作品タイトル不明
60 エピローグ 2/2(終)
そして、わたし達リキュール一家のことだ。
十二月末の大転送魔法陣の便でやってきたわたし達は、なんだかんだ一月いっぱい、王都に滞在していた。
しかし、わたし達は領主一家なのだ。そろそろ自領に戻らなければならない。
大転送魔法陣が起動するその三日前、わたし達は最後のお別れに、イーゼル殿下の子ども部屋を一家で訪れた。
「今日がイーゼルのところに行く最後の日なの?」
「そうよ。落ち着いてお話ができるといいんだけれど……」
このところ、イーゼル殿下の子ども部屋には、ひっきりなしに貴族の子ども達がやってきているらしい。
今までは母不明の黒髪王子ということで避けられがちだったのだけれども、この度英雄となった彼は、玉座へ一直線間違いなしということで、貴族的モテ期に突入しているそうだ。
人というのは、現金なものである。
(もしかしたら、ほんのちょっと顔を見るだけで終わってしまうかも……?)
しかし、その懸念は杞憂に終わった。
今日はわたし達とのお別れの日なので、イーゼル殿下はわざわざ人払いをしておいてくれたのだ。
もちろんウィリアム王太子殿下とスザンヌ様も一緒である。
この一ヶ月、とてもお世話になったので、最後にゆっくり挨拶ができそうで本当によかった。
そう、呑気に喜んでいたところで、爆弾が投下された。
「リーディア、話があるんだ」
「うん?」
「僕と婚約してほしい」
「ゲッホゴホゴホゴホ」
「ママァー!?」
可愛い王子の急な申し込みに、リカルドは目を剥き、わたしは飲んでいた紅茶で溺れ死ぬかと思った。
わたしの呼吸が落ち着いたところで、会話の再開である。
「そのね、マリアさん。もちろんね、エドワード義叔父様から、リキュール伯爵家に婚約の話は強要しないよう、ちゃんと言われているのよ」
「だから、私達も、強要するつもりはないんだ。ただ、人の想いは止められないものだし、リーディア嬢が頷いてくれるなら、話は別というか」
「そのね、私達が、マリアさん達のことを大好きすぎるだけなんだけどね、一度は聞いておきたくて……」
王太子一家の全力の好意がまぶしすぎる。
どうしよう。
わたしとリカルドで太刀打ちできる気がしない!
わたし達夫婦がおそるおそる愛娘を見ると、小さくとも気高い伯爵令嬢は、キリリとした顔つき――傍目には、もちもちほっぺが柔らかい、愛らしいお顔立ち――で、黒髪王子に尋ねた。
「婚約ってなぁに?」
「ずっと一緒にいるって約束することだ」
「なら、リーはもう婚約してるよ」
「「「「!?」」」」
目を剥く黒髪王子と大人達に、銀色伯爵令嬢は、威風堂々たるヒトデポーズでふふんと微笑む。
「あのキースってやつか!?」
「ううん?」
「じゃあ、ディエゴってやつか!」
「ディエゴは、エリーちゃんの好きな人なの」
「!? じゃ、じゃあリーディアは一体、誰と婚約してるんだ!」
さらりと翻る銀髪。
キュルリと動く愛らしい紫色の瞳。
幼い伯爵令嬢は、衆目の中、自信満々に答えを告げた。
「リーはね、ママと婚約してるの。一年だけじゃなくて、ずっと一緒だって、約束したの。素敵な伯爵令嬢のリーが、自分で選んで捕まえたの!」
自慢げに胸を張る彼女は、やはり最強のスナイパーなのだ。
彼女の前では、絆は与えられるものではない。
自らの手で勝ち取っていくものなのである。
わたしが思わず彼女に抱きつくと、幼い銀色スナイパーは、いつもと同じように、嬉しそうに微笑んでくれる。
「ママもリーが大好きよ!」
「リーも、ママが大好きなの!」
それを横で見ていたリカルドは、涙目のイーゼル殿下に苦笑しながら、残念そうにしている王太子夫婦に告げる。
「娘の婚約は、まだ早いようです」
ママが一番のうちは、娘を嫁にやることなんて、到底できないのである。
〜第三部 黒髪王子と緋色の竜 終わり〜