作品タイトル不明
第二十話 危機は通り過ぎ、そして
数日後、第二王女アミスからの私的なお茶会の招待を受け、私は久しぶりに王宮へ立ち入った。『王妃の側仕え』ではなく、『王家の客人』という立場で入るのは初めての経験となる。
とはいえ、知り合いのメイドたちと立ち話をしたり、待ち構えていた王妃に「ちょっとおいでなさいな」と呼ばれて話したりとしながら、約束の時間前には第二王女アミスの待つサンルームへ到着した。
ガラス張りのサンルームをお茶会の場所に選んだのは、午後の麗らかな日差しを浴び、お茶とお菓子をいただこう、ということだろう。
通常、招待主はソファに座って客が来るのを待つものだが、第二王女アミスは違った。サンルームの扉を開けると同時に、私へ抱きついてきたのだ。
「待っていたわ! さ、座ってちょうだい! 西の大陸から来たお茶やスパイスで作った 異国風ミルクティ(チャイ・ラテ) よ、召し上がれ!」
第二王女アミスの翻った母譲りの豊かな髪からは、ふんわりと春の花の香りがする。
草花を愛し、花の香りを好む天真爛漫な王女は、つい先日結婚が正式に発表されたばかりだ。本来であれば慌ただしい日々を送っているだろうに、クレランシャ伯爵家の舞踏会のときに約束したお茶会のことをしっかりと憶えていた。
前のめり気味になりつつ、私はサンルームのテーブルへと誘われる。
淹れたての異国風のミルクティからは、スパイスの香りが漂ってくる。小さめのシンプルなスコーンはよく見ると横に割れており、中にはクロテッドクリームが仕込まれていた。スコーンを齧り、ミルクティを飲むと、満足感が体中に積み重なっていく。
当然だが、他愛ない会話をしながら、素敵な時間を過ごすため——だけにわざわざここへ足を運んだのではない。
私は、頃合いを見計らって本題へと入る。
「ポントゥシア王国への輿入れ、正式に発表されましたわね。おめでとうございます」
「ええ、予定より早く行くことになりそうよ。このままじゃ危ないから、って」
こともなげに、第二王女アミスはそう言った。
先日のクレランシャ伯爵家主催の舞踏会、プルケリアへ仕掛けられた断罪劇、そして王都外周部の火事に至るまでの経緯を彼女は知っている。長兄ウルフスタンを通じての王宮騎士団への情報提供と捜査要請により、きわめて重大な事件と王宮側に受け止められたのだ。
ポントゥシア王国は西の大陸沿岸部にある島国であり、中継貿易の要だ。タルマス共和国とも歴史的に繋がりが深いポントゥシア国王と第二王女アミスの婚姻は、アルソナ王国にとっては長年の悲願でもあった。
それが確実に実現するためとはいえ、今回の事件は第二王女アミスにとっては家族と故郷にいられる残り時間をさらに短くせざるをえなくなった、不本意な事態だろう。
せめて犯人が捕まればまだしも、私も力及ばず、申し訳ない思いを少なからず持っている。
だが、第二王女アミスは弟王子と違い、自らの責務と立場をきちんとわきまえている。今の発言もただ予定が早まった事実を述べたにすぎず、嫌味でも何でもなかった。
「そんな顔しないでちょうだい。トリッシュを責めるつもりで言ったわけじゃないわ、本当よ」
それでも私は、己の力不足を詫びる。
「円満な解決とはならず、まことに痛恨の極みですわ」
「いいのよ。最悪を回避できたことが一番だわ、ってお母様もおっしゃっていたもの。それに、悪いことばかりじゃないわ。ね?」
第二王女アミスは笑顔で私を覗き見る。
そして、単なる励ましや希望的観測ではなく、第二王女アミス自身が己の結婚の価値を正確に把握しているからこその言葉が続く。
「私がポントゥシア王家へ輿入れすることで、アルソナ王家はタルマス共和国の有力貴族のほとんどと縁戚になる。クレランシャ伯爵夫人にばかり負わせていた重責を少しは私も背負えるし、より強固な関係も築けるわ。もっと大型帆船が行き交うようになる貿易航路もね」
第二王女アミスは、天真爛漫さとは裏腹に、きっちりと現状分析と損得勘定ができるリアリストだ。実務的手腕は確かに未知数ではあるが、近い将来、アルソナ王国にはこの 異国風ミルクティ(チャイ・ラテ) のようなものが溢れかえることだろう。
そんな彼女も、故郷に心残りがあった。
「本音を言うと、ここに残ってメリザンドお姉様をもう少しお支えしたかったけれど」
第一王女メリザンド。ここのところ動静が表に出なかった理由を、私は先ほど王妃から伺っていた。
第二王女アミスからその名が出たのは、話題にしていいという合図だ。
謹んで、私は王宮外の人間として、第一王女メリザンドに関する話題を続ける。
「未だ決着のつかないドニー王子とロウヴァン王子の王位継承問題だけでなく、そこにメリザンド様の 御(・) 子(・) の(・) ご(・) 生(・) 誕(・) も重なるとなれば……」
すると、第二王女アミスは驚いたように「まあ……!」と小さくつぶやき、丁寧に重要な訂正を付ける。
「そうね、ただし今回のお姉様の子は生まれても嫡外子、王位継承権は認められない。というか、よく知っていたわね? そのことは極秘だったのに」
「先ほど、王妃様から内密に話をお聞きしました。それに、打診も受けましたの」
「打診?」
思いつかないが何のことか、と勘繰る視線を向けられ、私はすぐにその疑問を解く。
「生まれてくる御子を預かるように、と」
こればかりは予想外だったのだろう。
第二王女アミスは目を見開き、それから周囲を警戒するように見渡す。サンルームにはメイドもおらず、私と二人っきりであることを確認してから、声をひそめて私へこう尋ねてきた。
「……その話、受けるの?」
その第二王女アミスのたった一言には、さまざまな意味が込められている。
一つ目は、第一王女メリザンドの出産は公に知られておらず、第二王女アミスによれば王宮内でも極秘であることを踏まえると、王家の秘密に触れる責任を負うつもりか、という問い。
二つ目は、もし生まれた御子が男子であれば——嫡外子扱いだとしても王家の血を引き、さらに王家に準ずる身分を手に入れ、どう足掻いてもアルソナ王国では高い身分を得る。私がその養育に携わると権謀術数渦巻く政治に関わることになるぞ、という忠告。
三つ目は、結婚したばかりで出産予定もない私が子どもを育てられるのか、という不安からの確認。
以上の意味合いだけでなく、他にも小さな確認点はあるが、どのみち私の意思は決まっている。
姓が変わろうと、私はイヴェルタリーの娘だ。そして、未来のセダル公爵夫人であり、アルソナ王国貴族である。
であるならば、次に考えるべきことは自ずと定まり、第二王女アミスの不安を払拭するためにも彼女へ微笑みを向けた。
「まずは色々と、準備しないといけませんわね」
どんな困難が降り掛かろうとも、道を切り拓く意思がなければ前へ進めない。
私は、第一王女メリザンドをお救いするためにも、万全を期すことにした。