軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十五話 貴族として

ヴァッティン家のお屋敷で行われる昼食会は、普段使っている場所とは違う大きな食堂で催されていた。

夫婦で腕を組みながら部屋に入り、扉の前で参加者達に一礼して席に着く、という最低限の礼儀を何度も頭の中で繰り返しながらジークと共に歩いていく。

食堂には既に沢山の招待客が居た。得意の薄ら笑いを浮かべながら頭を下げて執事の案内で用意されている席に向かう。

「華やかなものだ」

ジークは着飾った女性達を見ながら、こちらにしか聞こえないような声で言っていた。

「でも、ジークが一番綺麗だよ」

向かい合って座るので、別れ際にジークの耳元で囁く。

自分達が最後だったようで、着席した瞬間に主催者である義父が集まってくれたことに対する礼を述べ、手にしていた杯が掲げられた。

食事の配膳の為に使用人達が忙しなく働きだせば、近くに集まった者同士での会話も始まる。

皆、異国人である自分に興味があったようで、様々な質問をされてしまった。

「珍しい髪色ですね」

「ええ。故郷の領地では皆このような髪色をしておりまして」

「そうですの。物語に出てくるような風貌ですわね」

「ええ、まあ」

「なんだったかしら。小さな頃に読んだお話があって」

この国で雪妖精の童話は有名なのだろうか。これだけ指摘が集まれば、どれだけ似ているのかと気になってしまう。

食事は特に問題もなく終えることが出来た。左右に若い奥さんが居たという両手に花状態だったが、自分は一輪の大華だけ愛でれば良いということが発覚した。数年前までどの女性も同じように大好きだったのに変わったもんだなあとしみじみとなる。

食後は男女に分かれてゆったりとした時間を過ごすらしい。

女性はちょっとしたお菓子を囲んだ優雅なお茶会を。男性は葉巻と酒と品の無い会話で日頃の鬱憤を晴らすという。

義父の周囲にはたくさんの人が居たので、自分はなるべく目立たないように端っこに移動をして、果実風味のする炭酸入りの酒を舐めるようにして飲んでいた。

「隣、いいですか?」

「あ、どうぞ」

孤独な端っこ族の隣にやって来たのは、先ほど隣に座っていた奥方の旦那様だった。

「コンラート・フォン・ベーア・ヴァルブグンと申します」

「リツハルド・サロネン・レヴォントレットです」

改めて互いに自己紹介をしてから、酒の杯を掲げあう。

彼、コンラートは同じ年だった。しかも、彼はジークの部下だったという。

「今日は本当に緊張してしまって」

「それはそれは」

ジークが食事会で終始楽しそうにしていたのは、かつての部下との再会を喜んでいたからだった。

そして、意外な事実も発覚する。この国での唯一の友人だった男、ケイネス・フォン・ブルツェンスカとも知り合い関係だとか。

「彼にヴァッティン中尉、あ、今はレヴォントレット夫人でしたね。それでですね――」

『紅蓮の鷲』伝説を友人に聞かせたのは彼らしい。なんという偶然。

「本当ならばもっと高い地位に居てもおかしくなかったのに、あのお方は昇進も断わり続けて我々の隊に残り、指揮を続けてくれて」

コンラートから聞いた軍時代のジークリンデの話は、どれも勇ましく、凛々しいものだった。

「すみませんでした。私ばかり喋ってしまって」

「いえいえ。とんでもない!」

ジークの武勇伝を聞きたいなんて言えないので、とても貴重なお話を耳にすることが出来たと感謝の言葉を贈る。

「そうだ。今度の週末に狩猟大会を行うのですが、ケイネスも来るんですよ。良かったらいらっしゃいませんか?」

頭の中はジークリンデでいっぱいだったので、旧友に連絡をしていなかった。一ヶ月前にあった夜会で一度だけ会ったが、一言二言会話を交わすだけだったので、ゆっくり話もしてみたいものだと考える。

