軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5話 ちゃんと世話するから、この追放者飼っていい? (中編)

追放者食堂は、この“街”の中央からやや北に位置している。

主にダンジョン目当てに集まる冒険者たちの産業で発展したこの街を、南北に真っすぐ貫く中央通りに追放者食堂は面しており、そこから北へ進めば冒険者ギルドが管轄するダンジョンへ、南へ進めば中央広場を通って街の玄関に辿り着く。

アトリエにポチと名付けられ、今は追放者食堂の番犬を任される 神狼(フェンリル) は、ずっと食堂の前に座り込んで、アトリエに散歩に連れて行かれる以外は日がな一日中、中央通りの様子を眺めていた。

アトリエの保護者であるらしきデニスという名の食堂の店主は、悠久の時を生きるポチから見ても、非常に強力な人間種であることがわかる。

デニスは背丈のやや高い、黒髪短髪の青年で、年のころは恐らく二十歳くらいだろう。ポチにとっては人間の顔などみな同じに見えるが、強いて言うならばやや彫りが深く、鼻筋の通ったしっかりとした顔付きをしている。それでいて神経質そうで、顔の中で印象に残るのは、常に固く閉じられた唇と、やけに輪郭のハッキリした瞳だった。瞳の方は普段それほど目立つわけでもないのだが、少し表情を険しくすると、闇夜を差す鋭い煌めきのような感じがある。

戦闘能力の詳細はわからないが、衣服に隠された鍛え上げられた肉体から考えるに、近接戦闘が主体であることは間違いなさそうだ。しかし、戦闘屋という雰囲気でもないし、魔法の雰囲気もあまり感じられない。能力の雰囲気だけを見れば軍部や騎士団の最高幹部などに居てもおかしくなさそうだが、この食堂の店長である。不思議な男だった。

「ポチよ。お前、一日中そこで暇じゃないか?」

そのデニスが、ポチにそう聞いたことがあった。

『“気にするな。”』

ポチはデニスに、思念を通じてそれだけ伝えた。

人間種と幻獣種では時間の感覚というのがそもそも異なるから、人間種の心配事には理解できないものも多い。ポチには人間がよく言う“暇”という概念には共感できないし、“忙しい”という状態もよく理解できない。

人間という種族は寿命が短いのに、彼らの一生というのは大抵の場合、彼らの言うところの“暇”か“忙しい”かの二種類の状態しかないようにポチには思えた。可哀そうな種族だ。

昼になると、食堂に続々と人が集まってくる。

その中で、必ずポチに絡んでくる人間が三人居た。

「ポチくーん! こんにちわー!」

「今日もモッフモフだねー!」

長めの髪を両サイドに結って分けた女の魔法使いと、同じく長めの髪を後ろ手に結って纏めた女の魔法使いの二人組だった。

彼女らは毎日二回食堂を訪れる人間たちの中の一組で、さらには毎回必ずポチに絡んでくる。

食堂を訪れる人間たちも、最初の頃はポチを見て驚いたり怖がったりしていたものだが、今になってはもう慣れたという様子だ。

この魔法使いの二人組については、最初からこんな調子だったのだが。

「モフモフしていい!? ねえモフモフしていいー?」

『“構わぬ……。”』

「うおおー! 幻獣種の思念だ! これ頭にズシンって来るー! この脳と腹に響いてくる低音癖になるー!」

「ね、もっと思念送ってー! ねー! ポチくーん!」

「長文とか送ってみて! ねー!」

『“…………。”』

人間種には理解に苦しむ人間の多いことだが、彼女らは間違いなくその中の一組だった。

「あ、どうも。ポチさん」

ビビアと呼ばれるこの少年も、毎度必ずポチに話しかけてくる人間の一人だった。

何に気を遣っているかはわからないが、地味に唯一の敬語だ。

薄手の緑色のコートの下に白い襟付きシャツを着ていて、首元にループタイと呼ばれるアクセサリーを巻いている。金髪と青い目の、整った顔立ちをした少年だった。

ポチには人間の顔など、大体同じようにしか見えない。人間は服装や髪形などで雄と雌の区別が付きやすいだけで、あとはセミやヤギを見るくらいみんな一緒に見える。目を凝らしてよくよく見てみれば、いくらか特徴があるかなといった具合だ。しかしそれは結局、こちらのカブト虫よりもあちらのカブト虫の角の方が大きいかな、というくらいの感慨でしかない。

