軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

AFTER1 アトリエ

何事にも初めては存在する。

アトリエの場合……初めて通う学校は、王都立ユヅト魔法学校の幼年部だった。

小さな教室には10個ほどの机があって、彼女はその一番前の隅っこの方の席に座り、授業の始まりをじぃっと待っている。

「…………」

教室では他の生徒たちがワチャワチャと遊んでいるが、アトリエはさながら人の形をした文鎮のようにじっと座り込んで、微動だにしない。それは孤独というよりは孤高であり、沈黙というよりは静寂さであり、実際のところは何も考えずにボーッとしているだけなのかもしれなかった。

そして。

そんなアトリエのことを後ろから見つめる、一人の女の子がいる。

…………アトリエ・ワークスタット……。

金髪をクルクルとしたカールに巻いた気位の高そうな少女は、心の中でそう呟いた。

少女の名はチムニー・ガト。王都の上級貴族の家系、王国の辺境伯を歴任するガト家の三女である。

エステル真王の主導によって、貴族階級は序列の再編が推し進められている。ヒースの秘密情報によって窮地に立たされている貴族も多い中で、ガト家はそういったスキャンダルからは無縁でいられた家系の一つだった。

むしろヒースの残した闇の名簿に名前が存在せず、ひとまずの潔白を証明された彼らは……この再編と改革の過程が、次代の王国を担うための躍進のチャンスだと考えている。

このチムニー・ガトは、そういった鼻息を荒くしている家系の将来を託された、子女の一人なのだ。

あのアトリエとかいう無口な女の子……お家が消えかかっているワークスタット家の跡取りらしいけど、一体どんな子なのかしら?

チムニーはそんなことを考えていた。

学校が始まってから数日経つというのに、あのアトリエという女の子の素性だけが全く見えてこない。他の級友と仲が悪いというわけではなさそうだが、自分からアクションを起こさないしほとんど何も話さないので、基本的に全てが謎に包まれている。

…………まあ!

すぐに、わたくしの取り巻きの一人に加えてあげますけど!

チムニーはそんな風に、心の中で高らかに笑った。

わたくしは、他の頭の足りないガキたちとは違うんですから!

なんたって、わたくしは英才教育を受けて将来を期待される、由緒正しきガト家の三女なのよ!

次代の王国を制する権力闘争は、すでにこの幼年部から始まっているってことを……思い知らせてくれますわ!

◆◆◆◆◆◆

幼年部の最初の授業は、魔法の基礎の基礎の教育がほとんどだ。

具体的な魔法を教わる以前に、まずは魔力の使い方から。

基本的に『スキル』と『魔法』は、影響を受ける対象が自分自身か否か、もしくは魔力を媒介とするかどうかで区別される。

身体強化(バフ) を代表とされる『スキル』は、剣を上手く振るったり、料理を上手く作ったり、特殊なパンチを打ったり何かを認識したりという、あくまで 技術(スキル) として認識できる。

対して『魔法』は、魔力を媒介として自分以外の存在へと作用する様々な現象を引き起こす。だから魔法は、元を辿れば魔力を扱うスキルの一種であるとされる。その技術体系が奇械王ユヅトによって研究されて複雑に体系化されたおかげで、一般的にはスキルと区別されているにすぎない。

もっともスキルも高度なものになればなるほど、魔法との境界が曖昧になってしまうのだが。

そもそも、こういった教育を十分に受けていない市井の者たちにとっては、何が魔法で何がスキルなのかという区別すら付かないことがほとんどなので、その辺りは曖昧に認識されていた。

「わあ! チムニーちゃんは、魔法がとってもお上手ですね!」

幼年部の先生が、そう言って拍手した。

その脇に立つチムニーは、魔力の塊をふわふわと浮かせて、完全に自分のコントロール下に置いている。

「これくらい、出来て当然ですわ!」

チムニーは得意気な表情を浮かべて、そう言った。

幼い頃から英才教育を受けていたチムニーは、すでに初級の魔法であれば扱うことができる。

この年齢でここまで操作できる子は、幼年部にはいないはず!

