軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31話 追放姫とイツワリの王権 その2

広場に、一人のメイドが降り立とうとしている。

キッチリとしたメイド服に身を包んだ彼女は、丈の短いミニスカートから伸びるスラリと長い脚を惜しげもなく披露して、着陸用に設定されている角度へと 自動的(オートマチック) に膝を曲げた。

メイド服の背部には二基の 出力口(ジェットエンジン) が存在し、それが彼女の飛行推進力の源であるようだった。内蔵された魔力を変換して出力する飛行機能は、彼女の背部に元から格納されている二砲の中距離攻撃用高出力魔力凝集線砲を拡張したものだ。

広場にいる全員が、そのメイドが処刑台の後方、レオノールが立つ金輿の前方に着陸する光景に釘付けになっている。どうやら、空からメイドが降って来る現場に出くわした経験のある者はいなさそうだった。

彼女の両手は、さらに二人の女性を脇から抱え込んでいる。

つまり、合計三人の女性が空から広場に参上したのだ。

斬首の号令を挙げようとしていたジョヴァン団長が、その光景を見て呆気に取られている。

その手は号令の直前に振り上げられたまま、宙ぶらりんになっていた。

誰もが呆気に取られて口をポカンと開けている中、

最初に声を発したのは、拘束されている町民たちだった。

「あ、あれは!」

「食堂のセクシーメイド!」

「オリヴィアちゃん!」

「ミナサン! お久しぶりデス! お元気デシタカ! 調子ハいかがデスカ!?」

「良いわけないだろ!」

「見りゃわかるだろ!」

「ナルホド! ごめんナサイ!」

町民たちに、オリヴィアが着陸しながらそう声を返した。

オリヴィアに運ばれてきた二人の女性は、彼女が完全に降り立つ前に地面に足を付けて、自分の脚で立つ。

その二人の姿を見て、輿の頂点に立つレオノール王は唖然茫然の表情を浮かべていた。

「な……に……?」

レオノールがそう呟く中で、

広場の中央に降り立った少女と女性とメイドは、次々に名乗りを挙げる。

「余はエステル・キングランド!」

「私はラ・ポワゾン!」

「初めマシテ! オリヴィアです!」

「こっちから来てやったぞ、簒奪者レオノール!」

◆◆◆◆◆◆

一方。王城の上階を目指して駆け上がって来たデニスチーム。

「この階のはずだよ」

ジュエルがそう言った。

デニスは駆けて来た階段から身を乗り出すと、頭を出して通路を確認する。

やはり人の気配はない。王城に侵入しているというのに、不気味なほどスムーズだ。

これでは隠れる必要すらない。

一緒に壁から頭を出したヘンリエッタが、恐る恐る言う。

「ほ、本当に一人とも出くわさないまま、来ちゃいましたね……」

「ああ。嫌な雰囲気だぜ。誘い込まれてるって感じだ」

デニスは壁から肉切り包丁を一本錬金しながら、そう返事をした。

彼の頭にちらつくのは、街で戦ったヒースとかいう男。自分の兄だとか抜かす、自分とそっくりの、そして自分よりも強い男のことだ。

なぜこれほどもぬけの殻なんだ? 俺たちは誘き寄せられているのか?

俺たちの動きなど完全に筒抜けで、どこかで待ち伏せされているのか?

