軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6話 出張追放料理人と出張追放看板娘 (後編)

ジョヴァン団長との会合が終わった後に、デニスとアトリエは王城にも訪れていた。

王城正面門の門番はデニスの顔を覚えており、そのまま通すわけにはいかなかったものの、連絡と許可を取り合って入城が円滑に進むように手配してくれた。

連絡員を待つ間、大柄ながら少し太めの門番は、デニスに身体の作り方を聞いている。

「ゆで卵とブロッコリーとかを食べるようにして、バターとか肉の脂身は控えなよ。それと運動だな」

「オレにできるかな。今まで一度だってダイエットに成功したことがないんだ」

「きっと出来るさ」

「できる」

アトリエがビシッとしたサムズアップでそう言った。

「防衛騎士部隊のコールドマンも紹介してやろうか。俺の筋肉フレンズで、筋肉文通してるんだ」

「筋肉……筋肉なんだって?」

門番がそう聞いた時、ちょうど連絡員がやって来て、入城が許可された。

王城の中は慌ただしい様子で、催しの準備をしているようだ。

国王陛下が『王の間』への入室を許可されたということで、連絡員は二人をそこまで案内した。

先客が居るとのことで『王の間』の前で待っていると、それを見つけたジュエルが歩み寄って来る。

「やあ、食堂の店長。久しぶりだね」

「ジュエル。元気だったか?」

デニスがそう聞くと、ジュエル……ジュエル・ベルノーは、困ったような笑みを浮かべる。

「元気も何も。忙しくって大変だよ」

「たしかに、慌ただしい感じだよな」

「幻霧祭が近くってね。あたしは鍛治職人とかを束ねて、機器の調整とかをしてるんだ」

「そんな時期だったよな。バチェルに聞いたよ」

幻霧祭は王都の年に一度のお祭りで、人工的に霧を作り出す 魔術装置(マジックアイテム) を使って王都全域を霧で満たす、王国最大の催しだ。

魔法で作られた霧はパチパチと火花が散るように瞬くので、その一晩だけは夜でも明るく、霧の中で無数の火花が散るような幻想的な光景になる。

その日は王都の外だけではなく、国外からも多くの観光が集まる有名なお祭りだった。

「待ってるなら、幻霧祭で使う装置でも見ていくかい?」

「見たい」

「そうだな。ちょっと行ってきてもいいかな」

デニスが連絡員にそう聞くと、彼は微笑みながらどうぞという風に手で促した。

ジュエルに連れられて、デニスとアトリエは王城の最上階を目指していく。この階段はちょうど、以前に王城へと侵入した際に通ったものだった。

「装置は王城の最上階の尖塔、この王都で一番高い場所に設置されてる。都全体に霧が行き渡るようにね」

階段を上りながら、ジュエルがそう説明した。

「どういう原理で霧を発生させてるんだ?」

「あれは厳密には霧じゃなくて、スキルの結晶……もしくは破片なんだよ」

「スキルの結晶?」

そう聞いたとき、デニスらはちょうど最上階までたどり着いた。

最上階から突き出るように存在している尖塔部は、天井がそのまま円錐の先端になっているようで、奥が深い形をしていた。いくらか広いスペースに大きな通気窓が開けられており、その中に大柄な装置が鎮座している。

「これは元々、スキルを溜め込んでおくためのふるーい保存装置なのさ」

ジュエルがそう言って、その大きな装置を小突いた。

「保存装置?」

「古くは奇械王が開発したって言われてるんだけどね。彼が 機械人形(オートマタ) を作った副産物。内部の記憶鉱石に大量のスキルや魔法を保存できるようになっていて、昔はここに要らないスキルを保存しておいたり、取り出したりすることが出来たみたい。奇械王が現代まで遺したオーパーツの一つだよ」

「なんでまた、そんな装置を?」

「レベルっていうのは、結局はスキルや魔法の総量を数値化したものだからね」

ジュエルは、昔に父親に聞いた話を思い出しながら説明する。

「人間の限界がレベル100なのも、人間が記憶できるスキル量の大体の上限だからって言われてるし。奇械王ユヅトはこの装置を使って、スキルや魔法をその都度出し入れしながら、各職業における最高級スキルを実際に身に着けて研究し尽くした。魔法の祖であり歴史上最高の研究家である、彼らしい逸話だね」

