軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生い立つところが難しい

ラヴィニア姫は屋敷に帰ると、食事会で親しくなった幼児ーズの事ばかり考えていた。

顔があり、ちゃんとした名前を持つ、本物の子供たちだ。

(ダヴィ、タリサ、それにメルとティナね…。覚えている。わたくし、あの子たちの顏と名前を忘れていない!)

『夢の中で追いかけた子供たちのように、幼児ーズが消えてしまったらどうしよう…?』と、ラヴィニア姫は不安になる。

ラヴィニア姫の近くには、既にユリアーネ女史や小間使いのメアリが居てくれる。

彼女たちはラヴィニア姫が眠りに落ちても、目を覚ませば必ずオハヨウの挨拶をしてくれる。

だからラヴィニア姫も、ようやく安心して寝られるようになったのだ。

だけど幼児ーズに対する気持ちは、まったくの別物だった。

人間関係の好き嫌いを含んだ問題なのだ。

「お友だちかぁー。でも…。わたくしは 淑女(レディー) 。あの子たちは、オムツが取れたばかりの幼児です。わたくしも外見は幼児だけど、とてもとても同年代とは申せません…」

ラヴィニア姫が、フゥーとため息を漏らす。

ついうっかりタケウマに興味を惹かれてしまったけれど、あのような子供のオモチャに心を動かされる年齢ではない。

何と言っても、ラヴィニア姫の年齢は三百才なのだ。

ちっちゃな子供とキャッキャウフフしているのは、流石に可笑しいだろう。

そんな思い込みが、ラヴィニア姫の頭を占めていた。

だからこそ、幼児ーズに自分が嫌われる可能性を無視できない。

言うなればジェネレーションギャップだ。

価値観の相違である。

ラヴィニア姫にとって社会に貢献するところのない幼児とは、まさしく謎の存在だった。

そもそも幼少期に封印の巫女姫として選ばれたラヴィニア姫には、同世代の子供たちとはしゃぐ機会など与えられなかった。

子供っぽい遊びをした経験もなければ、ダヴィ坊やのように感情を隠さず、言いたいコトを口にした覚えもない。

呪いごとを並べ立て、さめざめと泣いた記憶はある。

悲しい記憶だ。

だけど怒りは隠した。

世界の理不尽さに憤ることは、許されていなかった。

ラヴィニア姫の憎悪は、 屍呪之王(しじゅのおう) が封印魔法を破る切っ掛けとなるから…。

他者を否定したり、破壊を望む激しい感情は、幼い頃から徹底的に抑圧された。

同時に、自由でありたいと望む自分も、情け容赦なく封殺された。

『穏やかで礼儀正しくあれ…!』

ラヴィニア姫を生贄として捧げた両親は、幼児の癇癪を絶対に許さなかった。

それは忌むべき悪い感情だと、繰り返しラヴィニア姫に教え込んだ。

そのせいでラヴィニア姫は、未だに素直な自己表現ができずにいる。

『大声をあげて罵る!』と言う当りまえの行動が、怒りの段階で殺されてしまうのだ。

ラヴィニア姫の目に、ダヴィ坊やの粗暴さは輝いて映った。

ラヴィニア姫にとっては礼儀に外れた蔑むべき行動な筈だけれど、あろうことか怒りで顔を赤く染めたダヴィ坊やが美しく思えた。

鼻垂れの児童なのに…。

活力に満ちて、キラキラと輝いて見えた。

(ダヴィ坊やは、不思議な子よね…。最初は…。ちょっとしたことで怒る、意地悪な子かと思ったけれど…。話してみたら、とっても親切だったし…。こうして思い返すと、怒っているところも嫌いになれない。何故なのかしら…?)

