軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. 宣戦布告

王城の図書館には、王族のみ立ち入りの許された禁書庫というものがある。

そこには妖精に関する書物が数多くあり、代々の王族に受け継がれてきていた――。

「……森の妖精王の玉座、か」

「ティアラローズ様は、そこにいらっしゃると?」

「十中八九、そうだろう」

しんとした場所に、アクアスティードとエリオットの声が響く。

地下へと続く螺旋階段を降りると、そこは小さな部屋になっている。図書館の司書が休憩をするスペースと一般的には言われているが、実際の目的はほかにある。

そこまで下り、エリオットは一歩下がりアクアスティードの後ろに控えた。

アクアスティードが壁に手をかざすと、現れたのは魔法陣だ。

ここから先は王族しか立ち入ることが出来ないため、エリオットは待機となる。

「お気をつけてください、アクアスティード様。……一緒に行けないこの身が、悔しいです」

「規則だからな。私は問題ない」

ひとつ頷き、アクアスティードは魔法陣を通り抜けて隠された禁書庫へと足を踏み入れた。

少し埃っぽいそこは、しばらく誰も足を踏み入れてはいないようだった。

ここを訪れたのは、ティアラローズを妖精王キースから取り戻すためにほかならない。

禁書庫には、貴重な本のみが保管されているため、その絶対数は多くない。金で縁取られた本棚から、アクアスティードはそっと妖精に関するものを手に取った。

「……私自身が森の妖精に祝福されていれば、妖精王の下へすぐにたどり着けたかもしれないな」

ぽつりと漏れたそれは、アクアスティードの独り言だ。

妖精王の玉座とは、森、海、空、それぞれに用意されている。そこに頂くは、その妖精の王だ。

まさか他国出身のティアラローズが、森の妖精王に気に入られるなどと誰が考えただろうか。もちろん、アクアスティードも考えはしなかった。

妖精に祝福されることはあるとしても、妖精王と巡り会うなんて誰も予想はしないだろう。

そのため、彼の中には焦りがあった。

ティアラローズが妖精王に目をつけられたら、どうしたらいい――と。そもそもすでに目を付けられているような状況ではあるのだが、最後の一線は越えていない。

「森の妖精はティアラに祝福をしているが、妖精王はしていない。だが、それも時間の問題か……?」

妖精は、気に入った者へ祝福を授ける。

ティアラローズが森の妖精、アイシラが海の妖精に祝福をされているように。しかし、妖精王はそう簡単に祝福を授けはしない。それこそ、寵愛でもしないかぎりは。

「……クソ、どこだ。森の妖精王に繋がる道が記載されている文献が、あるはずだ」

急ぎ、しかしゆっくりと本をめくる。早くと迫る思いが、アクアスティードを焦らせる。長い年月保管されてきた本は、乱雑に扱えば崩れ去ってしまいそうなほどにぼろぼろだった。

時間を作り、新しく書き写す必要があると考えはするが、今はそのようなことをしている暇はない。

「海の記述が多いのは仕方ないにしても、森が少なすぎる……」

森の妖精王に気に入られた歴代の王は、決して多くない。しかし、必ず1人は存在したはずだ。

もどかしい気持ちをぐっと堪えながら、アクアスティードは書かれている字を追う。

そして最後に近いページで、探し求めていたものを発見した。森の妖精王の玉座への道は、王城から繋がっている――と、記載されていた。

「城から……? 隠し通路はすべて把握しているが、そんなものはなかったはずだ」

――いったいどこから繋がっているというのか?

読み進めていくと、それが王妃の私室であるということが書かれていた。

なぜそのような場所にと、アクアスティードは顔をしかめる。しかし、理由なんて明らかだ。妖精王に気に入られた王族が、王妃だったのだろう。

それがキースであるのか、前妖精王なのかはわからない。けれど、場所が分かればアクアスティードのとる行動は1つだ。

すぐに戻り、隠し通路から妖精王の玉座へ。

そう思い振り向き、走り出そうとするのだが――それはキースの出現によって妨げられた。

さらりと流れるような深い緑の髪が、何もかもを見通すような金色の瞳が、アクアスティードの視界いっぱいに広がった。

「妖精王!」

「……よう。随分と、必死だな」

「貴方様が、私の妃を連れ去るようなことをしたからでしょう?」

――早く返せ。

高貴な存在である妖精王を、アクアスティードは気にせずに睨みつける。けれど、その口調だけは決して崩すようなことはしない。

「まぁ、最初はそんなつもりもなかったんだがな。だが――気が、変わったんだ」

くっくと笑いながら、「妖精は気まぐれだろう?」とキースはふざけたように言う。

まるでアクアスティードのことなど、気にしないように。いや、実際気にしてなどいないのだ。

「ふざけるのはお止め下さい。――彼女は、私の婚約者ですから」

「ああ。別に、ふざけているわけじゃない」

「……っ!」

静かに制止の声を上げるアクアスティードに、それでもキースは気にしない。別にふざけていないと語る口調は、本気なのか、気まぐれというやつなのか――声色からは、判断が出来ない。

