軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24話 カーテン・コール (中編)

王城前の広場では、エステル真王がその圧倒的なスキルを発動させて、子供たちを蹴散らしている。

加減しないとは宣言したものの、その出力は彼らを殺傷しないために、繊細な調節が加えられている。

フィオレンツァは背後の王城へと跳躍して逃げると、その壁に掴まって広場を見下ろした。

「ちっ……もはや、こうなってしまっては……」

フィオレンツァは窓枠に掴まって壁に張り付きながら、舌打ちする。

王城前に配置した子供たちは、もはやその多くが死別した親や兄弟と出会っている最中であり、戦闘どころではなくなってしまっている。あのエステル王はそれを理解したうえで、残った子供たちの戦意を喪失させるように、いわば威嚇のような形で爆発の如きスキルを発動させているのだ。

すでに崩壊状態か……!

フィオレンツァが歯ぎしりしていると、両脇からやかましい声が聞こえてくる。

「どうどう! 筋肉で突破してきたぞぉ!」

「はあーっ! 手こずらせやがってェ! こいつ、絶対に牢屋にぶち込んでやるわァ!」

そんな叫び声が左右から聞こえてきて、フィオレンツァはそちらの方を見た。

左翼からは、少数の子供たちが押さえ込んでいたはずのコールドマン副長率いる防衛騎士部隊が。

右翼からは、キャンディが攪乱していたはずのピアポイント副長率いる警察騎士部隊が……捕獲した追放探偵キャンディを片手に、王城へ迫ろうとしている。

左右も突破されたか……!

フィオレンツァは焦りながら、王城の最上部を見やる。

ここは、私がどうにかしないと……!

しかし、私の番はまだなのか……?

ヒマシキさんやネヴィア、キャノンさんが復活してくれれば……!

どこから対応しようかとフィオレンツァが迷っていると、エステルが発生させている破壊の光の中から、崩壊した防衛線を突っ切る人影が見えた。

あれは……ジョヴァン団長!

混乱に乗じて、一足先に王城に侵入するつもりか!

