作品タイトル不明
15 国王謁見
公式な国王謁見には、三つの種類がある。
公開の上、内容の報道が予定されているもの。
公開ではあるものの報道するまでもないもの。
非公開で行われるもの。
そして、ほとんどの国王謁見は、非公開で行われるものだ。
他国の賓客を迎えるときや、大きな事業の開始挨拶、英雄の表彰などの大きな案件でない限りは、それほどのコストをかける必要はなく、そもそも、むやみに国政の内実を明るみに出すのはデメリットばかりが大きい。
そんなこんなで、今日のリキュール伯爵家一同の国王謁見は、非公開で行われることとなっていた。
国内のとある永代貴族の一家との面会。
話の規模も内容も、皆に知らしめるようなものではないのである。
そのため、謁見場所は玉座の間ではなく、面会用の応接室であった。
(そう聞いていたんだけど、この面会室、とんでもなく広いわ〜!?)
一人がけのソファが二十個ほど並んだその面会室は、わたしの想像の倍は広いものだった。
エドワード王弟殿下から、小さめの部屋を選んだと聞いていたのだけれど!
小さめとは一体……!?
「よく来てくれた。リキュール伯爵、リキュール伯爵夫人。それに、リキュール伯爵令嬢」
出迎えてくれたのは、現エタノール国王であるエドガー=ルクス=エタノールである。
初めて見た自国の王は、白髪混じりのホワイトブロンドに、淡い水色の瞳、蓄えた髭が印象深い優しげな顔立ちの男であった。
年齢は、エドワード王弟殿下がわたしの父と同じ四十七歳頃なので、その兄であるエドガー国王は五十歳を超えたくらいであろうか。
ちなみに、この場には他にも王族が参加している。
王妃殿下に、この場を設けてくれたエドワード王弟殿下。
そして、わたしと同じ年頃の王太子夫婦である。
(……あら? 国王陛下には、二人の王子がいらっしゃったような……)
そこまで考えたところで、わたしは思い出した。
そういえば、エタノール王国の第一王子は失踪しているのだ。
確か六年前のことだったと思う。
当時十九歳であり、王太子でもあった第一王子殿下が突然、ふらりと外出したかと思ったら、「私の息子だ。名前はイーゼルにした」と言って、黒髪の男の子の赤ん坊を抱いて王宮に戻って来たのである。
それだけでも王宮内は大騒ぎだったというのに、その二ヶ月後、第一王子殿下は「彼女を追いかけます」との手紙を残して失踪したのだ。
あれは、国内を揺るがす大スキャンダルだった。
あまりにも大きなスキャンダルすぎて、誰しもが公だって触れることができない話題となり、噂は風化し、第一王子殿下の存在までも風化したのである。
結局、エタノール王国の王太子は、今わたしの目の前に居る第二王子ウィリアム=ルクス=エタノール殿下が担うこととなった。
そのウィリアム第二王子殿下が、二年ぐらい前に、隣国スルシャール王国から、王女スザンヌ=クルス=スルシャールを妻に迎えたのだ。
それと同時に、ウィリアム第二王子殿下はスザンヌ妃とともに、第一王子の子であるイーゼル殿下を、養子に迎えたという話だったはず。
しかし、さすがにこの場にイーゼルは来ていないようだ。
イーゼル殿下はまだ、御年六歳なので、無理もないことだろう。
わたしがそんなふうに思考を巡らせている間に、王族側の挨拶が済み、わたし達一家が改めて挨拶をした。
挨拶のオオトリを飾るのは、我が家のアイドルである銀色伯爵令嬢である。
「リリリリーは! リキュッ……リーディア=リキュールです。よろしく、なの! ……ですっ!」
銀色伯爵令嬢は珍しく緊張しているらしく、半分ぐらい素のしゃべり方がさらけ出されている不思議な挨拶を繰り出した。
どうやら今日の彼女は、格別に緊張しているらしい。
ルビエール辺境伯領で行ったような、余裕のある優雅なご挨拶が出てこなかったようだ。
よく考えると、彼女はここまでの道中、王宮の門の大きさを見て固まり、王宮自体の大きさと荘厳さを見て固まり、真っ赤なフカフカ絨毯の歩き心地に興奮し、調度品の美しさを見て茫然とし、周りを行きかう大人たちの豪奢な服装に唖然としていたのだ。
最後のトドメとばかりに、真っ赤なマントを羽織った、おひげがフカフカの物語に出てくるような王様が登場したことで、緊張が頂点に達したのだろう。
その可愛らしい失敗に、周りの大人は目じりが下がるばかりなのだけれども、本人はあまりの失態に、可哀そうなことに、お目目をウルウルさせながらうち震えていた。
そこに、なんとエドガー国王陛下が、銀色伯爵令嬢と目線を合わせるべく、膝をついたではないか!