しかしこのビビアという少年は、ポチから見ても整った顔立ちというのをしているのがわかった。自分がそう思うのならば、同族の人間から見れば相当整っているのだろう。

遠い昔に、この少年と同じようにとても顔立ちの整った、思わずハッとするほど綺麗な野生のヒツジを見たことがあるが、それと同じくらい整っていた。

「この街には慣れましたか?」

ビビアという少年がそう聞いた。

『“余計なお世話だ。ヒツジよ。”』

「ヒツジ?」

『“すまん。間違えた。気にするな。”』

「ぼ、僕とヒツジ間違えます? 幻獣種的にはよくある間違え方なんですか?」

『“気にするな。”』

その日の夕方に、アトリエではなくオリヴィアが夕食を運んでくると、ポチは口の横から牙を覗かせて、あからさまに威嚇の態度を取った。

「ソンナに嫌そうにしなくてもいいではありまセンカ。ポチ殿」

『“貴様だからだ。”』

オリヴィアが夕食を盛った大きな木製の深皿を目の前に置くと、ポチは威嚇するようにして牙を見せつけて、思念を送る。

『“人に似た機械よ。貴様のことは知っているぞ。遠い昔に会ったことがあるな……何故こんなところにいる? 何を企んでいる?”』

「デニス様が作ってくださった、特製神狼フードですカラネー。たくさんドウゾー」

『“機械よ、以前の主人はどうした。貴様は、たしか……。”』

ポチはそこまで思念を送ってから、このぜんまいと魔力の塊には思念が伝わらないことを思い出す。

『“…………。”』

夜に店が閉まってから、デニスが酒瓶と椅子を持って外に現れた。

ちょうど眠りにつこうと思っていたポチは、大きな体を丸めて自分の体に顔をうずめていた。

デニスはその横に椅子を置いて、酒瓶を開けると、一口飲む。

そして星空を眺めながら、夜の涼しい風の中で、ポチに話しかける。

「調子はどうだ。犬っころ」

『“上々だ。お主の作ってくれる、美味い飯のおかげでな。”』

「そりゃよかった」

デニスはそう言うと、酒を一口飲んだ。

「このところ、お前がアトリエといっつも一緒に居てくれるから安心できる。アトリエも、毎日楽しそうだしな」

『“なによりだ。”』

「お前のことを聞いてもいいか?」

『“構わない。”』

デニスは何から聞こうか、やや迷ったような素振りを見せる。

しかし結局は、一番近道を通るように決めたようだった。

「誰に使役されていた?」

『“モニカ。モニカ・ナチュラ。”』

「聞いたことがあるな。“冒険王”か。ずいぶん古い伝説のはずだけど」

『“貴様たちと我では、時の感覚が異なる。我にとっては、すべて昨日のことのように思い出せる。”』

「アトリエの何を気に入ったんだ?」

『“さあ……何だろうな。”』

ポチは眠そうな瞳を浮かべると、自らの豊かな灰色の毛並みの中に顔を埋めた。

かつての主人であるモニカと、アトリエという少女。

自分は、ただ銀髪の少女というだけで二人を重ねたのだろうか。

その二人にはもっと、自分が直観的には感じながらも、まだ具体的には理解していない共通項があるように思えた。

『“ただ、あの娘を見て、もう一度だけ……人と一緒に生きてみようと思っただけだ。なぜかそう思った。なぜかは我にもわからぬ。”』

「上手くいきそうか?」

『“上手くいってほしいと思っている。だがどちらにしろ、足掻くのはこれが最後だ。”』

ポチはそう思念を送って、顔を自分の毛並みの中に埋めさせた。

奇妙な食堂と、奇妙な街だ。

これまでポチが過ごしてきたどんな人界よりも、人々がマイペースに生きていて、負の感情が少ない。

美味い飯を食っているからだろうか。

この街の人間たちは、ポチを排斥しようとしない。

必要以上に怖がらない。石を投げつけない。

まあ、そういうこともあるよね、という調子だ。

この街が特別なのか、それともポチが人界から姿を隠していた間に、人の世もいくらか変化したのか。

もしかしたら、とポチは思った。

もしかしたら、自分はこのままここに居てもいいのかもしれない。

「ポチ」

次の日の昼。いつもの時間に、アトリエが鞄を提げて食堂から出てきた。

「散歩」

彼女の発声は常に、一文節以内であることがほとんどだった。

アトリエは銀髪色白の少女で、頭の後ろの高い位置で髪をまとめて結っている。まつ毛が長く、瞳が大きい。いつも白とピンクのエプロンを着ていて、今日もその恰好だった。

ポチは丸くしていた身体をのっそりと伸ばした。アトリエが繋いだ鎖を外しやすいように首を伸ばすと、彼女が背伸びをしてカチャカチャと錠を外す。ポチにとってこの鎖がほとんど何の意味も持たないのは明らかだったが、だからといってこの人界で、自分のような幻獣を何にも繋いでおかないわけにもいかないことは、ポチも理解していることだった。

本気でポチを封じようと思ったら、それはそれで中々大変なことになる。それはお互いに望むところではない。だからポチは、これで充分だという具合に、できる限り大人しくするように努めていた。

アトリエが手綱を握って出発しようとすると、道行く老婆がアトリエに話しかける。

「おやまあアトリエちゃん。立派なお犬さんだねえ」

「鍛冶屋のおばあさん」

アトリエはそう言うと、お辞儀をした。

「こんにちは」

「こんにちは、アトリエちゃん」

老婆はポチとアトリエを交互に見ると、アトリエにゆっくりとした調子で話しかける。

「なんだか、アトリエちゃんもすっかりお姉ちゃんっていう感じだねえ」

「お姉ちゃん?」

アトリエが、そう聞き返す。

「そう。ちっちゃい子に子犬とかを世話させるとね、今まで子供だなあと思ってた子が、急に大人びてしっかり者になったりするんだよ。きっと、この子を自分がしっかり守ってあげないと、って思うんだろうねえ」

老婆はゆったりとした調子で、アトリエに言う。

「アトリエちゃんは元々しっかりした子だったけど、もっとしっかり者になった気がするねえ。ちょっと大きな弟が出来たようなもんかもしれないねえ」

「お姉ちゃん。アトリエが」

アトリエはその言葉の感じを噛み締めると、ポチの毛並みを優しくなでた。

「アトリエがお姉ちゃん。守ってあげる」

アトリエは少し嬉しそうに、そう言った。

残念ながら戦闘力的な問題で、この少女に守られるような事態は発生しないだろうが……とポチは思った。