軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8. 落ち着かない男たち

フィリーネの結婚式から一ヶ月が経ち、ティアラローズの周りは落ち着きを見せる――どころか、出産まであと少しということで慌ただしい日が続いていた。

エリオットがもらった屋敷は手入れや家具の搬入も終わったのだが、いつティアラローズの陣痛が始まるかわからない……ということで、フィリーネは今も王城にある自室で暮らしている。

これでいいのだろうかと心配になるティアラローズだが、エリオットも子どもが生まれるのを楽しみにしているらしく、同じようにまだ王城の自室で生活している。

山になっていた書類をどうにか片付けたアクアスティードは、ぐぐっと伸びをする。

ティアラローズの側にいる時間を増やすために仕事の見直しや効率化を図った結果、アクアスティードだけではなく王城に勤めるほとんどの人間が仕事の時間が短縮された。

「お茶を淹れるので、少し休憩にしましょうか。明日の分の仕事も進めるのでしょう?」

「そうだな、頼む」

ティアラローズにいつ陣痛が来てもいいように、可能な限り前倒しで仕事を進めている最中だ。

エリオットが紅茶を淹れて軽食に何か用意しようと考えていると、ものすごい勢いで廊下を走る音がしてその直後に執務室の扉が勢いよく開かれた。

ノックなど何もない来訪に、エリオットが身構えて「誰だ!」と声を荒らげる。

「は、はぁ、はっ……わ、私です……っ」

「「タルモ!?」」

息を切らしながら駆け込んできたのは、ティアラローズの護衛騎士のタルモ。

銀髪の短髪に、たくましい体。普段物静かで喋ることはほとんどなく、いつもティアラローズから一歩下がったところに控えている。

そんな彼が慌てて不躾に執務室へやってきた。

理由なんて、一つしかない。

「ティアラか!」

アクアスティードが声をあげると、タルモはすぐに頷いた。

「はい! 陣痛が始まりましたっ!! 今、医師たちが対応に当たっています……!」

「すぐに向かう!」

アクアスティードはタルモとエリオットとともに執務室を飛び出して、ティアラローズの下へ向かった。

ティアラローズの部屋に行くと、苦しそうにベッドの上で寝ているところだった。

「ティアラ!」

「はぁ、は……っ、アクア、さま……?」

息も絶え絶えになりながら、ティアラローズが手を差し伸べてアクアスティードの声に応えてくれる。

その手をぎゅっと握りながら、何度も「ティアラ」と名前を呼ぶ。

「どうして私はこんなに苦しそうなティアラを助けられないんだ……」

出来ることならその苦しみを代わってあげたいと、そう思ってしまう。けれど、ティアラローズはゆっくり首を振る。

「わたくしは、大丈夫です……。元気な赤ちゃんを生みますから、アクア様……アクアは、待っていてくださ……はっ、ませ。……ね?」

「……ティアラは強いな」

すでに母親になる覚悟が出来ているティアラローズを見て、アクアスティードは力強く頷く。

自分には、残念ながら待つことしか出来ない。

アクアスティードが手を握ったままでいると、部屋の中が光り三人の妖精王たちがやってきた。

「苦しそうだな……本当に大丈夫なのか?」

「もっときばらぬか、ティアラ!」

「二人とも、少し落ち着いて」

来たとたん、辛そうなティアラローズを見て心配するキースとカツを入れるパール。そんな二人を宥めて、クレイルが部屋の外へと連れだす。

「生れるまでは、私たちは外で待っていた方がいい」

あっという間に出て行ってしまった三人の妖精王に、ティアラローズは笑う。まったく言葉を交わせなかったけれど、来てくれたことが十分嬉しい。

「ううぅっ! いたたたたっ!!」

「ティアラ!?」

アクアスティードたちが来たことで安心したのか、ティアラローズの陣痛が一気に加速した。

ティアラローズには、もうアクアスティードに大丈夫だと告げる余裕もないようだ。

すぐに医師たちがやってきて、出産の準備を終えてしまう。

「陛下、隣に部屋を用意しています。どうぞそちらでお待ちください」

「……わかった。ティアラ、頑張って」

「あ……っ、はい、アクア……」

自分の名前を一生懸命呼ぶティアラローズにエールを送り、アクアスティードは部屋を後にした。

***

ティアラローズの陣痛が始まってから、いったいどれくらいの時間が経っただろうか。二時間? 三時間? いや、五時間くらいだろうか。

落ち着きのない様子で部屋の中を歩き回るアクアスティードに、エリオットが「まだ三十分ですよ」と苦笑する。

「……わかっている」

「まだ三十分!? もう一年くらい経った気分だ……」

しかし部屋の中をうろうろしているのはアクアスティードだけではなく、キースもだ。落ち着かない男二人が、ぐるぐるぐるぐる部屋の中を歩いている。

「アクアスティード様、キース様、座って待ちましょう。お産というのは、時間がかかるようですから……」

「ティアラが頑張っているのに、私だけ座って待つなんてできない」

「無理無理、座って何するんだ!?」

ああ、この二人は何を言っても駄目そうだと、エリオットは悟る。

そんな中、優雅に紅茶を飲んでいるのはパールとクレイルだ。

特にクレイルはパールとお茶を出来るのが嬉しいらしく、かいがいしく世話も焼いている。

「お前ら……よくそんなに落ち着いてられるな」

「おぬしの落ち着きがなさすぎるだけじゃ、キース。タピオカミルクティーでも飲んで、気分を落ち着かせたらどうじゃ?」

