軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ガーデン・ティーパーティーに招待されました

サウェル公爵家に一台の馬車が停まった。中から出てきたのはカタリナ・クロムウェル。

「お姉様!」

「セシリア。お招きありがとう」

セシリアの案内で屋敷の中……ではなく庭園へと向かう。そこには美しい花々と、その周りを飛び回る蝶々。そして、その光景を眺められる複数の簡易ガゼボがあった。すでに招待客がその席を埋めつつある。

女性のほとんどが『特別棟』で見たことのある顔ぶれ。しかし、男性はその逆。知り合いもいないことはないが、大半は『普通棟』もしくは、すでに学園を卒業した者たちだ。

「お姉様の席はこちらです」

そう言って、セシリアが案内してくれたのは主催と同じガゼボ。

「皆様……本日の新作紅茶試飲会では一風変わったルールを設けさせていただきます。一定時間ごとに場所を交代していただき、意見交換をしていただきたいのです。最終的な感想はテーブル上にありますアンケート用紙にご記入ください。それでは皆様、お楽しみくださいませ」

セシリアの挨拶が終わるとともに、使用人たちが各ガゼボを回り紅茶を入れていく。

「なるほど。よく考えているわね」

(ターゲットは若年層。その中でも住む場所や習慣が違う者たちを集め、飲み比べさせ、意見をぶつけさせる。そうすれば自ずと様々な意見が拾える。仲の良いグループだとどうしても似たような嗜好の偏りが出てしまうから……)

カタリナが感心していると、セシリアが頬を染め嬉しそうに笑った。

ところが、そこに無粋な声が混じる。フェリックスだ。

「本来の目的は別にあるがな」

「本来の目的?」

「そう、だっ!」

セシリアの足がフェリックスの足を踏みぬき、彼の顔が微かに歪んだ。

「うふふ。お姉様は気にせず楽しんでくださいませ。季節のフレーバーティーはいかがです?」

「三種のベリーの紅茶。私は好きだけれど……好みが分かれそうな味ね。エリオット様はどうです?」

隣のエリオットに尋ねれば、彼は目を泳がし始める。

「そ、そうですね。わ、私は……その……少し苦手です」

何とも正直な言動。けれど、カタリナの目にはそれが好印象に映った。クスリと笑う。

「エリオット様、もしやローズヒップティーも苦手なのでは?」

「え、は、はい! どうしておわかりに⁉」

「この紅茶も酸味が強い系なので、もしや……と勝手に想像したまでですわ。男性は苦手な方が多いように見受けられますから」

カタリナの言葉にセシリアとエリオットは目をキラキラさせ、「すごい」「観察眼が……」と呟いている。

フェリックスが面白くなさそうにフンッと鼻を鳴らした。

「それくらい誰でも気付くだろう」

「そうね。かく言うあなたも、苦手のようですし」

カタリナがちらっと、カップになみなみ残った紅茶に視線を向ければ、彼の頬が赤く染まった。図星のようだ。

慌ててエリオットが別の話題を口にする。

「そ、そうだ! 今日はオーギュスト様はいらっしゃらないのですか?」

カタリナも各ガゼボを見回す。が、そのどこにも見慣れた姿はない。

(そういえば、最近見ていないわね。……避けられているのかしら)

思い返してみれば、ベルモンド男爵家の件があってから彼の姿を見ていない気がする。

フェリックスが「オーギュストは今日病欠だ」と端的に告げれば、エリオットは「あ、ああ。そうなんですね」と頷いた。

カタリナは嘆息する。

(両極端というか……でも、いい機会だわ)

オーギュストの邪魔が入らない間に見定めなければ、とカタリナは気持ちを切り替えた。

(どうやら、ソレがこの茶会の『本来の目的』のようだしね)

せっかく、サウェル公爵家とローウェル伯爵家(というより、セシリア)が婿候補を集めてくれたのだ。

カタリナはエリオットに微笑みかけた。

「エリオット様。残りの時間、庭園を歩きませんか?」

「え、は、はい!」

慌てて立ち上がり、エスコートするエリオット。かなり緊張しているようだが、さすが高位貴族の嫡子。その動作はスムーズだ。

(素直すぎるところと、騙されやすいところ以外は正直文句なしなのよね)

ただし、その二つが最も厄介なのだが。

矯正は難しい。となれば、彼を婿に迎え入れた場合。彼の短所を我が家がカバーする必要がある。

(まあ、そのデメリットを踏まえても、有りよりの有りなのよね)

そんなことを考えながら歩いていると、ゾクリと背筋が震えた。勢いよく振り向く。けれど、そこには誰もいない。いや、正確には見えない。カーテンの向こうには――がいるかもしれないが。

「カタリナ様? どうか……されましたか?」

粗相をしてしまったのだろうかと不安顔のエリオット。カタリナは首を振った。

「いいえ。虫が近寄ってきた気がして……でも、気のせいだったようです」

「ああ。そういう時、ありますよね。何もいないのにぶ~んて周りを飛んでいる気がして」

エリオットが「ふふ」と微笑み、カタリナもそれに合わせて笑う。

今度ははっきりと視線を感じたが、カタリナは決して振り向かなかった。

卒のないエリオットのエスコートで庭園を一周した頃、ちょうど交代の時間となった。

次のテーブルではエリオットだけが他の男性と交代となった。本来の趣旨から外れている気もするが、そこは主催者権限。誰も文句は言わない。残念そうな女性陣がちらほらいるが……セシリアは素知らぬ顔。当の本人であるフェリックスも。

