軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37話『ようこそ』

毒魔龍の息吹をメイルたちが耐え忍んだ後、ポーチの中で何かが震動した。

馬車を降りた俺は、ポーチの中に手を突っ込み、着信を報せる通信石を取り出す。

「レーゼか?」

『ああ。例の手紙、殿下に渡しておいたぞ』

「助かる。それじゃあ――すぐにアレを使ってくれ」

『承知した』

短くやり取りを済ました俺は、毒魔龍と戦っている騎士たちに近づき、大声を発した。

「全員、俺が合図をしたら毒魔龍から距離を取れッ!!」

その声を聞いて、『白龍騎士団』の冒険者たちが「はい!」と返事をする。

「ネット、何をするつもりだ?」

近くで身体を休めていたメイルが俺に訊いた。

毒魔龍の瘴気を暫く受け続けていたため、今は攻撃に参加できないようだ。

「今からレーゼが来て、大技をぶつける」

あらかじめレーゼと決めていた作戦だ。

「レーゼが持つ武装……《栄光大輝の剣》には、特殊なスキルがあるんだ。それを使えば、毒魔龍に大きなダメージを与えられる」

「そ、そんなものがあるのか……しかし、それならどうして今まで使わなかった?」

「そのスキルは奇襲に向いているんだ。毒魔龍の意表を突くためにも、今までレーゼを戦いに参加させなかった」

そのスキルは強力であるが故に、集団戦では味方を巻き込みやすい。だから一度目の毒魔龍との戦いでは使えなかったようだ。

危険なスキルでもあるため、レーゼはこれを無闇矢鱈に使用しない。その結果、《栄光大輝の剣》という武器は有名になっても、武器に宿ったスキルは知名度が低かった。レーゼがこのスキルを使う時は、大抵、衆目がいない人外魔境で戦っている時だ。噂も滅多に広まらない。

「毒魔龍も、俺たちが格下ばかりだと気づいて、いい具合に油断している」

先程の 息吹(ブレス) を放った後から、毒魔龍の攻撃は徐々に大雑把なものになっていた。

既に疲労困憊な状態である俺たちを、見下しつつある。

「頃合いだ。……頼むぞ、レーゼ」

タイミングを見計らって、『白龍騎士団』たちに毒魔龍と距離を取るよう指示を出す。

数秒後――王都方面の空が、光ったような気がした。

ネットとの通信を終えたレーゼは、鞘から《栄光大輝の剣》を引き抜いた。

存在力6の膂力を限界まで酷使して、毒魔龍の巣へと向かう。その速力は風馬の十倍以上に及び、僅か数秒で森を抜けるほどだった。

「《栄光大輝の剣よ》――」

走りながら、レーゼは唱える。

レーゼの象徴とも言える特殊武装《栄光大輝の剣》は、剣であると同時にもうひとつの武器でもある。これから使うのは、二つ目の武器としての特性だ。

「《万象導く光を纏い》《礎を貫く槍と化せ》――」

眩い光が剣を覆い、形状が変わる。

刀身は長く、太くなり、柄の感触も硬い棒のようなものになる。

現れたのは光の槍だった。

レーゼはそれを、全力で投擲する。

「スキル解放――《 流穿大輝(りゅうせんたいき) の槍》」

王都方面の空が光ったと思った、次の瞬間。

巨大な光の槍が、毒魔龍の胴体を貫いた。

激しい衝撃。響く轟音。そして――悲鳴を上げる毒魔龍。

紫色の巨躯が地面に倒れた。強く地響きが起き、地面に亀裂が走る。

「う、うまくいったのか……?」

「……ああ。 奇襲は(・・・) 成功した」

どこか期待しているメイルに対し、俺は油断せずに言う。

「だが、毒魔龍が相手なら……ここまでやっても、ただの足止めにしかならない」

毒魔龍が咆哮を発した。口から大量の瘴気が溢れ、大気が紫色に濁る。

大きなダメージを与えられたのは間違いない。だが、それでは致命傷にはならなかった。

最早、毒魔龍は油断していない。毒魔龍は俺たちを敵と認め、瘴気と共に強い殺意を振りまいていた。金色の双眸が俺たちを睨む。強烈な重圧を感じ、心が押し潰されそうになった。

