軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39話 バタフライ・エフェクト その2

「それでいいの?」

ティアはもう一度、そう尋ねた。

周囲にたくさんの召使い達を控えさせるエステルは、彼女に微笑みかける。

ポタポタと、その顎先から涙滴を落したまま。

「みんな薄情者ばかりじゃ。余はわかったぞ。この世にはどうしようもないこともあるのだ。余の想像が及ばぬほど残酷な者がおる。平気で酷いことができる者がおる。自分のことしか考えない者がおる」

エステルは続ける。

「本当にとんでもないことばかり起きる。争わなければ良いのに、誰かの物を欲しがらなければ良いのに、殺し合わなければいいのに。そんな簡単なことが、誰もできないのだ」

エステルはティアに歩み寄る。

彼女を求めるように。

彼女に賛同して欲しいように。

「でも、それらはみんな、余が解決してあげよう。余が守ってあげよう。余がみんなを庇護してあげよう。 無(・) か(・) っ(・) た(・) こ(・) と(・) に(・) し(・) て(・) し(・) ま(・) え(・) ば(・) い(・) い(・) 。悪だくみも悪意も犯罪も戦争も悲劇も何も、全部無かったことにしてしまえばいい。余は理解したのだ。今の余には、それができるのだ」

「…………」

ティアは悲しそうな目で、エステルのことを眺めた。

「ティア、どうしてそんな目をするのだ?」

「……確かに、そうなればいいかもしれない。悲しいことは、全部無くなってしまえば」

「そうであろう? 余がそうしてあげよう。余が永遠に、この世界を守ってあげよう。生きとし生ける者は、あまねく余の庇護下に置こう。だから……」

ティアは、エステルに非難の目を向ける。

「あなたは、そんなに自分勝手な人じゃなかった」

「どうしてそんなことを言うのだ、ティア。余は……」

「こんな世界に閉じこもって、自分に都合の良いことだけ起きてくれればいいわけ? 全ての人の運命を、あなたが操ろうというわけ? 何が良くて何が悪いのか! あなたが決めてあげようってわけ?」

「違う。どうして理解してくれないのだ。余は、みんなを守るために……」

「エステルは! そんなに傲慢な人じゃなかったわ! 元の世界はどうなるの!? 今までは? これからは? あなたがそれを全部決めようっていうの!?」

「ティア! 余は……余はっ! この王国の! この世界の女王であるぞ! 口(・) を(・) 慎(・) ま(・) ん(・) か(・) ぁ(・) っ!」

◆◆◆◆◆◆

「『 ガラクタ趣味(アンパルフィクション) 』!」

「『 反転予知(ラプラス) 』!」

ヒースとデニスが、互いに向かって駆けだした。

最後の激突になることは、お互いに理解している。

語り合うことはもう何も無い。

突き崩した瞬間に、再起不能か絶命まで徹底的に追い込むのみ。

「『翠宝石の護槍』!」

ヒースの背後に、再び左右十三対の接触破壊槍が立ち上がる。

両手に肉切り包丁を握ったデニスに対し、ヒースは自動攻撃スキルを展開して動きを制限しながら、その側面から回り込もうとする。

強制発動スキルである『強制退店の一撃』だけは、絶対に喰らってはいけない――!

ヒースの背面から、計26本の魔法の槍が射出される。

デニスは『 反転予知(ラプラス) 』でその槍が辿る青い影の軌道を確認しながら、躱せないものだけを肉切り包丁で叩き落す。付与されていた破壊スキルと接触し、左手の肉切り包丁が自壊を始める。

次の瞬間、ヒースはデニスの懐へと踏み込んだ。

「『紋章拳闘:纏』!」

近接格闘スキルを発動させたヒースが、デニスに襲い掛かる。

無論、その動きはすでにデニスには見えている。

ヒースの未来の動きをなぞるように追い越してゆらめく、青い影の軌道。

「オッラアァッ!」

その影の頭部に向かって放たれた渾身の右ストレートが、ヒースの顔面に完璧なカウンターで突き刺さった。

頬骨を粉砕し、衝撃でその身体が浮き上がり、地面と水平になって吹き飛ぶまで拳を突き抜く。

追撃で、とどめの一撃――ッ!

