軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十九話「負傷」

平和に十月が過ぎ、十一月に入った。

朝晩の寒さが厳しくなりつつあるが、ラスモア村に比べれば、それほど厳しくはない。

五日に二日のペースでラスペード教授の授業を受け、他の日は森に入るか、図書館で自習をしている。

森に入り始めた当初は、街から二、三kmくらいの近場で、だいたい八級以下の比較的弱い魔物を狩っていたが、ベアトリスが一緒になったことにより、徐々に森の奥に行くようになった。

最近では五kmほど入った場所にある荒地で、七級相当の 食人鬼(グール) を相手にすることが多い。

グールは全身毛むくじゃらで鋭い牙に長い鉤爪を持ち、名前の通り人を喰らうアンデッド系の魔物だ。

アンデッドの割に動きは速く、爪や牙に麻痺性の毒を持っている。更にアンデッドであるため痛みに強く、腕を斬り落とされても、牙を剥いて向かってくる。その姿はグールというより、有名なシューティングゲームや映画で見た“リビングデッド”といった感じだ。

そして、倒すためには焼き尽くすか、首を落とす必要があるという面倒な敵なわりに、現金になるのは、魔晶石と報奨金だけしかない。普通の冒険者たちには、全く人気が無い魔物だ。

だが、俺とシャロンのレベル上げには好都合な魔物だった。

動きが速いと言っても、大型の狼や 灰色猿(グレイエイプ) ほどの機敏さはなく、爪と牙が武器であるため、攻撃のレンジが短い。倒すまでに時間は掛かるが、俺の剣術の的にちょうどいい。シャロンにとっても、荒地に出てくるため、森では使えない火属性魔法のいい練習台になっている。

更に一度に現れるのはだいたい五体以下であり、狼のように数十頭にも及ぶ群れを作ることがない。

その割に“湧き”がいいので探し回る必要が無く、他の冒険者と競合することも無いので効率がよい。

不満があるとすれば、匂いが臭いことと見た目がグロいことくらいだが、慣れればあまり気にならない。シャロンも最初はあまり乗り気でなかったが、数回戦うことで気にしなくなった。

グールを相手にするようにしてから心掛けていることは、剣術と回避スキルの向上だ。

当初、剣術士レベル二十、剣術スキルレベル二十五、回避スキルレベル二十九だったが、十日ほどここに通うことにより、すべてのレベルが一つずつ上がっている。

そして、級も七級に上がり、あと十数体倒せば、六級に上がるところまで来ていた。一日当たり四人で五十体ほど倒しているから、二日もあれば級が上がるはずだ。

ベアトリスやリディがいるため、割り引いて考える必要があるが、登録から一ヶ月そこそこで六級に上がるのはかなり早いらしい。もちろん、傭兵として鳴らしていたベテランが初めて冒険者登録をした時などは、あっという間に五級くらいに上がるそうだが、十五歳以下のルーキーが一ヶ月で六級に上がることは驚異的なことだそうだ。

まあ、それを言ったら十歳で冒険者になっていること自体、驚異的だが。

順調にレベルアップしていた十一月四日。

俺は自らの“油断”からケガを負ってしまった。

その日はいつものように、十時頃から荒地に湧いてくるグールを狩っていた。

前衛が俺とベアトリス。後衛でシャロンが魔法、リディが弓で支援するいつもの形だった。

ベアトリスは俺が囲まれない限り手を出さないし、リディも俺とシャロンの援護の他に、周囲の警戒をしているため、あまり手を出さない。

俺は目の前に迫る二体のグールを見ながら、左側のグールを先に倒すことに決め、ラスモア村で使っていたハンドサインで、シャロンにそのことを伝える。

グールにはほとんど知能と言えるものはないため、ハンドサインの必要性はないのだが、必要な時にいつでも使えるよう、可能な限りハンドサインで指示を出すようにしている。もちろん、ベアトリスにも教えてあり、言葉を交わすことなく意思の疎通が出来るようになっていた。

俺は左右から迫る二体のグールと、その後ろから近づく三体のグールの距離を計る。そして、左のグールに狙いを定め、左にステップしながら、俺を掴もうと伸ばしている腕を二本とも絶ち斬った。

腕を落とされたグールはバランスを崩し、その場に倒れていく。だが、右側にいたもう一体が俺に向かって飛び込んできた。

この動きはよくある動きなので、俺は慌てることなく対応する。

半歩分、右に体をずらし、すれ違うグールの腹を斬り裂く。

グールは斬られた勢いでバランスを崩し、半回転して背中から地面に倒れこむ。グールは腹を斬り裂かれ、背中を強く打ち付けて、苦しげな声を上げるが、動きに影響はなく、すぐに立ち上がった。

