軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. サラヴィアの謝罪と提案

サラマンダーとの話し合いを終え、パールと別れ、ティアラローズは自室へと戻る。

するとそこには、ティアラローズの帰りを待ってくれていたアクアスティードがいた。夫婦なので、同じ部屋を使うようだ。

「お帰り、ティアラ。表情が優れないけど……」

「アクア様……」

ティアラローズは、先程サラマンダーが話してくれたことを思い出して口を噤む。さすがに、そう簡単に口に出せる内容ではない。

――まさかわたくしに魔力を返すと、サラヴィア陛下が命を落とすなんて。

そんなこと絶対に受け入れられないし、怖くて口に出すことすら難しい。そんなティアラローズを見て、アクアスティードは何かを察したのだろう。

それ以上追求することなく、そっとティアラローズを抱き上げた。

「フィリーネに飲み物とお菓子を用意してもらおうか。女同士の話合いで、疲れているだろう?」

「……はい。そうですよね、疲れたときにはスイーツですね!」

アクアスティードがベルを鳴らして、フィリーネを呼んで飲み物と軽食類を頼んだ。

落ち着くようにと、フィリーネが温かい紅茶を用意してくれた。

それから野菜、フルーツのサンドイッチ。デザートとしてゼリー。それ以外にも、ティアラローズのためにマドレーヌとクッキーが用意された。

まず食べるのは、サンドイッチではなくマドレーヌ。

疲れているので、スイーツ、軽食、スイーツのサンドイッチ作戦だ。

「子供の姿になって、さらにお菓子が好きになったんじゃない?」

「う……確かにそうかもしれません。普段と比べると、なんだか感情を抑えるのが難しいです」

「まあ、それは仕方がないよ。感情を表に出すのだって、子供の大切な仕事の一つだ」

アクアスティードの言葉に頷きつつも、中身は大人なんですけどね……と、ティアラローズは苦笑する。

マドレーヌを平らげたティアラローズは、生クリームとフルーツサンドイッチに手を伸ばす。ほのかな甘みとフルーツの酸味が合わさって、大満足の味になっている。

嬉しそうに食べていると、アクアスティードの指先が「ついてるよ」と頬に触れた。どうやら、口元に生クリームが付いていたらしい。

「あっ! ありがとうございます」

「どういたしまして」

くすりと微笑む、アクアスティードはじっとティアラローズのことを見つめる。

――なんだか食べづらい……。

「アクア様、わたくしを見過ぎではないですか?」

「そうかな? ずっとティアラと離れてたんだから、仕方ない」

「!」

そう言われてしまっては、ティアラローズも否定出来ない。ティアラローズだって、アクアスティードのことをずっと見ていられるなら眺めていたいくらいなのに。

けれど、それをさらっと言葉にしてくれるのはずるいと思う。

「わたくしだって、アクア様と離れ離れになっているのは寂しかったんですよ」

「うん」

ティアラローズはサンドイッチをお皿の上に置いて、顔を赤くしながらアクアスティードを上目遣いで見る。子供になってしまったので、同じ目線ではないのでなんだか新鮮だ。

――下から覗き込んでも、アクア様は格好いい……。

思わずきゅんとときめいてしまったのは、内緒だ。

そのままアクアスティードの腰にぎゅっと抱きつくと、優しい両腕が抱きしめ返してくれる。それが嬉しくて、ティアラローズはふにゃりと笑う。

「ティアラは小さくなっても可愛いね。目に入れても痛くないと言うけど、今なら納得出来そうだ」

「そんなこと言われたら、恥ずかしいです」

アクアスティードが楽しそうにハニーピンクのツインテールに触れて、「新鮮だね」とくるくる指で絡める。

「これは、フィリーネがっ! わたくしはちょっと子供っぽいかなとか、思ったんですが……」

「フィリーネは腕がいいね。今は子供だし、とても似合ってるけど」

「そ、そうですか?」

ちょっと恥ずかしかったけれど、褒めてくれるのならばいいかとティアラローズははにかむ。そしてソファから立ち上がり、ドレスの裾をつまんでくるりと回転してみせた。

その愛らしさに、アクアスティードの頬が緩んだのは言うまでもないだろう。

「この海のドレスは、パール様が用意してくださったんですよ」

「パール様が? 確かに、サンドローズにあるタイプのドレスではないね」

ティアラローズはアクアスティードの隣に座りなおして、自分の行動に少し照れる。

その様子がアクアスティードのツボにはまったのか、いい子いい子と頭をめいっぱい撫でられる。それが心地よくて、ティアラローズは目を細める。

――キスしてほしいな。

なんて思ってしまったのも、きっと仕方がないだろう。それに、いつもアクアスティードはこういったタイミングで必ず口づけをしてくれるのだ。

期待しない方がおかしい。

そう思っていたのだけれど……。

「そういえば、あとでサラヴィア陛下が来ると言っていたよ」

「え?」

まったく違う話題を振られてしまい、素っ頓狂な声をあげてしまったのも仕方がないだろう。キスしてくれないんですか? と、自分から聞くわけにもいかず……ティアラローズはもやもやしつつも頷いた。