「あ!」

「いかがなさいましたか? 狩猟は初めてで?」

「い、いえ、嗜む程度に」

狩猟に関しては心配なかったが、日々の予定をここで勝手に決めるわけにはいかない。

「参加するかどうかは妻に聞いてからでも?」

「ええ、もちろんです」

そう言ってから、しまったと後悔する。奥さんに行動の全てを支配されているというのは特殊なことだろう。

慌てて弁解をすれば、笑いながら「中尉は指揮がお上手ですからね」と言ってくれた。コンラート、凄くいい人。

◇◇◇

無事に昼食会を終え、義父と反省会をした後に夕食の時間を迎えた。

風呂も入って寝室に行けば、いつものように麗しの女神様が寝台に横たわっていた。ありがたく思ったので、心の中で手と手を合わせる。

寝間着に着替えて布団の中へと潜り込み、コンラートとの話をした。

「という訳で、狩猟に誘われたんだけど」

「行けばいいではないか」

「ありがとう。ジークはどうする?」

ご婦人方はコンラートの家でお茶会をするようになっているという。ジークも是非に、と誘われたので一応聞いてみる。

「私も、共に」

「分かった。手紙に書いておくね」

「頼む」

気になっていた事案も片付いたので、これで安らかに眠れるぞと瞼を閉じる。ところが、ジークが肩を指先で突いてきたのだ。

「ジーク、なに?」

「眠る前に、すこしだけ」

「うん」

ジークはポツリ、ポツリと今日一日の出来事を語っていた。

話を聞きながら、ご婦人方は大変なんだなあと思ってしまう。

「今日は、若くて美しい夫人ばかり来ていたけれど、リツが、その、私を、一番綺麗、だと言ってくれて、嬉しかった」

「ジークが世界で一番輝いているのは当たり前のことでしょう」

「そうか」

そんなことを言いながら、ジークの流れる赤髪をかき上げて、耳にあった飾りを指先で確認するかのように撫でた。その行為がくすぐったいからか、目を細めている。

「それを、言いたかっただけで。すまない。なんだか恥ずかしくって、前置きが長くなってしまった。もう寝よう」

耳たぶを弄んでいた手を掴まれて、元の位置へと戻されてしまう。

名残惜しいと思いつつも、ジークも疲れていると思ってぎゅっと瞼を閉じる。

「おやすみ、ジークリンデ」

「ああ、ゆっくり休め」

静かな夜は穏やかに過ぎていった。

◇◇◇

週末の狩猟大会はノロシカという小型の獣を狙うという。

驚くべき事に、貴族の間で狩猟と言えば娯楽で行うものらしい。狩る対象も決まっており、王族はシカを、貴族はノロシカを、それ以外の者はウサギを、という感じだ。

「森の中では犬が獲物を探してくれますので。所定の位置で待機を」

「了解です」

習いたての馬に跨り、旧友、ケイネスと共に森の中を進む。

「ケイネス、やっと二人きりになれたね」

「馬鹿か! 気持ち悪いことを言うなよ!」

「ごめん。何だか嬉しくってさ」

ケイネス・フォン・ブルツェンスカ。

様々な事情があって、十八の頃貴族となった庶民出身のケイネスが喋る言葉は貴族らしくない。だが、その砕けた態度のお蔭ですぐに仲良くなれたという経緯がある。

「しっかしよ、本当にあの『紅蓮の鷲』と結婚するとは思わなかった」

「だよね。まさか了承してくれるなんて思っても居なかったから」

一年間、ジークとの仮暮らしについて話を聞かせれば、奇跡が起きて良かったなとケイネスは言ってくれた。

「本当に、ジークは奇跡の女神様だよ」

「やっぱり屈強な嫁で間違いは無かっただろう?」

「まあ、ね」

ケイネスは辛い辺境暮らしに耐えられる強い女を探せと言っていた。けれど、自分の目に止まるのはいつでも綺麗で儚げな女性ばかりで、結果振られてしまう、ということを何度も繰り返していた。嫁は強い女を選べという、彼の言う事に間違いは無かったのだ。

結局、喋り倒してしまったので獣が傍に寄り付かず、犬も発見することが出来なくてしょんぼりとしていた。

「狩猟っていうから、お前は張り切って獲物を探しに行くと思っていたが」

「ちょっと国と勝手が違っていてねえ」

やっぱり、娯楽の為に生き物を狩るというのはなんだか違うよなあと思ってしまったから、積極的に参加をすることが出来なかった。

自分の中の感覚では、狩猟は毎日を生きて行く為のものであり、気まぐれに楽しむ為のことではない。幼い頃からの教えを簡単に破ることは出来なかった。

広場に戻れば誰が一番大きな獲物を仕留めたかの品評会が始まっている。

その様子を眺めながら、文化の違いを痛感してしまった。