軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十五話 昼餐会の威力

私が三年間、王宮に乗り込むことなく、座して動かずにいたのは事実だ。

その代わり、貴婦人としての立場を最大限に活かした。カルストン伯爵夫人、次期セダル公爵夫人と目される私の今の立場と、社交界において代替の利かない役割が備われば、少なくともこの国の貴族たちを抑えることは可能となる。

では、どうやって? 代替の利かない役割とは何だ?

その答えは、この完成したカルストン伯爵邸だ。

舞踏会を二つ三つ同時に開催できるホール数を持つこの屋敷は、中小規模の舞踏会程度なら連日開催できる。幸いなことに、その資金力もセダル公爵家——特に公爵夫人アマベルから提供されており、私はその範囲内でやりくりする 術(すべ) を身につけた。

誰かが開く晩餐会や舞踏会に出向くのはもちろん、私自身もささやかなパーティから夜通しの大舞踏会まで何度も主催し、 運営(ロジスティクス) から 客のもてなしかた(ホスピタビリティ) を習得。

さらに、トスティグ料理長直々に有望若手料理人を引き抜きに、ついでに食材探しのため地方まで出向く戦略投資も功を奏した。

今となっては、貴族たちが王都のどのレストランやホテルよりも美食を味わえる場所として真っ先に挙げるのは、カルストン伯爵邸、つまり我が屋敷だ。

アルバートが王宮での外交部門会議に出向いた快晴の今日も、我が家ではガーデンパーティならぬ 昼餐会(ちゅうさんかい) が開かれている。

砂利の車寄せに続々と揃う、小型ながら造りのいい馬車から、友人同士の貴婦人たちが降りてくる。私は一人一人を出迎え、挨拶の言葉を交わした。

「ようこそ、お越しくださいました。ペイフォア伯爵夫人、テューシャ子爵夫人」

「ごきげんよう、カルストン伯爵夫人。お招きいただき本当に嬉しいわ」

「私もよ、トリッシュ。前に来たとき味わった『レモンのスフォリアテッラ』が忘れられなくって! 西の大陸に行きたくてたまらなくなったわぁ」

「あら、私はやっぱり『ラム酒漬けチェリーのアマレッティ』ね! お茶と本当によく合うもの! 今日はどんなお料理が出るのかしら。待ちきれないわ」

早くも待ちきれず上機嫌な貴婦人たちを、会場となる場所へ案内するよう使用人へ引き継ぐ。

杖を突いた老貴族と孫の青年、家族に内緒でこっそり美味しいものを食べにきた貴族と口止めできず連れてきた従者、という変わった組み合わせまでいる。

何にしても、活動開始時間が遅い貴族もこの昼餐のためなら多少の早起きは苦にならないようで、尚且つドレスコードを 正装(フォーマル) ではなく 平服(インフォーマル) と限定したことから、舞踏会や晩餐会の雰囲気が苦手な貴族たちも足を運びやすい。

それは、あくまでこれは私的な食事会である——そう主張するための、大事な大事な建前だ。

北と東側を建物に囲まれ、風に晒されない芝の中庭は、大型タープとパラソルを設置して長テーブルと椅子を置けば、あっという間にパーティが開ける。

そこからは見渡す限りの草原と林が我が家の敷地だ。郊外に屋敷を置く最大の利点であり、王都内では味わえない、さりとて遠出をする暇もない人間にとってはちょっとした気晴らしにもなるのだろう。

「おお、今日はいい天気だなぁ。渡り鳥まで羽を休めてゆったりとしている」

「我々も休むべきですな、ウォルシャ伯爵」

「うむ。ここでは名前で呼び合ってくれよ、 カレフォード男爵(ロラン) 」

「これは失礼、フルク殿」

「はっはっは、慣れないなぁ!」

「まったくです。まあ、公の場ではありませんので、粗相はお許しを」

椅子が埋まってくると、そんな多愛ない会話も聞こえてくる。

誰も彼も、社交界や政治の場では、利害関係から敵対する者は大勢いる。そういう組み合わせを厳密に、慎重に弾き、私は彼らの招待リストを作っていた。

馬が合わない者、対立する近しい親戚であまり接触してはいけない者も当然弾かれる。それから、ここはデートの場所ではないため、基本的に夫婦以外は男女で呼ぶことはない。偶然出会ってしまうことまでは流石に責任は取れないが、極力気を遣っていた。

