軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6話 ちゃんと世話するから、この追放者飼っていい? (後編)

そのまま昼の散歩に連れていかれて、ポチはアトリエの後ろを歩いた。

あの老婆に言われたことが相当嬉しかったのか、アトリエはいつになく上機嫌な様子だ。

といっても、アトリエは表情が変わらないし喋らないので、なんとなく雰囲気や歩き方からそう感じるかもしれない、というだけなのだが。

いつもの散歩ルートを通って、街の離れのいつもの原っぱに辿り着くと、アトリエはいつもの場所に腰を下ろして、鞄から弁当とポチのための包みを取り出した。

そうして二人で終始無言のまま、昼ご飯を食べる。

それはすっかり、昼の散歩の日課になっていた。

しかし、このアトリエとモニカでは、一緒にご飯を食べるにしても勝手が全然違う。

モニカはどちらかといえば、常に何かを喋っているタイプの人間だったが、逆にこのアトリエは何も話さない。

モニカは心に浮かんだことの全てを誰かに喋ってしまわないと気が済まないというタイプだったが、この少女はそれとは真逆だった。

そして真逆ゆえに、二人が奇妙に似ていることにポチは気付いた。

つまり結局のところ二人とも、会話というものにそもそも頓着が無いのだろう。

人は誰かと一緒に居る時、何かを話した方がいいかなとか、これを話すかなという一呼吸や、水面下の静かな葛藤があるものだ。それは神狼にしたって同じことだった。

しかし恐らく、モニカとこのアトリエという少女には、そういった考え自体が無いように思えた。

モニカはそれゆえに話し過ぎていたし、このアトリエは逆に、それゆえに必要なこと以外は何も話さないのだ。

離れの自然を眺めながら、アトリエとポチは静かにご飯を頬張った。

たとえ何も話さなくても、こうやって誰かと一緒にご飯を食べるというのは心地の良い時間だ。

そんなことを考えながら最後の一塊に噛みつくと、ポチは背後の草むらと木の陰に隠れる、悪意の気配に気づいた。

やれやれ。

結局こうなるのか。

ポチが素早く身を翻し、四つ足で地面を捉えてその悪意たちと対峙するのと、隠れていた男たちが躍り出てきたのはほぼ同時だった。

「おっとっと。落ち着いてくれよ、神狼さんよ」

背後の草むらや木陰から一斉に姿を見せた十数人の男たちの内、リーダー格らしき暗い銀色の礼服に身を包んだ男がそう言った。

『“なんのつもりだ、人間。”』

ポチは、自分の横で吃驚したまま動きを止めているアトリエを気にかけながら、そう思念で伝えた。

「そう威嚇しなさるなよ、神狼さん。ちょっと、俺たちと一緒に来て欲しいだけなんだ」

『“ほざくな。脆弱な悪党風情が。全員噛み殺してくれる。”』

「あんたがその気になれば、言った通りになるのはわかるさ。だけどこっちにも強みがあるんだぜ」

銀色の男はそう言うと、やや大仰な素振りで首を曲げて、ポチの横にいる、アトリエの方を見た。

「いくら幻獣種だって、その娘を完全に守りながら俺たちを全滅させることはできないはずさ。そのために、数だけでも揃えて来たんだ。あんたがおっ始めるっていうなら、そりゃあ俺たちは全滅確定だが……その女の子だって無事じゃいられないぜ」

『“舐めるなよ……”』

と伝えかけて、ポチは気付く。

遠い昔にモニカと共に、似たような状況を戦ってきた時とはわけが違う。

このアトリエには、最低限度の自衛の力すら無いのか。

「いいか、幻獣さんよ。用があるのはあんただけだ。なんなら、その娘は俺たちが責任を持って家まで送り届けてあげたっていいんだぜ」

男は諭すように言う。

「大人しく捕まってくれよ。そうすれば、俺たちだって大人しく事を進めるさ。だけどあんたが暴れるっていうなら、俺たちだって精一杯暴れるしかねえ」

男たちの中の数人が、じりじりとポチに距離を詰めていく。

彼らがその手に持っているのは、人の節くれだった指が何重にも絡まったような形をした、不気味な杖だった。杖の上部は重なり合った指のような塊が凝集して不快な瘤のような丸みを帯びており、逆に下部は突き刺せるように鋭く尖っている。

