軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地下迷宮でゴハン

メルたちは地下通路の中心部付近からズンズンと歩いて、間もなく外周にたどり着いた。

ここは地下迷宮と呼ばれていた特別区画ではなく、単なる地下水路であった。

封印の石室を守備していた衛兵たちの、管理区域外に当たる。

メルはダンジョンを設置したとき、地下通路の全てを結界内に含めた。

何処で線引きをするとか、そのように詳細な設定を決めるのが難しすぎたからだ。

そのせいもあって、メルが設置したダンジョンは、帝都ウルリッヒの地下全域をカバーすることになった。

貴公子レアンドロと狩人のワレンが無造作に地下へと降りたのは、その事実を知らなかったからだ。

そしてワレンは長年の経験と勘により、自分たちが降り立った地下通路が活性化したダンジョンであるコトを見破った。

携帯食料や水の用意も殆どないのに、当てもない脱出の機会を待って動こうとしなかったのは見上げた根性と言える。

暗闇の中でレアンドロとワレンは体力の温存に努め、飢えと死の恐怖を精神力で抑えつけていた。

ワレンは古代遺跡で屡々見かけたミイラや白骨死体を思いだして、憂鬱な気持ちになった。

遭難者としての惨めな死は、ワレンの最悪から数えて三番目くらいに入る受け入れがたい死に方であった。

「くっそぉー。腹が減りすぎて、死ねるか!っての…」

「デスネ…。ワインが飲みたいな…。いいや、贅沢は言いません。コップ一杯の水で良いから、恵んで欲しい…。これで死んだら最低です。よく遺跡調査団がアンデッドに遭遇した話を聞いて、眉に唾を付けたモノですが…。今なら、化けて出た亡霊の気持ちが分かりそうです」

「人喰いの 屍食鬼(グール) とか、 狂屍鬼(きょうしき) な…。ヤバイ場所には、わんさか存在するぜ。同情までならするけどよ、連中の仲間入りは絶対にゴメンだ!」

レアンドロとワレンは、 窶(やつ) れはてた顔で愚痴をこぼし合った。

メルが現れなければ、二人が亡霊たちの仲間入りをするのは、そう遠くない未来の話だった。

恐怖と空腹に苛まれながら、通路に身を寄せ合ってしゃがみ込んだ二人を発見すると、メルはタケウマでトコトコと近づいた。

「おーっ、おひさぁー!おまぁーら、死にそうか?死ぬんか…。こんなとこで、死んだらアカンよ」

メルがタケウマの上から、目を血走らせた遭難者たちに声をかけた。

レアンドロとワレンは、三日ほど飲まず食わずで睡眠も満足に取れていない。

飲料水だって、小さな水筒を持っていただけである。

それもとっくにカラだ。

緊張感を強いられる環境に置かれて必要な補給も得られず、二人は気合いだけで意識を保っていた。

「幻覚め…。あっちへ行け!」

「そうだ。メルが帝都に居るはずねぇ。退け妖怪ども…。おれは騙されないぞ!」

舞い踊る妖精たちに照らされたメルの姿は、なるほど幽玄であった。

メルに付き従う孤児たちだって、薄闇の中では恐ろしい妖怪に見えなくもない。

だがそれは、無理やり見ようと思えばの話である。

何と言ってもチルたちは、レアンドロとワレンが追いかけてきた孤児なのだ。

顔を忘れている筈がなかった。

「とんでもなぁー、イジっぱりデスネ…。用心深いにも、ほどがあゆデショ…。ここはハラァー抱えて笑うシーンなれど、わらしソンケェーしたわ。おまぁーら、エライ!」

ゴハンなし(・・・・・) で三日も我慢するなんて、傭兵隊のヒトは偉い。

メルの感心ポイントは、其処である。

メルはタケウマを前方に倒して着地(格好よいから、幼児ーズで流行っている)すると、小さな幼児用の 背嚢(デイパック) から前世のよすがである大きな 背嚢(デイパック) を取りだした。

石畳の上にピクニックシートを置いて、みんなで座れるように広げた。

素早くミケ王子がピクニックシートの真中に飛び乗って、重石の代わりになった。

ミケ王子の助力によって、メルはシートの四隅を引っ張るのが簡単になった。

幼女とネコ、阿吽の呼吸である。

「わらし、ゲンカクね…。おまーら、お気づかいはゴムヨウになぁー」

メルは二人に断りを入れて、大きな 背嚢(デイパック) からマジカル七輪を取りだした。

濃厚コーンポタージュと牛乳を土鍋で混ぜ合わせ、マジカル七輪でゆっくりと温める。

「メルちゃん、その背嚢って魔法の収納庫…?」

黙って見ていたチルが、とうとう我慢できなくなって訊ねた。

魔法の収納庫と言えば、既に失われてしまった魔法技術の産物であり、今では古代遺跡から極まれに発見されるのみ。

その希少さときたら、お金では買えないほどである。

「うん。わらし…。生まれたとき、コレに入ってマシタ」

「……っ!」

チルとしては元老院のお偉方や冒険者たちが垂涎の的とする魔法の収納庫について話したかったのだけれど、メルの台詞に驚いて言葉を失った。

エルフとのハーフどころか、メルは魔法の袋から生まれたらしい。

もう話にならない。

「色々なの、入れとぉーヨ。荷物たくさんでも、おもぉーないし…。この大きいのが、よい。とぉーても、よろしいデス!」

「そうなんだ…」

『そこから、メルは生まれたのね…!』と思いながら、チルはカクカクと頷いた。

袋から生まれたのだから、袋エルフとか言う珍種だろうか?