ようやく招待客が全員着席するころには、この昼餐会の雰囲気も定まってくる。

二十人ほどの貴族の老若男女が、着飾ったドレスではなく普段着に近い服装を思い思いに着ている。

女性は上質な仕立てのデイドレスと厚手の刺繍ショールで、アクセサリなど光り物は結婚指輪くらいなものだ。

男性は綿や亜麻シャツと、下は気張らず伝統的な 膝丈(ガリガスキン) 、西の大陸から伝わった 細身(スロップス) 、上着には脱ぎ着のしやすいゆったりとしたクロークが多い。

平服(インフォーマル) で出かけることのない貴族にとって、ここへの出席はちょっとした冒険だ。淑女が化粧をせずに外出するようなもので、しかし、結局は美食の誘惑に負けて出てくる。

私は、首を長くして待つ客たちの前へ進み出て、こう述べる。

「お集まりの皆様。本日のメニューは『 肉の煮込み(ラグー) 』をアレンジしたものだ、と料理長から聞いております。料理長の出身である北部は羊が多いものの、ハレの日には必ず出てくる食材、それが牛肉です。ならばと、私は最高の肉質の牛を育てるため、ここだけでなく北部にも牧場を構えて今日の食材としました」

これはトスティグから教わったことだが、料理について説明することは、美味しさだけでなく食事の時間の価値を上げるために大切なことなのだ。

毎日の食事は貴族とてさほど豪華なものを食べているわけではないし、家族とともに食事を摂ることも当たり前ではない。

飢えることはなくとも、美味しい食事を楽しむことは王侯貴族でさえも贅沢の範疇であり、美食は他の娯楽よりも生き物としての本能に訴えかけるものがある。

より美味しく、より楽しく、そのためには『その料理を食べるとどうなるか?』という好奇心をくすぐり、自分で体験してかけがえのない 思い出(ストーリー) にすればいい。今から食べる料理の説明は、その大きな手助けとなるのだ。

とはいえ、もうとっくに子どものように食事が待ちきれない大人たちは、あからさまにそわそわとしている。

「さて、御託よりも己で食べて確かめたほうが早いでしょう。どうぞ、召し上がれ。『白ラグーのチーズリゾット』、『黒ラグーのラザニア』です」

給仕たちが二人がかりで運んできた二つの特大の深皿は、長テーブルのメインキャストとして拍手とともに迎えられた。

給仕たちはそれぞれを取り分け、素早く客たちの目の前へ運んでいく。

一方は、ただ白く、淡雪のような削られたパルメザンチーズと、素材そのものの色を残した牛肉の 煮込み(ラグー) で炊かれたリゾット。

もう一つは、黒いソースで作られた 煮込み(ラグー) を挟んだラザニアだ。何層にもなったパスタ生地に挟まれているのはもちろんのこと、表面の香ばしく焼けたチーズも黒々としている。