フィオレンツァがそれを止めるために、頭上からジョヴァンに襲い掛かろうとする。

すると突然、自分の周囲の壁が破壊された。

「ヅァッ!?」

壁から剥がされたフィオレンツァは、獣化しながらクルリと地面に着地する。

彼女はキッと前方を睨みつけて、自分に攻撃してくる者たちを確認した。

「いーい? 『 柔らかい手のひら(パーム) 』は、こうすれば投石器にもなるんだから」

「なるほど……手ごろな大きさの石を錬金して、魔法の膜でゴムみたいに飛ばすんだね」

フィオレンツァに攻撃を仕掛けているのは、少年と少女の二人組だった。

『 柔らかい手のひら(パーム) 』の魔法の膜を展開して、それを裏側から引っ張っているビビアと……そこに錬金した石を詰めている、シンシアだ。

「よーし! いっくよ! 今度は散弾だ!」

「よしっ! こっちは準備オーケー!」

ビビアが引っ張っていた魔法の膜を離すと、そこから弾き出された無数の石粒がフィオレンツァへと襲い掛かる。

その散弾の如き投石攻撃を、フィオレンツァは横に飛んで避けた。

王城の壁が次々と破壊されて、粉砕されていく。

その様子を見て、町民たちが雄たけびを上げる。

「よーし! 形勢逆転だ!」

「ンドゥフフフ! 突撃するヨ!」

「ククク……先頭はもちろん!」

「フフフ……ヘンリエッタさん、任せました…」

「だから、なんで私なん!?」

「つべこべ言ってないで! はよ行かんかーい!」

「早く行くわよ! デニスがどうなってんのかわかんないわ!」

「おー! イケイケだ!」

「おー! ゴーゴーだ!」

ヘンリエッタを先頭にした町民たちの突撃が始まり、エステルが切り開いた防衛線の穴から正面突破されていく。

フィオレンツァはその様子を、ただただ呆然として眺めていた。

間に合って……。

早く、ぜんぶ終わって……。

◆◆◆◆◆◆

一人、先に王城へと侵入したジョヴァン団長は、重い甲冑で息を切らせながら階段を駆け上がっている。

ヒース……一体何がどうなってるんだ。

お前は今、一体何をしているんだ。

階段を一歩一歩、しかし何かに駆り立てられるようにして上りながら、ジョヴァンは考えていた。

このまま、最上部に辿り着いて……私はどうするつもりなんだ。

ヒースの首を斬り落とすのか。

第一級の犯罪者にして、国賊の首を。

まだ副長だった頃、よく炒飯を作ってくれた、 養子(むすこ) の首を。

私にそれができるのか。

わからない。

私には、何もわからない……。

それでもとにかく、ジョヴァンは階段を上った。

疲労した身体に鞭打ち、足を振り上げて階段を駆け上る。

それが務めだと思っていた。

それは父親としての務めか、それとも騎士団長としての務めなのか。

ジョヴァンには、何もわからなかった。

◆◆◆◆◆◆

王城の尖塔部。

デニスとアトリエの前に現れた、それぞれの母親と父親が。

ジーン料理長とファマス卿が、ヒースへと同時に襲い掛かっている。

「『 料理長(シェフ・ド・) の絶技(キュイジーヌ) 』!」

ジーン料理長の展開した無数の刃物が、魚群のように束ねられてヒースに撃ち込まれる。

それを回避しようとするも、咄嗟に横へと飛び退いたヒースを追跡して、その脚へと数本の刃物が突き刺さった。

「ギャッ! ガァアッ!」

太腿に何本もの刺身包丁が突き刺さり、ヒースが苦痛の叫び声をあげる。

「舐めるなぁっ! 『 英雄は(バタフライ・) 斃れず(エフェクト) 』!」

その瞬間、過去改変によって脚に突き刺さった包丁が消失し、ダメージ自体が無かったことになる。

改変の赤い時間傷を漂わせたまま、ヒースはジーン料理長へと襲い掛かった。

「この、死にぞこないがぁっ! 面倒なところに復活してきやがってぇ!」

飛び掛かって拳を振り上げるヒースの頭上から、ふと声が聞こえてくる。

「脚にダメージを受けたと……錯覚したな?」

「……あ?」

飛び掛かったヒースの、さらに頭上。

そこにいつの間にか、ファマス・ワークスタットが宙に浮かぶように立っていた。

彼の言葉の意味を理解する前に、

ヒースは振り上げた自分の右腕に、何本もの刺身包丁が突き刺さていることに気付いた。

「ぐっ!? ぐぁぁああっ!?」

激痛に気付き、ヒースはそのまま空中で態勢を崩して、地面に転がる。

転がりながら、すぐさま過去改変で負傷を消すために、ヒースはスキルを起動した。

しかし、改変の射程時間が過ぎてしまっている。

どんなにスキルを発動しても、その包丁は腕に突き刺さったままで、消えてくれない。

「ワークスタット家の伝統、催眠魔法……!」

空中に立ったファマス卿が、杖を構えながらそう呟いた。

「脚にダメージを受けたと錯覚させた……! 実際に負傷したのは、右腕! 人の認知をゆがめる、催眠魔法の極意!」

「だから……だから、どうしたってぇ!? これくらいじゃあ、止まらぬわぁ!」

腕に突き刺さった包丁を叩き落としながら立ち上がったヒースに対し、再び、ジーン料理長の竜巻の如き包丁捌きが襲い掛かる。

自分に向かって飛んでくる無数の刃先を見て、ヒースは不意に、恐怖のような怖気を覚えた。

久しく忘れていた感情だった。

「フルコースに捌いてくれる! 喰らいなさいっ!」

「――――ッ! 『 英雄は(バタフライ・) 斃れず(エフェクト) 』ッ!」

今度はダメージを受ける前に、過去改変によって自分の位置を移動させてしまえば――!