封印の巫女姫である務めから解放されたばかりのラヴィニア姫には、何が正しいのか分からなかった。

これまで守り続けてきた規範を是とするのか、己の目に映った事実を受け入れるべきなのか。

「お役目から解き放たれたいま…。わたくしには、世界との関わりようが分かりません…」

汚い大人たちに都合が良いウソで構築された自我と、遅ればせながら真正面から向き合うラヴィニア姫であった。

誰であろうと自己否定は不愉快であり、思考回路の修復ともなれば困難を極める。

ラヴィニア姫を束縛する自己否定は根が深く、極めて悪質だった。

だが、メジエール村は底抜けにやさしい。

しかもメルを含む幼児ーズは、とても分かりやすくシンプルだ。

そして幼児ーズの熱い反骨精神は、何であれ権力者の理不尽さに向けられていた。

やがてラヴィニア姫も、あるべき己の姿を取り戻すだろう。

それはもう、約束された未来と言えた。

だが、その為には、ひとつの壁を乗り越える必要があった。

そう…。

ラヴィニア姫は、自分が幼児であることを認めなければいけなかった。

自我を再構築するには、まっさらな子供からやり直すのが正しい道筋なのだ。

ラヴィニア姫にとっての障害は、 淑女(レディー) としての羞恥心だった。

それはラヴィニア姫を支える、唯一の 自尊心(プライド) でもあった。

◇◇◇◇

メルの一日は、アビーの起床と共に始まる。

「おはよぉー。メルちゃん」

「オハァー。まぁま…。おテンコは…?」

「天気は晴れ…。サイコォーの、お洗濯日和だよ」

「うはぁー。きょうも、あちぃーデスカ。もう、イヤァー!」

「朝から愚痴らない。さあ、今日も一日ガンバルよぉー!」

アビーはメルと一緒に顔を洗い、歯磨きを済ませると、裏庭に出かけて色々な仕事を片づける。

それは畑の世話であったり、排水路のゴミ掃除であったり、汲み取り式トイレの処理であったりして、実に忙しい。

で、一緒に起きたメルが何をしているかと言えば、まずはタブレットPCのチェックである。

それが済むと、つぎは日課の広域浄化だ。

これはメジエール村と帝都ウルリッヒの両方で行う。

皆が黒いモヤモヤに苦しめられたりせずに、健康でいることがメルの願いであるし、花丸ポイントの獲得量にも大きく影響する。

だから毎日のように、メルは異界ゲートを使って封印の石室を訪れる。

ダヴィ坊やと朝起き隊の活動をするのは、全てが終わってからだった。

このようにメルはメルなりで、とても忙しい朝の時間を過ごしていた。

〈おはぁー、メル♪〉

〈ぶひ、ぶひ…〉

〈ミケ王子、トンキー、おはようございます。アビーによると、今日も暑いそうです。熱中症には気をつけて、ほどほどに頑張りましょう!〉

〈もう、ウンザリだよ…。暑すぎて、なぁーんにもヤル気が起きない!〉

〈ブヒィー!〉

ミケ王子の台詞に、トンキーが強く同意を示した。

最近、何だかトンキーの意図が分かるようになった、メルだった。

漠然とした気持ちとイメージが、トンキーの念からそこはかとなく伝わってくるのだ。

魔法の念話なので、そういうことも起こり得るのかも知れなかった。

決してブタ語が理解できるようになった訳ではない。

メルはミケ王子をネコスケに変身させて、ラヴィニア姫のもとへと送りだした。

未だミケ王子のスパイ活動は、続けられているのだ。

というか、ペットによるメンタルケアと捉えた方が正しかった。

メルにはラヴィニア姫やユリアーネ女史から、こっそりと盗みだしたい情報などなかった。

面と向かって訊ねればよいから…。

きちんと言葉を交わすのは、メルにとって重要な訓練だった。

帝国公用語を学び始めて早一年。

バカだ愚鈍だと、冷たい目で蔑まれながら、それでもくじけずに生きて参りました。

(だけど、一年生なんだからさ…。四歳児に期待する発話レベルは、ハードルが高すぎるんだよ。だれも褒めてくれないから、僕は自分で自分の努力を褒めたたえるヨ。てか、帝国公用語…。発音が難しすぎだわ…!)

聞き取りも発話も、日本語がベースのメルからすると、帝国公用語は奇々怪々で容易に発音できない。

それと認識していない音は差異を聞き取れないし、当然のことながら口にするコトもできない。

タリサとティナが親切に直してくれるのだが、そう簡単な話ではなかった。

アビーに至っては、『カワイイから、そのままでヨシ!』と言い切る始末だ。

(僕だって…。やがて成長すれば、ボンキュッボンのお嬢さまになるんだよ。その時になっても、幼児語だったらどうしてくれるの…?)

メルはカワイイで済まされない未来を確りと見据えていた。

「ボインの舌たらずとか…。もぉーっ、フケツじゃ!」

メルが心配するのは、タリサやティナに愛想を尽かされることだった。

ぶりっ子とか呼ばれたら、恥ずか死ねる。

それなのにメルのエルフ 耳(イヤー) は、語学力の向上を助けてくれない。

感度の良さに驚くのは、忍び寄る虫どものカサカサ音を察知したときくらいである。

もっとも、メルの心配は杞憂であった。

男がカワイイらしく思う娘たちの言動は、メルとかけ離れていたからだ。

粗暴な振る舞いと、酔っぱらいかチンピラのような言葉遣いは、男たちにとって残念な要素でしかなかった。

タリサとティナはメルと一緒にいて恥ずかしいから、女の子らしい喋り方を教えようとしていたのだ。

近い将来、男の争奪戦でメルに負けるとは、微塵も思っていなかった。

メルの性格は、何処からどう見ても男前であった。

上手くいくはずがない。

『アビーとフレッドのどちらか…?』と問われたなら、メルは間違いなくフレッドに似ていた。

男たちから好かれるにしても、その理由は恋愛とまったく異なる。

だけどそれは、誰もメルに話して聞かせない公然の秘密だった。

『放置しておくのが、一番おもしろい!』と、メジエール村の大人たちが考えたからだ。

ときとして大人は、子供の未熟さや間違いを楽しむ。

それは、やむを得ない事であった。

子供を眺める大人たちは、自分の過去を懐かしんでいるのだから…。

〈それじゃトンキー、留守番をよろしくね。わたしは、帝都を浄化してくるから…〉

〈ぷぎぃー〉

〈うんうん…。帰ってきたら、ニガウリを上げるよ。それから散歩をしようね〉

〈ぶっ、ぶぅー?〉

〈そそっ…。散歩は、ダヴィも一緒だよ。それじゃ、行って来まぁーす♪〉

メルはトンキーを外に残し、精霊樹の異界ゲートへと向かった。

トンキーとの念話が、ちゃんとした会話になっていた。