軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.前公爵様と対面します

翌日、屋敷に到着したのは新人メイドのクラリッサではなかった。

ディランと同じ銀色の髪に、ディランよりも深い青色の瞳。背格好までディランにそっくりのその人は、後ろ姿だけなら見間違いそうなほどディランそのものだった。

ディランによく似ているにも関わらず、目元のクマが目立ち、艶のない肌に無精髭を生やしている。その見た目は日頃の怠惰な生活をそのまま表しているようで、まったく好感が持てない。

事前の知識ではエイヴリルより四十歳近く年上のはずだったが、外見からはもう少し歳を重ねているように見えた。

(ブランドン・ランチェスター。ディラン様のお父様で、いわゆる『好色家のおいぼれ公爵閣下』のふたつ名で知られているお方ですね)

前ランチェスター公爵でありディランの父親でもある彼は、ディランから婚約者として紹介されたエイヴリルを前に鼻で笑う。

「エイヴリル・アリンガムだったか。ひどい悪女だと聞いたぞ」

「はい、その通りにございます」

明らかに馬鹿にされているが、この場で否定するのも面倒なのでエイヴリルは肯定してにこりと微笑む。

ディランが忌々しげに「どうやら大きな誤解があるようだ」と割り込もうとしたが、わずかな差、前公爵は偉そうに言い放つ。

「見た目は悪くない。もう少し淑女らしくかわいい態度をしていればかわいがってやったものを」

「彼女をあなたにかわいがってもらう必要はないし、紹介するのも今日のこれ限りだ。ランチェスター公爵領への滞在中は別々に過ごす。あなたはいつも通り離れに篭っていればいい」

「ふん、若造が。家督を譲ったからといって偉そうにするな」

「譲られたのではなくローレンス殿下に助言を受けたからだ。私は、公爵でい続けることよりも領地の別棟で遊び呆ける人生を選択せざるをえなかったあなたを軽蔑していますよ」

(まあ)

ほんのわずかな会話を聞いただけで、二人のそりが合わないのは一目瞭然だった。この応接室に控えている数人のメイドも執事も、いつもは大らかなクリスでさえ、緊張感を漂わせているのを感じる。

けれど、ピリピリとした空気の中エイヴリルはおっとりと首を傾げた。

(お二人の関係はもとよりお伺いしていた通りですが……。前公爵様は清楚なご令嬢がお好きだというのは、昨日離れのメイドの皆さんに聞いた通りですね。ここで動きやすくするため、私は悪女でい続ける必要があります)

腑に落ちたので徐に立ち上がる。前公爵は不機嫌そうに顔を顰め、一方ディランは訝しげな視線を送ってきたが、気にするところではなかった。

悪女然としたエイヴリルはつんとして言い放つ。

「かわいい態度とはどのようなものでしょうか。……そうですね、このような感じでしょうか?」

目の前にはティーセットがある。コリンナなどは気に入らないことがあればカップとソーサーをセットで目の前の相手に投げつけて割っていたし、アレクサンドラは悪女ではないがリンゴを手で握り潰していた。

これは、小道具としてちょうどいいだろう。

そう思い勢いに任せてティーカップを手にすれば、エイヴリルを悪女だと誤解し、動向を探っているらしいメイドたちの間にも緊張が走る。

しかしその瞬間、カップがしっかり目に入ってエイヴリルの動きは止まった。

(これは……普通の真っ白なティーカップだと思っていましたが、老舗ブランドの一級品ですね……いえ、ランチェスター公爵家で使われている食器やカトラリーに安価なものはないのですが、その中でもこれは特別に素敵な)

「ムイセンのカップ……」

間違いなく割るのはもったいなかった。

つい声に出してしまえば隣のディランが立ち上がったのがわかった。スッとエイヴリルの手元からカップを抜き取ると、意外な言葉を繰り出してくる。

「……なるほど、汚れが残っているのか」

「? いえ、その……とても綺麗に磨き上げられていて、さすがに公爵家だと」

「加えて、ヒビも入っていたのか」

「???」

ディランはこのカップに不備があったように誘導しようとしているが、ランチェスター公爵家の完璧な使用人たちがそんな失態を演じるはずがない。一体どういうことだと考えを巡らせれば、あることに気がつく。

(もしかして、ディラン様が悪女のふりを手伝ってくださっている……!?)

ちらりと隣を見上げると、ディランの方もチラチラとこちらを見ている。それは「やっていい」という視線に思えた。しかし割れない。エイヴリルに、こんな高級なカップは割れないのだ。

(どうしましょう。こんな素敵なカップを投げることも叩きつけることも憚られますし、何よりも危険です。ですが、悪女ならできなくてはいけません)

エイヴリルの葛藤を察したらしいディランは、微妙な間をあけると、そのまま自分でカップを放った。

「今の言葉といい、このもてなし方といい、あなたは私の婚約者を侮辱したいようだ」

ガシャン。

放られたカップはテーブルの上で真っ二つに割れ、その小さな破片が前公爵に向かって飛んで行ったのが見える。

(あっ!? これは、いけません!)

さすがに破片は危ない。反射的に動いてしまったエイヴリルが前公爵をいきおいよく突き飛ばせば、彼は椅子から落ちた。当初の意図とは違うが、結果的にエイヴリルは前公爵を跪かせることに成功した。

エイヴリルの足元に跪く『好色家のおいぼれ公爵閣下』。悪女っぽい構図の完成である。

「痛っ……って、なんだ、お前は」

(ごっ……ごめんなさい!? ですが結果オーライです)

床に尻もちをつき目をぱちくりさせている前公爵に向け、この状況に便乗したエイヴリルは一言告げておく。

「私は田舎町でも王都でも有名な悪女ですわ。あなたにかわいがってもらう必要はないし、ここでも好きに過ごさせていただきます」

「……はっ……はぁ……?」

「ディラン様、参りましょう」

(これで、前公爵様はもう私とディラン様に関わろうとはしないはずです)

自分の父親に冷ややかな視線を送るディランを伴いながら応接室を退出しようとすれば、控えていたメイドや執事たちがサッと道を開けた。

そこを、精一杯つんとした顔で通り過ぎる。

「……あの婚約者もだけど、子供の頃からおりこうさんだったディラン様が……ワイルド……」

誰かのつぶやきが耳に届いた気がした。