軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

186 朝食の支度、そして食卓について

第2陣転移者がこの世界に来た次の日。

俺は誰よりも早く起きて朝食の準備をしていた。

早朝からやっている市場で食材を買ってきて、家の台所で調理する。

調理の手間も日本にいたころと、それほど変わらない。

蛇口を捻れば出てくるような仕組みこそないが、水道橋から新鮮な水が街中に送られており、ちゃんと上水と下水が分けられている。

この水は大精霊が毎日作り続けていて、精霊の加護があるとかで、飲んで腹を壊すことはないらしい。実際、今のところ煮沸などせず利用しているが問題はない。毒耐性が仕事をしているという可能性もあるにはあるが。

火は、コンロのような精霊具がある。単純な効果を発生するだけの精霊具は、魔導具と違い手頃な値段で購入でき、うちも二口ほど揃えてみた。

メルティアで手に入りやすい精霊石は、闇、土、風、水の4つで、火と光の精霊石は多少割高。だが、精霊具は「色付き」が中枢動力炉に入っていれば、他の石は無色でも動く仕組みになっており、案外経済的だ。

少なくとも俺たちの場合は、無色の石は買う必要がない。

「今日は良い野菜が手に入ったから、スープにしてみるか。先にトウモロコシも茹でといてっと……」

台所は広い。というか、家自体が広いからだろうが、地球で住んでいた家のキッチンの3倍以上はある。個人宅というよりは、寮の台所という感じだ。

たぶんこれは探索者向けの家だからというのも関係しているだろう。

なにせ、位階の上がった人間はたくさん食うのだ。

そして当然、リフレイアも俺も位階が上がってきているからか、食べる量が多い。

ジャンヌはポイントによるチートで「体力アップ」をしているから強いが、位階そのものはまだそこまで高くないようで、食べる量も今はまだ常識的だ。

まあ、ジャンヌもそのうちたくさん食べるようになるだろう。

「パンにチーズ、サラダにベーコン。卵はスクランブルエッグにするか……」

個人的には朝は日本食を食べたいが、クリスタルを使って出さない限りは米も味噌も手に入らない。チーズがあるのなら、同じ発酵食品である味噌も自作可能かもしれないが、残念ながら知識がない。

世界のどこかには似たものがある可能性は高いだろうが、ないものはないのだ。

まあ、この街ではチーズがわりと安く手に入るから良い。植物油も良質なものが安く手に入るし、つくづく食べる物には恵まれた世界である。

ジャンヌによると、こういう世界の造り一つとっても「神」の思惑が見えてくるらしく、あくまでも「神」は転移者に楽しんで貰おうとしているはずだとのこと。

彼女からすると、この世界はイージーすぎるし、普通に生きようと思えばわずかな労力でほとんど遊んで暮らせるはずで、それでも死者が出るのは、あくまでランダム転移を選んだとか、初期のポイントの割り振りでロマンを追及しただとか、そういう自己責任の果て……とのことだ。

言われてみればその通りで、俺だっておそらく2層専門の探索者をやっているだけで、ヘタをしたら一生安泰だろう。

ロールプレイングゲームのキャラクターみたいに冒険をしたいとか、もっともっと強くなりたいとか、そういう「普通じゃない」暮らしをしようとするから難易度が上がったり死んだりするのであって、ただ暮らすだけなら地球より暮らしやすい可能性すらある。

「よし……。起こしてくるか」

8割方準備が済んだので、ジャンヌを起こしに行く。

リフレイアはとっくに起きているが、朝の鍛錬を庭でやってから朝風呂を浴びに行くのが日課だ。今はまだ帰ってきていない。

「おーい、もう朝だぞ」

部屋のドアをノックして起こすが、ジャンヌはたいていこれでは起きない。

時間は朝の7時。

暗くなってからはやることが少ないこの世界では、寝るのも早くなりがちだ。俺はだいたい20時までには寝て、朝5時には起きるようにしている。

ジャンヌはまだ生活習慣が切り替えられていないのだろう。何時くらいまで起きているのかは知らないが、朝にはとにかく弱いのだ。

何度かノックするが、返事はない。

俺はドアを開き部屋に入った。

「もう朝ご飯できるぞ」

引っ越してきてからそれほど日が経っていないのに、ジャンヌの部屋はわりと散らかっていて、よくわからないものがその辺に転がっており、うっかりすると踏んだり蹴飛ばしたりしてケガをしそうになる。

机の上には読みかけの本。昨夜は遅くまでリングピル語の勉強をしていたみたいだ。

ライトの精霊術が封じ込められた光の精霊具は、わりと普及しており値段も手頃だ。

リングピル語の勉強は、リフレイアを先生にして本当に少しずつだが始めている。今はまだ単語レベルだが、いずれは喋れるようになるはず。

自動翻訳は便利だが、あくまでリングピル語だけだし、昨日聞いたグラン・アリスマリスとかいう大迷宮に行くことが本当にあるなら、他の地域の言葉を覚える必要も出てくるのだろうし、ベースとなる異世界語はちゃんと覚えておくべきなのだ。

