軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

さあ、新しい婚約者を決めましょう

揺れる馬車の中、カタリナは向かいに座った男性二人と頭を寄せた。手元にあるのは『本日のしおり』。

相手に見やすいように向きを調節して、説明する。

「これからの予定について簡単にご説明いたします。まず向かうのは、農場。その次が領立学園。最後に商会となっております。それらすべての見学が終わった後、クロムウェル侯爵邸に戻り、両親と顔合わせを……というのが本日の日程ですが、なにかご質問はありますでしょうか?」

カタリナのまるで営業のようなトークに、男二人は「いいえ」と笑みを返した。

「それではこちらをどうぞ。しおりの複製本です。到着までにお時間がありますので、その間にでも目を通していただければと思います。質問等がございましたら、ご遠慮なく聞いてくださいませ」

カタリナは小冊子をそれぞれに手渡した。興味深そうに二人は目を通す。

エリオットが目を輝かせ、口を開いた。

「このしおりはカタリナ様が作ってくださったのですか?」

「ええ、もちろん。……何か問題が?」

「いいえ! とても見やすくて、分かりやすい、カタリナ様らしい素晴らしい『しおり』だと思います! 一生の宝物にしますね!」

(うん? 教本ではなく、宝? まあ、それだけ良い出来だと褒められたということよね)

次いで、カタリナはテオドールにも視線を向ける。

「テオドール様も何か気になることが?」

「はい。この農場というのは……もしや噂のビニールハウスのことでしょうか」

「ええ、ご存じだったのですね?」

テオドールの頬が微かに紅潮する。

「もちろんです。見せていただけるのですか? 魔道具を使用したビニールハウスを」

カタリナが頷き返すと、テオドールは目を輝かせた。

「そんなに有名なのですか?」とエリオットが口を挟む。

テオドールはいささか興奮した調子で頷く。

「農業関係者の中では有名な話です。クロムウェルでは季節や天候関係なく農作物が採れると。それも人の手をほとんど使わずに大量に。いったいどんな魔道具を使っているのかと、皆気になっているのです」

「へえ! さすがはカタリナ様です!」

カタリナは「いえ」と首を振る。

「すごいのは私ではなく、魔道具を開発した人物と、農作物を育てるのに適切な温度と湿度を把握している人間です。その方々がいなければ実現しなかったことですから」

さらりと言うカタリナに、二人は尊敬の眼差しを向けた。

そうこうしている間に馬車はそのビニールハウス農場へと辿り着いた。

「ここが……」

テオドールは緊張した面持ちで見回す。その様子はまるで少年のようでカタリナはバレないように笑みを浮かべた。

「お二人ともこちらに。……失礼するわね!」

ビニールハウスの一棟に入る。中には研究員のような格好をした人が立っており、カタリナにすぐ気づいた。

「監理官!」

「監理官?」と二人の目がカタリナに向く。

「……ああ、私の肩書が『農政技術監理官』ですので。それで、ここでは監理官と呼ばれているのですわ」

「なるほど……」とまたもや二人は同時に呟く。

気恥ずかしくなったカタリナはコホンと咳払いをした。

「この中は、自由に見学可能となっておりますのでどうぞお好きにお過ごしくださいませ。質問等は私か、彼に」

研究員のような格好をした人物がぺこりと頭を下げる。

早速手を上げたのはテオドール。

「彼は何をしているのですか?」

示された研究員の手元にあるのはペンとノート。

カタリナがアイコンタクトを送ると、研究員は些か緊張した様子で説明を始めた。

「自分は日誌をつけているのです。外と中の、温度や湿度等の状態をそれぞれメモし、それとは別に食物や土の状態を記入しています」

「毎日、ですか?」とテオドールが質問を重ねる。

「はい。毎日です。万が一、自分に何かあったとしても、他の方に問題なく引き継ぎできるようデータは残すようにと監理官に言われていますので……」

「なるほど……それは凄い」

「いえ! すごいのは監理官です! これだけ多くの魔道具を無償で導入してくださったのも、農業労働者の仕事を全て奪うのではなく、新たな役目を与えてくださったのも全て監理官ですから。しかも、この画期的な農業のおかげで我が領地は飢えの心配がなくなったのです! 監理官にはなんとお礼を申し上げたらいいかっ」

「ストップ。それ以上はもういいから、仕事に戻って頂戴」

(ただ、農業をより効率的なものにしようとしただけなのに……なんだか持ち上げられすぎて恥ずかしいわ)

疲れたように額を押さえていると、キラキラした瞳四つに気づき、顔を強張らせる。

「え、えーと……一通り見終わったら次に向かいますので、おっしゃってくださいね」

そう言うと、テオドールはビニールハウス内を散策し始めた。エリオットはカタリナの傍を離れる気はないのか、ついて回っている。

「エリオット様、何か私に聞きたいことでも?」

「いえ、ただカタリナ様のお仕事ぶりを拝見しているだけですのでお気になさらず」

「そ、そう……」

(デジャブだわ……)

この場にいないセシリアの姿が、彼と被ってそっと視線を逸らした。

テオドールが満足した後、一行は次の場所――領立学園へと向かった。

「総監。そして、テオドール様、エリオット様。ようこそ、クロムウェル領立学園へ」

学園長直々の出迎えに二人は驚いている。

「カタリナ様、総監というのは?」

すかさず聞いてくるエリオット。

今度は気恥ずかしさを表面に出さず、カタリナは事実だけを述べる。

「私は、ここではカリキュラム編纂総監と呼ばれているのです」

「カタリナ様は帰省のたびに学園に顔を出してくださり、カリキュラムの変更や調整へのアドバイスを下さるのです」

「せっかく王国一の学園に通っているのだから、その貴重な経験を領内の人材育成に利用しない手はないでしょう」

カタリナがそう告げれば、エリオットは目をキラキラさせる。

「さすがカタリナ様。大抵の人間は学園に通うことで精いっぱいなのにっ!」

テオドールも頷いている。

「そうですね。学園での経験をそのように活かす方は見たことがありません。むしろ、王都立学園に通えるのを一種のステータスと思っている人間ばかりなので、その貴重な経験を独占しようとする方のほうが多いでしょう」

