軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.

王城での茶会でエイヴリルが消えた二日後の、ランチェスター公爵家。

妻がいまだに見つからないどころか、手がかりすら掴めていないことにディランは焦っていた。

屋敷の中は未だかつてないほど殺伐としている。普段は臆せず声をかけてくる使用人たちも、今ばかりは遠巻きに見ていて近づいてこず、あらゆることはクリスを通じて耳に入ってくる。

ディランも、この空気の原因は、言うまでもなく自分だとわかっていた。けれど周囲のことに気を配る余裕がない。

昨日に引き続き、朝からランチェスター公爵家に出入りしている捜査員たちを横目に見つつ、眉間に皺を刻む。

「一昨日と昨日、王城に出入りした人間は全部調べ尽くしたな」

「はい、昨夜までに。こちらがそのリストです」

クリスが差し出したリストを受け取る。ずしりとした重みを感じさせるリストには、大勢の名前が記載されていた。その人物のフルネーム、入った時間と出た時間、行き先が書いてある。

茶会が催されていた時間帯には特にたくさんの人間が出入りしていて、怪しい人物がいたとしても調べきるのは至難の業に思えた。

それでも全ての確認が終わっているのは、クリスの尽力のおかげだろう。自分と同じぐらいエイヴリルの捜索に心を砕いている側近に感謝しつつ、ディランは問いかけた。

「このリストに漏れがある可能性はないか?」

「一昨日はローレンス陛下夫妻が主催するガーデンパーティーが開かれていましたし、昨日はエイヴリル様がいなくなったことにより、いつも以上に警備が厳重だったはずです。漏れはそうないのではと」

「となると、まだ王城の敷地内にいるか、もしくは……」

「仮に誘拐だった場合、荷物に紛れて連れ出されてしまった可能性がありますね」

「……そうだな」

クリスの言葉は、ディランに重く響いた。

新国王の即位に伴い、王城へは国内外から現在進行形で祝いの品が運び込まれている。

数十年に一度の慶事であることを考えれば当然なのだが、運び込まれる荷物への警戒が厳しいのに対し、運び出される荷物の検査が甘くなりがちなのはどうしても仕方がないことだった。

荷物に紛れて連れ出されてしまえば、捜索は極めて困難になる。王城からの人の動きを追うのではなく、王都中を探すとなれば途方もない規模の捜査になるのだろう。

そして、そこから浮かんでくる犯人像が厄介なことになりそうなのもまた、エイヴリルが見つかるまでに時間がかかるのではという焦りに、拍車をかける結果になっていた。

(もし、エイヴリルが何者かに連れ去られたとすれば……犯人は王城内の警備の動きや一連の式典に伴うスケジュールを把握できる人間ということになる)

それができる者は誰なのか。リストを握り締め、ディランは唇を噛んだ。

「やはり、ランチェスター公爵家とブランドナー侯爵家の接近を嫌う誰かか」

「二つの家の接近の立役者はランチェスター公爵夫人、という噂は社交界で広まっていますからね」

「……なぜこんなことに」

いつもよりも数倍気遣わしげなクリスの言葉に、目の前が昏くなる。

もともと王家との親交が厚く家格が高いランチェスター公爵家と、社交界の華であるブランドナー侯爵家は、それなりの距離を置いて貴族同士の均衡を保っていた。

確かに、前公爵であるブランドンのせいで社交界での立場がないという懸念はあった。

しかし、ランチェスター公爵家にエイヴリルがやってきて、ブランドナー侯爵夫人に気に入られたことによりその勢力図は一気に変わったのだった。ディランは悔しさを露わにする。

「サミュエルが行儀見習いに来たことや、領地での音楽会により家とエイヴリルの評判が回復したことは間違いなくうちにとって喜ばしいことだった。だが、それがこんな形で裏目に出るとは」

「光は陰も作りますからね。ディラン様には王位継承権に関わるお話もありましたし」

「とにかく、今日はこれからブランドナー侯爵家へ行ってくる。何か情報が入っているかもしれない」

ディランは立ち上がり、眠れていない頭のこめかみを押さえながら部屋を出る。

(エイヴリル……どうか、無事でいてくれ)

もし、この行方不明が誘拐の類であるのなら。自分の手が届くまで、どうか無事でいてほしいと祈るような気持ちだった。

同時に、この事態を引き起こした誰かへの怒りが湧いてくる。

――裏には貴族同士のあらゆる策略や駆け引きがある。

今は、そうとしか思えなかった。

意外なことに、ブランドナー侯爵家へと到着したディランは裏口へと案内された。

先触れなしで訪れたのだから、歓迎されない可能性があることはもちろん理解していたのだが、これは明らかに様子がおかしい。ディランは困惑した。

「どういうことだ?」

「ご覧ください、馬車がたくさん停まっていますね。どなたかお招きしているのでしょうか」

「とにかく案内通り裏へ回ろう」

クリスとともに遠回りをして裏口へ向かえば、そこでは最敬礼をするブランドナー侯爵夫人が待っていた。夫人は心底申し訳なさそうに非礼を詫びる。

「ディラン・ランチェスター公爵閣下。このような場所からの案内になり申し訳ございません。今日はとある目的でお茶会を開いております。その出席者の目に触れないよう、このような措置を取らせていただきました」

「茶会?」

意味深な言い方に問いを返せば、ブランドナー侯爵夫人の側で控えていたサミュエルが真剣に頷く。

「はい。エイヴリル様が行方不明になった件ですが、我が家では事件に上位貴族が関わっていると判断しています。犯人の当てをつけるため、母は臨時のお茶会を開くことにしたのです」

「それはありがたい。実は、私も同じようなことを考えていました。犯人を見つけるため、可能性のある家を一つ一つ回ろうと」

ディランの言葉に、ブランドナー侯爵夫人は心底同情しているようだった。

「ご心配なことでしょう。ランチェスター公爵家を取り巻く環境は、この一年ほどで大きく変わりましたから。新たな摩擦が出てくるのは当然と存じますわ。ですが、最悪の形で出てしまいましたわね」

それから、奥の部屋に案内された。侯爵家の廊下を抜け、たどり着いた場所はカーテンが締め切られていた。外から見えないように気を遣っているのを見て、夫人は本気なのだと悟る。

(こういった探し方は、俺にはできない。夫人には感謝しかないな……)

エイヴリル自身が築いた人脈が、今、崩壊しそうなディランを助けてくれている。そう思えば、行方の知れない妻のことがますます心配になった。

隣では件の茶会が催されているのだろう。賑やかな気配が伝わってくる。ディランが応接セットに座ったのを確認した夫人は、また申し訳なさそうに頭を下げた。

「ここで少しお待ちいただけますか。茶会には私だけでなく、息子たちも出ています。もし何か有力な情報がありましたら、すぐに知らせにまいりますわ」

「なんとお礼を言えばいいのか」

「サミュエルの恩人ですもの、それには及びませんわ。……お待ちいただく間、長男が話し相手を努めさせていただきます」

その言葉と同時に、ディランにとって因縁の相手が部屋に顔を見せる。

「ディラン殿がそんなに青い顔をしているのは珍しいな」

それは、余裕を見せる言葉とは正反対にディランと同じぐらい蒼い顔をした、フェルナン・ブランドナーだった。