しかし、その瞬間。

「舐めるなよ……ッ!」

顔面を砕かれ、飛び出る寸前までギョロリと飛び出したヒースの左目が、

拳撃を喰らいながら、なおも怯まぬ闘志と憎悪を滾らせてデニスを睨みつける。

「この僕をォッ!」

右拳で顔面を粉砕されながら後方へと吹き飛んでいく 最中(さなか) 、

ヒースはそれを予期していたように、顔面に突き刺さるデニスの右腕を素早く取り、衝撃で浮き上がっていた足を腹筋のバネで振り上げて、デニスの上体に絡める。

関節技(サブミッション) ――!

デニスはその未来を予知したものの、すでに全体重を込めて打ち抜いた直後で、回避が間に合わない。

ヒースはカウンターの右ストレートに飛びつき腕十字で合わせると、デニスの右腕を空中で極めて――そのままの勢いで身体を逸らし、肘関節を破壊した。

「づッグァアッ!」

右肘靭帯がバリバリと断裂する音が響き、関節が完璧に外れる。

「捕まえたぞっ! デニス!」

関節を破壊した後も、ヒースはデニスの腕から離れない。絡めた足でデニスの身体をコントロールし、 関節技(サブミッション) の技術でその斬撃攻撃が繰り出せないように押さえつけ、別の関節を極めにかかる。

こんな技術まで、持ってやがるのか……っ!

未来の動きを知らせる青い影が見えるものの、身体に密着して絡みつくヒースの極技から上手く逃れることができない。

「貴様の『未来予知』ィ! やはり! 捕まえて 極(き) めてしまえば関係無いなァッ!」

「ぐっ、おおぉっ!」

デニスは遠心力と関節技で投げられ、地面に転がされると、マウントを取られる形になった。

上に乗られると同時に、デニスは生きている方の腕を押さえつけられる。

ヒースはデニスの動きを封じたまま、血唾を散らしながら叫ぶ。

「“予知”して避けてみろォッ! この虫ケラがァッ!!」

致命スキルが重ねられたヒースの拳が振りかざされた。

頭部ではなく、どう身体をよじっても回避不可能な、胸部へと撃ち下ろす必殺の一撃。

未来がわかったところで避けられない!

くそっ――――!

◆◆◆◆◆◆

「どうして理解してくれないのだぁっ! ティアぁ!」

エステルが叫んだ。

「あの世界は辛いことばっかりじゃ! お主も! 余の愛する従者たちも! みんな死んでしまった! もうあんなのは嫌なのだ! あんな残酷な世界は嫌じゃあ! 余は力を手に入れたのだ! この世の全てを守る力を手に入れたのだぁっ!」

「元の世界の人たちはどうなるの!?」

ティアが負けじと、叫び返す。

「あの世界の過去から! あなたが欲しい人だけを引っ張ってきて! あなたのことを助けてくれた人たちは! 心配してくれた人たちはどうなるのよ!」

「ぐっ、うぅっ……!」

エステルはボロボロと泣きながら、両歯を噛み締める。

「余は、余はぁ……っ!」

「思い出して、エステル!」

ティアは歩み出す。

今度は彼女の方から、エステルの方へと歩いて行く。

「あなたは車椅子を作ってくれた! 町のみんながそれに協力してくれた! 夢を語ってくれた! 立派な王様になって、私みたいな病気の子を助けるって! みんなを助けてあげるって! そんなあなたを、みんなが命がけで守ってくれた!」

