軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35話 追放姫とイツワリの王権 その6

「……見てみろ、デニス」

ヒースは不意に、通路の窓の外を見た。

王城の最上階付近から覗く窓。

その先には、レオノールが立つ巨大な金の輿と、その眼下に広がる処刑台。

そして、群がる兵によって今まさに制圧されている様子の、米粒程度の大きさの人影が見える。

「エステル姫とその協力者……お前の仲間たちが、制圧されているぞ」

「だからよ。お前をサッサとぶっ倒して、俺が助けに行かなきゃならねえんだろうが……」

「その必要はない。 勿体(もったい) ないことをするなよ、どこまでも無粋な奴だな」

ヒースは朱色に染まったハンカチで不快そうに鼻を押さえながら、顔をしかめた。

「他でもない僕が、わざわざここに出張って来た意味がわからないのか? 僕の弟たるお前があの場に居たら、その場にいる全員ぶっ倒して、全部台無しにしてじまうがらだろうが」

頭に血が上ったのか、ヒースの折れた鼻から噴出する血の量が不意に多くなり、声が濁る。

「よく見てみろよ。あの場に誰がいると思っている……? まったく」

そこまで言うと、ヒースは窓枠から見える王城前の広場から、デニスに目線を戻した。

「『王剣』に妙なスキルを引き出されたようだが……図に乗るなよ。お前はここまで、本当によくやってくれた。お前のおかげで、ほとんど全て計画通りだ。だからもういい加減……邪魔になる前にここで死んでくれ」

「お前と違って、こちとら店を経営してるもんでね」

デニスは膝を軽く曲げて重心を落し、低く構えた。

「常連やら従業員やらのためにも……ここで死ぬわけにいかねえんだ」

「安心しろ。最後にはみんな会えるさ。『 世界の終わり(エンドクレジット) 』でな」

ヒースは鼻血を押さえていたハンカチを捨てると、

自身のスキルを発動させる。

「『 ガラクタ趣味(アンパルフィクション) 』! 『電光煌速』・『紋章拳闘:纏』・『蒼色の破明』・『翠宝石の護槍』!」

ヒースの溜め込んでいる 強奪済(スナッチド) スキルが、多重発動した。

一つの 職業(ジョブ) を生涯をかけて究めた者が、ようやく一つ取得するかしないかという領域にあるはずの 最上位(ハイエンド) スキルの数々。

ヒースのレベル100ユニークスキル、『 強奪(スナッチ) 』。

その真価は、性質も取得条件も異なる別職業間の最上位スキルを、『強奪』によって制限無しに取得できることにある。一個人が生涯をかけても同時取得が不可能なスキルの数々を、他人が費やした努力と才能の結晶ごと『強奪』するのだ。

翠色に輝く十三対の槍がヒースの背後から立ち上がり、その身体を取り囲むようにして一斉にデニスへと矛先を向ける。移動初速度がヒース自身も制御困難な次元まで上昇し、その指先が震え始めた。両拳の甲から身体全体に幾何学模様の紋章が走り、蒼色の破壊効果が追加付与され、その四肢が接触破壊の属性武器と化す。

その様子を見て、

あれっ、とデニスは思った。

これ、普通に死ぬのでは?

確実に死ぬのでは?

「デニス! 因果な血を分けた僕の弟! 自分が死んだことに気付くまでに、十余回は殺してくれる!」

次の瞬間、

ヒースの背後から致死属性を含む左右十三対の槍が同時射出され、

雷のような速度で駆け出すと同時に踏み込んだ足跡が紋章として刻まれ、遅れて大理石の床が一直線に、爆発するように粉砕する。

背後に残像を置き去りにしていく加速。

――――あっと。

待て待て、

それは、死――

デニスが避けようのない自分の死を自覚した瞬間、

彼の中のスキルが弾けて、

同質の別スキルへと変質する。

『反射神経SSS+』 スキルアップ

レベル100ユニークスキル 『 反転予知(ラプラス) 』

◆◆◆◆◆◆

近衛兵たちが、エステルと共に広場に展開していた国賊たちを全員制圧した。

ジョヴァン団長はその傍に近寄っていくと、腰から自分の剣を抜く。

どこか、夢見心地のような気分だった。

現実味がない。

小さな女の子が、近衛兵に押さえつけられながら、泣きじゃくっている。

「でらにぃ……えぴぞんどぉ……! みんな、みんなぁ……っ!」

桃色の髪をした少女は、鍛えられた大人の力によって首を差し出すように組み伏せられ、ボタボタと地面を涙で濡らしていた。

「すまぬ……すまぬ……! 余のせいで、余のせいでぇっ、余なんかのためにぃ……っ!」

他ならぬ国王陛下の命によって、ジョヴァンはその少女――エステル殿下の横に立った。

その手に、斬首のために引き抜かれた剣を握って。

その様子を眺めているレオノールは、邪悪な笑みでその端正な顔を歪める。

「さあ! 国賊どもの首を斬り落とせ!」

レオノールは拳を握りしめて、民衆たちに向かって力の限り叫ぶ。

「見ておくがいい! 神聖なる王家を侮辱した者が、どのような末路を遂げるか! 根拠も何も無い狂言によって王国を転覆せしめんとした愚か者たちが、正義の剣によって断罪される様を! この俺様の権力を!」