過去改変によって奴の背後に移動して、もう一度腹に風穴を開けてくれる――――!

瞬時にそう考えたヒースが、過去改変を起動した瞬間。

「――ダメージを受ける前に、位置を改変すれば良いと思ったか?」

そんなファマスの声が聞こえた。

気が付くと、ヒースはいつの間にか、大窓の傍に立っていた。

その背後に移動したはずのジーン料理長は、彼の様子を壁際で悠々と眺めている。

「――――あっ?」

「お前はすでに、僕の催眠魔法の手中だ……お前の認知の全てを歪めてくれる!」

空中に立つファマス卿が、ヒースに対してそう言い放つ。

もっとも、空中に立っているように見えても、彼は本当にそこにいるとは限らない。

それは彼が催眠によって見せている虚像であり、実体は別の場所に存在した。

「小細工をっ! マジシャンかあ!? てめえはよぉ!」

怒り叫ぶヒースに対し、ファマスはあくまで落ち着いた声色で問いかける。

「……ところで、その脚に刺さった包丁だが。早く過去改変で治さなくていいのかい?」

「――――は?」

ファマスにそう指摘されて、ヒースが自分の脚を見てみると。

その右脚の太腿に、今度こそ三本の包丁が突き刺さっていた。

催眠によって無痛化されていた激痛が遅れてやって来て、ヒースは悲鳴を上げる。

「ぐっ! ぐぁああっ!」

不意に足に力が入らなくなり、ヒースはゴシャリとその場に倒れ込んだ。

「くそっ! 『 英雄は(バタフライ・) 斃れず(エフェクト) 』ッ! 怪我を無かったことにしろぉ!」

そう叫ぶも、その刃傷も改変の射程時間外のものらしく、どれだけ過去改変を試みても消えてくれない。

過去改変に、こんな弱点があったとは……!

石畳を這いずりながら、ヒースは悲痛な表情を浮かべる。

無敵を誇る『 英雄は(バタフライ・) 斃れず(エフェクト) 』だが、過去改変の射程時間は数秒程度……!

もしも、受けた負傷を正しく認知できないとしたら!

ダメージを受けたことにさえ気づけないとしたら!

どう過去を改変すればいいのか、それ自体がわからない!

無かったことにできない!

「くそがぁぁあっ! だから、だからどうしたぁっ! 八つ裂きにしてくれるわぁ!」

脚に深く突き刺さった包丁を抜きながら、ヒースが怒りに任せて叫ぶ。

その戦闘の様子を見て、デニスとアトリエは、

「俺の母さん、すっげえ……」

「アトリエのお父さん、すごい……!」

思わず、同じ感想を述べた。

地面に倒れ込んだヒースに対し、ジーン料理長とファマス卿が襲い掛かる。

「この男っ! このまま捌いてしまって、良いものかしらっ!?」

「この現象っ! この男が解除方法を知っているとは思えないな!」

叫ぶように聞いたジーン料理長に対し、ファマス卿がそう答える。

「それならば、このまま殺し切る!」

「ああ、そのあとでどうにかしよう!」

ファマス卿とジーン料理長の二人が、スキルと魔法を構えて歩み寄る。

ヒースは額を石畳みに擦り付けながら、長い呻き声を上げていた。

「ぐぅぅうぅぅぅうっ!」

どうすればいい!?

どうにか挽回できないのか!?

認知を歪めて過去改変を無力化する、催眠魔法のファマス卿!

即死級のスキルを常時発動しているジーン料理長!

どうにかして……っ!

ここまで、来たのに……っ!

