軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 それぞれの初恋の人(終)

時は遡り、リーディアが六歳になったばかりの頃。

病気だったパパが戻ってきて、リーディアともお話できるようになったばかりのあの頃、リーディアは屋敷の変化を感じ取っていた。

なんだか、以前よりも使用人達の顔つきが明るいのだ。

最初は、パパが元気になって帰ってきたからだと思っていたけれども、どうやらそれだけではないらしい。

何しろ、使用人達の会話の中に、ある人物の名前がよく出てくるのだ。

「あの奥様を見つけるなんて、伯爵様は見る目がおありだ」

「奥様はとても気さくで」

「マリア様がこれ、気に入ってくださったの」

「今回は気合い入れちゃったわ。マリア様が楽しみにしてくださっているのよ」

『奥様』と『マリア様』。

スナイパーリーディアがこっそり聞き取ったその呼び名は、どうやら同じ人物のことを指しているらしい。

そしてある日、リーディアはその人を見つけたのだ。

フワフワのミルクティー色の髪に、甘い蜂蜜色の瞳をした、優しげな雰囲気の女の人だ。

クルクルと変わる表情に、いつも楽しそうな様子は、リーディアの心を奪った。

彼女のいるところでは、使用人達もいつも笑顔で、楽しそうにしている。笑い声も聞こえる。今までのリキュール伯爵家にはなかった光景だ。

リーディアは、なんとかして、自分も彼女と仲良くしたかった。あの素敵な女の人と、リーディアも遊びたい。

なのに、うまくいかなかった。

リーディアが壁際から彼女を見つめているとき、実は一度だけ目が合ったのだが、彼女は大きく目を見開いた後、頬を染めてパッと目を逸らしてしまったのだ。

リーディアはショックを受けた。

マリアさまは、パパや使用人達とは仲がいいのに、リーディアとは仲良くしてくれないのだろうか。

それに何より、『奥様』というのはもしかして、パパの奥様なのではないだろうか。

それなら、彼女はリーディアの……ママ……ではないのか……!

(マリアさまがママ……良いの……とっても素敵なの……)

