軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

元婚約者からストーカーされているようです

放課後、カタリナはフェリックスに誘われ、クラスメイト数人ととある店を訪れていた。

猫をモチーフにした看板を見上げる。

「ここは?」

隣にいるフェリックスが眼鏡をクイッと上げた。

「昨年から平民や下級貴族の間で流行っている猫カフェというものを知っているか?」

「たしか、愛玩動物との戯れを目的としたカフェよね?」

彼は「その通りだ」と頷き、小声で説明を加える。

「ここはその店を中級貴族以上向けにブラッシュアップしたカフェだ。王族もお忍びで訪れているという噂もある」

思わぬ情報に「え⁉」と驚けば、「静かに」と窘められる。

「大声を出すな。それと、この中で起こったことは外部に決して漏らさないように。それが入店する上での暗黙のルールだ」

「わ、分かったわ。……というか、よくこんな店知っていたわね」

「セシリアの紹介だ」

「ああ、なるほど」

それなら納得だと頷き返した。

店内は木目調のシンプルな作り。椅子やベッドのようなものが等間隔に置かれており、見上げればキャットウォークがある。共に入店したクラスメイトたちは慣れているのか、思い思いにばらけていく。

「カタリナ様」

「エリオット様?」

(確か、彼も次のお相手候補に入っていたわね)

頭の中のリストと照らし合わせる。

彼は没落しかけのバークリー伯爵家の嫡子。エリオットを婿に取る場合、彼の生家を後援するか、吸収するかのどちらかになる。お相手としては、可もなく不可もなくというところ。

(なるほど、このためだったのね。おかしいと思ったのよ。フェリックスが猫カフェだなんて。要はこれもお見合いの斡旋……)

と、カタリナは脳内で結論付け、エリオットに笑みを返した。

女性慣れしていないのか、エリオットはカタリナと目が合うたびに顔を真っ赤にし、目線を泳がせている。それでも、一生懸命にコミュニケーションを取ろうとする姿はなかなか好感度が高い。

「あ、あの、カタリナ様はここ初めてですよね?」

「ええ」

「それでしたら、わ、私が案内します。こちらへどうぞ。ここは飲み物がセルフサービスなのです」

彼が示した先は、紅茶コーナー。

しかし、そこには先約がいた。見たことのある貴婦人――某侯爵家の夫人――が自分で紅茶を入れている。普段給仕される側の彼女は手慣れた様子で紅茶を入れ、カタリナたちに一礼するとさっとどいた。

何となく彼女の背中を目で追う。彼女は椅子に座り、口にカップを運びながら、もう片方の手で猫じゃらしを揺らしていた。素知らぬ顔で紅茶を嗜んでいるフリをしているが、彼女の目はじゃれつく猫を追っている。

(そういえば、侯爵は動物嫌いだと聞いたことがあるわ。だからわざわざ猫カフェに……)

カタリナは改めて紅茶コーナーに並んでいる茶葉に目を通した。

(すごいわ……専門店と差異ないわね)

知らない茶葉やオリジナルブレンド茶も置いてある。

(なるほどね。ここで飲んで気に入ったものがあれば提携先の店で直接買い付けるのも良し、またここに来るのも良し、どちらにしてもいい商売ね)

「あの……決まりましたか?」

「……そうね。私はこれにしようかしら。エリオット様は?」

「わ、私もカタリナ様と同じで……」

「なら、一緒に作ってしまうわね」

「え、いいんですか⁉ あ、す、すみません」

エリオットが大きな声を上げたせいで、注目されてしまった。頭を下げる彼の隣で、カタリナも共に会釈をした。

(悪く言えば頼りない。良く言えば素直な方ね)

彼の家が没落しかけている理由を思い出し、おそらく彼の両親もそうなのだろうなと予想した。

「申し訳ありません」

「ふふ、次からは気をつけてね」

そう言って、出来上がったばかりの紅茶を渡す。恭しく受け取ったエリオットと共に空いているソファーに座った。

(この蓋いいわね)

カップに取り付ける蓋は使い捨てのようだ。にしては密閉具合はきちんとしており、さかさまにしない限りは漏れそうにない。猫対策なのだろうが、これは執務のお供にもいいのではないだろうかと思案する。

(帰ったらお父様に話してみましょう……って、あら、あの方は!)