「フェリックスってモテるのね」

意外だとカタリナが呟けば、セシリアが苦笑する。

「お姉様。こう見えて、フェリックス様は公爵家の嫡男であり、天才の異名までついているお方ですから」

「こう見えて、は余計だ」

フェリックスを無視して、

「それに、なんていったってお相手が私ですよ!」

とセシリアは己を示す。

『地味で誰の記憶にも残らない女性』として彼女の 名(・) 前(・) を知る者は多い。しかし、その顔を覚えている人は少ない。

そして、そんな彼女よりも自分の方が次期公爵夫人に相応しいと豪語している者は少なからずいる。

同テーブルについたウェストコット侯爵家の次男が気まずそうな表情を浮かべる。

「あ、気にしないでくださいね。私も気にしていませんから。事実ですもの!」

にこにことほほ笑むセシリアにカタリナは嘆息する。

「本気だとしても、そういう発言はやめなさい。せめてフェリックスの前だけでも。……機嫌が悪くなるんだから」

「ああ、ごめんなさい。フェリックス様」

「分かっているなら、言うな」

「はい。気をつけます」

変わらない笑みのセシリア。

カタリナとフェリックスは視線を合わせ、諦めたように首を振る。

二人はセシリアが噂を気にしていないことも、むしろその特性を活かし、諜報活動を行っていることも知っている。しかし同時に、セシリアが化粧をすれば化けることも、彼女が次期公爵夫人として相応しいことも知っているのだ。だからこそ、もどかしく、彼女を貶めるような噂がばらまかれることに怒りを覚える。――本人はその噂を嬉々として逆手にとっていたとしても。

そんなこととは知らないテオドール・ウェストコットは会話を避けるようにずっと紅茶に口をつけている。今配られているのは、マスカット・ダージリンティー。瑞々しいマスカットの香りが特徴的な紅茶だ。

気の毒に思ったカタリナは彼に話題を振った。

「テオドール様。この紅茶はどうですか? 私としては爽やかな香りがとても良いと思ったのですが……」

「そうですね。僕もこの紅茶、好きです。馴染み深いからかもしれませんが……ウェストコットはマスカットが名産の一つなのです」

「そうなのですね。私、フレーバーティーの中では葡萄かマスカットが好きで……」

テオドールの目がきらりと輝いた。

「それでしたら、今度ウェストコットのマスカットティーをお送りしましょう。もちろん、カタリナ様がよければですが……」

「まあ、ぜひ! お願いしてもよろしいですか?」

「ええ。もちろん」

カタリナとテオドールが盛り上がっている最中。セシリアは『お姉様帳』の『好物欄』に葡萄・マスカットティーを追加していた。それを横目にフェリックスは紅茶を嗜む。

カタリナはそっとテオドールを見た。

(年は確か二つ上。穏やかな性格というのは前情報通りね。ただ、それが前妻には物足りなかったと……)

婿入りして一年も経たずに離縁され、生家に戻された彼。

そう、テオドールには離婚歴がある。前妻はその後、見目も中身も華やかな男性と再婚している。彼の方に特段問題はなかったと調書にはある。にもかかわらず、スピード離婚された彼の評判はガタ落ちし、未だに婿入り先は決まっていないという。

(火種のないところに煙はたたないというけれど……彼の場合は、前妻がわざと火種を作り、彼もまたその煙を消そうとはしなかった。……なぜと思っていたけれど)

その理由は対峙してみて分かった。おそらく彼自身、結婚願望があまりないのだろう。もしくは、前妻に砕かれてしまったか。

(現在は嫡男の補佐として実務をこなしており、サポート能力はすでに高い。この方も有りよりの有りね)

と、いう具合にカタリナの婿見定めは順調に進んでいった。

(どの方もお相手として申し分ないわ……)

その中でも、カタリナが特に良いと感じたのはエリオットとテオドール。

エリオットは実務経験こそないが、話していると会話の端々に優秀さが滲み出ている。カタリナとの相性も良さそうだ。なぜかエリオットからはセシリアと同じ匂いがする。婿入り後はカタリナのため、とその知能を存分に発揮してくれそうな気配がビンビンしている。

それに彼の生家は土地持ちの伯爵家だ。抱えている負債を婚姻により解消させ、今後は同じ轍を踏ませないようにすれば、後々メリットの方が大きくなるだろう。

テオドールは実務については文句なし。むしろ、経験だけでいえばカタリナよりも上なので、頼りになる。社交能力も高そうで、興味深い話がたくさん聞けるのも良い。

ただし、セシリアのマル秘情報によると夫婦の営みに対して淡泊な方らしく、後継者問題で少々不安はあるとのこと。機能的には問題ないらしいので、カタリナとしては気にしないでいいと思うのだが……セシリアは何か言いたそうな顔をしていた。……ので、一応デメリットとなり得る不確定要素として覚えておこうと頭の片隅に置いたのだった。

庭園を臨む一室。カーテンの隙間から覗くアンバーの瞳は、暗く淀んでいる。

「一、二、三、四……ああ。害虫があんなにたくさん。潰したい。潰したいけれど、そんなことをすればカタリナに嫌われる。それは嫌だ。この前も僕のせいで迷惑をかけてしまって……。約束の期限まで、まだ時間はあるけど、もう僕にはそんな資格は……。ああ、でも、このままだと奪われてしまう。それも嫌だ。どうしたらいい。……カタリナ。どうか、誰のものにもならないで」

心の底から祈る。けれど、きっとこの願いは叶わない。分かっている。彼女は嫡子だ。婿を取らなければならない。いずれ、必ず、誰かと結婚する。

その誰かは……この中にいるかもしれない。―――それなら、僕は……。

オーギュストは拳を握った。爪が肌に食い込み、血が滲んだが気にもならなかった。