そんな逡巡が頭をよぎる。

しかし、デニスは身を乗り出した。

「ジュエル、『宝物庫』はどっちだ」

「右の通路。奥の部屋」

それを聞いて、デニスは駆けだす。

どちらにしろだ。罠だろうがなんだろうが、今はこのまま突っ走るしかない……。

辿り着いた最奥の部屋には鍵がかかっており、ヘンリエッタが警察騎士仕込みの蹴りで扉を破ろうとしてもビクともしない。

「大人しく出て来いオラァ! ったぁー! 駄目だ! 全然駄目ですわ!」

「お前いつもそういう仕事してるんだな……」

ヘンリエッタの日頃の仕事ぶりの一端を垣間見たデニスが、そう呟いた。

「王城の扉は、どこも特殊なスキルで施錠されてるんだ。物理的な攻撃じゃ開かないよ」

「よし。任せておけ」

デニスは一呼吸置くと、扉に向かって肉切り包丁を振りかざす。

「『強制退店の一撃』」

ユニークスキルを発動させて扉を軽く叩くと、一瞬のタイムラグがあった後に、木製の扉がバキバキとへし折れ始める。

扉は隣接した壁を破壊しながら元の場所から外れ、破壊された原型を留めたまま、デニスが指定した方向へと、物理法則を無視して徐々に後退していった。

「よし。俺のスキルの方が優先順位が高かったようだな」

「く、空間操作、いや座標操作系のスキルか……扉の物理的固定よりも、上位の概念として判定されたみたいね……」

ジュエルが感心したようにそう呟くと、デニスは遠慮なく部屋に入っていく。

中は何の変哲もない部屋だった。

いくつかの家具が並べられている、シックで落ち着いた雰囲気の部屋。

狭くもないし、だからといって広くもない。

「これが……『王家の宝物庫』?」

「ちっ。部屋が違ったみたいだな。ジュエル、もうちょっとよく思い出してくれ」

「いいや」

ジュエルも中に入ると、デニスとヘンリエッタに言う。

「間違いない。あたしも王家の鍛冶職人を継ぐ者として、一度だけ入ったことがある。ここが『王家の宝物庫』だよ」

「ここが?」

「要は、何をどう見るかの問題なのさ。そのままでは見えないものもある。この世界はそんなことばっかり」

◆◆◆◆◆◆

「と、捕えろ! 近衛兵! 王国騎士団! 奴らを捕まえろ!」

レオノールが叫び、周囲の警備にあたっていた近衛兵たちが一斉に戦闘態勢に入った。

その様子を見て、ポワゾンがよく通る声で叫ぶ。

「おおっとぉ! 捕獲は待つことね! じゃないと、元婚約者としてあんたの性癖とか●●とか▲▲▲とかを国民の前でバラすわよ!」

「いやもうほとんど言ってるだろ! ふざけるな」

「なんの序の口! こんなのまだまだ全年齢対象! 赤子の子守歌にでも聞かせてやれるわあ!」

「捕えろ! 近衛兵! ひっ捕らえろ! あの女に口を開かせるな!」

焦ったレオノールが叫び、剣を構えた近衛兵たちがポワゾン達へと一斉に襲い掛かった。

「オット! ぶっ飛ばしマスカ!?」

ガシャンッ、と肩から二連装の砲身を伸ばしたオリヴィアが、その場でホバリングしながら回転する。

しかし近衛兵たちは、彼女らの周囲に近づいた瞬間に頭から地面に倒れ込み、苦しそうに地面に転がってのたうち回った。

「おーほっほっほ! 精鋭精強の近衛兵といえど、範囲攻撃の状態異常には弱いものねえ! 脆弱脆弱! 軽率軽率ぅ! おーほっほっほほほほ! ぐへっ、うげっ」

笑いすぎて喉に痰を絡ませたポワゾンをよそに、エステルがレオノールを指さす。

「余らは、お主が計画した前王の暗殺! それに王家が代々行ってきた王剣の不正の事実を暴くためにここに来たのだ! まずはそれについて説明してもらおうぞ!」

「な、んだとぉ!? こ、の、落ちぶれた国賊風情がぁ! 王国騎士団! ジョヴァン団長! 早くこの女どもを捕えぬか! 何をやっている!」

レオノールが、顔に青筋を立てて憤怒の限りに喚きたてる。

名前を呼ばれた当のジョヴァン団長は、困ったような表情を浮かべた。

「あ、ああと……どうしたものかな」

「団長、どうするっす? いちお、オレなら問題なく制圧できると思いますけど」

ピアポイント警騎副長がそう聞いた。

その瞬間、“彼女”の銀甲冑が、弾力を持った水銀のように“ぶるり”と波打つ。

ジョヴァンはスキルの予兆を見せたピアポイントを片手で制した。

「まあ、待て……ここは……」

ジョヴァンはレオノール王に向かって、声を張り上げる。

「国王陛下! 怖れながらこのジョヴァン! 国民が余計な疑念を抱かぬためにも! ここであの国賊どもの虚言を! 国王自らが完膚なきまでに事実無根と証明してくださることを! いち王国臣民として期待しております!」

