軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『真実の愛』とはいったいなんだったのか

解説者セシリア。聴衆はカタリナ、オーギュスト、フェリックスの三名。

代表してカタリナが問う。

「それでセシリア。ミラ・ベルモンドにとって『真実の愛』とはいったい何だったのかしら」

推し(カタリナ) から名を呼ばれたセシリアは、微かに頬を染め、わざとらしく咳払いをして口を開いた。

「まず、あの方にはオーギュスト様も含め、『真実の愛』のお相手が七名おりました」

「七⁉」とオーギュストが目を剥く。

「結論から先にお伝えしますと、彼女にとって『真実の愛』とは相手の後ろにある権力や金を引き出すための……要は使い勝手の良い言葉に過ぎなかったようですわ。なにせ、全員に同じ台詞を吐いていたのですから」

カタリナは「やはり」と眉間に皺を寄せ、オーギュストは顔色悪く俯いた。

セシリアの報告は止まらない。

「驚くべきは彼女の手腕です。全員に浮気を疑わせず、学外で巧妙にアプローチを重ねていたのです」

カタリナは首を捻る。

「それだけ徹底していたにもかかわらず、あのような暴挙に出たのはなぜかしら?」

セシリアはちらりとオーギュストを見やった。

「……それは、オーギュスト様のせいですわ」

矛先を向けられた本人は心当たりがないと首を振っている。

「当初の予定では、ミラは公爵家の恩恵を婿入りという形で受け取るつもりでした。けれど、オーギュスト様より除籍の話を聞き、このままでは恩恵どころか負債を抱えこまされる可能性に気づいた。それで焦り、より条件の良い相手との既成事実を作ろうとしたのですわ」

絶句する一同。なんて杜撰な計画。いや、リサーチ不足な割にはなかなか上手くやっていた。

しかし、それでは通用しないのが貴族社会だ。

カタリナは目を伏せ、小声で呟く。

「結局、『真実の愛』なんて最初からなかったのね」

しっかり聞いていたセシリアは頷き返した。

「彼女はターゲットとなる男性が抱いていた幻想を具現化しただけですわ」

(幻想……)

ついオーギュストに視線を向けた。気になったのだ彼が抱いた幻想とやらが。

全員からの視線を集め、狼狽えるオーギュストをセシリアがキッと睨みつける。

「七種七様の『真実の愛』。中でも私が一番理解できなかったのは、オーギュスト様、あなたです! あなたと彼女の接点は他の方に比べてかなり少なかった。しかも、あなたにはお姉様という完璧な婚約者までいた。それなのに、どうしてあの女に『真実の愛』を見出したのですか⁉ 何があなたの琴線に触れたというのですか⁉」

オーギュストは逃げるように視線を泳がせる。が、誰も許してはくれない。追い詰められた彼は小さな声で話し始めた。

「ミラが、そう……言ったから。それに彼女が持っていた恋愛小説にもそう書いてあったから……」

「はあ⁉ それはどういう意味です? 声が小さすぎて聞こえませんわ。はっきりおっしゃってくださいませ!」

セシリアの勢いに押され、オーギュストは声を張る。

オーギュストにとって『真実の愛』とは、ミラが見せてくれた恋愛小説に出てくるソレと同義だった。

運命的な出会いをし、小さなアクシデントを幾度も乗り越え、互いに気持ちを寄せていく。しかし、そこに立ちふさがる婚約者の存在。しかし、それすらも乗り越え、二人は結ばれる。

本来結ばれることのない境遇の二人が困難に立ち向かった先に待っているのが『真実の愛』。

ミラは言った。

「私たちって、この物語の主人公たちと似ていますよね。ほら、ここのシーン……ここのシーンも。こんなに同じようなことが起きるなんて……まるで運命みたい。もしかしたら、私たちも彼らと同じように『真実の愛』で結ばれているのかもしれませんね」

そう繰り返し言われたオーギュストは次第に「そうなのかも……」と思うようになっていった。

そしてあの日、決定的な出来事が起きた。

「あの時……僕は婚約者であるカタリナよりミラを優先してしまったんだ」

懺悔するように告白したオーギュスト。ところが、それを聞いたカタリナは首を捻った。

そんな出来事、あっただろうか。学園内のことはわからないが、それ以外はいつも通りだったはずだ。ほぼ毎日のように彼は家に来て婿入り勉強に励んでいたし、婚約者としての交流を目的とした茶会にも必ず出席していた。

オーギュストは震え声で告げる。

「あれは……ミラが僕の前で転んで泥だらけになった時のこと。あの瞬間、僕の頭の中から完全にカタリナが消えた。何をしていても頭の片隅にいたカタリナが……あんなことは、生まれて初めてだったんだ!」

わ!と両手で顔を覆い、わなわなと震えるオーギュスト。

その場にいる全員が「え?」と固まった。

「信じられない。最低ね」

セシリアだけがそう吐き捨てたが、カタリナとフェリックスは首を傾げる。

「いや、セシリア。それは言い過ぎではないか? 目の前で誰かが派手に転べば、意識が持っていかれるのは当然だろう?」

カタリナも首肯する。

けれど、セシリアの視線は鋭いまま。

「それだけで『真実の愛』だと判断したことが、最低だと言っているのです。それすなわち、お姉様を裏切ることに繋がるんですのよ⁉ それなのにこの男はっ」

「そ、それだけじゃない! 同じようなことが何度も起きて、確信したんだ!」

「何度も?」とセシリアが訝しみ、詳細を求める。

「例えば……校庭を歩いていたら窓から飛び出してきたり、なぜか階段の中間らへんから飛び降りようとして足をくじいたり……とか。とにかく、そういう場面に何度も出くわして、そのたびに僕の頭からカタリナが消えて、確信したんだよ」

