作品タイトル不明
41 新しいお友達と夢魔シュガー
「あまーい! これ、甘くてすっごくおいしいぞ!」
夜会の翌日の昼下がりのこと。
わたしはリカルド、リーディア、イーゼル殿下、スザンヌ様と共に、地下の玉座にやってきて、シルクちゃんと交流を深めていた。
目の前の簡易テーブルに置いたのは、たっぷりクリームのシフォンケーキ、甘く煮詰めたりんごタルト、とろとろ食感のカスタードプリン、フルーツたっぷりのクレープに、キラキラのチョコレート、繊細な見た目のクッキー……。
「こんなにおいしくてふわふわなの、初めてだ!」
「リーも、こんなにいっぱいあるのは、初めてなの。おやつは毎日一つまでだから、なかなか食べられないの」
「ぼ、僕も、虫歯ができるから、いっぱいはダメって言われてて……おいしい……!」
幸せそうにお菓子を囲んでいる六歳児達に、わたし達大人勢も思わず笑顔だ。
シルクちゃんの言う甘いものがどんなものかわからなかったので、今日はミニバイキング形式にしてみたのだ。
一応、リーディアとイーゼル殿下には、平皿一枚分が上限と伝えてある。しかし、ケーキやクレープは小分けに切ってあり、プリンも小さい器に入れてあるので、頑張ればすべてを一つずつ皿に乗せることも可能だ。
案の定、お皿いっぱいに全部の甘味を乗せた三人は、ホクホク顔で一つずつ口に運んでいる。
いや、ホクホク顔というか……よくよく見ると、幼い三人は、目に涙を浮かべながら甘味をほおばっている……?
な、泣くほどのことかしら!?
普段からリーディアに、そんなに我慢をさせていたかしら……?
「そういえば、スザンヌ様は国際会議後の視察はいいのですか?」
今週は国際会議が行われる週だ。
午前中は会議、昼は会食、午後は視察で、王太子妃であるスザンヌ様には空き時間がないのではないだろうか。
そう尋ねると、スザンヌ様は困ったような顔でふわりと微笑んだ。
「実は、夫や官僚達とも話し合ったのですが、こちらを優先したほうがいいだろうということになりまして」
主催国の王太子妃として、国際会議の視察の場にいるのは大切なことだ。
しかし、突如発見された地下遺跡。
よりにもよって魔法における防衛措置が国で一番強固な王宮の真下に、それはあるという。
侵入できるのは限られた人員のみ、しかもその内部に神霊的な謎の存在が居るのだ。
エタノール王国としてはこれを、国際会議以上の懸案事項として認識したらしい。
「それで、今回は入って来るときに沢山護衛の方がいらっしゃったんですね」
こくりと頷くスザンヌ様は、しかし苦笑いだ。
実は、この地下遺跡に、前回来た四人で再来訪することは、わたし達の夫が許さなかったので、大勢でやって来ようとしたのだ。
幼い王子と王太子妃に、小さなリキュール伯爵令嬢。
言われてみると、わたし以外は、大切にしまいこんでおきたいような、高貴でかよわい存在だ。
そして、何かあったときに、一緒に居るのが戦闘力皆無のわたしでは、絶対に守り切れない。
それで、リカルドと、軍部の機密部隊が護衛としてついてくることになった。
けれども、結局、地下遺跡まで来られたのは、リカルドを含むわたし達五人だけだったのである。
他の者達は全員、焦点のあってない目をして、地下書庫に引き返してしてしまったのだ。
お菓子を持っていたのが、わたしとスザンヌ様でよかった。
護衛の皆様に任せていたら、お菓子も地下書庫に引き返してしまっていただろう。
「ん? たくさん連れてこようとしたのか?」
「シルクちゃん」
「ここには、銀色と黒いのしか近寄れないよ。大昔に、あたしがそういう決まりにしたから。そのせいで、長いこと誰も来なかったけど」
ふわふわの赤毛を揺らしながら、幸せそうに甘いものを食べているシルクちゃんは、わたしとスザンヌ様の会話を聞いて、そうこぼした。
それを聞いて、他の面子は皆、わたしに注目する。
柔らかい茶色の髪に、凡庸なはちみつ色の瞳。
うん。
銀色でも、黒いのでもない、 そ(・) れ(・) 以(・) 外(・) がいますね。
わたしが首をかしげると、シルクちゃんは楽しそうにカラカラ笑った。
「マリアは別。あたしの決まりは、マリアを銀色認定しているのさ」
「わたしを!? な、なぜ……」
「マリアは、銀色に愛されすぎ。……これは、リカルドかな? あと、リーディア。二人の執着と愛で、何重にも加護がついてる。こんなの、あたしだってあんたが聖女かと錯覚しちゃうよ。ああ、でも、ついでに、スザンヌの加護もついてるから黒も混ざってるね。ほんと、存在が想定外だ」
えええ〜!?
