のところを言えば、メルのルーツは明白だった。

『酔いどれ亭』のまえに生えている樹が、ルーツである。

そこに生っていたのだから、間違いない。

貴種流離譚とか、醜いアヒルの子とか、そう言った妄想とは縁がなかった。

ルーツなど辿る必要もなく、メルは精霊樹の現身なのだ。

ハイエルフが何かは、実際のところ分からない。

けれど、メルが精霊の子なのは、疑いようのない事実であった。

メルの耳とラヴィニア姫の緑色をした髪は、おそらくウスベルク帝国を隅まで探し歩いても見つけることが出来ない。

精霊の干渉によって生まれた、ミックスであるから…。

ユリアーネ女史は、メルに美しい銀の刺繍が施された臙脂色のドレスを着せて、その上に白いボアで縁取られた亜麻色のコートを纏わせた。

「さあ、これで完成ですよ」

見た目ほど重くなく、動きやすくて暖かい。

高級感あふれる生地は、触れてみると 滑々(すべすべ) していて非常に心地よかった。

「うわぁー。やっぱり、カワイイ」

ラヴィニア姫がメルの周囲を回って、称賛の声を上げた。

「わらし…。カワイイ言われると、照れマス…」

メルの頬が、ほんのり赤く染まった。

メルはクリスタから教わったカーテシーを試した。

軽やかにポーズが決まる。

想像以上に、良いドレスだった。

「あらっ。メルさんは宮廷風の挨拶も、出来るのですね」

「婆さまに教わった」

「フフフ…。素敵ですけれど、妖精女王陛下がカーテシーをなさるのはおかしいです」

「えーっ。アカンの…?」

「それは…。地位の低い者が目上に対してする、お辞儀ですから…」

ユリアーネ女史が、呆然とするメルに説明した。

「わらし…。婆さまに木の枝でペシッてされながら、がんばって覚えたんヨ」

「カーテシーは、妖精女王陛下より偉い方にしましょうね」

「それって、どこにおるん?」

「うーん。どこでしょうかねぇー?」

ユリアーネ女史は、メルから視線を逸らせた。

思い返してみれば、昨年エーベルヴァイン城を訪れた際に、メルの正体は隠されていた。

それ故に習い覚えた、お辞儀である。

結局、ウィルヘルム皇帝陛下との謁見は回避されたけれど、そうなるとカーテシーを使う機会など何処にもない。

「お貴族さまの作法なんぞ、ムダじゃ…。覚えて損したわ!」

メルは手にしていたマフ(毛皮で作られた円筒形の防寒具)を床に叩きつけて、幼児らしく癇癪を起した。

「あらっ。メルってば…。そんなに嘆くコトないでしょ」

ラヴィニア姫が、マフを拾い上げてメルに押し付けた。

メルが物に八つ当たりすると、ラヴィニア姫は静かな態度で反省を促す。

こうしてメルは、ラヴィニア姫に淑女教育を受けさせられていた。

ラヴィニア姫を好きなメルとしては、逆らうことが出来ない。

「苦労してムダは、悲しいのデス!」

「無駄にしなければ良いじゃない。わたしたち、二人の挨拶にしましょう」

「二人で…?」

「そうよ…。ほらっ」

そう言ってラヴィニア姫が、愛らしくカーテシーを決めた。

ラヴィニア姫に釣られて、メルもカーテシーをする。

二人してクルクル回りながら、キャッキャウフフとカーテシーを繰り返した。

仕様もない幼児の戯れだけれど、誰が見たって楽しそうだった。

仲良しの二人が、愉快そうに笑い合っていた。

「わんわんわん…!」

二人の足もとで、仲間入りしたそうなハンテンが吠えたてる。

ユリアーネ女史は笑みを浮かべたラヴィニア姫を見つめて、ほっと胸を撫でおろした。

そうして暫く放心した後に、ラヴィニア姫とメルがふざけ合う賑やかな部屋から、そそくさと出て行った。

ユリアーネ女史の目には、涙が滲んでいた。

かつて魔法術式により感情を封鎖したユリアーネ女史は、何があろうと怒ったり泣いたりした覚えがなかった。

それなのに、溢れだす涙を止められない。

とても稀有なことであった。

(間違っていなかった…。私とアーロンが、ラヴィニア姫の延命に尽くした日々は、間違っていなかった…。ようやっとラヴィニア姫が、心から嬉しそうに笑ってくれた)

それは…。

封印の巫女姫を延命処置で苦しませ続けたユリアーネ女史に、許しと救いをもたらした。

ユリアーネ女史は、メルに深い感謝の祈りを捧げた。