「今はできないのか?」

「奇械王が死んでからは、使える人が居なくなっちゃったのさ」

ジュエルがそう言って、薄く微笑む。

王家お抱えの鍛治一族、ベルノー家の子女である彼女。

父親を処刑されて立場を追われ、盗人稼業で各地を転々としていた少女。

彼女もまた、自分の居るべき場所に戻り、父の跡を継いで王家お抱えの鍛治師となり、様々な専用器具の整備士として、自分の生きる場所を見つけている。

「それから後世の魔法使いたちが弄り回したんだけど、どうにも保存したスキルを取り出すことは出来なくて……結果的にはスキルの『破砕装置』になってる。ここに要らないスキルを詰め込んで、一気に粉砕して出来るのが今の『幻霧祭』。不要なスキルや魔法がパチパチ煌めく破片になって、一晩だけ霧のように王都中を埋め尽くすってわけさ」

ほーっ、とアトリエが感心したように口を開いた。

「もっとも実験の失敗でそうなったわけだから、最初に起きた時は大パニックになったらしいけど」

「バチェルが言ってたのはこれか」

「食堂の店長も、何か入れていってくれない? 絶対要らないスキルあるでしょ」

「いやねえよ」

そう返したデニスの脚を、アトリエがちょんちょんと突く。

「『神速の魚の小骨抜き』」

「あれ必要だから」

◆◆◆◆◆◆

『王の間』に戻って来た時には、ちょうど先客が謁見を終わらせたようだった。

「クソッ! 新王は話にならん! 伝統と歴史というものを軽視しておられる!」

「こんな時にヒース一等護官が居てくれたら! 彼が王族護衛官職に就いていれば、こんなことにはならなかったろうに!」

『王の間』から出てきた上級貴族の一団がそう言い合っているのを、デニスとアトリエは通路の脇でぼんやりと眺めていた。

連絡員に通されて『王の間』へと入っていくとき、貴族たちの一人がデニスの顔を見て、表情を強張らせる。

「ひ、ヒース……?」

その声は無視して『王の間』へと入っていくと、王座には疲れ切ったようにうな垂れているエステルと、その隣でバラバラと大量の資料を抱えてめくっているポワゾンが立っていた。

「……おお、デニスよ。訪ねて来てくれて、余は嬉しいぞ」

「お疲れのようだな、エステル」

デニスがそう言うと、横で資料を眺めているポワゾンがチャキチャキとした様子で言う。

「チビ姫。この後は商人組合の代表者と、次にまた別の貴族達の嘆願。その後は……」

「ああ、もうよい。わかっておるわ」

エステルは頭を振ってそう言うと、王座に深く座り込みながらため息をついた。

「どうなってるんだ?」

「税収の厳格化と不当な特権の廃止のために、色々と調整しておるのだが……」

「予想通りというか、既存の特権階級の大反発を喰らっててね。もう最近は、毎日こんな感じよ」

疲弊した様子のエステルを、ポワゾンが補佐してそう説明した。

ここ最近のエステルは、日が出てから沈むまではずっと各貴族階級や富裕層の謁見にあたり、日が沈んでからは就寝まで、各種の会議や会合に参加するという毎日だった。

「ジュエルに、幻霧祭で使う装置を見せてもらったよ」

「それはよい。余も祭典のために色々と指示してやらなければならないのだが、今はポワゾンとジュエルらに頼り切りじゃ」

「身体に気を付けろよ。それと、カツ丼の件だけどな。俺の妹弟子がいるから、そいつに作ってもらったらどうかと思うんだが」

「おや。お主の妹弟子とな。それは楽しみである」

エステルは疲労した顔色で、それでも微笑んでそう言った。

彼女達もまた、デニスが出会ってきた多くの追放者と同じように。

自分の居るべき場所で、自分の生きる目的を見つけて、自分の役割を果たしている。

◆◆◆◆◆◆

「ということでヘズモッチ。頼めるか」

「な、何を?」

ヘズモッチ副料理長がそう聞いた。

デニスが育ったブラックス・レストラン。

ここに初めてアトリエを連れて訪れた“元”副料理長のデニスに対して、“現”副料理長のヘズモッチは頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