「……しかし、全然起きないな」

何度か呼びかけたが、起きる気配はない。

ダボダボのTシャツ一丁で、大きめの枕を抱きしめるようにして眠っているジャンヌ。

こうして見ると、全然強そうには見えないが、迷宮ではトロールの攻撃すら受け止める戦士なのだから不思議だ。

俺は木窓を開き、外の明かりを取り入れた。

残念ながら窓ガラスはない。

神殿なんかにはステンドグラスがあると聞いたし、ガラス自体は存在するが、値段が高いのだろう。

ちなみに、部屋に入ってきて起こして欲しいというのは、ジャンヌ自身から事前に頼まれていることで、決して勝手に侵入しているわけではない。

最初のころ、さすがに部屋に入ってまで起こすのはマズいかと思い放っておいたら、なんと昼まで起きてこなかったのだ。自力で起きられるようになるまでは、誰かが起こしてやらなければならない。

「むぅ~、もうあさ?」

窓からの光に反応したのか、ようやくムニャムニャと目を覚ますジャンヌ。

「朝だよ。起きろ~」

言いながら、着るものを用意してテーブルの上に置く。

うちは下の妹が同じような感じだったから慣れたものだ。

ジャンヌはまだ布団が恋しいのか、ベッドの上をゴロゴロと転がり、なかなか起きられないようだ。よほど夜更かししたのだろうか。

「昨日、何時まで起きてたんだ? 寝不足で迷宮探索するのは危ないから、なんなら今日は休みでもいいぞ」

「う~……おきる……。おきるよ……」

寝起きの彼女は普段の凜々しさはどこへやら、年相応の少女のようになる。

あるいは、こっちのジャンヌが素の姿なのかもしれない。

しばらくクイーンサイズのベッドの上を転がっていたジャンヌだったが、何かを思い出したのか「あ、そうだ」と呟いてから静かになった。

見ると、口元が緩みそうになるのを我慢してるかのような顔をしたジャンヌとバチリと目が合った。

「クロ~、だっこ」

「ん?」

「だっこ」

寝っ転がったまま、両手をこちらへと突き出して言うジャンヌ。

起きたかと思ったが、どうやらまだ寝ぼけているようだ。

「そういう冗談は良くないぞ」

「だっこ~」

真っ直ぐこちらを見て同じ言葉を繰り返すジャンヌ。どうやら折れる気はないらしい。

ジャンヌがこんなことをやる理由に俺は心あたりがあった。

少し前、家族の話になった時に、俺は妹たちの話を少しした。

何をやらせてもソツのない優秀な上の妹セリカ。

生活力はないが、得意なことなら誰にも負けない下の妹カレン。

特にカレンにはかなり手を焼かされたのだが、中でも彼女は朝が苦手で、ほとんど毎日俺があの手この手で起こしていたのだ。

俺が起こさない限り、カレンはそのまま学校をサボり昼まで寝ていて、学校からお便りやら電話やらが届き、なぜか俺が親に怒られる。それを回避するには、どうにかして起こすしかないのだが、まあこれが起きないこと。そもそも、カレンはあの手この手を使ってこっそり夜更かしするのが常で、根本的に寝不足なのだ。

最終的に、力尽くで抱き起こして着替えさせ朝食を与える――ここまでやって、ようやく起きる。それくらい大変だった。

……という話を少しした時に、ジャンヌは小さく「それはいいな。憧れる暮らしだ」と呟いていたのを俺は聞き逃さなかった。

まさか、本当にやるとは思わなかったけど。

ジャンヌは妹気質なのだろうか。

「あ~、眠い。寝ちゃいそう。今なら起きれそうなのに」

「わかった、わかった。視聴者が騒ぐぞ……」

「視聴者関係ないし」

関係ないったって、実際に視聴者は見てるわけだし。

「はいはい。じゃあ、起こすぞ。そーれ」

「わ~~。……って、思ってたのと違う」

「どういうのを想像してたんだ……」

俺からすれば寝てる人を抱き起こすのって、なんていうか……介護みたいな感じだから。

そういえば、カレン、俺がいなくなって、ちゃんとやれているのだろうか。心配だ。

とにかく起こすことに成功したので、俺はすぐ降りてくるように言って、また下に戻った。

お湯を沸かし、スクランブルエッグを作る。

トウモロコシも粗熱が取れて、良い感じだ。

コーヒーはないから、市場で買った猫じゃらしみたいな葉っぱのお茶を煎れる。

「ただいま~」

「リフレイア、おかえり」

「ジャンヌさんは? まだ寝てるんですか?」

「さっき起こしたから、そろそろ降りてくるだろ」

そんな話をしているとジャンヌが降りてきて、3人揃ったところで朝食を摂る。

「ヒカル、いつも朝ごはんありがとうございます。明日は私が用意しますよ」

「……いや、好きでやってることだから、いいよ。それより、毎朝の鍛錬のほうが大事だから。特に前衛はさ。そっちを頑張ってもらったほうが、パーティー全体の運用としても良いと思う。うん」

「そうですか? ヒカルがそう言うなら、甘えちゃいますけど……」

危なかった。

リフレイアの作るものは、かなり独創的というか、危険な代物なのだ。

ここは地球みたいにレシピサイトも、動画もない世界だ。できない人はとことんできないし、知識だってない。

俺が教えればいいのだろうし、最初はそうしようかとも思った。

思ったのだが……本人はけっこうできていると信じ込んでいて、本当のことも言い出しにくく、結局手を出させないという方向性に固まってしまったのだ。

俺は家でもまあまあ家事をやっていたから、あまり人に触らせるのが好きじゃないというのもあるかもしれない。

それに、家事全般は元々嫌いではないので、問題はない。