「でも、どういった要件でしょう? わたくしがサラマンダー様と退室したあと、サラヴィア陛下と何か話をされたんですか?」

「簡単な挨拶と、滞在スケジュールのことを少しだけね。今回の件に関しては、キースに話を聞いたし特に」

「そうでしたか……」

それでますますわからないと思いつつ、ちょうどタイミングよくノックの音が響いた。

「来たみたいだ。私が出るから、ティアラは座ってまってて」

「はい」

アクアスティードが立ち上がるのを見て、ティアラローズは紅茶を飲む。せっかくアクアスティードといい雰囲気になれたかもしれないのに……と、ほんのちょっとだけ残念に思う。

もちろん、サラヴィアが何か話があるというのであれば、今回の件に関してだと思うので断ることは出来ない。

対応したアクアスティードが、サラヴィアと一緒に戻ってきた。

「やあ、子猫ちゃん。サラマンダーと女の戦いをしたんだろう? どうだったの」

「どうもありません。……それよりも、何かありましたか?」

「……そうだね」

サラヴィアはティアラローズをじっと見つめ、すっと九十度に頭を下げた。

「本当に、ティアラローズには申し訳ないことをしてしまったと思っている。サラマンダーには、きちんと魔力を返すように私から頼む。二人の手は煩わせない」

「サラヴィア陛下……そんな、突然……」

つい先ほどまでは、アクアスティードが交渉材料を提示するという話だったのに。ティアラローズは心配げにサラヴィアを見るが、帰ってくるのは笑みだけだった。

――でも、それをしたらサラヴィア陛下が死んでしまうんじゃないの?

この男は、それを承知で言っているのだろうか。

「…………」

ティアラローズがじっとサラヴィアの赤色の目を見て見るが、その瞳から彼の感情は読めない。いや、読ませようとはしていないのだろう。

覚悟をした男の目なのだろうと、そう思ってしまった。

「アクアを守るために、サラマンダーに喧嘩を売る勢いの子猫ちゃんを見て……俺もこのままじゃ駄目だと思ったんだ。一番頑張らないといけないのは俺なのに、これじゃあ格好悪いだろう?」