レオノールの唾が飛び散り、風の魔法によって拡声された尊大な声が、大広場全体に響き渡る。

ジョヴァンは腹の底に響いてくるようなその声色を聞きながら、

剣を握り、組み伏せられて泣きじゃくるエステルを見下ろしていた。

王政府の決定に従うのが、王国騎士団の務め。

その務めを全うするよう計らうのが、騎士団長たる自分の任務。

王国民を守る剣となる夢を抱いて士官候補生の門を叩き、

血反吐を吐くような厳しい訓練を首席で卒業し、

期待の新鋭士官として警察騎士部隊に配属され、

ゴリゴリの最前線戦闘士官として警騎副長の座まで上り詰め、

…………裏路地から拾って義子としたヒースの活躍もあり、

王国騎士団の全ての部隊を束ねる、騎士団長の地位まで任官した。

その果てが、こんな少女の細首を斬り落とすことなのか?

それが務めなのか?

「みんなぁ……っ! ごめん、ごめん……! 本当に、本当に! ごめん……っ!」

足元で頭を垂れるエステルは、いまだに泣きじゃくっている。

それは、恐怖から零れる涙ではないようだ。

彼女の口から洩れるのは、絶え間ない謝罪の言葉。

「余が、余が、地獄に堕ちるがらぁっ! ずまぬ! ごめん……っ! うぇっ、うぇえっ……!」

ジョヴァンは剣を握り直した。

王国騎士団の各部隊は、『隊長』と『副長』の二面子が部隊の顔として君臨している。

『隊長』は事務職・指揮官上がりの政治屋士官のトップ。

『副長』は、押すに押されぬ前線戦闘員の頂点。

それが王国騎士団の伝統。

それが王国騎士団の規律。

その中でも花形である、警騎部隊の『副長』上がりであるジョヴァン団長にとっては……前線を退いて久しいとはいえ、こんな幼子の首を刎ねるなど造作もないことだ。

ジョヴァンはふと、

士官候補教育を卒業し、

警察騎士部隊に配属され、

新米士官として、

下士官たちと一緒に、王国騎士団本部の掃除をしていた時のことを思い出した。

「ジョヴァンさん」

下士官の一人がこう言ったのを覚えている。

「どうせ士官なんて、こんな隅々まで見てないんですから。テキトーにやっちゃ駄目ですかね?」

「駄目に決まってるだろ、アホが」

若いジョヴァンはそう言った。

まだ、士官用の礼服すら支給されていなかった頃の記憶だ。

「だってねえ。毎日掃除と平和なパトロールばっかりで、嫌になっちまいますよ。俺だって、もっと前線で活躍したいなあ。犯罪者と戦ってさあ! こう! かっこよく!」

モップを剣に見立てて構える下士官を見て、ジョヴァンは笑った。

「こうやって王国のために努めるのが、俺たちの今の任務なのさ」

「棚の上の埃を、雑巾で拭うことがっすか?」

「立派な任務だな」

「こんなの『正義』でもなんでもねーよー」

「立派な『正義』さ。掃除すれば、みんな気持ち良く仕事が出来るからな。それが国民を守る剣になるんだ」

「ジョヴァンさんは真面目っすねー。士官って感じがするなあ」

「そうか?」

「ジョヴァンさんはいつか、」

「騎士団長になる気がするな」

最後の台詞は、いつのまにか口から零れていた。

いつかの不真面目な下士官が、新米の務めである掃除中に、自分に言った台詞だ。

ジョヴァンはそれに気付いた。

しかし目の前にあるのは、埃を被った棚ではなく、

泣きながら頭を垂れる、桃色の金髪をした少女の姿だった。

ジョヴァンは一瞬戸惑って、周囲を眺めた。

見えるのは、不安と恐怖の表情を浮かべる群衆と、

近衛兵によって取り押さえられた数人の反逆者たち。

処刑台の方を見た。

そこには、全てを諦めた様子で断頭台に並べられている町民たちと、

その傍に立つ騎士団の斬首部隊。

目の前に並ぶ国民が、極刑に値する凶悪な犯罪者とは到底思えず、

その膝を震わせている首切り人もいる。

ジョヴァンが一瞬、目を白黒とさせていると、

それを上から叩き付けるように、拡声されたレオノールの声が響く。

「ジョヴァン 王(・) 国(・) 騎(・) 士(・) 団(・) 長(・) !」

レオノール王の、怒鳴りつけるような叫び声。

「部下たちに斬首の命を出し、その手でその国賊の首を 刎(は) ねよ! この俺様に忠誠を誓うのだ! 王国騎士団の力を見せてみろ! 国民にその『正義』の姿を見せつけるのだ!」