何にしたところで、ただのエルフではなさそうだった。

「ちっさいのもマホォーよ。けどなぁー。ちいさいと、おっきいモン出せぬ!」

マジカル七輪や聖水の湧き出る木桶は、幼児用の 背嚢(デイパック) から取りだすことが出来なかった。

収納してある道具に対して、幼児用の 背嚢(デイパック) は袋の口が狭すぎた。

メルはピクニックシートに木の食器を並べながら、フンフンと楽しそうに鼻を鳴らした。

いつだって、美味しいモノを用意するのは楽しいのだ。

「コショウ少々…。パンは…。パン屋のマルセルさんからコォーた、バゲットっぽいやつを切り分けゆ…♪」

時刻は、お昼を回っている。

メルの腹時計が、そう告げていた。

今ごろは幼児ーズも、メルが用意しておいたチキンライスを食べていることだろう。

それを考えると場所なんてどうでも良いから、何か食べたくなった。

何より、腹を空かせたレアンドロとワレンを見たら、無性にゴハンが食べたくなった。

(仕方ない…。腹ペコは、感染するからね…)

あり得ないことを信じているメルだった。

メルの空腹は、飽くまでも『瀉血』のせいだ。

それをコロッと忘れてしまっているのは、メルが幼児だからであった。

土鍋から湯気が立ち昇り、甘いコーンの香りが鼻をくすぐる。

チルたちも興味津々の様子で、土鍋を見つめていた。

「美味しそう…」

「いー匂い♪」

「あーっ。それって、ベーコン?」

「うん。こまこぉー刻んで、カリカリに炒めたベーコン。そえから、カンソウさせたパセリ…。スープの、浮き身デス」

人数分のお椀を並べ、レードルでスープをよそっていく。

グビリとツバを飲み込む音がした。

「んっ…?」

メルが背後を振り返ると、レアンドロとワレンが身を乗りだして土鍋を見つめていた。

まるで獲物を狙う狩人の目だった。

「わらし、ゲンカクだけどなぁ…。おまぁーらも、スープ飲みますか…?」

「……くれっ!」

「くっ…。匂いが、匂いが我慢なりません。わたしにも下さい!」

「フンッ…。キミたち忘れたぁー、アカンぞ。わらし、ここにおらんからネェー」

メルは二人に釘を刺した。

何としても帝都ウルリッヒに来たことは、秘密にしておきたかった。

メルとしては、異界ゲートの存在をアーロンに知られたくなかったのだ。

チルたちはパンをスープに浸して食べた。

ひたすら無言で食べ続けた。

チルは炊き出しのゴハンを美味しいと思っていたけれど、メルが用意してくれた質素に見える昼食は、味のレベルが違った。

言うなれば、これまでの人生で一番に美味しいゴハンである。

それはセレナやキュッツも感じているようで、当然の如くオカワリの競争になった。

メルが山ほど切って大皿に積み上げたパンも、残ることなく食べ尽くされそうだった。

そんな欠食児童たちを横目で眺めながら、ミケ王子はメルに貰った新しいチーズを堪能していた。

(うーん。匂いが強烈だけど、味はまろやかぁー♪)

リヴァロと言う名のウォッシュタイプに属するチーズで、香りが強い。

チーズの断面には、よくある漫画のチーズみたいな穴がポコポコと開いていた。

(コクがあって、癖になる味…。もう朝昼晩と、三食チーズでも良いな…!)

中年期の腎臓病と痛風が危ぶまれる、妖精猫族の王子さまだった。

ピクニックシートに腰を下ろした孤児たちと並んで、三の姫も勧められたスープを一口だけ啜った。

野外での会食だけれど、三の姫は上品な仕草を崩さなかった。

「メルさま…。とても美味しいです!」

一瞬だけ驚いたような表情を見せた後で、ピクニックシートに座った三の姫が、しみじみと呟いた。

「ゴハン、美味しいです。もっと早くに、食べれば良かった」

ずっと死霊だった 木の精霊(ニュムペー) たちは、復活しても食事を必要としなかった。

だから、こうしてスープを勧められて、初めて食べる楽しさを思いだしたのだろう。

「めそめそ、泣くな…。わらし、もらい泣き…。三のヒメ。笑って食べて…」

「はい…」

三の姫はパンをスープに浸して、口に入れた。

目に涙を滲ませていたけれど、とても嬉しそうだった。

メルは協調性も共感力も低い頑固な幼児だけれど、ことゴハンに関しては 他人(ヒト) に引きずられる。

食べられない悲しさや悔しさは、前世で嫌というほど味わってきたのだ。

オイシイ感動も…。

「メル…。メルさん。この美味なるスープをオカワリしても、宜しいでしょうか?」

「くぅーっ!温かいスープが、すきっ腹に染みるぜ。もぉー最高だ…。おれも欲しい。パンのオカワリも…」

遭難者チームが、おかわりを要求してきた。

「キミたちさぁー。いい加減、こっち来て食えばぁー?」

「そうだな…。罠だとしたら、もう手遅れだし…。ところで、メル嬢ちゃんよぉー。どうして、此処に居るんだ。どうやって、帝都まで来た?」

「そうそう、そこですよ。ホント、助かりましたけれど…。今頃アビーさんが、心配しているのではありませんか…?また不思議な魔法を使って、空を飛んで来たのですか?」

「わらし、ゲンカクでしょー!ここに、おらんよ!!」

メルは二人と視線を合わさずに、顔を伏せて怒鳴った。

どうやら異界ゲートの秘密を守るのは、とても難しそうだった。