軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40話 バタフライ・エフェクト その3

「づゥッ! グッ、ォオォオオオォアァァアァアアっ!」

デニスのレベル100ユニークスキル――『強制退店の一撃』を喰らったヒースは、王城の最上階付近から下方へ、巨大な宮殿建築を対角線に突き破りながら 吹(・) き(・) 飛(・) び(・) 続(・) け(・) て(・) い(・) る(・) 。

強制退店の一撃……っ! 空間・座標位置の強制移動スキル!

一体どこまでっ! このままだと、この角度だと!

地面に衝突したところで、どこまで移動させられ続けるんだッ!?

壁も床も柱も破壊しながら、ヒースは強奪済スキルを多重発動させて物理的な圧殺を凌いでいる。

強化(バフ) スキルを緩めたら、その瞬間に潰されてしまうっ――!

「クソがぁぁあっ!」

王城の一階付近まで引きずり込まれながら、ヒースは 自(・) 分(・) の(・) 頭(・) を(・) 鷲掴みにした。

「『 ガラクタ集め(メリメロ) 』ォッ!」

強奪(スナッチ) スキルを、ヒースは 自(・) 分(・) 自(・) 身(・) に(・) 対(・) し(・) て(・) 発動させた。

デニスに付与された『強制退店の一撃』の発動効果を、自分自身から 強奪(スナッチ) して抜き取ろうとする。

「ギャァッ! ガァアァアアッァアアアッ!」

自分自身の深部から、押し付けられた移動効果を無理やり引き剥がす。

浸食して結びついていた他の能力までも、バリバリと音を立てて剥がれていくのがわかる。身体から生肌を剥がすような、内臓を抜き取るようなおぞましい激痛――!

このスキル効果ッ! とんでもなく深い所まで浸食して、結びついている――ッ!

「ギィィイ! ギャァアアァアッ!」

二階の床をぶち抜いて、一階の床と壁に激突しようとする瞬間、

ヒースは“それ”を自分から 強奪(スナッチ) して、そのまま引き剥がすことに成功した。

その瞬間に、自分に付与された強制移動効果が切れて、彼の身体は床に叩き落される。

「ひぃーっ! ひぃっ! ぐぅうぅぅっ……!」

ヒースはよろめきながら立ち上がると、壁に手を伸ばす。

壁に身体を押し付けてほとんど這うようにして歩きながら、彼は礼服のポケットの中から、手のひら大の鉱石を取り出した。

「メルマ……! メルマぁ! 聞こえるか!」

ヒースがそう呼びかけると、鉱石が鈍く発光して、微かに振動した。

『……どうされました? お声が……』

「『強制退店の一撃』を喰らった……! そっちは……そっちはどうなってる!」

『デニス・ブラックスのユニークスキルを!?』

鉱石から響く少女の声が、悲鳴のように響いた。

『大丈夫なのですか!?』

「『 ガラクタ集め(メリメロ) 』で無理やり引き剥がした……! 一緒にひっついていた内臓機能をいくつかと、五感を持ってかれた感じがある……あの野郎、どんな凶悪スキルだっ! クソォッ……!」