だから自分ですべてどうにかすると決めたのだと、サラヴィアは言う。

「まぁ、もともとはサンドローズの問題だから私は構わないが……協力が必要であれば、手を貸すくらいはするさ」

「十分だ。感謝する、アクア」

アクアスティードは魔力に関する事情を知らないこともあり、サラヴィアの気持ちを汲んで二つ返事で頷いた。

けれど、ティアラローズは理由を知ってしまっている。

サラヴィアは生まれ持った魔力量が少ないため、サラマンダーが再び眠るための魔力を与えたら……自分の魔力がすべてなくなり死んでしまうというのに。

いや、正確にはその可能性が高い……という話だったけれど、ティアラローズにとってはどちらも似たようなものだ。危険なことに変わりはない。

おそらく、ここでティアラローズが頷いたらサラヴィアは死を覚悟し、サラマンダーに己の魔力すべてを渡すのだろう。

――そんなの、事情を知ってしまったら承諾出来るわけないのに。

ティアラローズは全員が助かる道はないのか模索する。けれど、時間的な猶予はあまりない。四日後には、もう炎と水の祭典があるのだから。

この祭りが終わると、サラマンダーは眠りにつくのだと……先ほど話をしたときに教えてもらった。

だから、ティアラローズは声を荒らげ宣言した。

「反対です! 魔力はサラマンダー様に渡したままで、わたくしが元に戻る方法を探しましょう!」

「――は?」

まさかそんな返答がくるとは思わなかったのだろう。サラヴィアは目を見開いて、いったいどう言うつもりだと告げる。

アクアスティードは、頭に手をついてため息をついた。

***

宮殿にある女神像は、以前サラマンダーを象徴して作られた。

そこに魔力を注ぐことが出来るのは、代々サンドローズの王族だけに受け継がれてきた。以前は何人もいた王族も、今ではサラヴィアたった一人。

サラマンダーとティアラローズの女の話し合いから時間が経ち、今は夜も更けようとしていた。

『俺の魔力を受け入れろ……ね』

女神像の上に座ったサラマンダーは、つい先ほどサラヴィアと話したことを呟いた。

「なんだ、俺の魔力はそんなに不服か? サラマンダー」

『サラヴィア!』

「よう。星でも見てるのか? ……確かに今日は、天気がいい」

ここ最近の天気がいいのは、サラマンダーの加護かな、なんてサラヴィアが笑う。

ばしゃんと水辺に足を踏み入れ、サラヴィアがサラマンダーのいる女神像の下まで行く。サラヴィアが像に軽く寄りかかると、少しの沈黙が流れる。

二人無言で夜空を見て、それからゆっくりとサラヴィアが口を開いた。

「ティアラローズには、断られたよ」

『われに魔力を与えることを、ね。死んでしまうのだから、その判断に感謝したらいいじゃないの』

「しかしその前に、俺はサンドローズの王族だ。責務を果たさないと、格好悪いだろ?」

ティアラローズに叱咤されて、彼女の誇りを垣間見たような気がした。

誰かを、ティアラローズを利用してサラマンダーの魔力を得ることが、なんだか恥ずかしくなってしまったのだ。それならば、潔く死んだ方がまだ王らしい。

けれど、そんなことはサラマンダーには通じない。

『馬鹿なことを言わないでちょうだい。われは、それでいいと思っているわ。貴方は確かに王かもしれないけれど、まずは死なないために足掻きなさい!』

「サラマンダー……」

『われは、あなたが死ぬことだけは許容出来ない! 他国でもなんでも、利用できるものは利用しなさいよ! われの魔力波長に合う人間なんて、あの女を除いたらいないわ! それくらい、今回のことは奇跡的なことなのよ』

火の精霊サラマンダーの魔力と波長が合うのは、サンドローズの王族だけ。もしいたとしても、それはきっと天文学的な、本当にわずかな確率だろう。

『お願いよ、どうか自ら進んで死のうとしないで。われは、サラヴィア……貴方に死んでほしくはない。生きててほしいのよ』

それくらいわかりなさいと、ぐっと涙を堪えてサラマンダーが叫ぶ。

女神像から下り、サラマンダーは感情的になってサラヴィアを水辺に押し倒す。きらきらと水しぶきが舞って濡れるが、そんなことはお構いなしだ。

サラヴィアはサラマンダーの行動に驚きつつも、自分の意思を変えるつもりはない。首を振って拒絶の意思を示そうとしたのだが、それよりも先に頬に小さな粒が落ちてきた。

「サラマンダー、お前……」

『お願いよ。ティアラローズを犠牲にしてでも、生きて。われのために自分を犠牲になんて、しないで』

サラマンダーの瞳からぽろぽろこぼれ落ちたのは、サラマンダーの涙だ。滅多に見ることは出来ない、貴重な宝石。

サンドローズの宮殿にだって、ティアラローズに贈ったたった一つしか存在していない代物だったのに。

『……われが泣いたのは、二回めよ。この言葉の意味が、あなたにわかるかしら……サラヴィア』

「ああ……痛いほどわかる。サラマンダー、そんなに俺のことを好いてくれていたんだな」

嬉しいよ――そう言って、サラヴィアはのしかかっているサラマンダーに両手を伸ばす。泣いている目元に触れて、目を細める。

「サラマンダーの涙は、こんなにも美しいんだな」

生まれくる宝石は、今まで持っていたものより、何倍も、何十倍も神秘的だった。目を離せと言われても、きっと無理だ。

ずっと見続けてしまいたくなると、サラヴィアは思う。

けれど、サラマンダーの反応はサラヴィアの予想とは違うものだった。

『調子に乗らないでちょうだい。確かにサラヴィアは美しいけれど、われから見たらまだまだ子供だもの』

「な……っ、アクアにはいいよってたくせに、俺は駄目なのかよ」

『当たり前じゃない。あの男前とサラヴィアはまったく違うもの』

「そうかよ……」

さっきのあれは愛の告白だとばかり思っていたが、どうやら違ったようだ。サラヴィアは頭をかきながら、サラマンダーと一緒に起き上がる。

「とりあえず、子猫ちゃんには拒否られちゃったからな。もう少し、俺が死なない方法も模索してみるよ。……じゃないと、イゼットにも怒られるからな」

『いい側近じゃないの』

「そうだな。家族には恵まれてないかもしれないが、周りの人間とはいい縁があると思ってるよ」

それにはとても感謝しているのだと、サラヴィアは優しく微笑んだ。