それは、なんというか……。
無性に恥ずかしくて、じわじわと体温があがってきて、思わず頬に手を当てると、やはり頬は熱を持っていた。
そんなわたしを見て、夫リカルドは嬉しそうに肩を引き寄せてくるし、愛娘リーディアも満足そうに「さすがはリーのママなの!」と頷き、お友達のスザンヌ様は「マリアさん、大好きです」とこちらがメロメロになってしまうような笑顔を向けてきている。
「ううっ……み、みんなのことを大好きなのは、わたしのほうなのに……」
「「「!!!」」」
「そういうとこだぞ。それよりさ、これもしかして全部、夢魔シュガーが入ってないんじゃないか?」
真っ赤な顔をするわたしと、そわつく三人を見たシルクちゃんは、あきれ顔をした後、わたしに尋ねてくる。
「夢魔シュガーですか?」
「うん。そこに夢魔の幼生がいるのに、なんで入れないんだ?」
「……?」
「リーディアは食べたことあるだろ?」
「もぐもぐ? ハッ。虹色のお砂糖!?」
クッキーを口に含んだばかりの思い出し銀色姫は、いつかの夜中にミミが虹色の砂糖を大量に出したことを、必死に説明してくれる。
寝覚めに現れる、すぐに消えてしまう虹色のお砂糖?
「イーゼルが黒糖にしたら消えないからさ。早く出してよ」
「え!? 僕!?」
「……イーゼル?」
「いえいえいえ! お義母さま、僕にはわかりません!」
「黒いのはちゃちゃっとやってたよ」
「無理言うなよ! 僕はやり方なんか知らないぞ!」
「親からメモとかもらってないのか? 黒いのはマメだったから、代々何か残してそうだけど」
「……僕は、実のお母さまと会ったことがないから……」
「……私も、五歳の時にお母様は出奔してしまったから……」
ズーンと静まり返る黒髪母子に、さすがのシルクちゃんも黙り、リカルドは言葉をなくし、リーディアはあわわわと青ざめている。
一方わたしは、うんうん頭を悩ませていた。
「……黒いのが、代々残した、メモ……?」
何か記憶にひっかかっているのだ。
黒いのが――黒髪の一族が、代々引き継いできたもの。
伝統を重んじる、黒髪が多い部族。
草原の民。
昔気質の、木彫り職人達。
誇り高く、外部の者に安易に渡したりしない、木彫りの――。
「ああー!」
叫んだ私に、四人は驚いてこちらを見る。
けれども、それどころではないのだ。
「リーディア、イーゼル殿下。首飾りを見せてもらってもいいかしら」
リーディアとイーゼル殿下は、わたしの言葉に、首元から木彫りの逆三角形の首飾りを取り出した。
北方の草原で作られた、 リルニーノの首飾り(本当の親子の証) である。
実は、イーゼル殿下の首飾りを父にお願いしたところ、何故か父が全力を出し、恐ろしいばかりの早さで首飾りが手に入ってしまったのだ。物は昨日の夜会で受け取ったので、イーゼル殿下には今日渡したばかりの代物だ。彼の首飾りの中心にはもちろん、スザンヌ様の名前が刻まれている。
「マリア。リルニーノの首飾りが何か?」
「この首飾りの裏側にね、古代タラバンテ語で何か書かれていたと思うの」
リルニーノの首飾りを手に取ると、木彫りの首飾りの裏面には、細かく刻まれた文字が書かれている。
九年前に父と草原の民から軽く教えてもらっただけなので、ゆっくりとしか読むことはできない。
しかし、リーディアとイーゼル殿下、二人の首飾りの裏側には、同じ文言が刻まれていて、これはおそらく、 伝(・) え(・) る(・) た(・) め(・) に刻まれたものだ。