けれども、マリアさまはリーディアの方を見てくれない。

だからリーディアは、悲しくて、でも諦めきれなくて、毎日必死に子ども部屋を抜け出しては、気になる彼女の様子を窺っていたのだ。

****

「リーはね、最初からママに夢中だったの」

「……そうか」

話を聞いたリカルドは、少し切なげな顔で、リーディアの頭を撫でた。

「それでね、ママのはつこいの相手も、リーだったら良いなって思ったの」

「初恋か」

「そうなの。でも、ママのはつこいの人は、背の高い男の人なの……」

しょげるリーディアに、リカルドは苦笑しながら、マリアを見た。

マリアは案の定、頬を染めて口を開けたまま立ちすくんでいた。

どうやら、愛娘からの愛の告白は、衝撃が強すぎたらしい。

「それで、マリアの初恋の相手は誰なのか、聞いてもいいかな?」

マリアはその言葉にハッとし、リカルドの隣に自分も座った。

マリアがリーディアの手を握ると、リーディアはおずおずと顔を上げる。

「リーディア。……リーディアの初恋の相手は、わたしなのね?」

「……」

「リーディア?」

「ママの意地悪」

真っ赤な顔を、プイ、と背けるリーディアに、マリアはもはや耐えられなかった。

マリアが可愛い娘に勢いよく抱きつくと、リーディアから「ママ!?」という驚きの声が上がる。

「ありがとう! リーディアありがとう、とっても嬉しいわ!」

「……本当に?」

「もちろんよ! だって、わたしの初恋もリーディアだもの!」

「えっ」

紫色の瞳をこぼれ落ちんばかりに大きく見開いたリーディアに、マリアは心底嬉しそうに微笑む。

「リーディア、ごめんね。わたし、初恋の相手に女の子も入れていいとは思ってなくて」

「そうなの?」

「そうなの! それでね、女の子を含めていいなら、わたしの初恋は間違いなくリーディアよ!」

「……!」

リーディアは、マリアの腕の中でパッと笑顔になったけれども、それは一瞬のことで、すぐに悲しげな顔に戻り、目を彷徨わせながら呟いた。

「そ、そんなの、嘘だもん。ママのはつこいは……」

「リーディアよ」

「で、でも……」

「こんなに可愛くて素敵な女の子、見たことがないもの。初めて目が合ったときからね、わたしもずっとずっと気になっていたのよ」

「……本当に?」

おずおずと上目遣いで見上げてくるリーディアに、マリアは最高の笑顔で応えた。

「本当に! こんなに夢中になった女の子は、リーディアが初めてなの。家族になれて、本当に幸せよ!」

「……!!!」

リーディアは、「ママー!」と叫ぶと、とびきりの笑顔でマリアにしっかりとしがみついた。

マリアは、そんな彼女を宝物みたいに優しく抱き留める。

乳母アリスも侍女達も、そんな二人を微笑ましげに見守っていた。

これでようやく、銀色スナイパーの ご(・) く(・) ひ(・) み(・) っ(・) し(・) ょ(・) ん(・) は終了したのだ。

――と、思われたのも束の間、しかしここで一つ、咳払いが聞こえた。

自分の膝の上で繰り広げられる光景を見守っていた、リカルドによるものである。

「リカルド?」

「ママの初恋の相手はリーディアだったのか。そうか、うん。全然気がつかなかった。リーディア、よかったな」

「うん! とっても嬉しいの!」

「リーディアの初恋の人の初恋の人は、リーディアだったんだな」

「うん!」

「でも、パパは違うみたいなんだ」

「!!!」

ハッとした顔で、リーディアはリカルドを見上げる。

そこには、長いまつ毛を伏せた、物悲しげな表情のパパがいた。

リーディアは大慌てである。

一方、マリアはその話の展開に唖然としていた。

背中からじっとりと、嫌な予感がする。

「……! パパ、あのね。ママはパパのこと、はつこいじゃなくても大好きだと思うの」

「でも、初恋はリーディアなんだな。いや、いいんだ、仕方がない。私のリーディアは可愛いからな……」

「あぅ……パパ、落ち込まないで。リーがその分、いっぱいパパに好きをあげる!」

「リーディア、ありがとう。……そういえば、ママは、女の子を 含(・) め(・) る(・) とリーディアが初恋だと言っていたな。じゃあ、男だけに絞った場合の初恋はいつなんだろうな……初恋のリーディアに出会った後……ということかな……」

マリアが震えながらリカルドを見上げると、心底楽しそうな顔をしたリカルドと目が合った。

リーディアと同じ色をした瞳は、期待でキラキラと輝いている。

マリアは悟った。

(わ、分かってるくせに! 気がついちゃったくせに、なんて意地悪なのー!?)

マリアは、迫り来る危険に、そろそろと体を二人から離そうとする。

しかし、リカルドはマリアの腰を引き寄せて捕まえてしまい、マリアはその場から離れることができなかった。

「パパ、賢いの……ママのはつこいの男の子……リーの後に違いないの……。背が高い男の人で、……銀髪……? あっ! パパ、あのね!」

名推理を披露しようとした名探偵に、リカルドは口元に指を立てて「しー」と合図する。

銀色名探偵は、その合図を見て、パッと両手で自分の口を塞いだ。

「リーディア。せっかくだから、ママの口から聞いてもいいかな?」

「うん、いいよ!」

「ありがとう」

そうして、リカルドはリーディアを膝に乗せたまま、マリアの方を見た。

腰を掴まれ立ち上がれないマリアは、蜂蜜色の瞳を潤ませながら、恨めしげに愛しい夫を見返す。

「マリア。君の初恋の 男(・) 性(・) が誰か、教えてくれないか」

こうして、マリアは、初恋の女の子と初恋の男の人が誰なのかをその場で公開することになり、銀色スナイパーの ご(・) く(・) ひ(・) み(・) っ(・) し(・) ょ(・) ん(・) は大成功に終わったのだった。

なお、みっしょん完了の現場では、「リーもパパもママも、初恋の人の初恋の人ね! お揃いね!」という嬉しそうなスナイパーの声が響き、その傍には、頬を染め震えるママの姿と、その肩を抱く満足そうなパパの姿があったのだという。

****

そして、翌日。

「パパ、ママ、あのね。リーははつこいの人に想いを告げたから、次の段階に移ろうと思うの!」

「うん?」

「……次の段階?」

朝の挨拶に来たパパとママに、銀色スナイパーは次のみっしょんの内容を告げる。

そして、胸を張り、威厳のある顔つき――側から見ると、ふくふくほっぺが気になる愛らしい表情――で、パパとママを見た。

「リーとママは、リョウオモイだからね。次は、パパみたいに、大好きなママを で(・) き(・) あ(・) い(・) しないといけないの! …… で(・) き(・) あ(・) い(・) って、何をすればいいの?」

不思議そうに首を傾げる愛娘に、マリアもリカルドも、「あっ」と声をあげて、蒼白になるのだった。

その後の数日間、「できあい!」と言いながら、大好きなママにお菓子をアーンするリーディアの姿が頻繁に目撃されたそうだ。