初っ端から、一体誰がこの幼年部のリーダーかってことを……思い知らせてあげますわ!

チムニーがそう思って周囲を眺めると、いつの間にか、教室の隅に人だかりができていた。

「わあ! アトリエちゃんすっげえー!」

幼年部の生徒が歓声を送っている中で……アトリエが、空中に逆さまになりながら浮かんでいた。

彼女は自分の頭の上に魔力の塊を発現させて、その上に逆立ちで直立するような姿勢で空中に浮かんでいる。

「なにそれどうやるの!?」

「どういうことなの!?」

「気合い」

逆さまの状態で魔力の塊の上にプカプカと浮かぶアトリエが、端的にそう答えて逆向きのピースサインで返した。

つまりは魔力の塊を自分の頭上に配置することで、ヒースに詰め込まれたスキルの一つである『頭上運搬』……頭上に置いたものを何でも支持することができるスキルを使い、これを応用して逆に自分の身体を逆さまに支えている状態なのだが……。

なぜそれが出来ると思ったかはアトリエしか知らない謎であるし、なぜそうしようと思ったかはデニスすらも頭を悩ませる、最近のアトリエの突飛な行動の一つと言うほかない。

「えー! おれも逆さまで空中に浮かびたい!」

「やり方教えてよ、アトリエちゃん!」

興奮した様子の生徒が、アトリエに口々にそう聞いた。

「説明できない」

「というか、どうしてそうしようと思ったの!?」

「どういう感情なの!?」

そんな意味不明な状況を眺めながら……チムニーは、口をポカンと開けていた。

「な、なにあれ……」

◆◆◆◆◆◆

お昼休み。

生徒が自分のお弁当を開いている中で、チムニーは得意気に、見せびらかすようにして自分の大きなお弁当箱を開いた。

それを見ていた生徒たちが、感嘆の声を上げる。

「わー! チムニーのお弁当、すっげえー!」

「ステーキなんて入ってるぞ!」

「いいなー。おれもそんなお弁当が良いなあー」

そんな声を聞きながら、チムニーは「これくらい当たり前でしょ?」という調子で優雅にお弁当を食べ始める。

ガト家お抱えのシェフたちに作らせた、フルコース並みのお弁当……!

これを見れば、お家の格の違いというものがわかるはず……!

