軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5話 出張追放料理人と出張追放看板娘 (中編)

「そのヒースっちゅう男は、アトリエちゃんの『精神干渉』スキルを 強奪(スナッチ) するつもりかもしれんな」

実験の後、デニスとアトリエと共に学校の通路を歩いているバチェルがそう言った。

「だが、それならすでに奪ってるはずだ。街のみんなと一緒にアトリエが捕まってる時、いくらでも奪うチャンスはあった」

「何か、 強奪(スナッチ) にも条件があるんかも。たとえば、容量制限があるとか」

「容量制限?」

とデニスが聞いた。

「無限にスキルを強奪できるわけやなくて、溜め込めるスキルの限界量があるってこと。そう考える方が自然やな」

そう言ってから、バチェルはふむふむと自分で頷く。

「いくらなんでも、スキルを無限に強奪できるなら強すぎるし。おそらく、強奪スキルは人間の限界量までしか溜め込めないんや。エステル真王のスキルを奪うために、その容量を節約しておく必要があったのかも。だから、アトリエちゃんのスキルを事前に奪っておくことができなかった……のかも」

「“かも”、だらけだな」

「しゃあないやんか」

「それなら、後でどうとでも出来るようにアトリエを捕まえておけば良かったんじゃないのか?」

デニスがそう言うと、アトリエが無表情のままでほっぺたを膨らませて、デニスの太腿を突いた。

「いや違えから。お前が捕まれば良かったっていうわけじゃなくて、俺ならそうするってこと」

「まあ、何らかの理由でそれも出来なかったんやな。余裕が無かったのか、別の要因があるのか。そこまで計画しとる男なら、余裕が無かったんちゅうのは違うかもしれん」

バチェルはそこで、何かに気付いた。

「……そのヒースっちゅうんわ、アトリエちゃんが追放された人たちを無意識に集めてたっちゅうんやな? 街のみんなの意識も変えていたと」

「そうだ。たしかにそう言ってた」

「それなら、自分の下にアトリエちゃんを置いておかなかったのは、それが関係しとるのかも」

「どういうことだ?」

「ヒースは、エステル真王のスキルを奪う過程で深刻なダメージを受け取ったらしいやんか」

バチェルは、エステルによって招集された少数による会議で聞いた話を口にした。

その場に居たのはエステルが信用できる人物のみ。ジョヴァン団長や、デニスの推薦によるケイティやバチェルなどが招集され、公には秘密とされているヒースの対応を考える会議だった。

「その回復のための時間が必要だった。しかしアトリエちゃんを手元に置いておくと、精神干渉のスキルで店長を呼び寄せたり、別のトラブルを招く可能性がある。だから、万全の状態になるまでは捕獲できなかった」

「そういうことかな」

「そしてこれまでも。余計な混乱を招いたり、自分自身がアトリエちゃんの精神干渉を受けるのを避けるために、自分の手元には置こうとしなかった。その一番信頼できる預け先が、他でもない自分の弟である……店長だった?」