「ティア。余は、余は! ただお主に、みんなに会いたくて! まだ一緒に居たくて!」

「エステル」

ティアはエステルの手を取った。

正面から向き合い、エステルの瞳を真っすぐ見据える。

「あなたは優しい人。でも、強い人にもならないと。あなたは王様なんでしょ?」

「ティア。余は……」

「守るっていう意味を、間違えたら駄目。あなたが守らなきゃいけない人は、ここにはもういないの。あなたは、自分の守りたい人だけを守ればいい人じゃないから」

「どうしてであるか?」

「あなたは誰?」

「余はエステル……エステル・キングランド……」

「何になりたかったの?」

「余は、国王に……」

「それなら」

泣き虫の小さな神に、死んだはずの少女が微笑みかける。

「元の世界に帰って、みんなを守ってあげないと。それが王様だから」

「…………」

「ここでお別れしよう。エステル」

ティアは、彼女のことを抱きしめる。

エステルは泣きじゃくっている。

その衣服を掴んで、彼女の頬に顔を寄せている。

「ひぃぐっ……ぅえぇっ……」

「また会えて良かった。あなたのことが大好き。みんなにもお別れしないと」

そう言って、ティアは彼女のことを離す。

エステルは後ろを振り向いた。

自分に仕え、死んでいった召使いたちが。

デラニーが、エピゾンドが。

彼女のことを、心配した様子で見ている。

「……みんな……」

エステルは口を開く。

言わなければいけないことを言うために。

「余は……行かなくては」

「どこへですか?」

デラニーがそう聞いた。

「元の場所に……」

「どうしてでおじゃるか?」

エピゾンドがそう聞いた。

「みんなを、守るために」

エステルがそう言うと、デラニーとエピゾンドはにっこりと微笑んだ。

先頭の二人がその場に跪くと、大勢の召使いたちも一斉に跪き、その頭を垂れる。

「それが貴方のご決断ならば」

「どうか行ってらっしゃいませ」

「我が王」

彼女らは、声を揃えてそう言った。

ティアがエステルの手を握る。

「それじゃあ行こう、お姫様。手を繋いでてあげるから」

「……うむ」

エステルは泣き腫らした目で頷くと、

彼女と一緒に、王城の正面扉へと歩いて行く。

その扉を開けて、ここから出るために、その小さな足を踏み出す。

「女王陛下」

「どうか 健(すこ) やかに」

「どうかお 幸(しあわ) せに」

後ろから、召使たちのそんな声が聞こえた。

その声は次第に遠くなり、消え失せていく。

白い光に包まれていく中で、エステルはふと、疑問を口にする。

「どうしてお主は……余のスキルで、完全に改変されなかったのだろう」

エステルがそう尋ねると、

光の中で薄れていくティアが笑った。

「危ない時には、助けてあげるって言ったでしょ」

◆◆◆◆◆◆

広場の中央で拡大していたエネルギーの球体が、最後の余力を振り絞るかのように爆縮した。

その衝撃波は広場全域に広がり、周囲の人たちを吹き飛ばして、その前方に 聳(そび) える王城を揺らし、大きな地鳴りとなって響いた。

デニスを上から突き殺そうとしていたヒースは、その突然の轟音と衝撃によって、ほんの少しだけ態勢を崩す。

「ぐっ――!?」

普段の彼ならば問題は無かっただろう。

しかし、デニスによって加えられていたダメージが、砕かれた頬骨と脳味噌に響く衝撃波が、彼にほんの少しだけ動揺を与えた。

デニスは、その未来を見逃さなかった。

「グラァッ!」

両足を大きく開き、背筋と腹筋の力を最大に利用して地面から反発し、肘を破壊された右腕も使って、ヒースのマウントを跳ね返す。

「な、にぃッ――!」

ヒースは横に転がされると、最短の動きで態勢を立て直す。

顔を上げたその正面には、

至近距離で肉切り包丁を構え、すでに攻撃の予備動作を終えているデニスの姿。

避けられない。

ヒースは瞬時に理解した。

「オォォラァッ!」

「グぅぁああッ!」

デニスの斬撃と、ヒースの返しの素拳が交差する。