学園長がトドメとばかりに情報を重ねる。

「私も、我が学園はとても恵まれていると感じております。総監の修正案のおかげで、ここ数年卒業後の就職率が跳ね上がっておりますからな」

目を丸くし感嘆の息を漏らすエリオットとテオドール。そして、学園長からの尊敬の眼差しを受けたカタリナは、むずがゆい空気を壊したくて校舎見学を促した。

最後の商会見学。

そこでも会長が自ら案内を買って出てくれた。

とはいっても、王都の商品を見慣れている彼らにとっては大した刺激はないだろう。

カタリナはそう思っていたのだが、魔道具コーナーで二人は足を止めた。

「これは……どうしてカタリナ様の写真がこちらに飾られているのですか?」

「え?」

とカタリナは確認する。たしかに、そこにはカタリナの顔が映った小さな写真が飾られていた。

「ああ、そちらは『製品企画・品質保証最高責任者』であるカタリナ様のお墨付きですよ。という印の代わりです」

会長の言葉にカタリナは「え?」と固まる。

「確かにそのような肩書はもらった気がしますが……私は大した貢献はしていないはずですが」

「何をおっしゃる! あ(・) の(・) カタリナ様がOKを出したということがいかに信用証明に繋がるのか!」

「あのって……」と困惑するカタリナ。

会長が至極真面目な顔でとある商品を手で示す。

「こちらの新商品。カタリナ様のOKが出るまでに作られた試作品の数は優に千を越えます」

「え‟」と二人が固まる。けれど、それくらい普通だと思っているカタリナの表情は変わらない。会長がエリオットらに尋ねる。

「お二人ならこの写真の価値がお分かりになるのでは?」

「そ、そうですね。カタリナ様のお墨付きならと、私は手を伸ばしてしまうと思います」

「カタリナ様の仕事ぶりを知る者なら尚更ですね。ただ、この写真だけではどういう意味かまでは分からないので、いっその事写真に『製品企画・品質保証最高責任者カタリナ様のお墨付き商品』と記載してしまってもいいかもしれませんね」

テオドールの提案に会長は名案だと頷き、メモを取っている。

(ま、まあ。販売促進に繋がるのならいいかしら……)

カタリナはそっと目をつぶったのだった。

クロムウェル侯爵邸。

本日は、そのままエリオットとテオドールを屋敷に泊めることになっている。

カタリナの両親は歓迎ムード全開で、二人を夕飯に招いた。もちろん、その場にはカタリナもいる。

「二人とも、クロムウェルはどうだったかな?」

父の言葉に、二人は姿勢を正す。

「と、とても素敵でした。ど、どこに行ってもカタリナ様の素晴らしさが伝わってきて。その、私はクロムウェルをたいへん好きになりました!」

いつになくキリッとした顔でエリオットが告げる。その顔は真っ赤だが、目は真剣だ。

母は「まあ」と声なき言葉を紡ぎながら、優しい瞳を彼に向けている。

次に、テオドールも口を開いた。

「まずは、貴重な機会をいただき誠にありがとうございました。魔道具を使った農業、人材育成、新商品開発。と、本当にここまで見せてもらってもいいのか、と心配になるくらいのものを拝見させていただきました。……自分はカタリナ様よりも年上で、実務経験もあって……と無意識に奢っていたようです。世界は広いですね。このような方がいるなんて。自分としては、婚約という形でなくとも、ぜひとも彼女の下で働きたい。そう強く思いました」

カタリナは驚いた。いつのまにか、彼の目に熱のようなものが宿っている。

父はテオドールの真摯な瞳を受け止め、満足げに頷き返している。

(こ、これは……評が割れそうね)

和やかな食事の中、カタリナはこの後両親に呼び出されることを予想した。

その予感は的中し、風呂まで終わり、後は寝る前。というタイミングで呼び出しがあった。

父の執務室へと向かう。

(エリオット様と、テオドール様……どちらも素敵な方だけれど、私は……)

廊下を歩きながら、両親からされるだろう質問への答えを吟味する。

足取りは重い。ふと、オーギュストの顔が頭に浮かんだ。

「……結局、現れなかったわね」

セシリアの予想でも、今日の領地案内でオーギュストの邪魔が入るだろうと言われていた。カタリナも、あり得ると思い、警戒はしていたのだ。けれど、何事もなく終わった。まったくの杞憂だったのだ。

(今日、この後、婚約者が決まる)

正確にはサウェル公爵家との兼ね合いや、相手方の生家との顔合わせやら諸々あるので時間はかかるだろうが……。気づいたら、足が止まっていた。窓の外を眺める。暗闇に映るのは反射する自分の顔。

(なぜ、そんな顔をしているの? カタリナ・クロムウェル)

乗り気とは思えない顔。この問題が片付けば、他のことに専念できるというのに。どうして、そんな顔をしているのか。自分のことなのに理解できない。

不意に窓硝子に黒い影が映り込んだ。

「……誰?」

カタリナの後ろに誰かいる。確認するため、振り向こうとした。その前に羽交い絞めされ、口元を覆われる。

(この香り! 誘拐や暗殺に使われる禁忌薬の、かおり……それと……)

抵抗する前にカタリナの意識は完全にシャットダウンした。