「そこまで計算づくとは思えんがね」

デニスが軽く肩をすくめると、通路の向こう側から、

数多の教授陣を連れたオリヴィアが歩いて……いや空中を滑って飛んできた。

「デニス様ー! お久しぶりデース!」

「おお、オリヴィア! 元気だったか!」

「元気?」

デニスとアトリエがそう聞くと、オリヴィアは背部の飛翔動力でホバリングしながら停止する。

「ハイ! みなさん親切な方バカリで、毎日とっても楽しいデス!」

「オリヴィアちゃん! 次は私の研究に協力してくれないか!」

「いや! 次は僕って約束だったじゃないか!」

「わしはもう90歳なんじゃ! 先に頼めないかのう!」

高齢かつ高名そうな教授たちに囲まれて、オリヴィアはそんな風に次々と嘆願されている。

「順番デスヨ! オリヴィアはどこにも行きマセン!」

「オリヴィアちゃん! 私の研究室でゆっくり、奇械王ユヅトの話を聞かせてくれないかな!」

「ユヅト様のお話デスカ!? します! シマスー!」

「てめえ! それは反則だろうが!」

オリヴィアを取り合う教授たちが取っ組み合いになろうとしているそんな光景を眺めて、デニスがバチェルに聞く。

「いつもこんな感じなのか?」

「うん……みんないつもは威厳たっぷりなんやけど……オリヴィアちゃんのことになると我を忘れてしまうというか、研究欲が刺激されすぎて幼児退行してしまうというか……」

「まあ。元気そうで何よりだな」

「学術的アイドル」

アトリエがそう呟いた。

「バチェル。俺はまだ回るところがあるんだけど、一緒に来るか?」

「いんや。あたしも結構忙しくって。そろそろ『幻霧祭』があるやろ」

それを聞いて、デニスはきょとんとした顔をする。

「幻霧祭? もうそんな時期か」

「店長ったら、色々ありすぎて何もかも忘れちゃっとるな?」

「そうかもしれねえな」

「その関係で、王政府のジュエルちゃんから色々頼まれとるんや。王都中の教員たちを回らなくちゃいけなくって。もう大変やで」

そう言ったバチェルが苦笑するのを見て、デニスは不思議な感覚を覚えていた。

悪徳パーティーでこき使われて、心が押し潰されて臥せっていた少女が。

今では自分の居場所と役割を見つけて、こんなにも頼もしい娘になったのか。

◆◆◆◆◆◆

「大将ー! お久しぶりですーっ! っぼぐぁ!」

騎士団本部の前。

待ち合わせをしていたヘンリエッタが両手を広げて突進して来るのを、デニスは手を伸ばして制した。

顔面からデニスの手のひらに突っ込む形になったヘンリエッタが、そのままの勢いで仰け反る。

その予想外の手応えに、「おや?」という声がデニスから漏れた。

「お前、またレベル上がったのか?」

「おやー! バレましたか! 物理系のスキルがメッキメキですよ!」

「最初の頃は、まさかビビアよりもお前の方が圧倒的に成長するとは思ってなかったなあ」

「ビビア君も、まだまだこれからですよ! 大人びてても、まだ子供なんですから!」

「騎士団入ってほんと良かったな、お前な」

服の上からでは見えないがとにかく力こぶを作って見せるヘンリエッタに、デニスがそう呟いた。

「アトリエちゃんも、お久しぶりー!」

「おひさ」

ヘンリエッタとアトリエがそんな風にワチャワチャとしだしたのを見て、デニスは何となく懐かしい気分になる。

「あー。それで、アポは取れてるのかな?」

「はい! もうバッチリです!」

ヘンリエッタが握りこんだ拳からビシッと親指を立てると、なぜかアトリエも誇らしげな無表情で同時にサムズアップした。

そのままヘンリエッタに案内されて、デニスとアトリエは王国騎士団の本部を歩く。

すると、デニスはそこかしこから視線を感じることに気付いた。

騎士団の幹部礼服を着た者が、デニスの顔を見て驚いたり、ヒソヒソと何かを話し合ったりしているのがわかる。

自分が彼らにとって、一体誰を想起させるのか。大体わかったものだが。

案内されるまま、デニスとアトリエは1階の奥の部屋までたどり着く。

ヘンリエッタは扉の前でゴホンと咳払いして背筋を伸ばすと、キビキビとした動作でコンコンッ、と素早く二回だけ扉をノックした。

「ヘンリエッタ騎士兵長、入ります!」

ヘンリエッタが急に纏った凛とした雰囲気に、デニスは思わず目を丸くする。

バチェルにも同じことを感じたものだが。

あのヘンリエッタが……この短い間に、これだけ成長するものなのか。

デニスが覚えているヘンリエッタといったら、いつもお腹を空かせて、お金も無いのにカウンターに座り込んで、幸せそうに飯を食ってる気の良いアホの子みたいな印象だったのだが……。

そういえば、あの街で最初に遭遇した事件は、こいつ絡みだったな。

デニスはそんな、どこか懐かしい気分に駆られた。

「入りなさい」

扉の奥からそんな低い声が聞こえたのを確認すると、ヘンリエッタは扉を開き、デニスとアトリエを中に通した。

騎士団長室の机で書き物をしていたのは、騎士団の青と黄色の甲冑よりも一段深い、鉄紺と黄褐色をした礼服の男。歳は……若くはない。ジーン料理長と同じくらいだろうか。

やや皺の刻まれた顔に、首の下まで伸ばされた白い髪。

男にしてはかなり伸ばされた長髪は、甲冑姿で戦闘する騎士に多い髪形だった。

甲冑の頸部の隙間に刃が滑り込んだ時、伸ばした長髪が首を守るガードの役割を果たしてくれる。もちろん叩き切られる時には機能してくれないが、首元を滑らせるように剣刃が走った時には、首の代わりに髪の方が切れてくれるわけだ。