罪悪感が込み上げてきたのか俯くオーギュスト。

しかし、セシリアが気になったのはその内容……。

「信じられないわ。それは本当に貴族女性なの? 野生児ではなくて?」

カタリナもフェリックスも同じように困惑している。

高位貴族の彼女らはそのような人物と今まで出会ったことがなかった。

「オーギュストはそんな女のどこに惹かれたのだ?」

心底不思議だとフェリックスが尋ねれば、彼も真面目な顔で思案し……答えは出てこなかった。

「新たな人種と出会った衝撃を『真実の愛』だと言われ、そのまま鵜呑みにしただけでは?」

セシリアの言葉に、オーギュストは目から鱗が落ちたような顔で固まった。

「そうかも、しれない」

その一言に彼女は目を吊り上げた。

「だとしたら尚更納得いきませんわ。そんな馬鹿な勘違いでお姉様は婚約破棄されたというの⁉」

「いや、私は別に気にしていないけれど」

「お姉様は気にしなくても私はするのです!」

追い詰められたオーギュストは「だって……」と零す。

「早めに婚約を破棄しないとカタリナが『悪役令嬢』になってしまうと思ったんだ」

『悪役令嬢?』とカタリナとフェリックスの声が重なった。

その答えを解説してくれたのもセシリア。

『悪役令嬢』とはヒーローの婚約者であり、ヒロインを虐め、皆に嫌われ、最終的にはヒーローに断罪される令嬢のことらしい。

(私がそんな非効率なことをするわけないじゃない)

カタリナが呆れている間も、セシリアはオーギュストにいら立ちをぶつけていた。

「お姉様を『悪役令嬢』にしないために、婚約破棄したなんて……あなた本物の馬鹿ね!」

「だ、だって本当に本の通りに物語が進んでいたんだ。違う部分もあったけど、それにしては重なりすぎていたから……もしかしたらって……そう考えたら居ても立っても居られなくて……」

「それは彼女が物語をなぞらえたからでしょう!」

ハッとなるオーギュスト。

「それなら、僕がカタリナと婚約破棄した意味は……?」

「ただ、あなたが早とちりして、お姉様の隣という特等席を手放しただけ。もしくは、お姉様に『公爵家から婚約破棄された令嬢』という汚名を貼っただけね」

「そんな……」

セシリアはオーギュストを睨む。

「やっぱり、私あなたが嫌いだわ。お姉様の相手にしてはポンコツすぎるし、私が予測できる範疇外で問題を起こすし! どう見てもお姉様のことを好きなくせに偽物の『真実の愛』に騙されるし!」

「僕がカタリナを好いているのは当然だろう!」

「その『好き』じゃないわよ! 四六時中お姉様のことばかり考えているくせになんで自覚がないのよ! どう考えてもあなたの『真実の愛』のお相手はミラではなく、お姉様でしょう!」

憤慨するセシリアに対し、オーギュストは目をぱちくりさせる。

「僕の『真実の愛』は……カタリナ?」

「そうじゃないなら何なのよ。いや、気づいていないならそのままでいいわ。お姉様があなたよりもっと良い男と結婚して、玉のような子を産んだ時にでも気づけばいいのよ。そして、後悔しなさい」

ふんっとセシリアは鼻で笑う。

その瞬間、オーギュストの目からハイライトが完全に消えた。

「カタリナが、僕以外の男と……? 僕以外の男に触れられる? 僕以外の……僕じゃない、誰かの子供を……?」

セシリアが嘆息する。

「やっぱりね。あなた婚約のその先については考えていなかったのね。当然のことでしょうに……言われないと分からないなんて本当にポンコツね!」

セシリアの罵倒も耳に入らない。オーギュストはようやく理解したのだ。

自分が何を手放したのか、そのことによって起きてしまう未来の残酷さを。

頭を抱え、唸り声を発するオーギュスト。

「無理だ! そんなの僕には耐えられない!」

「でしょうね」とセシリアが呟く。けれど、その声も彼には届かない。

オーギュストはふらふらとカタリナに歩み寄った。

「カタリナ……お願いだ。僕と、もう一度婚約して。お願いだから」

「無理よ」

考えるより先に、言葉が出ていた。

以前の自分なら、効率を優先して復縁を受け入れたかもしれない。

けれど、今は無理だ。心が拒絶している。その理由は自分でもわからないが、きっと婚約を再び結び直したとしても前のような関係には戻れない気がする。

「オーギュスト。私、あなたと離れて気づいたことがたくさんあるの。多分、私たちは一緒にならない方がいい。私は私で良い人を見つけるから、あなたもそうしてちょうだい。……気持ちに答えられず、ごめんなさい」

絶望に染まるオーギュスト。彼の目から絶え間なく大粒の涙が零れ落ちる。

カタリナは手を伸ばしそうになる自分を律し、踵を返した。

「フェリックス。私、帰るわね」

「ああ」

「お姉様! 私がお送りいたしますわ!」

「ありがとうセシリア」

腕に絡みつくセシリアと共に、カタリナは部屋を後にする。

背中に感じるオーギュストの、暗く濁った視線。ぞくりと背筋が粟立ったが、気づかないフリをして歩みを進めた。

(これで、完全にオーギュストともおしまいね)

決別を胸に刻んだカタリナは、まだ知らなかった。知らず知らずのうちに育っていたオーギュストの執着心が、『恋』を自覚したことで暴走し始めることを。