作品タイトル不明
メルの処世術
「ふぅーん。メルの樹には、地下室があったんですね」
「まだ、みんなにナイショ…」
「わたくしに、見せても良いのですか?」
「ハンテンの助け、ヒツヨウだから…。ラビーおらんと、ハンテン逃げてまうで…。もぉー、捕まえるのメンドイわっ!」
メルはカーペットを剥がして、地下へと降りる出入口のフタを開けた。
「階段だぁー。精霊樹の中が、こんなだなんて…。すごく不思議です…!」
「それはなぁー、マホォーよ。考えゆと、頭イトォーなりマシュ」
「うん…。普通だったら、絶対に樹が枯れてますよね」
ラヴィニア姫は、がっつりとハンテンを抱きしめて、慎重に一歩ずつ階段を降りた。
明かりがあるので、足元はハッキリと見えた。
ラヴィニア姫が用心しているのは、ハンテンを抱えていたからだ。
夢の中と違って、ハンテンはずっしりと重たかった。
しかも油断していると、ラヴィニア姫の首筋や顔をペロペロと舐める。
階段を降りる際には、とても危険であり邪魔な存在だった。
「このトビラの向こう、オシロの地下ヨ。ラビーの仲間、おゆデス」
メルが異界ゲートを指で示し、ラヴィニア姫に説明した。
「これって…。魔法文明が全盛の時代に存在したと言われている、転移魔法ですね。本当にあるなんて、驚きです。てっきり、空想の類だと思っていました…。ところで…。わたくしの仲間って、先輩の巫女姫たちですか…?」
「うむっ…。むかぁーしに死んどゆで、葉っぱのセイェーになった。ヒトとちゃうけど、危険ナイ。だから、ビビらんでください」
「承知しました。わたくしだって、ちょっと前まではミイラだったんだから…。 幽霊(ゴースト) っぽくても、平気です…。タブン…」
木乃伊となった自分の姿を見れるはずもなく、ラヴィニア姫の台詞は只の強がりだった。
幼児のメルに気遣われて、三百才のラヴィニア姫が尻込みする訳にはいかない。
大人が使えないような魔法を平気で使う幼児ーズに、『負けてはいられない!』と言う強い対抗意識もあった。
「フウインの石室も、まえと違いマス。コシ抜かさんでね」
「大丈夫です」
「イケメンのアクマもおるけど…」
「ダイジョウブ!」
ラヴィニア姫は、珍しく鼻息を荒くして答えた。
その負けず嫌いな性格は、幼児ーズに共通するスピリットであり、たとえオネショをしなくてもラヴィニア姫が幼児ーズのメンバーである証しだった。
一般的な幼児も泣くほど負けるのが嫌いだけれど、幼児ーズの負けず嫌いは度を越えていた。
マウントされっぱなしは、どうしても我慢ならない。
置いてきぼりなんて許せない。
だからラヴィニア姫は、意を決してメルと共に異界ゲートを潜った。
怖くたって、胸を張って勇気を示すのだ。
「ついたど…」
「えっ、もうエーベルヴァイン城なの…?」
ラヴィニア姫が一歩踏み出した其処は、既に封印の石室だった。
「ばぅっ!」
ハンテンが古巣の匂いを嗅ぎつけて、軽快に吠えた。
ハンテンはハンテンなりに、巫女姫たちと会いたがっていたのだ。
「ようこそいらっしゃいました、妖精女王陛下…」
出迎えた 悪魔王子(デーモンプリンス) が、うやうやしく挨拶の口上を述べた。
「そして 屍呪之王(しじゅのおう) と、封印の巫女姫さま。われは 悪魔王子(デーモンプリンス) 、お見知りおきを…」
「でーもん、ここを守ってゆ。ちょっと強い!」
メルは腕を組んで、偉そうにそっくり返った。
「………ッ!」
メルの紹介に、 悪魔王子(デーモンプリンス) は端正な顔を引きつらせた。
しかし魔導甲冑と闘って負けたので、メルに反論はできない。
「ちょっとしか強くない、 悪魔王子(デーモンプリンス) である。よしなに…」
「あっ」
ラヴィニア姫は手の甲に口づけされて、顔を赤く染めた。
「くちょ。イケメンがぁー!」
メルは小声で 悪魔王子(デーモンプリンス) を罵った。
黒ずくめではあるが、王子さまの成りをした 悪魔王子(デーモンプリンス) は、女子供に受けの良さそうな外見だった。
身につけた衣装や仕草が、完璧にキラキラとした王子さまなのだ。
「いけ好かない優男ですよね」
「うむっ…。幼女をたぶらかす、ワルイやつ」
メルとカメラマンの精霊が、小声で言葉を交わす。
こうした場面では、メルもカメラマンの精霊と大差なかった。
モテないオトコの嫉妬が、溢れまくりである。
そうこうする内に、ハンテンが倒れていた精霊樹の守り役たちを介抱しに行った。
ぐったりとしてベッドに横たわる姫たちをペロペロだ。
「あれで、 霊力(オド) がチャージされゆのか…?」
「何やら猥雑な景色ですな…」
すかさずカメラマンの精霊が、子機を飛ばして撮影していた。
「タンサクキ八号には、かわいそぉーなコトした。すんませんデシタ」
「なぁーに、ママのためですから…。アイツも本望です。ボクら、ママの子ですから…」
「そっ、そうなの…?」