ジョヴァンの大声は音域が低いながらも、恐ろしいほどよく通る声だった。

彼が士官候補生時代に、号令訓練において抜きんでた成績を残したのも頷ける声量だ。

「な、なるようになれだな……。少し様子を見よう……」

「ひゅーっ。さすがは騎士団の各部隊を束ねる“団長殿”。ここぞって時にたぬきっすねー」

隣で、ピアポイントが兜の下から口笛を吹いた。

「な、ん、だとぉ、このぉっ!」

レオノールは、奥歯が割れんばかりに両の顎を噛み締めながら、そんな呻き声を漏らした。

その目下。

広場の中央で、エステルが声を張り上げる。

「告発するぞっ! レオノール! 王座に座るためではない! 復讐のためでもない! 国民のため、余のために命を張ってくれた者たちのために! このエステル・キングランドが! 貴様と王家の不正! 偽り(イツワリ) の王権を暴いてくれる!」

◆◆◆◆◆◆

「『 複製(コピー) 』!」

その場にしゃがみ込んだジュエルが、床に手をついてスキルを発動させた。

“部屋ごと”複製するつもりだ。

デニスやヘンリエッタが立っている何の変哲も無い部屋の壁が震え出し、小さな破片となってパラパラと崩れていく。

その部屋の様子を見て、デニスが叫ぶ。

「な、なんだ!? どうなってる!」

「お父さんもこうやっていた! 『王家の宝物庫』! 王家が永きに渡って隠し通してきた秘密が保管されているこの部屋は! 通常の手段ではその真の姿を認識することすらできない!」

「う、うわー! へ、部屋が! 崩れてくー!」

ヘンリエッタの叫び声と共に、家具が自壊し、壁が崩れながら裏返っていく。

そこから、この部屋の本当の姿が垣間見えようとしていた。

「『宝物庫』を認識する方法は一通りではない! しかし、ウチら王家お抱えの鍛治一族の場合はこう! 古代の魔法使いが組み上げた超高度な魔法によって、ギリギリの状態で二重に折り重なっている空間! これを劣化複製して崩壊させる!」

ジュエルの劣化複製によって、途方もないほどの緻密さで維持されていた二重の空間が崩壊する。

それは、何万というピースによって慎重かつ美しく構築された芸術的な積み木の山に、無様な構造体をぶつけて全て台無しにするようなものだった。

デニスたちが認識していた何の変哲も無い部屋が崩壊し、真っ白のだだっ広い空間が現れる。

そこに、何百年もの歳月を重ねたと思しき宝物の数々が置かれていた。

それを見て、デニスは息を呑む。

「これが……『王家の宝物庫』の正体か」

「そう。きっと『奇械王』ユヅトや『冒険王』ナチュラと同じように列王されただろう古代の魔法使いの誰かが作った、秘密の空間。この世界に重ねるように、新しい余分な空間を作った。宝物を保管するためだけにね」