起き上がるタイミングを見計らい、腕をついて首が前に出たところで斬撃を加えて、首を斬り落とす。これでようやく一体を無力化した。

三体のグールのうち、二体はシャロンの 炎の太矢(フレイムボルト) で頭を吹き飛ばされ、既に一体しか残っていない。

最初に腕を斬りおとしたグールも完全に戦闘力を失ったわけではないが、今の脅威は無傷のグールと判断し、自分で倒しに行くことにした。

この時、決して油断していたわけではなかった。

いつものように油断無く、周囲や足元を確認してから、標的に決めた敵を倒しにいったのだ。

俺はこの時、魔闘術を使っていなかった。

グール相手に必要が無かったことと、剣術と回避のスキルアップのために自ら“縛り”を掛けていたからだ。結果から言えば、魔闘術を使っていたらケガをすることなく切り抜けられた可能性は高い。

俺は正面から来るグールに対し、剣を正眼に構えて、近寄ってくるのを待っていた。残りの敵は地面を這い回る腕なしだけで、急いで倒す必要は無い。

腕を振り上げながら襲い掛かってくるグールに対し、俺は敵の横から首を斬り裂こうと、体を沈めて左の懐を抜けようとした。

俺が抜けようとした瞬間、グールが右足を石に取られた。

グールはバランスを崩し、俺の方に傾いてきた。そして、そのまま俺に抱きつく形で倒れこんできた。

俺は咄嗟に剣をグールの胸に突き込んだ。だが、これは悪手だった。

グールは痛みに強く、胸を刺されても致命傷にならない。グールにとって、敵の剣が胸に突き刺っているということは、敵の攻撃手段を封じたのと同じことだ。

だが、その時、俺にはまだ余裕があった。

剣を手放し、体を捻れば、十分に回避できると思っていたのだ。

しかし、それは叶わなかった。

運が悪いことに、右に体を捻ったところで、更にグールが足を取られたのだ。

今度は石ではなく、自らの足に。

傍から見ていれば、コントのような動きだろうが、俺にとっては悪夢にしか見えなかった。斬ろうとした瞬間に思いもよらぬ方法で向きを変えられ、避けた瞬間に更に追いかけるように体を倒してくる。

俺は剣を手放し、体を捻って逃げようとしていたため、体術を使って逃げることも魔法を撃つこともできず、全く打つ手がなかった。

ベアトリスが慌てて「ザック!」と叫ぶが、俺には答える余裕など無く、グールに抱き倒される格好になる。

グールの身長は百八十cmほどで、体重も俺より五割以上重いだろう。そのグールが走り込んだ勢いのまま、俺に覆いかぶさってきたのだ。

俺は受身を取ることも出来ず、ヘルメット越しに後頭部を地面で強打した。

一瞬、目の前が真っ白になり、鼻の奥がツンとする感じがするが、そんなことを感じる暇もなく、俺は敵に対処することを迫られた。

グールは転倒のショックなど全く感じず、これ幸いにと俺の首に噛み付いてきた。

意識が飛びそうになりながらも、必死に腕を伸ばし、グールの頭を押さえるが、膂力に勝る敵に強引に押し込まれていく。

その時、目の前のグールと目が合った。俺にはそいつがニヤリと笑ったように見えた。

グールは大きく口を開け、ギザギザの歯を見せながら、俺の首元に牙を突き立てようと迫る。

俺は必死に体を捻り、何とか首への致命的な一撃は防いだ。だが、捻った左肩にグールが噛み付き、そのまま大きく抉られた。

肩に激痛が走り、知らないうちに悲鳴を上げていたようだが、俺はそれに気付くことはなかった。再び俺の首元を狙うグールに恐怖しながら、右手でクナイ型の投擲剣を握った。

俺は右手でグールの頭にクナイを突き込もうとしたが、既に間に合わないことは判っていた。

グールの汚く鋭い牙が俺の顔に迫ってくる。

俺はこの時、死を覚悟した。

俺には死力発揮という特殊能力があるはずだが、まだ 体力(HP) が十分残っているため、発動しない。

この状況でも頚動脈を切り裂かれれば、死ぬ可能性が高い。治癒魔法が得意なリディがいたとしても、間に合わない可能性は十分にある。

治癒魔法によって運良く血が止まったとしても、脳への血流不足が起こり、脳に大きなダメージを負うかもしれない。

こんなところで死ぬのか。まだ、やりたいことは一杯ある。この世界を見て回りたい。リディやメル、シャロンたちと旅もしたい。

俺は長く引き伸ばされた時間の中でそんなことを考えていた。

俺が諦めかけた時、目の前の視界が急に開けた。迫っていたグールの頭が左にずれ、吹き飛ばされるように飛んでいく。

そして、俺の目の前にはベアトリスの愛槍の柄があった。

ベアトリスが間一髪、グールの頭に突きを入れ、体ごと吹き飛ばしたようだ。

俺は礼を言おうと体を起こそうとするが、かまれた左肩に激痛が走り、言葉にならない呻き声を上げた。

俺は防具を着けておらず、革製のジャケットしか着ていなかった。その革のジャケットの左肩部分を見ると、ギザギザに食い千切られ、更に左肩の肉の一部も抉られているのが見えた。

ベアトリスの「ザック!」と叫ぶ声が聞こえ、リディとシャロンの走ってくる音が聞こえる。

ベアトリスが「早く治癒魔法を」とリディを急かしているが、俺は痛みのせいか朦朧としていた。そんなボケた頭で“急がなくても大丈夫だ、死にはしない”と言おうとしていた。