彼らはその杖を振りかざしながらポチににじり寄り、ポチが動かないことを確認すると、意を決したように、一斉にその杖をポチの毛並みに押し付けた。

『“ッガァ!?”』

その奇怪な形状の杖はポチに押し付けられると、混濁した七色に発光して、紫色の稲妻を放ってポチの全身に纏わりつく。

稲妻が走った途端、ポチは自分の体から急速に力が抜けていくのを感じた。

強い吐き気と強烈な頭痛、内臓の状態異常が伴い、ポチはその不快な稲妻に身を焼かれて、その場に倒れ伏した。

「ポチ!」

アトリエがそう叫んだが、男の一人に取り押さえられる。

「ヒュウっ! すげえなおい! マジに効くんだな!」

その様子を見た銀色の男が、興奮したように叫んだ。

「幻獣種特攻のマジックアイテム、幻封杖! さすが“収集家”が用意してくれただけはある!」

男は控えていた男たちも集めると、叫んだ。

「ほらっ! グズグズするな! 早く幻封杖を刺してやって、鎖やら縄やらで巻いてしまえ! 早くずらかるんだ!」

待機させていた数台の馬車に、鎖と縄を何重にも回したポチの巨体を繋いだ男たちは、街の外へと出発した。

馬車が走り始めると、ポチはその体を地面に引きずられる形になり、地面の小石や砂で体を削られる。

その巨体の背中や腹には、先ほどの不気味な杖が三本ほど突き刺されていて、内臓まで達しているようだった。

突き刺されたマジックアイテムの効果か、ポチは指一本満足に動かせないでいた。

地面に身体を削られるのも最初は気が狂うような激痛が伴ったが、もはや感覚が麻痺してきている。

やれやれ、とポチは思った。このまま身動きを封じられたまま何処かへ運び去られて、そのあとはどうなる? どこかの研究施設に売り飛ばされて解剖か、はたまた物好きな金持ちの檻に一生閉じ込められるのか。

結局こうなるのだ。

あの悪漢たちが、アトリエに危害を加えなかったのが、せめてもの救いか。

結局、手に入らないものを欲しがって身分不相応な真似をすると、こうなるのが世の常なのだ。ポチは混濁した意識の中で、そう思った。

「大丈夫かよ、ボス。あんな風に引きずったら、引き渡し場所に着くまでに死んじまいやしないか?」

馬車の背後で引きずられているポチを眺めて、男の一人がそう言った。

「幻獣がそう簡単にくたばるか! とにかく引き渡せばいいんだ!」

「でも、幻封杖を三本も刺してるんだぜ!? あの野郎、三本も突き刺してやっと大人しくなりやがったんだ。普通なら一本で身動き一つ取れなくなる代物なのによ!」

「最悪、死んだって構わねえぜ! 剥製か何かにするだろうよ!」

中央を走る馬車の手綱を握る銀色の男が、そう叫んだ。

「それよりも、一刻も早く行くんだ! 急げ急げ!」

「しかしボス、あの小娘も一緒に拉致った方が良かったんじゃないのか? どうして逃がした?」

「あいつは食堂のガキだ! あそこの店長を敵に回すのもまずいんだよ! 今回はちょっと、あのガキのペットを借りただけだが、っとお!」

馬車の車輪に石が絡まって、馬車が大きく揺れた。

その体勢が戻ると同時に、銀色の男が続ける。

「あのガキを直接、的にかけるのはマジでやばい! あそこの店長はレベル100なんだ! マジで地の果てまで追いかけまわされて、全員ぶち殺されるぞ!」

「ははは、レベル100だって? 冗談言うなよ」

「冗談だと思うなら思えばいいさ!」

銀色の男はそう言って、笑った。

「今回だって相当やばいんだ! だが、俺たちの商売はいつだってハイリスクハイリターン! そのギリギリよ! 今回はちょっと、あのガキのペットを借りて売るだけだ! 地の果てまで追い詰められるのは勘弁してもらおうぜ! そういうこともあるさ、って諦めてもらうのさ!」

銀色の男はそう叫びながら、手綱を握りなおした。

あのアトリエとかいう小娘が食堂まで駆けて戻って、あの店長に泣きついて追いかけてくるにしても、俺達には追い付けない!