「うおおー! アトリエのお弁当はもっとすげえ!」

「なんだアレ!? というかお弁当なのか!?」

「は?」

そんなどよめきの声が上がって、チムニーは思わずそちらの方を見た。

見てみれば、アトリエが鞄の中から、五重に重ねられた巨大なお弁当箱……というよりは、そういうタイプの大箱を取り出している。

五段に重ねられた箱には、色とりどりの料理がギッシリと詰まっていた。

中にはスープまで添えられており、魔法で出来立て熱々の状態に固定されている。

それを並べながら、アトリエがみんなに言う。

「みんなで食べてって。デニス様が言ってた」

「えっ! いいの! おれも食べていいの!」

「先生も食べてって。デニス様が言ってた」

「あらあ! こんなに美味しそうなお弁当、本当に食べていいのかしら!」

アトリエが持ってきたお弁当に、クラス全員……先生までもが群がり、舌鼓を打ち始める。

その様子を見て、チムニーはまた、茫然としていた。

「えっ……なにあれ……」

みんなが思い思いに、デニスが作ったお弁当の大箱に箸を伸ばしていると、

チムニーだけが輪に入ってこないことに気付いたアトリエが、パタパタと彼女の下に歩いて来る。

「食べない?」

「わ、わたくしは、自分のお弁当がありますから! いらないわ!」

「もしかして……唐揚げが無いから? デニス様に言っておく」

「ち、違うわよ! そういうことじゃなくて!」

チムニーがそう言うと、アトリエは『不滅のおかず』のスキルで右手に唐揚げを発現させた。

「唐揚げ。食べる?」

「いや、だからいらないですって! というか、えっ!? その唐揚げ、手からニュッて出てきませんでした!?」

◆◆◆◆◆◆

昼休み後の授業は、美術室で開かれる予定だった。

生徒たちが持ってきていた絵の具セットを持っていく中で、チムニーはロッカーの中から、大きな画材箱をドスンッと取り出す。

「うおー! チムニーの絵の具セットすげー!」

「おーほっほ! そんなチャチなものじゃあありませんわ! この画材は、かの高名な画家が使っていたという 伝説(レジェンダリー) 級のアイテムですのよ!」

「よくわかんないけど、すっげえー!」

「おーほっほっほ! お父様がわたくしのために、特別に取り寄せてくださいましたの! 少しくらいなら使わせてあげますわ!」

「すごーい。でもさ、これ……どうやって持っていくの?」

「……あ」

言われてから、チムニーは小さなタンスほどの大きさもある画材箱を見つめた。

ここに運搬してくる時は、家の執事が運んできてくれたけど……たしかにチムニーだけで運ぶのは大変そうだ。だからといって、誰かの手を借りるのも……。

チムニーが一瞬フリーズしていると、アトリエがその腕をチョンチョンと突く。

「持っていくの、手伝ってあげる」

「えっ……いいの?」

チムニーがそう聞くと、アトリエはコクコクと頷いた。

なんだ。何考えてるかわかんない、なにかと気に食わない奴かと思ったら……案外良い奴じゃない。

まあ! ようやくこの娘も、このわたくしに擦り寄っておいた方が良いってことがわかったということかしら!

