軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話 子守りは皆上手

カルストン伯爵家の 家宰(かさい) たる壮年の執事長へ昼餐会の後片付けを一任し、私は廊下ですれ違ったアマベルと二、三言話してからベオフリックの待つ部屋へ向かった。

アマベルは北海諸島から来た手紙の返事を書かなければならないこと、それからベオフリックに来客があるとのことを私へ伝え、風のように去っていく。

私が西日差すベオフリックの遊び部屋へ行くと、その来客は大きな背を丸めてベオフリックと積み木遊びに興じていた。

「あら、お兄様。ベオの遊び相手をしてらしたのね」

その表情は柔らかく、かつて幼い弟妹の世話をしていたころと同じ顔をした長兄ウルフスタンは、床に並べた積み木の庭に居座るベオフリックへ、たっぷり入った木箱から新たな積み木を供給する役目に就いていた。

「邪魔しているぞ、トリッシュ」

「プルケリアは明日来ますわ」

昨年、イヴェルタリー伯爵家とクレランシャ伯爵家は婚約を結んだ。私の長兄ウルフスタンとプルケリアの婚約は、社会勉強も兼ねてプルケリアが王宮騎士団顧問秘書として行動していたこともあって、当然のことだろうと世間では受け止められていた。

ただし、現状、当の本人は「誰かが反対してくれると思っていた」らしく、もう一人の当事者に押し切られただけである。

そしてここ一ヶ月ほど逃げ回る長兄は、秘書の職を辞したプルケリアが両家で花嫁修行をしている事実からも逃避するように、こうしてベオフリックの世話という名誉職へ没頭していた。

プルケリアの名を聞いて、長兄は声の調子があからさまに落ち込む。

「むしろ、今日も王宮騎士団の出先で出くわして、うん」

プルケリアはよくやっている。私は、健気にも愛する人を追いかけ続けるプルケリアの成長を実感していた。

積み木の追加という役目をこなしながら、長兄は強引に話題を変えた。

「それよりもだ。お前の夫が、イヴェルタリーの領地で父上と会って話をしていたらしい」

「そうなの? ……アルバートからその話は聞いていなかったわ」

それは初耳だった。

とはいえ、私も根掘り葉掘り大陸から帰宅までの三年間をまだ詳しく聞いてはいないのだから、それはいい。

問題は、まだアルバートと会ったことのない長兄の口からその話が出てきたことだ。

「まあ、あくまで大陸からの帰途、玄関港から王都までの間にうちの領地があるから、親戚の領地で足を止めた、程度に見られているが」

「見られている、ということは」

うん、と長兄はこともなげにこう言った。

「王宮での重要な会議となれば、何人もの騎士が衛兵の代わりにいるものだからな。その日の議事録を見るまでもなく、王宮騎士団の上層部へすべて情報が集まる仕組みだ。諜報活動にはもってこいだろう?」

長兄ウルフスタンは、三年前から王宮騎士団顧問という肩書きを持っている。

だが、まさか王宮騎士団の武力や団結力の底上げだけでなく、王宮内外へ縦横無尽に人員を派遣して表向きは治安組織として、裏では大臣クラスの出席する会議から市井の噂まで情報を集める組織へと静かに変革してしまうとは、誰が予想しただろうか。

そのあたり、長兄は穏やかそうに見えてもイヴェルタリーの一員だ。権力の掌握はせずとも、目に見えるものも見えないものも合わせての実力の蓄積、鍛錬は欠かすことがない。

つまり、アルバートが出席すると言っていた、王宮での外交部門会議の最初から最後まで、長兄は会議室に近づくこともなくすっかり把握しているというわけだ。

「呆れた。お兄様は王宮騎士たちを立派な諜報員に仕立て上げているのね」

「少しばかり心得を伝授しただけだ。馬術や槍の扱いだけが騎士の本領ではないからな」

「ええ、日々すり減る忠誠心をいかに温存できるかだもの」

ベオフリックが私と長兄を交互に見上げていた。何やら真面目な話をしている、と理解しているらしく、じっと黙って見ているだけだ。

そんな子どもらしくないベオフリックを労うように、長兄は余っている積み木をひょいひょいと高く積み上げていく。自分の背丈を越えるくらいの高さになると、ベオフリックは目を輝かせて、「わあ」と感嘆の声を漏らしていた。