そのタイムラグはでかい!

あの娘が走って食堂まで辿り着く頃には、俺たちはもうずいぶん先だ!

そこから事情を説明して追いかけようったってもう遅い! そのままトンズラこかせてもらう!

銀色の男がそう思いながら馬に鞭を振るうと、並走する馬車に乗った男が叫んだ。

「ボス! 追ってくる奴がいるぞ!」

「んだと!? どこのどいつだ!?」

銀色の男がそう言って背後を振り返ると、遠く背後に、猛追してくる一頭の馬の姿が見えた。

その馬に跨るのは、ほんの小さな銀髪の少女だった。

「あのガキだ! ほかの姿は見えない! どっかから馬を拝借して、一人で直接追って来やがったんだ! 計画と違うぞ!」

「ちっ……」

大人しくあの店長に泣きついておけばよかったのに……それじゃあ間に合わないと思ったか?

しかし、たとえ間に合わないと思ったからといって、普通たった一人で追いかけてくるか? たかがちょっとばかし図体のでかいペットのために?

せっかく見逃してやったのに、馬鹿なことをするガキだ、と銀色の男は思った。

どうすっかなあ……最悪、始末しなきゃあならなくなっちまったじゃあねえか……。

幻獣を“収集家”に引き渡したら、ほとぼりが冷めるまで街から離れようと思っていたが……。

最悪、国外まで逃げなきゃならねえかなあ! あのガキを始末するとなったらよお!

それとも、毒を食らわば皿までだ! あの娘はワークスタット家の令嬢だって噂じゃねえか……拉致っていくとこまでいってみるか!?

すさまじい速さで駆ける馬にしがみつきながら、アトリエは思う。

アトリエがお姉ちゃん。

だから、必ず守る。

馬に跨ったアトリエは、振り落とされないように全身でしがみつきながら、ポチを引きずる馬車達に追いつこうとしていた。

「あのガキ、どうするつもりだ!?」

「ガキが一人でどうこうできるもんじゃあねえだろ! 適当な所で囲んで、捕まえるんだ!」

三台の馬車の男たちがそう叫びながら、背後に追いついてきた馬と、それに跨ってしがみついているアトリエを見る。

アトリエは馬車とポチに並走する位置まで追いつくと、馬のたてがみを掴んで、激しく揺れる馬上で飛び移る姿勢を取ろうとした。

「飛び移る気だぞ!」

「まさか! 幻封杖を抜くつもりか!?」

「ボス!」

先頭馬車に乗る銀色の男が、そう呼ばれて奥歯を噛み締めた。

「馬車を止めろ! 捕まえるぞ!」

「もう飛び移られる! 間に合わねえ!」

「や、矢で狙え! どっかに打ち込んでやれ!」

左手の馬車の男が、後ろを振り返って素早く弓を引いた。

矢が放たれるのと、アトリエが馬から飛んだのは同時だった。

不格好に跳んだアトリエを掠めるようにして、矢が後方へと逸れていく。

アトリエはそのまま、馬車に繋がれて引きずられるポチの身体に跳びつき……

どこかにしがみつこうとしたが、衝突の衝撃で弾かれて、そのまま走る馬車の後方へと転がっていった。

「こ、転がっていったぞ! あの馬鹿!」

「冷や冷やさせやがって! そりゃあそうだ! あんなちっこい体で馬車から馬車に飛び移れるもんか!」

「だけど、ガッツのあるガキだったぜ! がはは! 勇気だけは褒めてやろうぜ!」

「ま、待て! あのガキ、何か握ってるぞ!」

後方の地面に転がり、全身を擦りむいた様子のアトリエの手には、

節くれだった指が重なり合ったような不気味な形をした杖が、一本握られていた。

男たちがそれに気づいた時には、もう遅かった。

馬車の後ろで引きずられていたポチが、身体に巻かれた鎖を、四肢の渾身の一振りで千切る。

ポチの濁った銀色をした瞳が煌めき、鋭い牙が口の端から覗いた。

アトリエとポチの遅い帰りを待っていたデニスは、流石に心配になって店から出て行った。

それがちょうど、ポチが食堂に着いた時だった。

ポチは馬車で引きずられていた方の足を引きずりながら、気を失ったままのアトリエの首元の服を噛んで、彼女の身体を運んできた。

ポチの灰色の毛並みは、長い距離を引きずられて地面や小石に削られたおかげで、前足の肩部から胴体部まで、大量の血と土で汚れている。皮膚がめくれて、痛々しい血肉すらも覗いていた。