先に届いたのはヒースの拳。後から繰り出したはずのその拳は、圧倒的な速度でデニスの腹部に深く突き刺さる。

しかしあまりに咄嗟に繰り出したため、スキルが装填されていない。

一瞬の前後で、肉切り包丁がヒースの身体を捉える。

しまった――――。

「『強制退店の一撃』ッ!」

二人の攻撃は、ほぼ同時に命中したといって差し支えない。

攻撃の応酬で先に吹き飛んだのは、デニスの方だった。

ヒースの拳を腹に貰ったデニスは、後方に突き飛ばされると、何度か転がって大理石の床に這いつくばる。

「ぐはぁっ! ぐぉあっ!」

レベル100の鋭い打撃を腹にモロに喰らって、デニスは嘔吐しそうになる。

一方のヒースは、その場で突きを繰り出したまま、身体を硬直させていた。

『強制退店の一撃』に発生する、一瞬の硬直とタイムラグ。

最後の瞬間に与えられる、刹那の猶予時間。

ヒースは身じろぎ一つできないまま、目を見開いてデニスのことを睨む。

「き、さ、ま……ッ!」

「ははっ、ようやく当ててやったぜ……説教野郎……」

次の瞬間、ヒースは後方へと、凄まじい速度で吹き飛んだ。

引き寄せられるように壁に叩き付けられ、固い壁面をバキバキと背中で破壊しながら、ヒースは叫び声を上げる。

「ちぃぃいっ! クソがぁぁああぁぁああぁっ!」

まるで巨人の手に捕まれたかのように、否応なしに強烈な力で背後へと引っ張られ、その途中にある何もかもを全て破壊していく。

「ぐっ、ぉぉおぁああああああぁっ!」

「吹き飛んで行きなっ! この世の果てまでなあっ!」

恐ろしい轟音と共に、王城のあらゆる壁と床を破壊しながら吹き飛んでいくヒースを眺めて、

「あー……」

デニスは薄れゆく意識の中で、最後に小さく呟く。

「勝ったなあ……」

◆◆◆◆◆◆

広場に現れていた球体の爆縮が終わった後。

衝撃で吹き飛んで揉みくちゃになっていた民衆たちは、そこに一人の少女が居ることを発見した。

広場に帰って来たエステルは、一瞬呆けた表情を浮かべて、自分の手のひらを眺める。

一緒に繋いでいたはずの手のひらは、空っぽのままだった。

ふと気づくと、あんなに大きかった王剣が、エステルが振り回すにはちょうどいいサイズに縮んでいる。

エステルは自分の両手を眺めた。

空っぽの手と、小さくなった王剣が握られた手。

少女の手のひらと、王の手のひら。

「ギャァアアァアアアアアッ!」

不意に、腹の底に轟くような悲鳴が鳴り響く。

前方を見ると、転んだ状態から立ち上がって来た様子の巨大な化物が、その口を大きく開いていた。

歪められて引き延ばされたレオノールの口が、裂けるようにして開かれて、そこにおぞましい力の迸りが見える。

それは黒い火球の形となり、その大口から吐き出された。

小さな家ほどの大きさもある漆黒の火の玉。

それを見て、民衆が悲鳴を上げる。

「ひぃいっ!」

「今度は何なんだ!」

エステルは、自分に向かって飛来する黒炎の塊をぼうっと見つめる。

彼女は何かできるような気がして、

それに手をかざして、ふっと払ってみる。

するといつの間にか、その火球は消えていた。

「……えっ?」

まるで何事も無かったかのように。

攻撃など無かったかのように。

レオノールの変化した化物は、自分が吐き出したはずの魔法がいつの間にか消えていることに気付き、やや混乱しているようにも見える。

その様子を見ていた民衆たちも、同様に何が起こったのかわかっていない。

広場の中央に向かって撃ち込まれたはずの巨大な火炎が、空中でふっと消えたのだ。

「そうか……そういうことか」

エステルは何かわかりかけてきたように、そう呟いた。

「同じだけど、少し違う……さっきよりも近い……」

彼女は自分の手によく馴染むようになった、自分の身の丈にあった大きさの王剣を握る。

遠く前方に見える化物に向かって歩を進める。

完全に自らの物となった、自分だけのユニークスキルを理解して。

「『 全ての鎮(バタフライ・) 魂の記憶(エフェクト) 』。決着をつけようぞ、レオノール」