喉の底から張り上げられた、ビリビリと腹の底に響くレオノールの叫声。

ジョヴァンは剣を握ったまま、

パクパクと口を開いた。

口の中が乾ききっているのを感じながらも、

なんとか、号令の声を上げる。

「お、王国騎士団……! 総員……抜剣!」

号令の声は、静まり返った広場に響いた。

展開する騎士団員たちは、その号令をそのままの意味で受け取ることはできなかった。

抜剣の号令は、斬首部隊のみに告げられるはず。

『総員』はおかしい。

だから、その時点では、

その剣の握りに手をかけようとする騎士団員は、その広場に存在しなかった。

ジョヴァン団長は繰り返す。

士官候補教育で一番の成績を取った、号令向きの、その恐ろしくよく通る声で。

「王国騎士団! 総員、抜剣!」

ジョヴァンは剣を地面に垂らし、

足元のエステルではなく、

金輿の頂点に立つレオノールに向き直ると、なお叫ぶ。

「目標……! レオノール国王陛下! 総員抜剣! 戦闘用意!」

その言葉の意味を、字面通りに受け取ることのできた人間は、

王国騎士団員だけではなく、

近衛兵も、群衆も、

一人として存在しなかった。

金輿の頂から命令を飛ばしていたレオノールは、それを聞いて、困惑した調子で言う。

「な、なにを言っている、ジョヴァン団長? お前の敵は……」

「やってられるかッ、このクソ国王がァっ!」

ジョヴァン団長は、普段の物腰からは想像もつかない、汚い罵り声を上げた。

それを聞いて、騎士団員たちがどよめきたつ。

「じょ、ジョヴァン団長がキレた!」

「あの穏健派のジョヴァン団長が!」

「怒らないじゃなくて怒れないの団長が!」

「宴会の無礼講の諫め時がイマイチわからないジョヴァン団長が!」

騎士団員たちの驚愕の眼差しを一心に受けながら、ジョヴァンはレオノールを指さす。

「私は……私は! こんな少女の首を斬り落とすために! 粛清と見せしめの血を流すために! 王国騎士団々長の地位まで上り詰めたわけではないわぁッ!」

「は、は? ま、待て、ジョヴァンよ。落ち着け。一体何を言って……」

「 訂正(ていせ) ェ!」

ジョヴァン団長の喉から、周囲の空気を切り裂かんばかりの号令の命が鳴り響く。

「これより騎士団長ジョヴァンは! この汚らしい国王に宣戦布告を告げる! この私に着いて来る者のみ抜剣! 目標! 国王陛下ァ! 現(・) 王(・) 政(・) 府(・) !」

その号令を聞いた瞬間、

処刑台の下に立っていたピアポイント警騎副長が、喜びの叫び声を上げた。

「その言葉を待っていたァ!」

ピアポイント警騎副長は腰の剣を抜くと、雄たけびの如き金切り声を上げる。

「警騎副長より警察騎士部隊ィ! 総員抜剣! 『正義』を信じる馬鹿野郎はジョヴァン団長に続けェ! こんな大喧嘩、今逃したらもう一生参加できないぜ!? あんたヤル時ゃヤル男だって信じてたよぉ! 団長殿ぉ!」

ピアポイント副長の下達号令が響き渡り、

王国騎士団員たちは、戸惑いつつも腰の剣を抜き始めた。

ある者は、純粋にその場の空気に流されて。

ある者は、感じていた違和感を払拭するために。

ある者は、自分の感じていた『正義』の形に突き動かされて。

金輿の上に立ったレオノールは、騒然とする広場の様子を見下ろしながら、動揺した声を上げる。

「な、なにを!? 血迷ったか、ジョヴァン団長!? 貴様、自分が一体何をしているのか、わかっているのか!?」

「王国騎士団! 理念斉唱!」

ジョヴァンの叫び声と共に、ピアポイント警騎副長のソプラノ音域と、恐る恐るの騎士団員たちの声が響き渡る。

「我、王国民の 剣(つるぎ) なり!」

「もう一度!」

「我、王国民の剣なり!」

「声が足りんわァ!」

「我、王国民の剣なり!!!」

ジョヴァン団長はエステルを組み伏せていた近衛兵の兜を剣の切っ先で転がすと、流れるような剣捌きでその首に刃先を押し当てた。

「我、王国民の剣なり! 貴様のような人間の腐った外道が! 我が王国騎士団に上から命令できると思うなァ! こうなれば戦争だ! 本当の『正義』を見せてやれ! 王国一の喧嘩屋組織の意地! あの暴君に見せつけてやれェ!」