「死にぞこないの、くそ野郎どもがぁぁああっ!!」

ヒースは左手で身体を押し上げて、顔を上げた。

睨みつけた先には、ジーン料理長とファマス卿の姿が見える。

そこで、彼はあることを理解してしまった。

挽回する方法が、何も思い浮かばない。

危機を脱する手段が、存在しない。

どうしようも……ない、のか……。

ヒースはふと、そう思った。

その瞬間。

階段を駆け上がって来た誰かが、雄たけびを上げながら、ジーンとファマスの二人へと斬りかかる。

「――――ッ!?」

「なっ!?」

突然の乱入者に、二人は素早く横へと回避して、その剣刃をすんでのところで避けた。

甲冑を着た長髪の男は、そのまま転がり込むようにしてヒースの傍に近づくと、彼の身体を掴んで抱き上げる。

「お……おい! 何が、どうなってるんだ! この、この馬鹿者があ!」

「…………な……」

突然の事態に、ヒースまでもが言葉を失っていた。

彼は甲冑の腕に抱きかかえられたまま、その乱入者の顔を、信じられないという表情で見る。

「ジョヴァン……団長……?」

ヒースは自分の傷だらけの身体を抱きかかえる、彼の名前を呼んだ。

突如乱入したジョヴァンに対し、ファマス卿が叫ぶ。

「ジョヴァン団長……なんのつもりだ!?」

彼はそう問われて、何も言葉を返せなかった。

「その男から、離れてちょうだい……」

ジーン料理長が、静かにそう言った。

「そいつは危険だ……! ここで! 始末しなければならない!」

「あ、あの……その……」

ジョヴァン団長はしどろもどろになりながら、

自分でも、自分がいったい何をしているのか、よくわかっていないような顔を浮かべている。

先に防衛線を突破し、単身ここまで駆け上がってきたは良いが。

なぜ私は……ヒースのことを。

この犯罪者のことを、庇っているのだ?

「あの……」

ジョヴァンは弱弱しく、声を絞り出す。

「へ、平和的に、解決できないか?」

「……は?」

ジーン料理長が、思わずそんな声を上げた。

ヒースのことを庇うように抱きしめているジョヴァンは、泣きそうになりながら、そんな風に呟く。

「だから、私が、父親である私が、きちんと言いつけるから……」

「あの……何を言ってるの?」

「しょ、性根は、優しい子なんだ。よく、勤務上がりの私に、炒飯を作ってくれた。何かの間違いで、こんなことを……」

「……ジョヴァン」

ファマス卿が、彼のことを憐れむような眼で見ていた。

「お前は……何を言っているんだ?」

「わ、私にも……だから、その……」

痺れを切らしたファマスとジーンが、彼のことを怒鳴りつける。

「ジョヴァン……! そこをどいてくれ!」

「騎士団長! そいつは、この世界を破壊しようとしているのよ!」

二人にそう言われて、ジョヴァンはわなわなと震えながら、それでもヒースのことを抱きしめた。

傷だらけで、血まみれの 養子(むすこ) のことを、愛おしそうに抱きしめた。

「そ、そうかもしれない。いや、そうなんだろう……私が、間違っている」

ジョヴァンは彼のことを抱きしめながら、彼を守るようにして、剣を握って立ち上がる。

「そ、それでも! それでも、こいつは……」

彼が震える声色で、喉から言葉を絞り出す様子を、

その手に抱きかかえられるヒースは、ただただ眺めていた。

「私の……私の、 養子(むすこ) だ……!」

ジョヴァンは涙を浮かべながら、そう言った。

彼はヒースに肩を貸すと、剣を握って並び立つ。

「いったい何が正しくて、何が間違っているのか……私にはわからない……! 何もわからない!」

「 義父(とう) さん……」

肩を借りて立ちながら、ヒースは珍しく、唖然とした表情を浮かべている。

「ならば……私は一番激しい感情に従うまで! 馬鹿な 養子(むすこ) を守るまでだ!」

そう叫んでから、ジョヴァンはヒースのことを見た。

「どうした……ヒース! 諦めてしまったのか!? お前らしくないぞ……!」

「ははは……忘れてた。俺の 義父上(おやじ) は、ちょっと抜けてるところがあったんだ」

弱弱しく笑いながら、ヒースはそう呟く。

「ヒース……! お前の苦手なことは、なんだった!?」

「諦めることかな……!」