すっと細められたキースの瞳が、アクアスティードへ向かう。

「ティアラ。――あいつ、俺がもらうわ」

「ふざけるな!」

静かな、しかし重圧のあるようなキースの声。しんとした禁書庫に響き、その瞬間その姿は掻き消えた。キースがその場から転移をしたのだ。

口調も忘れてキースへ詰め寄ったアクアスティードの手は宙をかき、空気を掴む。

ギリと唇を噛み締めて、キースが今まで存在していた場所を睨みつける。

◇ ◇ ◇

「お止め下さい、アクアスティード殿下!」

「王妃様は現在公務のため不在です」

「火急の用件だ」

禁書庫を出てすぐに、アクアスティードはエリオットを連れて王妃の私室を訪れた。しかしあいにくと、部屋の主は不在だった。

王妃づきの侍女や女官が「いけません」と止めようとするが、アクアスティードにはそれを待っている余裕はない。

すぐにでも、キースの下へ行かなければならないのだから。

「王妃陛下にはすでに連絡を入れてあります」

「エリオット様、ですが……」

普段と違い、あまりものを言わないアクアスティードの代わりにエリオットが侍女へ説明をする。

しかし、侍女も私室への入り口を守る騎士もあまり良い顔はしない。直接自分たちに何か通達がきているわけではないからだ。

とはいえ、アクアスティードは王妃の実子である。侍女たちも、あまり強く拒否をすることが出来ないでいた。

アクアスティードが母親である王妃へ連絡を取ったのは、もちろん事実だ。しかし、その通達が侍女たちへまでいっていないのもまた事実。

通達されるほどの、時間を待っている余裕がアクアスティードにはないのだから。

「すべての責は私にある。扉を開け」

「アクアスティード殿下……。かしこまりました」

騎士へ扉を開くように命じたアクアスティードは、すぐに部屋へと入っていく。行き先はもちろん、森の妖精王の玉座へと繋がる通路だ。

後ろではエリオットが「すみませんねぇ」と頭を下げながらも、アクアスティードを追う。

「……いったい何があったというのでしょうか」

「ええ。ですが、アクアスティード殿下が無意味にこのようなことをされることはありません。わたくしたちは、王妃殿下に確認をとりましょう」

侍女と騎士が相談をし、1人が確認をするため足早にその場を後にする。

自分たちの主である王妃の許可がないのに、アクアスティードの入室を許してしまった。そのことが侍女と兵士の胸に刺さるが――しかし、彼女たちはアクアスティードのことだって同じくらい知っているし、想っているのだ。

王妃とアクアスティードの仲はとても良い。部屋に招かれて、一緒にお茶をすることも珍しくはない。母親を気遣う姿は、実に良い息子であった。

そのため、王妃に仕える者たちはみな、強く拒むことが出来なかったというのもある。

不安に思う気持ちはもちろんあるが、それ以上に全員がアクアスティードを信頼してもいるのだ。

早く行き違いになっている王妃からの連絡がくるように、先ほど確認に行った者の帰りを待つしかない。

「……っと。すみません、扉は閉めさせていただきます」

「しかし、それはいくらなんでも……っ」

「すみません。しかし、あなた方に中を見る資格は残念ながらありません」

申し訳なさそうにしながらも、エリオットは容赦なく扉を閉めた。

これで王妃の私室にいるのはアクアスティードとエリオットのみ。間違っても、侍女や一介の騎士に隠し通路の存在を知られてはいけないのだ。

しかもこの通路は、逃走用ではない。妖精王の下に繋がる、ことさらに知られてはならない王族の秘密だ。

「……手間をかけさせたな、エリオット」

「いいえ。ティアラローズ様が妖精王に連れ去られたなんて、緊急事態以外の何ものでもないでしょう」

それに、エリオットの仕事といえばアイシラが育てている海の視察だ。幾分か先延ばしにしたところで、問題はないと判断をした。

「アイシラ様も、ティアラローズ様を心配されていましたからね」

隣国から嫁いでくる予定のティアラローズを、アイシラはとても心配しているのだ。

自分を愛してくれている海の妖精に嫌われているということを知ってからは、なおさら気にかけていたのだ。アクアスティードと幸せになり、末永くこの国を愛し、暮らしていけるように……と。

姉妹のように、仲良くなれたら嬉しいと。アイシラがそう笑っていたことをエリオットは思い出す。

「……っと。どうですか?」

「確か、文献によるとこの辺りのはずだ……」

部屋の一番奥。壁際にある綺麗な絵画にアクアスティードが手を伸ばす。

綺麗な額縁の中には、花が描かれている。普段はあまり気にもとめていなかったが、確かに森の妖精を連想させるような絵だった。

アクアスティードがじっとそれを見れば、わずかに魔法の気配を感じることが出来た。

「なるほど、これが……。古く、難しい魔法だな」

「意地でも開けないといけませんね」

難しい顔をしながら、アクアスティードが目を細める。

エリオットも魔法の知識はあるが、いかんせん魔力量は圧倒的にアクアスティードの方が多いのだ。エリオットは見守ることに決めて、後ろに控えた。

祈るは、早くアクアスティードがティアラローズを取り戻すことばかりだ――。