またもや見覚えのある顔を見つけた。

ベッドで目を閉じ横になっているが、あれはどう見ても宰相だ。彼の周りには猫が一匹、二匹、三匹、四匹と集まっている。猫まみれの宰相という貴重なシーンを目撃し、驚いているのはどうやらカタリナだけらしい。各々猫との戯れに夢中になっている。

カタリナも倣ってそっと宰相から目を逸らした。その時、膝上に茶トラ猫が乗ってきた。

(ま、まあ……)

動いたら逃げられそうな気がして固まったカタリナ。茶トラはすっかりくつろいでいる。

(か、かわいい……)

この気持ちをどう表現すればいいのだろうか。胸が熱い。触りたい。けれど、触ったらきっと逃げて行ってしまう。触れない。ああ、もふもふ……。

ジー。ジー。

と、耳慣れない音がした。

顔を上げる。見れば店のスタッフらしき人物がカメラで写真を撮っていた。どうやらそういうサービスも行っているらしい。差し出された記念写真を受け取り、頬を緩める。

「あ、あの、おやつをあげてみませんか?」

エリオットの両手には猫用のおやつ。有料アイテムを買って来てくれたらしい。

「さっき、紅茶を入れていただいたお礼です」

差し出されたおやつを茶トラ猫の邪魔をしないように受け取ろうとした。彼の指先とカタリナの手が触れそうになった。その瞬間、茶トラ猫が起き上がり逃げてしまった。周りにいた猫たちも驚き、散っていく。

「ああ……」

無意識に残念な声が漏れた。エリオットがクスリと笑う。

「大丈夫ですよ。おやつを持っていればまた寄ってきますから」

「そうね。ありがとう」

改めて彼の手からおやつを受け取ろうとしたその時。横から、手を握られた。

「っオーギュスト様? なぜこちらに?」

「……これ以上、黙って見ていられなかったから」

「はい?」

「それよりもほら」

強引に猫のおやつを持たされ、お行儀よく待っている猫たちの前へと誘導される。

カタリナは慌てておやつを差し出した。猫たちが集まって来てぺろぺろと舐め始める。

可愛らしい光景を前にそれまで考えていたことが頭から飛んでしまった。今は目の前のもふもふのことしか考えられない。カタリナの体に擦り付けるようにふわふわが横切っていく。

「ふふっ可愛いわね」

「くっ! カタリナの方が可愛い!」「……カタリナ様が可愛い」

オーギュストとエリオットが何やら無言のやり取りをしていたが、カタリナがそのことに気づくことはなかった。

すっかり猫に夢中になっている中、聞こえてきた悲鳴。

目を向ければ、スタイルがやたらいい美女がスタッフに向かって怒りを露わにしていた。

どうやら、彼女が身にまとっているドレスの装飾に猫の爪が引っかかり破けてしまったようだ。

(なぜ、このような店に来るのにあのようなドレスを? それで破れても自己責任でしょうに)

実際、店内のボードに注意事項として書かれてある。女性が喚き続けるせいで、すっかり猫が委縮して隠れてしまった。客は皆不快げな視線を彼女に向けているのだが、気づく気配は一向にない。

(あれではもはや営業妨害ね。いえ、むしろ、それが目的かしら)

見覚えのない貴婦人だが、最近取り寄せた絵姿と似ている気がする。カタリナの予想があたっているなら彼女は……と、オーギュストを見た。

「あの方をご存じですか?」

「……一度だけ。彼女の家で」

確信を得たカタリナは立ち上がった。

「お話し中のところ失礼いたします。どうされました?」

カタリナの登場に女性は怯んだようだが、味方に引き込めばいいとでも思ったのか、いかにこの店が酷いのかを語り始めた。

「全く、人気の店だからと聞いて来てみれば……見掛け倒しだったわね。ねえ、お嬢さんもそう思うでしょう?」

「そうですわね」

女性の顔がぱっと明るくなる。

「では、私がもっと良い店を紹介してあげるわ!」

(やはり、それが本当の狙い……)

