軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

099 子爵級、そして混沌を増して

それは、恐怖が具現化した存在だった。

姿を見ただけで、背筋が凍り、脚が震える。

ガーデンパンサーやマンティスなどとは一線を画す「上位の魔物」――魔王。

ボタボタと涎を垂らし、凶悪な牙をのぞかせる狼の頭。

一つの生命として独立しているかのように自在に動く、長く太い蛇の尾。

太く力強い猫科の猛獣を思わせる四肢。

その上、唸り声を響かせる度に口からは炎が吹き上がるのだ。

サイズはガーデンパンサーと同程度に大きく、全長5メートルほどもあるだろうか。

俺の持つ攻撃手段では、倒せる想像すらできない。

「ファントムウォリアー!」

「サモン・ナイトバグ!」

俺は二つの術を起動し、魔王の足止めに出た。

すばやくシャドウストレージからリザードマンの精霊石を取り出す。

「クリエイト・アンデッド!」

アンデッドを生み出す術は、使ってから実際に石がアンデッドになるまでに、多少のタイムラグがある。

魔王はこちらをジッと見詰めていたから、やはり「愛され者」であることで、俺が狙われているのだろう。すぐ近くに居るリフレイアには興味がないようだ。

三層に上がってきたばかりだからか、すぐには襲いかかって来ず、低い唸り声をあげながら様子をうかがっている。

もしかすると、クリエイト・アンデッドの光を警戒しているのかもしれない。

(しかし「愛され者」か……。ダークネスフォグの効果……大丈夫か……?)

魔王と戦うにせよ足止めするにせよ、そこは重要だった。

いずれにせよ、やってみる以外にはない。

「ダークネスフォグ!」

空間からにじみ出るように湧き出した深い闇が、白い霧の世界を昏く染め上げていく。

俺はその闇の中を音を立てずに移動した。

(どうだ……?)

魔王は唐突な闇の出現にわずかに後ずさり、右へ左へと顔を向け、明らかに俺を探すかのような仕草を見せた。

(よし……どうやらフォグは有効のようだな)

魔王や大精霊が「愛され者」の何を感知しているのかは謎だ。

匂いかもしれないし、見た目なのかもしれないが、一番考えられるのは精霊力だろう。だとすれば、その精霊力を元に作られた精霊術には、ジャミングの効果も期待できるのかもしれない。

いずれにせよ、ダークネスフォグが仕事をしてくれるならOKだ。

あとは、フォグの中で無力化してくれれば言うことなしだが、そこまで甘くはないだろう。

そうこうしている間に、ファントムウォリアーが魔王に肉薄。

魔王は音を出しながら突き進んでくるファントムウォリアー相手に、一応の臨戦態勢をとり、そちらに注意を向けた。

俺は、リザードマンが受肉したのを見て即座に命令を出す。

「あいつと交戦! 防御主体でなるべく倒されないように時間を稼ぐように戦ってくれ!」

このリザードマン・アンデッドは盾持ちだ。

さすがに、すぐさま負けることはないだろう。

「シャドウバインド!」

俺は命令を下した後、バインドで魔王を縛り全速力で走り出した。

バインドの効果は気休め程度にしかならないだろうが、なにもしないよりはマシだ。

先に逃げたリフレイアが振り返って心配そうに見ている。

後ろから、衝突音が聞こえる。

おそらくリザードマンと魔王との戦闘が始まったのだろう。

俺は走りながらステータスボードを操作して、『モンスター鑑定』をタップした。

所持クリスタルが1つ消費される。

『マルコシアス:魔王 狼の頭部、獅子の胴体、蛇の尾を持つ魔王。火炎の息を吹き、低級のみだが魔術も操るため、並の探索者では太刀打ちできないだろう。魔王は「混沌の精霊力」のみで生み出される特殊な魔物で、混沌の精霊術――「魔術」を操る人類の天敵である。魔王は迷宮内の魔渦濃度が一定以上の時に確率で生み出される。迷宮の魔渦濃度が適切に管理されていれば、そこまで強力な魔王は生まれない。階層間移動が可能で、時に迷宮の外まで這い出してくることもある。外に出た魔王は、大精霊の手で滅ぼされるが、強力な魔王であれば大精霊に打ち勝つ場合もある。その場合、その地は混沌に支配されし魔界となる。該当個体は子爵級魔王。精霊石出現確率は、混沌100%』

「長い……!」

だが、ざっと見ただけでわかった。

あれが間違いなく魔王だということ。

そして、魔王はどうやら魔術とかいうのを使うということ。

謎の術を使うということは「何をするかわからない」ということだ。

警戒しなければ。

振り返ると、リザードマンが魔王マルコシアスの牙により消滅させられるところだった。

まさか、こんなにあっさり十数秒で倒されるとは。予想はしていたとはいえ、かなり悪いほうの予想が当たった感じだ。魔王の能力を上方修正したほうがいいだろう。

距離は目視ギリギリ。アンデッドのおかげで。100メートルほど稼げただろうか。

とはいえ三層は広い。昇り階段までの距離は1kmくらいあるだろう。

残り900メートル。なんとか逃げ切れるか――

「ヒカル! な、なんか変ですよ!」

振り返ると、マルコシアスが唸りとも叫びとも取れる鳴き声を響かせながら、地面を掴むように踏ん張り、四肢に力を入れていた。

まるで、なにかを生み出す直前のような。

「精霊力が……高まっていく……? なんだ……?」

つい立ち止まってしまう。逃げるべきか、見ておくべきか判断の難しいところだったが、俺は目を離すことができなかった。

渦巻く精霊力の中心。確かにその密度の高まりを感じる。

俺にはピンとくるものがあった。

「リ、リフレイア……。魔王は、階層を上がるとどうなるって言ってたっけ」

「あっ、そうです! 魔王は階層を上がると、一つ強くなるんです。確か、『混沌の性質が一つ追加される』とか――」

リフレイアがそう言った次の瞬間。

魔王マルコシアスの背中に、ズバッと音を立て一対の漆黒の翼が出現した。

「マ、マジかよ――」

魔物は「混ざるほど強い」というのが、この世界の常識らしい。

ではあの魔王はどれほどの強さか。

狼の頭。獅子の胴体。蛇の尾。そして、大鷲の翼。

「グギャァアアアオオオオオオ!」

紅い瞳が真っ直ぐに俺とリフレイアを見据える。

しかし、すぐに魔王は向かってくることはなく、新しく生えたばかりの翼の調子を確かめるかのように、その場で羽ばたきを繰り返した。

「ヒカル! あれ……飛ぶ気なんですかね……?」

「おそらくそうだろう。クソッ、空中戦の用意なんてないのに――。とにかく逃げよう!」

最後に振り返った時、魔王は、大きな翼を広げて空中に浮かび上がるところだった。

さすがにリフレイアの顔にも焦りが浮かんでいる。