「でもさ、アトリエちゃん。自分の絵の具セットはどうするの?」

「大丈夫」

そう答えると、アトリエはデニスに買ってもらった絵の具セットを、自分の頭の上に置いた。

そして、チムニーの画材箱の端の方を持ってやる。

「これでいい。そっちを持ってほしい」

「え? なんで……頭に載せましたの?」

「載せられるから」

「いや、普通の人は載せられないと思うんだけど……」

「アトリエは載せられる」

「ど、どういう原理なの!? どこの国で育ったの!?」

そのまま、アトリエは『頭上運搬』スキルで自分の絵の具セットを頭の上に載せながら、ずっと困惑しているチムニーの画材箱を運ぶのを手伝ってやった。

◆◆◆◆◆◆

そして、放課後。

チムニーに呼び出されていたアトリエは、人気の無い校舎裏で、彼女と二人っきりで対峙していた。

「言っておきますけど!」

どうして呼び出されたかわかっていない様子のアトリエに、チムニーが言い放つ。

「なんだかよくわからない特技をたくさん持ってらっしゃるみたいですけど! 図に乗らないで欲しいわね!」

「 頭(ず) に 乗(の) る? 乗りたいの?」

「ちがーう! 違う! というか、えっ!? 人も載せられるの?」

「たぶん。馬は載せたことある」

「ほんと何やってるの!? どういう日常なの!?」

いつの間にかアトリエのペースに巻き込まれていることに気付いたチムニーは、ゴホンと喉を鳴らした。

「と、とにかく! 幼年部の四年間で、どちらが上かってことをわからせてあげますわ!」

「乗る場合は、当然あなたの方が上になる」

「ちがーう! 頭に載せる方から離れて! なに、ハマってますの!? 載せたがりなの!?」

「それじゃあ、どういう意味?」

「ですから! どちらが、その……アレですわ。なんていうか……格の違いと言いますか……そういうことを、わからせてあげるっていう……」

「なるほど。わからせて欲しい」

「絶対意味わかってなくない!?」

「敗北が知りたい」

「なんで急に強キャラみたいなこと言い出しますの!?」

チムニーがそう叫ぶと、アトリエが手を差し出した。

「つまり、わかり合う。友達」

「ちがーう! ちがうちがーう!」

…………。

その後も、チムニーの宣戦布告はことごとくアトリエのペースに巻き込まれてしまい、ほとんど不発で終わってしまった。

チムニーはなんというか、脇目も振らずに爆走している馬車に横から必死で話しかけているような、そんな途方もない徒労感で疲弊しただけだった。

なし崩しに二人で歩いて学校から下校していると、正門前にチムニーの迎えの馬車が見える。

「……ん?」

よくよく目を凝らしてみると、迎えに来ていたチムニーの執事が、正門前で誰かに跪いているようだった。

彼の前に立つのは、数人の配下を従える、背の低い少女。

桃色に光る金髪、腰に差した小剣……王族の衣装……。

エステル・キングランド真王!

「ど、どうしてこんなところに!?」

チムニーは慌てふためいて、丈の長いスカートの裾を掴んで走り出した。

「こ、国王陛下!」

「うむ?」

駆け出したチムニーは、スカートが汚れるのも構わず、エステルの御前で跪いた。

「お目にかかれて、光栄でございます!」

「おやおや。そんなにする必要は無いぞ。スカートが汚れてしまうではないか」

困ったように笑うエステルに対して、チムニーが頭を上げた。

「お気遣い、ありがとうございます……わたくしはガト家の三女、チムニー・ガトと申します」

「ガト家のチムニーであるな。余は覚えたぞ。そんなに畏まる必要はない、立ち上がるとよい」

「ありがたき幸せ……」

チムニーは緊張しながら、無礼がないようにゆっくりとした所作で立ち上がる。

そこに、どこまでもマイペースに歩いてきたアトリエが、その場に追いついた。

彼女の姿を見て、エステルが「おや!」と声を上げる。

「アトリエ殿ではないか!」

「おす」

パタパタと歩きながら、アトリエはピースサインを返した。

「なるほど。学校に通い始めたとは聞いていたが、ここだったのだな」

「エステルは、どうしたの?」

「なに、ちょっとした視察という感じじゃ。会えて嬉しいぞ、アトリエ殿」

「アトリエも嬉しい」

エステルとアトリエがわちゃわちゃとしながら、二人で近況を聞き合った。

「以後、なにか異常は無いものかな?」

「無し。調子良し」

「あのヒースに詰め込まれたというスキルはどうであるか?」

「便利」

「それは何よりである。デニスはどうしているかな?」

「忙しくしてる」

そんな風に、国王と仲良さげに話すアトリエを見ながら、チムニーは……

「えっ? どういうこと……?」

一人、そんな風に呟いた。

◆◆◆◆◆◆

「アトリエ、学校はどうだ?」

夜の食卓で、デニスがそう聞いた。

アトリエは野菜炒めを箸で一纏めにつまんで、ご飯と一緒に食べながら答える。

「楽しい」

「お弁当はどうだった? みんな食べてくれたか?」

「食べてくれた。炒飯が美味しいって」

「そりゃよかった」

「次は唐揚げも入れて欲しい」

「唐揚げはお前、手から出せるだろ」

「入れて欲しい」

「わかったよ。了解」

デニスはそう言うと、胸元のポケットに差していたメモにペンを走らせた。

ブラックス・レストランの料理長に就いてからというもの、何かと覚えることが多い日々を送っているデニスは、片耳には常にペンを挟むようにしている。

デニスはメモを胸ポケットに仕舞うと、箸を持ち直しながらアトリエに尋ねる。

「それで、友達はできたか?」

「できた」

「おお、何人くらいできた?」

「数えてない」

アトリエがそう答えると、デニスは「ぐはは」と笑いながら、野菜炒めを頬張った。

「たしかに、友達なんて数えるようなもんじゃねえよな」

「そういうこと」