太股の辺りにスリスリしてくるカメラマンの精霊を眺めて、『口調はアレだけれど、中身はハンテンと同じかも…』と思うメルだった。
カメラマンの精霊がしている行為自体は、アビーに甘えるメルと変わらない。
『猥雑』とか、『エロ』などと発言するから、途端におかしくなるのだ。
カメラマンの精霊が、言葉の意味をきちんと把握しているかさえ疑問に思われた。
「おまぁー。黙っておった方が、エエよ」
「えーっ。カメラマンとしてのアピールを止めたら、ボクは盗撮野郎になってしまうじゃないデスカ…」
「だからぁー。そうやって、トウサツとか言うなぁー。オンナノコに、やぁーがられるデショ!」
メルは自分で生みだした精霊のアホさに、溜息を吐いた。
ハンテンによる 霊力(オド) のチャージは迅速で、然して待たされることもなく三の姫が目覚めた。
最初は顔のない精霊樹の守り役に怯えたラヴィニア姫だけれど、即座に気持ちを切り替えて封印の巫女姫であった時代の苦労談に花を咲かせた。
会話の内容は主に、ウスベルク帝国の歴代為政者を呪うアレコレと、無為に安寧を貪る民へと向けられたドス黒い怒りであった。
悪意が滴るガールズトークを横で聞かされたメルは、高濃度の瘴気に当てられてげんなりとした。
綺麗な少女と可愛らしい幼女の口から放たれる、大人顔負けの呪詛は胃にもたれる。
「わたくしたち、もう仲良し」
「ラヴィニア姫とわたし…。ズットモだね♪」
「ソウデスカ…」
二人のノリについて行けない、メルだった。
やがて一の姫と二の姫が覚醒したところで、今日のところは引き上げようと言う話になった。
「これ、ずっと続けなければダメ。今日だけでないから、もう帰ろぉー」
「そんなぁー。もう帰ってしまうのですか…?」
「三のヒメ。わらしのとこ、遊びぃーきてエエよ。トビラをくぐるだけデス」
「本当ですかメルさん♪」
「その代わり、ラビーくらいヒトに化ける。村の人をビビらせるダメ!」
メルはお化けのでる料理店とか、メジエール村の人たちに噂されたくなかった。
「わっかりました。変異魔法の練習をしてから、お邪魔させていただきます」
三の姫も心得ているようで、心配はなさそうだった。
「せっかく来たのに、帝都ウルリッヒを見て回らないのですか…?」
「わらしら、ヨージよ。ちっさいで、テェート危ない。遊ぶんなら、ジュンビせんとアカン…」
「そう言われてみれば、その通りですね」
「タリサたちも、連えてきてあげたいけどなぁー。まだムリよ」
メルは前回の観光でウンザリしていた。
ちびっ子に帝都観光は難しいのだ。
それでも最適なガイドには、目星をつけておいた。
チルたちのことである。
けれど、まずは自分で試してからでなければ、幼児ーズを連れて来れない。
大人コースを案内したがった、クリスタやアーロンの二の舞はゴメンだった。
苦労した挙句に、『がっかりだわー』とかタリサたちに言われたら、ちょっと立ち直る自信がなかった。
「美味しくて、楽しくなければ、カンコーと言えまシェン!」
そう言う話である。
◇◇◇◇
秋も深まり、木の葉が色づき始めるころ…。
今年も精霊祭実行委員会の小母さんたちが、『酔いどれ亭』に集まった。
昨年の精霊祭で牛車の拷問に音を上げたメルは、メジエール村の人々からチヤホヤされる立場をラヴィニア姫に譲り渡した。
「本当に、わたくしで良いのですか?」
ラヴィニア姫が遠慮がちに訊ねた。
でも、その表情は嬉しそうに輝いていた。
生まれついてのお姫さまだから、高いところで崇められるのが大好きなのだ。
「見るからに、ありがたいヒメさまです。これ以上の適役は、おらんヨ」
メルも、ひたすらにラヴィニア姫を推す。
「まあ、気品があって可愛らしい」
「ほんに、愛らしかぁ…。こんだけ綺麗じゃと、祭りの衣装が引き立つわ」
「ヨォーセー女王は、わらし引き受けゆ。祭りのギシキじゃけのォー。わらし、セイエージュの枝わたすヨ。けど…。山車に乗って、枝を届けゆ役はラビーね」
メルは真面目な顔で言い張った。
精霊祭の役どころを変えてしまおうと言うのだから、此処でこそ妖精女王ぶらなければいけない。
「うむっ。妖精女王がそう仰るのであらば、祭りの形式を変えるのもやぶさかではない」
「我らより、よほど精霊に近いお方じゃ。その言葉に従うは、当然じゃろう」
「よろしかろう。メルさまは妖精女王として、精霊樹の枝を渡す。そちらの小さき姫は、精霊の子として枝を運ぶ。これで宜しいか…?」
「うむっ。そのように、変更してもらいたいデス」
精霊宮に仕える、年老いた巫女たちが頷いた。
昨年メルの力を目の当たりにしているので、儀式の変更に異を唱えたりしない。
日常に不思議が息づくメジエール村では、昔からの伝統より現実が優先されるのであった。
こうしてメルは、今年の精霊祭から逃れることが出来た。
ようやくお祭りを楽しめる立場になった。
「わらし…。タコ焼き、屋台だすぅー♪」
ヤル気満々である。