作品タイトル不明
50 王宮別館の子ども部屋
わたしとリーディアは、その日、実は王宮の中に居た。
少し早めに王宮に着いたので、会議の間、イーゼル殿下とリーディアが遊べるようにと思い、子ども部屋にやってきていたのだ。
ちなみに、リカルドは王都の大商人のところに商談に向かっているので、少し遅れてやってくる手筈になっている。
(なんだか、王宮通いが常になってしまっているわ。社交ができないのは……まあ、去年までしていなかったのだし、今更だけれど……)
一番気になるのは、子ども達のことだ。
こんなふうにずっと一緒にいるのだから、きっとシルクちゃんとイーゼルは、リーディアがリキュール伯爵領に帰るとき、とても寂しがることだろう。
そのことを思うと少し胸が痛い。
けれども、三人がお友達になれたことは、きっと彼女達にとっていいことのはずだ。
別れを恐れて仲良くしないなんて、本末転倒である。
そう思いながら、積み木に夢中になっている愛娘の頭を撫でたところで、ことは起こった。
室内にいる使用人達が皆、その場で倒れてしまったのである。
「ママ! サーシャも倒れちゃったの!」
わたしのスカートに張り付いている可愛い銀色コアラ娘と共に、我が家の侍女サーシャに近寄り声をかけるけれども、一向に起きる気配がない。
他の使用人達を含め、頭を打ったり怪我をしている様子は見受けられないけれども、一体何が起きたのか。
「ああっ、お嬢様!」
「!?」
「……お残しは、いけません……スヤァ……」
「……」
サーシャの寝言に、銀色コアラ姫はビクッと体を震わせた後、恥ずかしそうに涙目でうつむいた。
震える銀色コアラ姫に、黒髪王子は「僕も、嫌いなたべものはあるから」と慰めの声をかけている。高貴なる王子様は紳士なのである。
えーとえーと、少なくともうちのピンクブロンドの侍女は、眠り込んでいるだけらしい。
とはいえ、集団で急に眠り込むなど異常なことだ。
(そうだわ、魔法通信機で、侍女長に連絡を……!)
事態が手に余ると判断したわたしは、誰か助けを呼ぶことにした。
ここの子ども部屋の入り口には、魔石で動く通信機が置いてあって、それを使うと侍女達の待機室に居る者と通話できるのだ。
さっそく銀色コアラ姫と共に入り口近くに行き、受話器を手に取ってみる。
しかし、待機音もコール音も鳴らず、ボタンを押しても、通信機が動いている様子がない。
「壊れちゃったのかしら」
「ママ?」
「うーん、どうしましょうね……」
段々怖くなってきたのか、黒髪王子も黒色コアラ王子に身を落とし、銀色コアラ姫と二人でわたしのスカートに張り付いている。
どうしたものかと思案したところで、銀色コアラ姫が声を上げた。
「ママ! リーは、パパとミゲルお兄ちゃんとお話できるの!」
バァ〜ン!!と虹色バンドの腕時計型電気通信機を取り出した姫君に、わたしとイーゼル殿下は、盛大な拍手を贈る。
「すごいわ、リーディア!」
「リーディア、やるじゃないか!」
「さすがは最強の伯爵令嬢ね」
「本当に、困ったときに頼りになるな」
「ナイスよ、自慢の娘だわ」
「さすがは僕の友達だ!」
「ふふん。リーは、すごいの。で、でも、そんなに褒めても、この時計しか出てこないのよ……?」
さすがに恥ずかしくなったのか、珍しく保険を張った彼女は、銀色スパイにジョブチェンジし、小さなお手手でぽちぽちとボタンを押し、通信を開始する。
「パパ、パパ。リーです、聞こえますか〜?」
「――リーディアか!? 大丈夫か! マリアはそばにいるか!?」
「ママも一緒にいるよ。イーゼルも一緒なの」
「もしかして、まだ王宮の中にいるのか!?」
「リカルド? マリアです。今、王宮の子ども部屋にいるんだけど、わたし達三人以外、周りの人がみんな眠り込んでしまって……」
「眠り込んでる……!? いや、それよりも」
プツン。
音声が切れてしまったので、わたしも銀色スパイ姫もコアラ王子も、首をかしげる。
銀色スパイは、一生懸命、ボタンを押しているけれども、時計型電気通信機は動く気配がない。
「これ、動力切れじゃないかしら」
この虹色バンド時計は、先ほどまではボタンを押すと、何かしらの部分が光り、反応している様子を見せていた。
今は何をしても、うんともすんとも反応しない。
わたしが困ったなと時計をつつきながら、愛娘に目をやると、熟練銀色スパイが、あわわわわと青ざめていた。
「もしかして、いっぱい使っちゃった?」
「リーは毎日、ミゲルお兄ちゃんとキースお兄ちゃんに、こんにちはの挨拶をしていたの……!」
「な、なるほど……」
どうりで、操作が手慣れていたはずである。
ミゲル兄さん達とリーディアの距離が妙に近かったのも、毎日お話ししていたのだとしたら納得だ。
しかし、これはどうしたものか。
倒れてしまった彼女達を医者に見せたいし、誰か、大人を呼びにいきたいところだ。
室内の魔法通信機は使えないし、リーディアの電気通信機も止まっている。
わたしが頭を悩ませていると、室内に、ふわりと透明感のある男の人が現れた。
肩口で切り揃えた黒髪が艶やかな、優しげな雰囲気の青年だ。
その顔立ちは、なんだかディエゴくんに似ている気がする。
いや、その姿は問題ではない。
問題はやはり、その透明感だ。
彼の体越しに、向こうの壁の様子が見える!
わたしとリーディアが思わず固まっていると、イーゼル殿下が嬉しそうな声を上げた。
「いつも現れる、男の人だ!」
「えっ!?」
「マリアさま。この男の人が、僕をシルクのところに案内してくれたんです」
「そ、そうなんですか? ……こんにちは?」
とりあえずわたしが頭を下げると、男の人は困ったような顔で、わたしに頭を下げてきた。
リーディアもイーゼル殿下も頭を下げて、挨拶らしき儀式を終えたわたし達四人は、顔を見合わせ、首をかしげる。
しばらくそうしていると、男の人は扉を指差した。
どうやら、わたし達を部屋の外に誘導しているらしい。
「ママ」
「マリアさま」
わたしの意向を仰いでくる二人に、わたしはうーんと頭を抱える。
とりあえず、このままここにいても誰もきてくれないだろうし、他の使用人を探すついでに、部屋を出てもいいだろう。
何かあっても、リーディアとイーゼル殿下の二人がシルクちゃんを呼べば、助けに来てくれるような気もするし、シルクちゃんのところに案内してくれた人なら、悪いようにはしない気がするし、わたしもドレス姿だとはいえ、そこそこには強いし……。
「行ってみましょうか」
こうして、わたし達三人は、謎の男の人についていくことにしたのである。