白と黒の対照的な料理に、客たちは怪訝な顔をしつつも、次々にフォークとスプーンを伸ばす。

「白いのは分かるが、黒いのは……何を使っているんだ?」

「ポルチーニ茸よね? それにニンニクの香りもするけど」

「ええ、ニンニクの香りを長時間かけてじっくりとソースへ移しました。イカ墨は今朝採れたものを運んできた新鮮な食材ですから、臭みはありません」

どれも、最近西の大陸からやってきた食材ばかりだ。

特にイカ墨はアルソナ王国ではほとんど使われておらず、私もトスティグの料理でなければ味見もしなかっただろう。

一口、また一口と料理が減っていくたび、その味は客たちの目を覚まさせるかのごとく魅力を語らせる。

「おお、リゾットはただの白ワイン煮込みかと思ったら、これは違う。まさか 琥珀酒(マルムジー) を使っているのか? 贅沢なことだ、ははっ」

「それなのにまったりと濃くって、バターの濃厚すぎる風味が食べろと催促してくるわ……」

皆、口の周りを白黒させて、一時たりとも手が休まらない。

白ワインの水割りで一服したのも束の間、春風が吹き抜けていく心地よさよりも、舌で踊る粗挽き肉の旨みと味の調和が人々へ与える刺激が優っていた。

徐々に皆、無口になっていく。陶器の皿と金属のカトラリーが当たる小さな音、コップが長テーブルへ置かれる音、草地を吹き抜ける風切り音。

最後に、満足を表す深いため息。

料理の余韻ですら脳を恍惚で満たし、それが抜けてようやく一言が生まれる。

「……美味かった!」

ただそれだけで、料理人への最大の賛辞となるだろう。

正気に戻ってきた客たちが、いかに美味であったかを語り合いはじめたころ、私は頃合いを見計らっていつもの注意をしておく。

「皆様、ご承知おきのこととは思いますが、ここでの料理のメニューについては他言なさらぬようお願いいたします。楽しみが減ってしまいますからね」

同意の頷きが長テーブル沿いの各地で起こる。

カルストン伯爵邸で食べた料理が美味しかった、と公言するのはかまわないが、そこで食べた 肉の煮込み(ラグー) が 琥珀酒(マルムジー) で煮込まれて、と喋ってしまわれると、まだありついていない招待予定客たちにとっては楽しみが半減してしまう。

それだけではない。次はどんな料理を食べられるのだろう、という予測不可性が、人々をより一層カルストン伯爵邸へ誘うのだ。

同じものを食べさせないよう、私は招待客リストとトスティグ料理長提案のメニューをやりくりし、手を替え品を替え魅力と希少性を高める工夫を重ねていた。

その甲斐あって、招待客たちは皆協力的だ。

「安心しなさい、トリッシュ。これほど美味いものを食べておきながら裏切り者が出れば、この騎士が成敗してくれるわ」

「頼もしいですこと、デルトン卿。でもトリッシュのことよ、デルトン卿が知ったころにはすでに裏切り者を蹴飛ばしてしまっているかも」

そんな親しいやりとりをしながら、食後のデザートを待って談笑する。

すると、ちょっとしたサプライズが や(・) っ(・) て(・) き(・) た(・) 。

「あらあら! 皆様お揃いで!」

二歳になるベオフリックを抱いたアマベルが、屋敷から中庭へと出てきたのだ。

「これはセダル公爵夫人! ご機嫌麗しゅう、それに」

セダル公爵夫人への挨拶を、と我先に皆が殺到する——わけではない。

老貴族や貴婦人たちは、久々に会った愛しい孫同然のベオフリックを撫で回しにいく。

「ベオ君ったら大きくなったわねぇ!」

「そうなのよ、お天気もいいし美味しそうな匂いがするから連れてきてしまったわ」

「いやはや可愛いものだ。しかしイヴェルタリーの血が流れているとは、末は偉大な騎士か将軍か」

ベオフリックはよく笑う。笑えばアマベルや世話をするメイドたちが喜んでくれる、と自覚しているのではないかと思うくらいだ。

ところが、愛想のいい二歳児はどこで覚えたのか、招待客たちへこんなことを言った。

「ふふー、美味しいもの、たくさん食べてねー」

ベオフリックは二歳である。元々、年齢相応に拙いながらも喋れる。

だが、微笑みかけられ、愛想を振り撒かれた大人たちは、驚愕と歓喜に沸いていた。

「喋った!? 天才だ!」

「こんなに小さいのにもてなしてくださるかぁ。よしよし、ラザニアをやろう」

「一口いただく?」

「いただくー」

「かーわーいーいーわー!」

「うちの孫もあんなころがあったわねぇ。懐かしいわ」

その光景を、私はただ黙って、微笑んで見ていることしかできない。

当初、私はベオフリックをこうも表に出すつもりはなかった。だが、アマベルがこうすべきだ、と主張したのだ。

「トリッシュ、いいこと? ベオちゃんはね、表向きはイヴェルタリーの領地にいた親族の子、ということにしておくのよ。王都に来た身重の母が産んで亡くなってしまったから預かっている、あたりが一番疑われないわ。むしろ隠すと詮索されるし、余計な勘ぐりを招くだけ。あとは私が可愛がっていれば、誰もベオちゃんを疑ったりしないわ。ね? そうだ、ここに来る人々にもベオちゃんの可愛さを教えれば、より信憑性が増すわね! そうしましょう!」

——というわけだ。

ベオフリックは私の子ではない、しかし王都にいては確認できない『イヴェルタリーの親族』の子なら、私が育てる十分な理由があると人々は見るだろう。

それに、できればベオフリックには、多くの人に愛されて育ってほしい。

私だって、そう思うようになってきたのだ。