それはつまり、彼が政治屋や事務員上がりの騎士団長ではなく、前線の戦闘員上がりの団長であるということを示していた。

ジョヴァン騎士団長はデニスのことを見ると、一瞬驚いたような表情を浮かべた。

しかし次の瞬間には静かな表情を取り戻すと、用意していた二脚の椅子に座るように促す。

デニスとアトリエが椅子に座ると、ジョヴァン団長は机上に肘を付いて、手を組みながらデニスの顔をまじまじと見つめた。

「本当にそっくりだ」

「ヒースって奴にかい?」

デニスが敬語も無しにそう返すと、ジョヴァンは薄く笑う。

「声も似てる。ヒースの方が、少し深い声色をしてるかな。気のせいかもしれんが」

「そいつの話を聞きに来たんだ」

デニスがそう言った。

「ウチの看板娘を狙ってやがるみたいでね」

「君は、ヒースから企みの一端を聞いたようだな」

「意味が通るように説明できるかは、自信が無い」

「構わんさ。大筋は聞いているが、もう一度情報交換といこう」

◆◆◆◆◆◆

デニスとジョヴァンが、自分の持ちうる情報を一通り話し終えた後。

ジョヴァン団長の方から、事後に関する提案がなされた。

「アトリエ嬢は、このままデニス君に預けておく方がよさそうだ」

「そうかもしれん。自信過剰かもしれないけど、この世で奴とまともにやり合える奴が俺以外に居るとは思えない」

「あのヒースと単騎で渡り合い、しかも下したというのは驚異的なことだ。この王国で、奴と対等に闘えるのは君しかいないだろう」

ジョヴァンは自分の台詞を、言った後でもう一度考え直しているようだった。

「やはり兄弟ということか。それも双子」

「昔からああいう奴だったのか?」

「いいや」

首を振ってから、ジョヴァンは悲しそうな顔をする。

「昔は違った。ちょうど、君にそっくりだったよ」

「何かきっかけが?」

「あった」

ジョヴァン団長はそう言うと、椅子の背もたれに深く座り込んで、宙を見やる。

「戦争だよ。それで奴は変わってしまった」

「戦争なんて、もう百年も起きてないはずだが」

「全てが国民に知らされるとは限らん」

天井を見上げていたジョヴァンは、デニスに視線を戻した。

「もう一歩で国家同士の総力戦となりえるような、危険な状態があったのだ。その運命を決する小さな戦争が人知れず起きて、人知れず終わった。犠牲のおかげで平和は維持されたが、それ以来全てが変わった。全てがな。私が今、この騎士団長の座に座っているのも……その功績によるものが大きい」

ジョヴァンはそこまで言うと、デニスの隣に座るアトリエを見つめる。

「君のお父さんも参加していたのだよ。その戦争にね」

「お父さんが?」

「そうだ。君の父上たる偉大な魔法使い、ファマス・ワークスタット氏がね。私と共に戦った」

「貴方から見て、どんな人だった?」

アトリエがそう聞いたのを見て、デニスは少し驚いた。

彼女から、こういう類の質問が飛ぶことは稀だ。

少なくとも、それ以前にもあったかどうか、デニスは思い出せなかった。

「とても強い人だったよ。その『催眠』の魔法を用いて、たった一人で大軍勢を相手取ることもできる、まさしく最強の魔法使いだった。レベルこそ100ではなかったが……もしも彼が魔法を極めようとしていたなら、必ず到達していたはずだ。あれ以来彼が……君の父親が、前線を離れて家庭を大事にすると聞いた時には、私は少なからず落胆したものだったよ。病で死んだと聞いた時には、もっと愕然とした」

……話がやや逸れたな、とジョヴァンは言った。

「とにかく。他にも王国騎士団の、各部隊の副長と長距離機動部隊。ロストチャイル家と 商人組合(ハンス・ユニオ) が擁する 暴力商人(オサリバン) にジディ家。それにあのヒースと『追放者小隊』。この王国の最精鋭人員のみで執り行われた、小さな防衛戦争があったのだ」

「詳しく聞かせてもらってもいいか?」

「いいだろう。事の発端は、王立裁判所の追及を受けたデュランダ辺境伯が乱心したことから始まった。いや、本当の始まりはどこだったのだろう。『追放者小隊』がデュランダ辺境伯を追い詰めた時から? 彼らが国賓の暗殺を防いだ時から? 王の偽剣が使用され、王国を守る王の偉大なるスキルが有名無実化してから?」

ジョヴァンはそこまで一息で言うと、机に置かれた茶を思い出したように手に取って、口を潤した。

「しかし結局のところ、それはいつか起こるはずだったことが、そのときに起こったにすぎない。どんな事件も、その本当の原因というのを突き止めることは難しいし、そんなことはできないのかもしれないな」