レーゼが放った光の槍は、今も毒魔龍の胴体に刺さったままだ。おかげで毒魔龍は身動きできずにいるが――いつまでも保つわけではない。

「そんな……切り札も、通用しないというのか……ッ!?」

メイルの顔が青褪める。

切り札というのは、戦いが始まってすぐに俺が告げたことを指しているのだろう。

「これが切り札というわけではないんだが……そろそろ、本当にマズいな」

時間稼ぎも限界に近い。

大技を使ったレーゼは暫く動けない筈だ。彼女が到着するまでの間、この場にいる戦力で耐え忍ぶしかない。

光の槍に貫かれた毒魔龍は、その顎を大きく広げた。

口腔の奥に、紫色の燐光が見える。

――二度目の 息吹(ブレス) 。

流石にそれは耐えられそうにない。

冷や汗を吹き出しながら、周りにいる仲間たちの様子を見る。メイルも、『白龍騎士団』の冒険者たちも、その顔に諦念の感情が浮かんでいた。

万事休す。そんな言葉が頭を過ぎる。

だが、毒魔龍の口腔が強く輝き、紫色の光線が放たれる寸前――。

天から、白銀の光が降り注いだ。

白銀の光は毒魔龍を押し潰し、二度目の息吹を阻止する。

レーゼのスキルよりも更に高威力の攻撃だ。毒魔龍の身体を覆う頑強な鱗に、幾重もの亀裂が走っている。

「これは……」

何が起きたのか、理解するまで少し時間が掛かった。

強烈な威力と輝きに目を眩ませた俺たちのもとへ、巨大な影が降り立つ。

それは、白銀の鱗に覆われた、美しい龍だった。

「りゅ、龍……!?」

「どうして、こんなところに……ッ!?」

冒険者たちが動揺している。

エーヌビディア王国の国民たちは龍を信仰しているらしいが、流石にこの状況だ。毒魔龍と同じく、敵なのかもしれないという不安が過ぎる。

「問題ない!! その龍は味方だ!!」

すぐに俺は叫んだ。

隣ではメイルが何かを察した様子で目を見開いている。……メイルは気づいている筈だ。俺たちは、降り立ったその龍の爪や翼に見覚えがあった。

「ルシラだな」

『……そうじゃ』

白銀の龍が返事をする。

空気を震わせるような、腹の奥底に響くようなその声は――紛れもなくルシラのものだった。

「遅かったな。後少しで死ぬところだったぞ」

『……お主は、最初から分かっていたのか? 妾がここにやって来ると』

「当たり前だ」

笑みを浮かべ、俺は言う。

「俺はな――人を見る目だけは確かなんだ」

白銀の龍の、真紅の双眸を見つめながら俺は言った。

恐ろしい重圧だ。その存在感は毒魔龍に勝るとも劣らない。だが……彼女は紛れもなく人間であると俺は知っている。少し前まで、己の中にある龍の力を恐れており、たった今、殻を突き破って現れた少女に過ぎない。

恐れる理由はない。

ルシラ=エーヌビディアは俺たちの味方なのだ。

『くふ……ふはははははッ!!』

龍が笑う。それだけで大気が揺れた。

毒魔龍は動かない。俺たちを――白銀の龍ルシラを警戒しているようだ。

『ネット。もう少し、待っているのじゃ』

どこか安心した瞳で、ルシラは俺を見つめながら言う。

『妾が――お主を助けてみせよう』

そう告げたルシラは翼を大きく広げる。

ルシラは自分のことを化物と言っていたが、とてもそうは見えなかった。陽光を反射するその白銀の鱗は柔らかい初雪を彷彿とさせ、美しい真紅の双眸は、毒魔龍のものと違って知性と誇りを灯している。

その龍は高潔だった。

エーヌビディア王国の国民が、どうして龍を信仰するのか、その気持ちを理解する。

ルシラの口腔が眩く光る。 息吹(ブレス) を使うようだ。

毒魔龍も負けじと口腔に光を蓄える。

刹那、二体の龍が同時に息吹を放ったが――その軍配は、白銀の龍に上がった。

眩い光線が紫色の息吹を押しのけ、毒魔龍の身体を飲み込む。毒魔龍は反対側のクレーターまで吹き飛び、大きな音と共に倒れた。

「……マジか」

ルシラの息吹はまだ続いている。その威力を目の当たりにして、俺は思わず呟いた。

メイルや『白龍騎士団』のメンバーたちも愕然としていた。まさかルシラがここまで強いとは。

意外……ではない。

龍化病で手に入れられる龍の力は、病が進行するにつれて大きくなり、最終的には病原となる龍と同じかそれ以上に達する。

龍化病が限界まで進行しているルシラの強さは、既に毒魔龍の一歩手前まで達していた。それはつまり――単独で連合軍を退けられるほどの強さに、限りなく近いということだ。

「ネット」

背後から声を掛けられる。

振り返ると、そこにはレーゼがいた。

「レーゼか。急いで来てもらったところ、申し訳ないが……」

「ああ、見れば分かる。……私の出番はもうないな」

白銀の閃光が、ようやく終わった。

倒れた毒魔龍はピクリとも動かない。レーゼのスキルで大打撃を与えていたとはいえ、まさかこんなに容易く決着がつくとは思わなかった。

「……なんだ」

倒れ伏す毒魔龍の前で、白銀の龍は悠然と佇んでいた。

龍化してなお、ルシラからは王族としての威厳を感じる。メイルや『白龍騎士団』たちにも、怯えた様子はない。

白い鱗は陽光を反射して輝いていた。

戦場で輝くその龍は、御伽噺に出てくる英雄を彷彿とさせ――。

「……かっこいいじゃないか」

その力は決して悍ましいものではない。使い方さえ間違えなければ、人々にとって救いの光となる。

羨ましさと憧れを――俺にとってはいつも通りの感情を抱く。

俺は英雄になれない人間だ。けれど不思議なことに、この光景だけは何度見ても好きだった。

ようこそ、新たな英雄。

俺はお前を、心の底から尊敬する。