今からそんな状態では、生まれたときには疲れ果てているだろうとパールは笑う。

そして席を立ち、窓辺のソファに大人しく座っていた人物の肩を持つ。

「こやつの方が、随分と肝が据わっておる」

「あ……いえ、私なんて」

パールの言葉に声をあげたのは、ラピスラズリから駆けつけたティアラローズの義弟のダレルだ。

治癒の力がとても強いため、何かあったときのためにこうして控えてくれているのだ。

「ティアラお姉様がご無事に出産出来るように、祈るだけです……。あ、もちろん、何かあればすぐに駆けつけます!」

義姉のために祈りを捧げる可愛い義弟、ダレル・ラピス・クラメンティール。

薄い水色の髪と、穏やかな青色の瞳。白を基調とした服装で、首元にはリボンを付けている。

絶大な治癒の力を持つ、可愛い六歳の少年だ。

「そういえば挨拶がまだだったの。わらわはパールじゃ。おぬしはティアラの弟かえ?」

「はい。ダレル・ラピス・クラメンティールと申します。どうぞよろしくお願いいたします、皆様方」

最初に軽く会釈はしたものの、全員がそわそわしていたので挨拶が今になってしまった。パールをはじめ、キースとクレイルと挨拶を終える。

落ち着いてるダレルを見て、アクアスティードは軽く首を振った。

――私が今からこんなに慌てていては、ティアラに心配をかけてしまうな。

冷静を保てるように、アクアスティードも用意された紅茶を手に取る。そのままダレルの横に座り、何か話をしようとして……ふと気付く。

「そういえば、お義父さんとお義母さんは?」

母であるイルティアーナは、もしかしたらティアラローズに付き添っているのかもしれない。フィリーネも、ティアラローズの出産の手伝いをしているし。

けれど、男親であるシュナウスはそういうわけにもいかないだろう。かといって、娘の一大事に控えていないというのも考えられない。

アクアスティードの問いかけに、ダレルは困った顔を見せた。

「お母様は、ティアラお姉様のところにいます。お父様は……」

「うん?」

ダレルが言い淀むと、キースたちも「どうしたんだ?」とダレルを見る。

「ええと、たぶん……ドアの外に」

「外?」

全員で首を傾げてドアを見ると、エリオットが開けてくれた。するとそこには、落ち着かない様子で廊下を行ったり来たりしているシュナウスがいた。

アクアスティードやキースと同じで落ち着かなくて、ずっと歩き回っていたようだ。

「これはみな様お揃いで!!」

こちらを見てすぐ、シュナウスが室内へやってきた。

ティアラローズの父親、シュナウス・ラピス・クラメンティール。

ラピスラズリ王国では宰相の地位についていて、年齢も四十代前半とまだ若い。

妻と娘と息子ラブなのは、見ての通りだろうか。

「いやはや、いけませんな……どうにも落ち着きません」

「わかります。しかし、廊下にいると医師たちの邪魔になってしまうかもしれませんから……どうぞ中へ」

「そうですな」

アクアスティードの言葉に頷き、シュナウスも室内へ入ってきた。そしてすぐ、うやうやしく頭を下げる。

「……まさか、妖精の王たちが勢揃いしていらっしゃるとは」

「気楽にするといい」

代表してキースが告げると、シュナウスはもう一度だけ礼をして席へ着いた。

ティアラローズの出産を待つ人間がある程度揃ったことで会話も弾むかと思ったが……室内には重い沈黙が続く。

特に男性陣は、クレイルを除き全員がそわそわしながら隣の部屋の方向の壁を見ている。

「やれやれじゃの」

パールは肩をすくめると、ちょうどタイミングよく扉が開かれた。

「ティアラ様、陣痛が始まったんですって!?」

「アカリ様、落ち着いてくださいませ!」

「二人とも十分慌てていますよ……」

そう言いながらやってきたのは、アカリ、オリヴィア、シリウスだ。全員、ティアラローズの陣痛が始まったと聞き飛んできたようだ。

「みんな揃ってるじゃないですか! やだー、もしかして私たちが最後ですか?」

アカリが急いできたのにと言いながら席に着く。

オリヴィアは淑女の礼をし、シリウスは礼儀正しく挨拶を行った。

いつも以上にテンションの高いアカリを見て、アクアスティードは苦笑する。

「アカリ嬢がいるとなんだか気もまぎれるな……」

「え? そうですか? えへへ、嬉しい~」

「…………」

別に褒めているわけではないのだが、今はこのテンションに付き合う余裕はないのでアクアスティードは社交的な笑みを浮かべたまま黙ることにした。

オリヴィアとシリウスに挨拶をするため、ダレルが立ちあがる。

すぐダレルに気付いたのは、シリウスだ。

「ああ、クラメンティール侯爵が養子をとったというのは貴方ですね。私はシリウス・ラピスラズリ・ラクトムートです」

「オリヴィア・アリアーデルですわ」

二人が挨拶をしてくれたのを見て、ダレルは深く腰を折る。

「初めてお目にかかります、ダレル・ラピス・クラメンティールです。どうぞよろしくお願いいたします」

ラピスラズリの次期国王は、シリウスと決まっている。近い将来、ダレルがシリウスの右腕となるような未来がくるかもしれない。

和やかな挨拶を終えると、ピリリとした空気に部屋が包まれる。

「――っ!?」

まるで空気の揺らぎを感じるようなそれに、全員が咄嗟に立ちあがった。なんだこれはと、誰かが叫ぶより先に――隣から元気な産声が聞こえてきた。

そして同時に、隣の部屋に接している壁が爆炎で吹っ飛んできた。