「ええと……『銀色が夢を甘くする。ふわふわが甘いのを出す。甘いのが消える前に黒いのが触れる、リルニーノと唱える。シルクは甘いのが大好き!』」
「割とそのまま書かれているんですね」
「そういえば、黒いのはそのあたりのセンスはなかったな」
スザンヌ様とシルクちゃんの言葉に、わたしは呆然としていた。
なんと、草原の民の言葉 リルニーノ(本当の子) の語源は、夢花が生む砂糖の固定化呪文だったらしい。
それがどうして、『本当の親子』の意に代わってしまったのだろうか。
わたしの三番目の兄に伝えたら、大騒ぎしそうな内容である。
「とりあえず、やってみますか?」
リカルドの言葉を皮切りに、わたし達はとりあえず夢魔シュガーとやらを作ってみることにした。
ミミがリーディアを眠らせ、起きたところで虹色の砂糖をお皿の上に出す。
虹色の砂糖にみんな興味津々だけれども、わたしは思わず、銀色夢うつつ娘を抱きしめた。
「ママ?」
「リーディア、大丈夫? 急に眠り込んじゃうから、ママはいつも心配なのよ」
「大丈夫! ふふふ〜」
わたしの腕の中で満足そうにしている娘に、リカルドは念のためおでこに手を当てたりして診察している。
今回も、より健康になっただけで、娘の体調に問題はないらしい。
「これを持って、呪文を唱えるんだな?」
「早くしないと消えちゃうぞ」
「!? リ、 リルニーノ(お砂糖の魔法) ……」
お皿を持ったイーゼル殿下がその言葉を口にした途端、お皿の上の虹色の砂糖が、光を放ちながらその色を濃くし、黒糖へと変化していった。
普通の黒糖と違って、なんだかキラキラと宝石のように輝いているような気がする。
その黒糖に真っ先に手を伸ばしたのは、シルクちゃんだ。
「あまーい!」
そう叫ぶと、シルクちゃんの姿が炎に包まれる。
それは一瞬のことで、その後の彼女の姿は特段変わっていなかったけれども、嬉しそうに「透けてない!」と手を見ていた。
あっけに取られる大人達の前で、子ども達はきゃあきゃあ喜んでいる。
「シルク! 今の、どうやったんだ!?」
「ふふーん、すごいだろ〜」
「シルクちゃん、透けなくなったの? お外に出られるの?」
「そうだ! リーディアとイーゼルのおかげだ、ありがとな」
「よかったのー!」
手を取り合って跳ねている彼女達に、大人達がまあいいかと笑顔を浮かべたところで、シルクちゃんが爆弾発言をした。
「よーし、じゃあ今から出かけるぞ!」
「え?」
止める間もなく、わたし達の目の前は炎に包まれる。
例の、触っても熱くない、不思議な炎だ。
炎の膜が消えると、そこは地下書庫で、お茶会をしていたわたし達は、簡易ティーセットごと、地下書庫の読書スペースに舞い戻っていた。
「あたしはね、リーディアが言ってた、屋台の店に行きたい!」
「!! いい提案なの。リーもね、もう一度行きたいと思っていたの。きっと楽しい時間になるの」
「そうだろ? イーゼルも行きたいよな?」
「……!? し、下町の、屋台……?」
「行きたくないなら、リーディアと行くから別にいいぞ」
「僕も行く! 僕だって……お義母さま!」
この流れで、涙目でスカートに張りついてくる幼子を拒絶できる母が居るだろうか。
そんなわけで、急遽、シルクちゃんとその仲間達による下町行脚が始まったのである。