「それで、お兄様は今日、どのくらい情報通になったの? 騎士たちの忠誠心は本日も揺るぎないのかしら?」

「まあ、そうとも言える一日だったな。国王陛下はまあいいとして、ドンナー王子に忠誠を誓う者はあまり見かけないな。ロウヴァン王子はまだ幼いし、王妃の人気があるのも困ったものだ」

「メリザンド様については?」

「やはり気遣いの声が多いな。表に出られないほどのご病気が長くなれば、怪しむ輩も出る。ただそこはやはり王妃の薫陶もあって、メリザンド王女も王宮の親しい使用人や騎士との手紙のやり取りを欠かしていないから、存在が忘れられることはまずないだろう」

「そう……」

聞けば答えてくれるあたり、長兄は私に甘すぎた。

王宮から離れた私は、王宮奥の私室で暮らす第一王女メリザンドの近況を知る 術(すべ) がない。手紙を送っても、形式的な 時候の挨拶(グリーティングカード) が返されるだけだ。

第一王女メリザンドから使用人や騎士たちへの手紙も、内容は親密かどうかではなく、何らかの密命を与えたり王宮内の様子を探らせているのだろうと思われるが——真相は不明だ。

第一、公に動きを見せられない第一王女メリザンドではなく王妃がそう工作しているだけかもしれない。娘を忘れるな、と王宮の大臣や官僚たちへ知らしめるために。

何にせよ、特段今までと変わったことはなかった。

現時点で、私にできることは増えていない。

優しい長兄の世間話に助けられている私は、長兄へこれ以上気遣いをさせないよう、わざわざ調べてくれと頼むことは許されないのだ。

眩しい西日から目を逸らすように、私はカーテンを閉めにいく。

背後からは、二人の会話が聞こえてきた。

「ん、どうした、ベオ」

「おひざ、座っていーい?」

「俺よりトリッシュのほうが柔らかいぞ」

「んー」

少し間を空けて、ベオフリックが私を呼んだ。

「おかあさま」

「何かしら」

振り向き、視線を合わせる。

すると、ベオフリックは私から逃げるように、長兄の膝上に飛び込んだ。

「やっぱりいい!」

「こらこら、飛びつくんじゃない」

子どものあしらいに慣れた長兄は、二歳児に思いっきりぶつかられようが平然と受け止めていた。

アマベルやメイドたちとは違う、思いっきり甘えられる相手がいることは、ベオフリックにとっていいことなのだろう。

残念ながら、私はその立場にはないというだけだ。

気持ちを切り替え、私も長兄へ甘えることにした。

「ところでお兄様、私は明日ウォルシャ伯爵家に行く予定だから、プルケリアについてはお任せするわね」

「はい!?」

「仕方ないでしょう、急用が入ったのだから。それに、プルケリアも貴族令嬢にしては鍛えられているし、多少のことなら折れやしないわ」

「いやそうなんだがだからと言って——」

「ああ、厩舎のほうで白毛の仔馬が生まれたそうよ。見せてあげたらいいのではなくって? では、よろしくお願いね」

わざとらしくにっこりと微笑む私と、待ち受ける試練に心底愕然とする長兄、そして長兄の見たことのない顔を凝視するベオフリック。

どうせなら結婚祝いにその白毛の仔馬を贈ろうと思いついたが、さて長兄とプルケリアの間にある壁は、いつなくなるのだろうか。

まあいい。

私は私で、明日のやるべきことを乗り越えなければならなかった。