「スキルの格でいえば、空間を移動させるだけの俺のスキルより上か……この世界に、まったく新しい空間を作っちまうんだからな」

一見乱雑に置かれた美術品の中心。

そこに、台座に突き刺されている一本の剣があった。

その黄金の剣を見て、デニスは表情を綻ばせる。

「これだな。本物の『王剣スキルグラム』! こいつをエステルに届けてやろう。あいつらはあいつらで戦ってるはずだ」

デニスは小走りで黄金の剣に近づくと、剣のグリップを握った。

その瞬間、

「――っヅゥ!?」

電撃に打ち抜かれたような衝撃が身体に走り、デニスは倒れ込みそうになりながら、全身を硬直させる。

「た、大将!?」

ヘンリエッタが叫んだ。

「そんな! もう一つトラップが!?」

「ぐ、グァぁあっ!?」

デニスは剣のグリップから、握り込んだその手を離せなかった。

彼は刀身に吸い込まれるような不可思議な感覚と共に、

あっけなく、その意識を手放す。

全身を縛られて、暗い穴の中に放り込まれるような感じがあった。

◆◆◆◆◆◆

「一人目の証人はこいつよ! おーほっほっほほほほホホホグハァ!」

ポワゾンが高らかに笑い叫んで痰を詰まらせると、群衆の中から後ろ手に縛られた男が蹴り出された。

そのハンサムな男は、わけがわかっていない様子で周囲を見回すと、怯えた表情でポワゾンを見る。

「ひ、ひぃっ!」

「早くいらっしゃいハンサム野郎! まーた毒で呼吸器系と消化器系をジワジワいたぶられたいのかしらぁ! 一生自力で排泄できない身体になりたいのかしらぁ! オーホホホホホッホホホッホホホッホグヘァッ!」

男が何らかのトラウマに突き動かされてヨロヨロと歩み出すと、群衆の中から彼を蹴り出した張本人は、人込みを割って進みながら、その奥の方へと消えて行った。

彼女の羽織っているコートには、銀の両翼の刺繍が施されている。

「さてと。あとは事の成り行きを見守りましょうか」

群衆の中へと消えて行きながら、赤毛のケイティがそう呟いた。

証人が手元に来るのを待ちながら、何やらこのショーが愉しくて仕方なさそうなポワゾンをよそ目に、

エステルは、一人不安で歯噛みしている。

な、なにをしておるのだ、デニスたちは……!

早く本物の王剣が来てくれないと、どうしようもない……!

王城がもぬけの殻になり、その間隙をついて王剣を奪取するタイムラグも加味して、処刑の時間ギリギリに登場したというのに。

暗殺の全容を暴いたところで、「王剣が偽物である証拠は今手元に無いから、ちょっと待って欲しい」なんて言えぬぞ……!

は、早く持って来てくれ、デニス……!

「ほら来たぁ! さあ! お前の罪を告白しなさい! あんたは前王を病死に見せかけて殺すために、一体どこのどいつから毒薬を買ったのかしらぁ!? 誰に指示されて誰に実行を任せたのかしらぁ!? さあ国民ども! 世紀のザマァを楽しみしてなさい! おーほっほほほボボグバぁ!」

◆◆◆◆◆◆

「……ぁ?」

デニスが目覚めると、そこには濃い霧が広がっていた。

少し先を見るのも苦労する濃度。

デニスが起き上がると、濃い霧の向こうに、

ぽつりと、一つの人影が座っていることに気付いた。

「……イニス……?」

霧の向こう側から、そんな声が聞こえる。

「……あ?」

デニスはそんな間の抜けた返事をしながら、立ち上がった。

「イニス、なのか……?」

「いや……俺はデニスだ。惜しいが人違いだな」

デニスが濃霧の中を歩いてその人影に歩み寄ると、

ぼんやりとだけ見える彼も、立ち上がったようだった。

「デニス……そうか。君はそういう名前か」

ガキン、と大きな金属同士が噛み合わさるような音が響いた。

周囲を見回すと、靄がかった視界の向こうに、

巨大な構造物が鎮座しているのが、かろうじてわかる。

違う。

それらは少しずつ動いている。

噛み合わさりながら、相互に影響し合いながら回転している。

巨大な歯車の山だ。

濃霧の中で絶えずガチガチと音を立てて回転し続ける、大小無数の歯車。

二人はそれに囲まれている。

「とてもよく似ている。君はイニスにとてもよく似ている。以前の、彼よりも似ている」

「あ……えっと? あんたは?」

その人影は、かなりやせ細っているようだった。

肩幅は狭い。

腕も脚も、腰も。

痩せて細ばっているのが、濃霧を通してもわかる。

カチカチ、ガチガチ、ガチャン。

周囲の歯車は回転し続けている。

何のために、

どうやって。

「私はユングフレイ……ユングフレイ・キングランド……ここに人が来るのは君が三人目だ。イニスの血族か。なるほど、そういうことか」