「ご挨拶をありがとう、リキュール伯爵令嬢。今日ここに来てくれて、とても嬉しいよ」
「……はい、なの……」
「さて。私達はちょっと難しいお話があるから、リキュール伯爵令嬢は、別室に居るイーゼルと遊んでいてくれるかな?」
「……イーゼル?」
「うん。私の孫なんだ」
エドガー陛下はふわりと微笑むと、立ち上がって、ドアの近くに居る侍女に案内を指示した。
不安そうにわたしのスカートの裾を掴むリーディアに、わたしは失笑しながら、その場でしゃがんで彼女に目線を合わせる。
どうやら、挨拶の失敗による衝撃を彼女の心は受け止め切れていないらしく、紫色の瞳が心細そうに揺れている。
「ママ。リーがよそのお部屋に行くのは、ちゃんとご挨拶できなかったから?」
「まさか。今日は、王族の皆様と仲良くお話しする日なのは、知ってるよね?」
「うん」
「それでね、実は王族のイーゼル殿下は、リーディアと同じ年頃の男の子なの」
「リーと、同じ?」
「そう。だからね、ママ達よりリーディアのほうが、ずっとずっと仲良くなれると思ったから、お任せしたかったんだけど……ママの買い被りだったかしら……」
「!!」
「同じ年頃のリーのほうが、イーゼル殿下もお話ししていて楽しいかなって……ああでも、リーディアにはまだ早かったかな……ママの見ていないところで、貴族のお友達を作るなんて」
「ママ!!!」
ミッションを得たことで、銀色スナイパーはいつもの元気を取り戻したようだ。
先ほどまでの悲しげな様子はどこへやら、ふくふくのほっぺは艶々と輝き、握りしめた小さなお手手には強い意志が込められている。
「行ってくるの。リーに不可能はないの!!」
銀色スナイパーはそう叫ぶと、紫色の瞳を爛々と輝かせながら、侍女サーシャと共に、イーゼル殿下のいる子ども部屋へと意気揚々と向かっていった。
うんうん、やっぱり幼子は強気に元気いっぱいが一番である。
残された大人達が思わずくすくすと笑いを漏らす中、わたしが顔を上げると、わたしをうっとりと眺める紺色の宝石とパチリと目が合った。
長く艶やかな黒髪に白い肌、豊かな胸に桜色の唇が魅力的な、スザンヌ王太子妃殿下である。
あまりの美しさにわたしが思わず目を瞬くと、スザンヌ殿下はハッとしたような表情で、目を逸らしてしまった。
何か気になることがあったのかしら。
「それでは、本題に入ろうか」
エドガー陛下の声かけにより、全員がソファ席に腰を下ろす。
「リキュール伯爵」
「はい」
「こたびのことだが」
わたし達夫婦は、背筋を伸ばして傾聴の姿勢をみせる。
しかし、エドガー陛下はしばらく目を彷徨わせ、言い淀む様子であった。
その背中を押したのは、もちろんエドワード王弟殿下である。「兄上」という低い声に、エドガー陛下は大きなため息をつく。
「……此度の件、大変申し訳なかった」
がっくりと項垂れながら、頭を下げる国王エドガー=ルクス=エタノール。
実は、今日の面会は、王族からリカルドへの謝罪のために設けられたものなのである。