「いいえ。結構です。私としましては、ご婦人がこの店から出て行ってくだされば、それで満足ですから」

女性の顔が固まる。そして、一気に朱に染まった。勢いよく手を上げ、カタリナに向かって振り下ろされる。

「カタリナ様!」「カタリナ!」

カタリナはその手を甘んじて受け入れるつもりだった。その後、速攻警邏に突き出すつもりだったのだ。けれど、その前にエリオットから庇われ、オーギュストが女性の手を掴んだ。

「痛いっ! は、離しなさい! ほ、骨が、私を誰だと思ってっ」

「オーギュスト・サウェル。放してあげなさい」

「宰相様……」

「こら、ここではその呼び名は止めてくれたまえ」

手を離し、頭を下げるオーギュスト。女性は助けてもらったと目を輝かせたが、宰相の冷めた目を見て固まる。

「ベルモンド男爵夫人。この店は私のお気に入りなのだが、あなたには合わなかったようだ。まあ、こればかりは仕方ない。さあ、あなたはあなたに相応しい店へと行くといい」

そう言って出口を示す宰相。

夫人は唇を嚙み、店を飛び出していった。

「まったく、最後まで騒々しい人だ」

宰相の言葉に皆も頷く。

(やはり、ミラの母親だったのね)

「もうないとは思うが、あの女性がまた来るようなら連絡を」

スタッフに告げ、宰相も出て行った。

すっかり怯えてしまった猫たちの様子を見て、皆も退店する。

別の店に行く気にもなれず、クラスメイトたちとはその場で解散となった。

「それで……なぜオーギュスト様まで同じ馬車に乗っていらっしゃるのかしら?」

「あんなことがあった後だからね。護衛は必要だろう?」

そう言ってにこりと笑うオーギュストからは妙な圧を感じる。

「……最近、私の行く先々でお姿をお見かけする気がいたしますけれど、私の気のせいでしょうか?」

直球で尋ねれば、オーギュストはカタリナをじっと仄暗い目で見つめ、笑った。まるでようやく気づいてくれたのかとでもいうように。

「気のせいじゃないよ」

「……では、どのような意図が?」

「んー……言わない。というより、言えない。あ、でも、これだけは伝えておくね。僕はカタリナの隣を諦めてないよ」

カタリナは息を呑む。

(オーギュストはこんな含みを持たせるような話し方をする人だったかしら。それに、なんだか雰囲気も違うような……)

じっと見つめていると、彼の纏う空気が和らいだ。

「隣に移動していい?」

内心ホッとしながらも、「ダメです。距離を保ってくださいませ」と返す。

残念そうに、けれどカタリナの口調が一瞬でも崩れたことで嬉しそうに笑うオーギュストから視線を逸らし、カタリナは窓の外を見た。

彼と二人きりでこんなに居心地が悪いと感じるのは、初めてだ。

(視線が……痛い。左の頬だけ焼けてしまいそうだわ。……きっと、これも明日には噂になっているわね)

最近、休み時間のたびに『特別棟』に現れるようになったオーギュスト。何をするわけでもなく、カタリナの姿を確認して帰っていく。その行動を見た周囲が裏で『まるで飼い主に捨てられたくなくて必死になっている犬のようだ』と噂しているのをカタリナは知っている。

皆、ミラがオーギュストに絡んでいたことを知っているが、その結果カタリナと婚約破棄したことまでは知らない。知っていれば、もっと騒いでいるはずだ。それこそ、カタリナに直接事実確認をしに来る者が現れてもおかしくない。

それくらいのビッグニュース――婚約破棄について知っているのは、当人たちと、その生家。そして、お見合いもどきを打診された相手。ただ、クロムウェル侯爵家とサウェル公爵家からくれぐれも内密にと言われているだろうからそこから漏れることはないだろう。

カタリナは窓に映っているオーギュストを見る。彼はじっとカタリナを見つめたままだ。

( 公爵夫人(おば様) たちが注意してくれているらしいけど、これだもの。まあ、今日のは別の邪魔が入ったからオーギュストだけのせいではないけれど……今後も続くようなら考えないといけないわね)

カタリナは小さく溜息を吐いた。