「お前、料理の腕なら俺と互角だろ」

「かもしれないですけど」

「エステルにカツ丼の出前してやってくれねえかな」

「エステル真王に? カツ丼? 国王に?」

ヘズモッチの頭上のクエスチョンマークが分裂して増殖している向こう側で、レストランのスタッフに囲まれたアトリエがジーン料理長の膝上に乗っている。

「なんだか娘が出来た気分ね」

ジーン料理長はアトリエの頭を撫でながら、和んだ様子で呟いた。

それに続けて、レストランのスタッフ達もちやほやと言い立てる。

「可愛いなあ!」

「こいつがデニスの娘か!」

「違うぞ」

デニスが訂正を入れた横で、赤い甲冑姿のケイティがランチを摂っていた。

「それで、あたし達に着いて来て欲しいわけ?」

小振りのステーキにパクつきながら、ケイティがそう聞いた。

「そうだ。ケイティに、ジーン料理長。二人にしばらくの間……護衛として、街に居てもらえないかと」

「私は別にいいわよ。ようやく下も育ってきたところだし」

「下が育ってきた?」

話がわかっていない様子のデニスに対して、椅子の背もたれに寄り掛かったケイティがジロリとした目を向ける。

「あんた、ちゃんと『銀翼の大隊』のカテリーナとかフロリアンとか覚えてる?」

「そりゃ覚えてるさ」

「あいつらが、よーやっと色々なマネジメントとか交渉が出来るようになってきたの。これでワンマンの多忙な日々からもオサラバだわー」

「『銀翼の大隊』、お前が隊長に就いてから冒険者パーティーというより警備会社になってるよな」

「結局はどっちもビジネスよ」

ケイティはそう言って、赤い肉身が覗くステーキの一かけらを口に放り込んだ。

「私もいいわよ」

そこで、ジーン料理長がそう言った。

アトリエを膝の上に乗せた料理長は、デニスのことを見つめると、続ける。

「ただし、一つだけ条件がある」

「条件?」

「事が済んだら、店を畳んでこっちに戻って来なさい」

「なんだって?」

デニスが聞き返した。

「武者修行もそろそろ止めにして、居るべき場所に戻りなさい」

「い、いやいや。んなこと言ったって」

「そして」

戸惑っている様子のデニスに、ジーン料理長が畳みかける。

「……私の跡を継いで、このレストランで『料理長』に就きなさい」

「あ? ……俺が?」

「そう。お前が料理長を継いでくれるなら、私は引退するわ」

突然の表明に、デニスのみならず、その場にいるスタッフの全員が驚いていた。

ジーン料理長はアトリエの頭を撫でながら、呟く。

「何事も引き際ね。一度飛び上がったら、後は落ちていくばっかり。私がお前の上にいる間に、お前が私の跡を継ぎなさい」

◆◆◆◆◆◆

時は少しだけ遡り、場所は王国騎士団本部。

騎士団長室。

「デュランダ辺境伯という、国境沿いの領地を任されていた大貴族が居た。そして彼は王都から遠く離れた領地で毎晩のように乱痴気騒ぎを催し、その宴に多くの貴族を招いて高額の賭場を開いていたのだ」

ジョヴァンは事の次第を説明していた。

遡って数年前。

デュランダ辺境伯の目的は、貴族の頭の足りない子息を招いて賭場に誘い込み、そこで多額の借金を背負わせて言いなりにすることだった。宴では人を集めるための酔狂で大勢の娼婦が傷害に遭っていた。

「『追放者小隊』がこれを明らかにし、デュランダ辺境伯は王立裁判所の追及を受けた」

デニスとアトリエは、彼の昔話をじっと聞いている。

「これに焦った辺境伯は、あろうことか自分が防衛を任されていた国境沿いの領地に、他国の軍を呼び込んで亡命を図ったのだ。そんなことが起これば戦争は避けられないし、かの国もそれに応じるとは思えない。しかし、向こうは端からそのつもりだったのだ。むしろ、この機会を今か今かと待ちわびていたと言うのが正しい」

