軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32.婚約者は不在③(ディラン視点)

夜が明けたようだ。

朝日が差し込む一等船室。テレーザとウォーレスをこの部屋に連行したディランは、二人からエイヴリルの居場所を聞き出そうと躍起になっていた。

だが当然、テレーザは頬を膨らませて黙ったまま。一方のウォーレスも「異国の船で乗客を勝手に拘束するなんて、覚悟した方がいいぞ?」とニヤニヤして口を割らない。

エイヴリルの行き先については、別の人間たちも船内をくまなく捜している。けれど、このヴィクトリア号は広すぎて捜索には限りがあるのだ。そうなると怪しげな彼らの口を割らせるしかない。

ディランがしかたなく「あまり物騒なことはしたくないが」と脅しに使うナイフを取り出したところで、クリスが部屋に顔を出した。

「ディラン様、通信士経由で連絡を入れたローレンス殿下からお返事がありました」

「思ったより早かったな」

「はい。 ローレンス殿下はまだマートルの街で待機していらっしゃったようでこちらを」

ディランは返事を記した紙に目を通すと、頷いた。

「これで了承は得たな」

「はい。……ところで、ディラン様はかわいい奥様のためにナイフを? わざわざあなたが手を汚すことはありません。私が承りましょう。そのナイフ、ください」

ディランとクリスの会話に、ついさっきまでは余裕ぶっていたテレーザとウォーレスが騒ぎ出す。

「待って! 公爵様は刺さない気がするけど、そっちの人はなんか違うわ⁉︎ 笑顔だけどちょっと怖いもの!?」

「ききき奇遇だなテレーザ。ぼぼぼ僕もそんな気がするよ」

ディランは冷たい瞳で椅子に縛られ震える二人を見下ろした後、ウォーレスの膝にナイフの先をあてた。

「では、エイヴリルの居場所を吐くか?」

「いやっ……その」

「どちらにしろ、お前たちが麻薬取引に絡んでいることはわかっている。この船を下りたら罪に問われることは確定している」

「ふ……船を下りなければいいんだろう、そんなの」

「……」

脅されてもウォーレスが折れないことをディランは意外に感じた。少し圧をかければすぐにエイヴリルがいる可能性がある場所を吐くものと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

(つまり、この男は情報を吐いて自分だけが逃げ帰ったとしても、組織からすぐに消されると確信しているのか。間違いなくトマス・エッガーとグルだろうが……彼らは麻薬以上に何を隠したいんだ?)

そして、ディランとエイヴリルはもともと次の港で下船する予定になっていた。もしエイヴリルがただ迷子になっただけで問題なく一人で下船してくれればいいが、そうではない場合が怖い。

そこから先は異国へと向かう長い航路になるからだ。ナイフをクリスに渡したディランは淡々と伝える。

「……船を下りなくても、次の港に着いた時点でお前たちは警察に引き渡す」

「こ、ここは異国が所有する船の上だぞ。ランチェスター公爵の権限も、この国の法律も効力を持たないだろう? 私たちが監禁されたと訴えればまずい立場になるのは貴殿たちのほうでは?」

額を汗で濡らしたウォーレスの答えに、ディランは冷酷な視線を送った。この焦り方は完全にクロだ。エイヴリルに関する手がかりを知っていると思えば、ますます怒りが湧いてくる。

「確かにお前の言う通りだ。加えて、この国は他国と犯罪者の引き渡しについて協定を結んでいない。だが、逆に何の協定も結んでいないからこそ、どんなこともできるとは思わないか?」

「……?」

「ありえないほど多額の現金を積んで、強引に船内をくまなく調べることもな」

「「!!!」」

テレーザとウォーレスが真っ青な顔をして息を呑んだのを確認したディランは淡々と続ける。

「さっき、まさに王太子のローレンス殿下にそれを相談したところ、この船を所有する国に電報で連絡を取り、あっさり許可をとってくれたらしい」

「さすが、ディラン様の一晩の新婚旅行のためにスイートルームをとってくれただけありますね」

「ひぃっ⁉︎」

クリスがニコニコと相槌を打ちながらナイフをウォーレスの頬に当てたので、ウォーレスはさらに震え出してしまった。それを見てもなおディランは冷徹に続ける。

「どちらにしろ、次の港に着いたらお前たちは引き渡されるんだ。逃げ切ることは叶わない。それなら重要な情報を提供して刑を軽くした方がいいんじゃないか?」

「…………そ、それは」

ナイフをあてられているウォーレスは真っ青だが、ローレンスにも「肝が座っている」と笑われたテレーザはまだ余裕があるようだった。青い顔をしながらも感心したように呟く。

「ランチェスター公爵家ってやっぱりお金持ちなのね。さすが、あれだけの愛人を囲う余裕があるお家は違うわね。悔しいわ、後継ぎが女にもう少し興味があったらよかったのに」

「お言葉ですがテレーザさん。ディラン様は女に興味がないのではなく婚約者様にしか興味がないんですよ。それに、今回の原資金はエイヴリル様が自力で払える範囲のものです。うちのお姫様はあなたとは違うきちんとした方法で、ありえないほどに多額の資産を作られましたから」

「は!? どういうことよ?」

クリスがエイヴリルの手柄――少し前に法律の抜け道を使って通された嘆願書がランチェスター公爵家に大きな富をもたらしたこと、についてニコニコと説明しているが、テレーザはちっともわからない様子だった。

それを横目にため息をついたディランはウォーレスの顎を掴んで凄む。

「だから――吐け」

その瞬間、コトンと音がしてウォーレスの手から何かが落ちた。

見ると絨毯の上に落ちたそれは鍵のようだ。

ディランは鍵を拾い上げ、ウォーレスの目の前で揺らす。

「これは何だ?」

「そっそれはその」

「何の部屋の鍵だ? テレーザが潜伏していた船室か」

厳しい声で問い掛ければ、ウォーレスは目を泳がせたまま恐る恐る答える。まだ完全に情報を渡す決心がつかないのだろう。

「そ……そうだ。だが私たちが場所を教えたところで、貴殿がエイヴリルを助けられるはずがないんだ」

「どういうことだ?」

「さっき、エイヴリルは二等船室エリアに行って行方不明になったといっただろう? この部屋に捕らえられている可能性が高い。むしろそうだと思う。なぜなら、商品が不足していたから……」

商品、という響きに嫌な予感がした。

最悪の展開を予想するディランにウォーレスは投げやりな様子で伝える。

「その鍵を持って、二等船室区画に行き廊下の端を調べるがいい。隠し部屋が見つかるさ。……だがあの部屋には外から侵入者が入ろうとした時点で口封じのために躊躇いなく商品を殺し、海に飛び込んで逃げようとするような女しかいないんだよ」

「…………!」

絶句したディランはテレーザに視線を送る。確かに、こんな状況なのに彼女は青ざめながらもそこまで動揺はしていない。気が強そうな眼差しでこちらを睨み返してくる。

「ん? なによ?」

ランチェスター公爵家でのテレーザの振る舞い――悪事が明るみに出た瞬間に彼女が二階の窓から飛び降りて脱走してことを思えば、ウォーレスの発言は事実にしか思えなかった。

焦りはじめたディランの耳に、外からボーッという長い汽笛の音が届いた。どうやら間もなく港に着くらしい。

(商品というのなら、どこかの港で誰かの手に渡る可能性が高い。それが次ではないという保証はない)

間違いなく時間がなかった。