三本の杖を突き刺された部分からは、大量の血が流れ続けている。幻封の効果で、止血がうまく効いていないのだ。

ポチは血の跡を地面に残しながらデニスに近づき、アトリエの身体を預けると、思念でデニスに伝える。

『“……今まで、ありがとう。親しくしてくれた人間たちに、そう伝えてくれ。”』

「……何があった? どうするつもりだ?」

デニスがそう聞いた。

ポチは振り返って、遠くの方を眺めた。

『“この街から離れる。やはり、人とは生きられぬ。我と一緒にいれば、いつかまた、こういう危険に晒されることになる。”』

デニスはポチに、何と言ってやればいいか迷った。

「それで、いいのか?」

『“我は追放者だ。自ら同族から追放され、やはり人の世でも生きられない。”』

ポチはデニスに抱えられた、全身傷だらけのまま気を失ったアトリエをちらりと見た。

全身擦り傷だらけのひどい様子だが、重傷ではない。それだけが救いだった。

『“しかし、一つわかったこともある。”』

「わかったこと?」

『“人の世も少しずつ、ゆっくりとだが、変わりつつある。”』

ポチは思念でそう伝えた。

『“いつか、全ての人たちが差別されることなく、お互いのことを大事にしあって生きられる時代が来るかもしれぬ。すべての人が、すべての種族が、共に平和に暮らすことができる未来が。欲望のために、互いを侵略し合い、奪い合わずに済む時代が。それはずっと、ずっと遠い未来のことかもしれぬ。だが、昔では想像すらできなかったことだ。この街にしばらく居ついてみて、その希望を感じることができた。この奇妙な街でな。”』

ポチはデニスに背を向けて歩き始めながら、デニスに言う。

『“その銀色の少女に伝えてくれ。ありがとう。ほんのわずかな時間だったが……大切にしてくれて、ありがとう。これで我は、その未来を待ちながら、向こう千年を生きることができるだろう。”』

アトリエが目を覚ました時、窓の外には夜の闇が広がっていた。

アトリエは自分の傍で座っていたデニスの表情を見て、何かを悟った。

「ポチは?」

アトリエがそう聞いた。

「行ったよ。また、人から姿を隠すんだと」

デニスがそう言うと、アトリエは泣き出しそうな顔を見せた。

そのアトリエの表情を見て、デニスは姿を消した、一匹の追放者のことを考えた。

この世界から追放された、一匹の神狼。

大昔に、たった一人の少女の夢と歩くために自ら追放されることを選び、それ以来幻獣と人間の世界の狭間を彷徨う追放者。

「また、会える?」

アトリエがそう聞いた。

「そうだなあ……わからないけれど、きっとまた会うために、しっかり食べて、しっかり生きないといけないよな」

デニスはそう言った。

「いつかあいつの言ってたような未来が来るように、この世界がちょっとずつ良くなっていくように、俺たちはちゃんと、しっかり生きないとな」

「どうすればいいだろう。どうすれば、しっかり生きられるんだろう」

アトリエがそう聞いた。

デニスは微かにほほ笑むと、アトリエに言う。

「そうだなあ。まずは、たくさん野菜を食べることから始めるといいぜ。好き嫌いしないでな」

何処からか遠吠えが聞こえてきて、アトリエとデニスは顔を上げた。

追放者の遠吠えは夜の闇の中に溶けて消えていく。

さよならの遠吠えが聞こえなくなって、街にはまた静かな夜が訪れた。

人と人はいつか別れる。

人と動物も、永遠には一緒にいられない。

一人の少女と出会ったがゆえに追放された神狼は、その出会いと選択を後悔したことは一度もない。

お別れすることができたということは、さよならを言えたということは、

少なくとも、この広い世界の中で、たしかに出会えたということだから。

たしかに一緒に歩いたということだから。