軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22.優秀なメイドのうわさ

無事に洗濯の手伝いとメイドたちによる井戸端会議の時間を終えたエイヴリルは、ジェセニアによって使用人用の部屋がならぶ棟へと案内されていた。

「ジェセニアさん、私はそろそろこの辺で失礼いたしたく」

「あら!? そんなこと言ったって自分の部屋がわからなかったら失礼も何もないのよ? ここではねえ、狭いけど一人部屋なのよ。気を使わなくったっていいんだから」

「いえ、私の名前はエイヴリルと申しま」

「ほーらっ。ここがあんたの部屋。なかなかでしょう?」

(困りました。全然私の名前を聞いてくださらない……)

しかし、何だか親近感は湧いてくる。

そして悪女と関わりたくないという彼女の立場を考えれば名乗ってはいけないことは理解していたが、最後のチャンスに思えた。

けれど隙を見て「エイヴリル」まで口にしたところで、案の定言葉を被せられる。そうしてジェセニアは勢いよく目の前の扉を開けた。

「ここは……?」

「クラリッサ――あんたのお部屋よ。貴族令嬢時代に比べたら狭くってクローゼット以下の広さかもしれないけど、ちゃんと個室よ。今日は初日だし、あんたは優秀だってわかったし、この辺でおしまいにしてあげる。ゆっくり休みなさい」

ジェセニアは得意げに言うと、そのまま出て行ってしまった。一人、残されたエイヴリルは部屋の中を見回す。

奥行きに対して幅が狭い、細長い部屋だ。中には簡素なベッドに寝具。簡単な木の机と椅子に備え付けのクローゼット。

(ここは、アリンガム伯爵家でキーラと過ごしていた部屋に似ていて懐かしいです)

ディランの父――前公爵は評判からは想像がつかないほどに、使用人へ手厚くしているらしい。一般的に、使用人には相部屋が与えられることを考えると、首を傾げずにいられなかった。

(ローレンス殿下に麻薬取引への関与を疑われたとき、ディラン様はお父上を疑う素振りすらありませんでした。つまり、お人柄は信頼していないものの犯罪に手を染める方だとは思っていらっしゃらない)

王都でもその話を聞いた際にうっすら思ったことだったが、やっと現実味を帯びてくる。

(それに……本当はこの部屋で過ごすはずだったクラリッサさんはどこへ行ってしまったのでしょうか。皆様の話を聞く限りでは、到着予定時刻をとっくに過ぎているようですが。――って、いけません。戻らないとグレイスが心配しています)

エイヴリルはとりあえずメイド服からさっきまで着ていたドレスに着替え、いそいそと母屋の方へ向かったのだった。

その日の夕食の席に着いたのはディランとエイヴリルだけだった。

「……前公爵は明日まで遊びに行っているらしい」

「遊びに」

「ああ。離れの住人が増えるかもしれないな。いつもこうだ」

空席に視線をやりつつ、ディランは諦めたようにため息をつく。その口ぶりからすると『遊びに行く』がエイヴリルの想像するものとは何となく違うことが想像できるが、エイヴリルには答えがわからない。

とりあえず笑ってやり過ごせば、ディランは手にしていたカトラリーを置いた。

「……それで、エイヴリルは今日一日、一体どこで遊んでいたんだ? グレイスをはじめ、母屋の使用人たちが心配していたが」

「ええと、それは」

「噂で聞いたんだが、別棟に優秀な洗濯メイドが入ったらしい。普段は使わない重曹をつかって洗濯物を綺麗に洗い上げたものの、元貴族令嬢らしく立ち振る舞いは楚々としたものだったと」

「まあ、それはそれは」

「ここは母屋と別棟で使用人の仲が悪い。それなのにその日のうちに情報が入ってくるとは、なかなか珍しいことだと思わないか? 相当、その新人が優秀だったということだ」

「あらまあ」

誤魔化すために首を傾げてみたものの、話題のメイドは間違いなくエイヴリルのことだし、ディランは明らかに笑っている。わかっていて問いかけているのは明白だった。

(いま、ディラン様は母屋と別棟で使用人の仲が悪いとおっしゃいました。つまり、情報の共有はされにくいはず。別棟の様子を探るにはメイドとして潜入するのもありな気がします)

はっきりと認めてしまえば、ディランの立場上、止めなければいけないのはわかっている。ということで、何となくふんわりとかわす必要があるだろう。

「実は……今日一日、とても楽しかったです。ですが、皆様にご心配をおかけして申し訳ございませんでした」

肯定はせず、ただ頭を下げればディランの表情は柔らかく緩んだ。

「で、洗濯は楽しかったのか?」

「はい、それはもう。合わせて、大旦那様の性癖についても調査できましたし」

「ちょっと待て。その言葉を君に教えたのは誰だ」

若干焦り出したディランの前で、エイヴリルは得意げに微笑む。

「ディラン様の女性の好みも褒められていましたわ。大旦那様とは違うと」

「……それに関しては自分でも趣味がいいと思っている」

「ええ、皆様、ディラン様が刺激的な悪女をお好きなことをとてもほめていらっしゃいました」

「……いや、それは話が違ってくるな……」

ディランがなぜか遠い目をしたのと同時に、少し離れた場所に控えていたクリスが噴き出すのが聞こえたのだった。

(いろいろと予想外なことはありましたが、今日はとてもいい一日でした。あとは、大旦那様と本当のクラリッサさんがこのお屋敷に到着するだけです)