『行動できますか!? 応援を送りますか!?』

「吐き気がする、頭が割れる……! 口の中が血だらけなのに……クソッ、鉄の味がしないぃ! 目がほとんど見えない! 左目が完全に失明してるぞッ! 畜生がぁっ!」

ヒースは震える足を引きずりながら、泣き笑いのような怒声をあげた。

「だが……奴もあれ以上は行動できまい! 僕の勝利だ……! 勝負にゃ負けたが、試合に勝つのは僕の方だ……! 常に! 絶対にィ!」

「ひぃいっ!」

そんな悲鳴が聞こえて、ヒースはふと前を見た。

ぼやけ尽くした視界の奥に、一人の女性が立っているように見える。

王城からは人を掃けさせていたつもりだったが、命令に従っていない奴がいたのか……。

「ちょうどいいや、君」

ヒースは唇の端から血を垂らすと、焦点の合っていない目を向けて微笑んだ。

「眼鏡を持ってないかい。目がほとんど見えなくなっちまってね……必要なんだ」

◆◆◆◆◆◆

『偽王たちの顕現』によって出現した化物が、自身に対して真っ直ぐ向かってくるエステルに狙いを定める。

寄生した金輿に浮かぶ歪んだレオノールの顔面が、再び黒い火球を吐き出した。

今度は複数、立て続けに。

吐き飛ばされ、放物線を描いてエステルを襲う漆黒の炎の塊。

エステルはそれを見ると、頭上に王剣を掲げた。

「『 全ての鎮(バタフライ・) 魂の記憶(エフェクト) 』!」

エステルの未知のスキルが発動する。

その瞬間、放物線を描いて落下しようとしていた複数の火球が、不意に空中で消滅した。

まるで蜃気楼が消え去るかのように。

ゆらめく煙が、宙で霧散するかのように。

「ギャァアアァアァアアァアァァアアッ!」

二度もスキルを無効化された化物は、激昂したようにその巨大な手足を駆り、エステルへと走り出す。

小さな少女と、巨大な建造物ほどの背丈がある化物。

その巨躯の怪物が、地響きを伴って自分へと迫る。

エステルは、建物を見上げるほど大きい怪物の姿を見据えた。

「レオノール……余を誰と心得る! 頭(・) が(・) 高(・) い(・) わ(・) ぁっ!」

エステルがそう叫んだ瞬間。

猪突猛進してきた化物は突然、地面に突き刺さるようにして転倒した。

「ギャッ!? ギャァアァッ!?」

突然わけもわからないまま地面に這いつくばった化物は、その大手を振り回して再び立ち上がろうとする。

しかし……

ズギャンッ、という音が響き渡り、

振り上げた腕が、跳ね上げた足が、動かしたそばから地面に突き刺さる。

「ギャアァ!? ギャアァアアッ!?」

まるで、全ての動きを巻き戻されているように。

あらゆる行動を無効化されているように。

レオノールが変化した巨大な怪物は、立ち上がるという行為を無効化され続ける。

化物は何が起こっているのかわからいなまま、地面に頭を垂れて、這い悶えた。

「『 全ての鎮(バタフライ・) 魂の記憶(エフェクト) 』!」

エステルは手に馴染んだ王剣を振りかざして、自身のユニークスキルを発動させながら、もがく化物へと自分の方から歩を進める。

「余の膝元で! 余の許可無しに勝手な真似が出来ると思うな! 貴様の愚行など、片っ端から無かったことにしてくれるわぁっ!」

◆◆◆◆◆◆

「どうなってるわけ……?」

小さなエステルの目の前でのたうち回る、大きな図体の化物の姿を見ながら、ポワゾンがそう呟いた。

「行動を無効化されてる、のかな……?」

目を細めたジュエルが、自信無さげにそう言った。

地面を這ってのたうち、エステルの前でもがき暴れる化物の姿。

それはよく見てれば、全て同じ状態に戻されているようにも見える。

振り上げた腕は、瞬時に振り上げる前の位置まで戻され。

地面についた足は、次の瞬間には転げた直後のように宙を舞う。

金輿に浮かび上がる醜悪な顔は、地面から持ち上げた傍から、再び地面へと突き落される。

よくよく見てみれば、それは時間が飛び飛びに巻き戻されているようにも見える。

化物の行動は、全てその行動する以前の状態まで戻されているように見えた。

「真王だ……」

ビビアがそう呟いた。

視線の先には、王剣を握るエステル。

その圧倒的な力に蹂躙される、王家の影の歴史。

「初代王以来、王国に初めて……真の王が生まれたんだ……!」

ビビアは興奮した様子で、汗に濡れる手を握った。

◆◆◆◆◆◆

『 全ての鎮(バタフライ・) 魂の記憶(エフェクト) 』。

王剣に封印されていた無制限の過去改変スキル『全ての美しい記憶』が、エステルの内部にて彼女に適応し、極度に圧縮されたユニークスキル。

あらゆる死者を過去から呼び戻し、無制限に世界を改変する力は、すでにエステルには無い。

彼女はそれを手放したのだから。

代わりに手に入れたのは、十数秒という制限付きの近接過去改変スキル。

自身の御前における、あらゆるスキルと魔法と行動と意思決定の発現を、過去に遡ってその発動から無効化する近接過去改変。

自身の許可しないあらゆる事象の発生を無効化する、真王の絶技。

「ギャァアァアアッ! ギャァアアァァアアアッ!!」

エステルは、もがき喚く化物のすぐ目の前に立った。

歪んで浮かび上がるレオノールの巨大な顔の眼前。

エステルは、その醜く歪められた顔を真正面から見つめた。

王家の闇の歴史に呑まれた男の顔を。

自身の血脈が成してきた、歪んだ歴史の発露を。

「レオノール」

エステルは剣を構える。

彼女の表情は、目の前の化物を憐れんでいるのか、軽蔑しているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、判別がつかない。

つまりは、その全てを内包した表情だった。

「楽にしてくれる。頭を垂れよ」

エステルがそう言って剣を差し出した瞬間、

噛み付かんばかりに頭を持ち上げていた化物の顔が、再び地面へと突き戻された。

バキンッ、とガラスが割れるような音が周囲に響く。

エステルは自身に目覚めた、もう一つの攻撃用スキルを発動させようとしていた。

エステルを中心として、空中にひび割れが走る。

それは空間それ自体に走る亀裂で、まるで張り巡らされた透明なガラスが、激しい振動によって周囲で割れようとしているようにも見えた。

「こうかな……?」

そう呟いた瞬間、エステルの目の前に巨大な破壊の衝撃が満ちる。

目も眩むような閃光。

舞い上がる砂塵。

世界が割れるかのような、悲鳴にも似た轟音。

それは厳密に言えば、スキルですらない。

巨大な物体と高速ですれ違う際に巻き起こる、風や揺れのような 現(・) 象(・) に近い。

王剣によって、人間の限界点を遥かに超えた先まで強制的に引き上げられたエステルのレベル。『 全ての美(バタフライ・) しい記憶(エフェクト) 』という規格外な大きさの極大スキルを内包していた、彼女の器としての領域。

そのスキルを、自身が扱えるサイズまで極小圧縮した際に生まれた、途方もないほどの容量を誇る余剰領域。

新生されようとした世界の破片が今なお散らばる、外部からは観測できないエステルの内部空間。

この遠大な領域の一部を解放し、この世界に重ねて押し付けることで、空間それ自体を破損させる。

「『 虚実重なる王の逸話(エクスカリバー) 』」

エステルはその現象を、そう名付けた。

なかなか格好いい名前だな、と思った。