「……どういうことだ?」

「それ以前に、『追放者小隊』が来訪された国賓の姫の暗殺を防ぐ事案があった。彼らはその国に乗り込んで黒幕を突き止めたのだが、それは真意を隠すために用意された、体のいいスケープゴートにすぎなかった」

その国は最初から、他でもない自国の姫を暗殺させるつもりで訪問させていたのだ。

戦争を引き起こす大義名分を得るために。

「なぜそんなことに?」

ジョヴァンから事の経緯を聞いたデニスが、そう質問した。

「我が王国が、これまでどうして平和を維持出来てきたか……わかるかな?」

「なんとなくは……」

「理由は複合的だ」

デニスの自信なさげな回答に、ジョヴァンが詳しく説明する。

「一つに、我が王国がそれなりの大国であること。二つに、スキルと魔法の発祥地という精神的権威であること。三つに、その権威性を補強するための学門が発展し、文化的にも政治的にも、世界の信頼と発言力を獲得し続けて来たこと。これは、王都に乱立する魔法学校の存在からもわかるね」

「なんとなくは」

「四つには、我が王国が、古来から『この世界の全てのスキルを支配し、無効化する力』といわれた国王の絶大なスキルの存在を誇示することにより、他国の侵入を躊躇わせてきた部分が大きい」

『 全ての美(バタフライ・) しい記憶(エフェクト) 』。

たしかにあんな規格外のスキルが存在したら、誰も攻め入るつもりにはなれないだろうな、とデニスは思った。初代王がその力を振るった時代から、その大いなる力の存在だけが伝説となり、他国にまで風評されてきたわけか。

「しかしご存じの通り、国王は偽剣によってそのハリボテの権勢を維持するのみで、その力が本当に振るわれたことはなかった。初代王の時代から、一度もな。偽剣は何も国王の権力への欲望の現れというだけではなく、そのような対外政策の一環であったとも言える。要するに、平和維持の限界が訪れようとしていたのだ」

ジョヴァンは茶をもう一口飲んで、長丁場のために喉を潤した。

「かの国はもうずっと、この機会を窺っていたのだ。長いこと無縁だった全面戦争を仕掛けることにより、我が王国が誇示して振りかざしてきた権威を失墜させるためにな」

「それが、さっき言っていた小さな防衛戦争か」

「辺境伯が誘い込んだ敵軍が国境地帯に展開する前に、まともな軍勢を領地に送り込むことは不可能だった。そもそもが、そのための辺境伯だったわけだからな。そのため、緊急に招集された少数の最精鋭人員のみで、問題の国境地帯を防衛することになった」

「それに、ヒースが参加していたと」

ジョヴァンが頷いた。

「アトリエ嬢の父君であるファマス・ワークスタット氏、私を含めた騎士団の各部隊副長と長距離機動部隊、ロストチャイル家に商人組合の戦闘部隊、それに近郊に領地を有するジディ家と、ヒースが率いる『追放者小隊』。彼らのみで可及的速やかに国境地帯へ到達し、敵勢の侵攻と展開を決死で押し留め、本隊が後達するまで時間稼ぎをする」

ジョヴァンは当時のことを思い出すようにして、言葉を続ける。

「侵攻が予期された土地に、『催眠魔法』によって大軍のかく乱が可能なファマス・ワークスタット氏と、各部隊副長を含めた本隊が配置された。ジディ家の私兵は侵攻ルートの予想が外れた場合に備えて少し離れた地点で待機し、機動力に優れるロストチャイルが各地点の連絡と偵察を担った」

「ヒースは?」

デニスがそう聞いた。

「ヒースが率いる『追放者小隊』は、辺境伯が機能しなくなったために目下危険に晒されている、ある離れの、国境沿いの村の防衛についていた。そこは敵国の国境拠点からぐるりと迂回する必要があったため、そこからの侵攻は優先度が高いものではなかった。守備範囲を広げる目的と、待機の予備人員も兼ねて一応置かれた、という形だな」

ジョヴァンはそこまで説明すると、やや悲しげな表情を浮かべた。

「しかし、大方の予想を外して、敵軍はそこから迂回して侵攻してきた。『追放者小隊』は裏をかかれた本隊が駆けつけるまでの間、国境地点を防衛するために、村民たちの命を守るために、たった五名で大軍と戦うことになった」