この時、グールの麻痺毒が体に回り始めたのか、急に意識が飛んでいった。俺には毒耐性の特殊スキルがあるはずだが、百パーセント防げるものではない。恐らく低い確率で毒が回ったのだろう。

意識が飛ぶ中、

(今日は厄日だな。グールが二回も足を取られるし、毒まで回るし……最近調子が良かったから、不運がまとめてきたのかもしれないな……麻痺の回復ってリディに出来たっけ……)

そこで俺の意識はぷっつりと切れた。

意識が戻ったときには、自分の寝台に寝かされていた。

俺は自分の状態を知るため、傷口に手を持っていき、恐る恐る触ってみた。だが、痛みはほとんどなく、若干左肩が引き攣る感じがあるだけだった。肉ごと齧り取られた傷を見ているので、よくこれで済んだと安堵していた。

ゆっくりと周囲を見回すと、椅子に座って寝ているリディの姿があった。

着替えもせず、革鎧も外していない状態なので帰ってきてから、それほど時間は経っていないのだろう。

俺は寝ている彼女を起こすことを一瞬躊躇うが、心配しているだろうと思い、声を掛けた。

「リディ、起きてくれ。リディ」

俺の声に「ううん」と唸ったあと、パチリと目を開ける。俺が声を掛けたことで安心したのか、その瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。

そして、何も言わずに俺に抱きつき、泣きながら「心配したんだから」と何度も言ってきた。

俺は「ごめん。心配を掛けてごめん」と右手で彼女の髪を撫でる。

一頻り泣いた後、リディは下で待っているシャロンとベアトリスを呼びにいった。

ベアトリスは開口一番、「済まなかった。あたしがもう少ししっかり見ていれば……」と謝ってきた。俺は彼女の手を握った。

「助かったよ。ベアトリスが間に合わなかったら死んでいたかもしれない。それにベアトリスのせいじゃない。運が悪かったのと、どんな状況にも対応できるようにしていなかった俺が悪いんだ」

シャロンはリディとベアトリスの後ろで俺を覗き込んでいた。泣いていたのか、彼女の目は真っ赤で「痛くないですか。大丈夫ですか」と、鼻声で聞いてくる。

俺はシャロンにも「心配掛けたね。大丈夫、少し引き攣った感じはするけど、痛くは無いよ」と言って安心させようとした。

だが、彼女はそこで緊張の糸が切れたのか、膝から崩れそうになりベアトリスの脚にしがみついてしまった。その様子が小さな子供が母親にしがみつくように見え、場違いだと思いながらも思わず微笑んでしまった。

「とりあえず、あの後どうなったか教えて欲しいんだが」

比較的冷静なベアトリスが、俺のベッドの横に膝をつき、あの後の話を聞かせてくれた。

昼前に俺がケガを負い、あの場でリディが治癒魔法を掛けて傷は回復させた。だが、一向に俺が目を覚まさないので、麻痺毒が回ったと判断し、浄化の魔法も掛けたそうだ。浄化の魔法で麻痺毒が消えれば、すぐに目を覚ますはずだが、一時間ほど待っても目を覚まさない。グールが湧く荒地にいては危険だと判断し、ベアトリスが俺を背負って帰ってきた。

午後三時過ぎに家に着いたが、一向に目を覚まさない。

心配したベアトリスが知り合いの腕のいい治癒師を呼んできたが、その治癒師が治癒魔法を使っても回復しなかった。治癒師は俺が頭を打っているので、それで意識が戻らないのだろうと言い、明日まで様子を見るようにと言って帰っていった。

それから三時間、今は午後六時の鐘が鳴った後だそうだが、リディが俺から離れるのが嫌だと言って、ずっと近くで見ていてくれたそうだ。

「本当に心配を掛けた。頭を打ったから自分で治癒魔法を掛けておくよ。多分、これで大丈夫なはずだから」

俺はそう言うと、治癒魔法を掛けていく。恐らく脳震盪なのだろうが、脳へのダメージは馬鹿に出来ない。脳内で出血しているかもしれないから、木属性の魔法で脳の血管を修復し、水属性魔法で血栓などができないよう脳内の血管をきれいにしていく。最後に光属性魔法で脳の周りを浄化し、脳細胞を活性化するイメージで脳の障害を防ぐ。

(医者じゃないから、この程度しか思いつかないが、あとは明日一杯安静にしていれば十分だろう。気分が悪くなったり、目眩がしたりするなら、もう一度脳に治癒魔法を掛けてみよう……)

俺の変わった治癒魔法を見て、ベアトリスが驚くが、リディとシャロンはホッとしたようで、少しだけ表情を緩ませていた。

「多分、これで大丈夫なはずだ。明日はちょうど学院も休みだし、ゆっくり寝ているよ。それより腹が減ったな。シャロン、晩飯は出来ているかい?」

シャロンは「はい! 暖め直してきます」と言って、飛ぶように一階に降りていった。

俺が起き上がろうとすると、リディが押し止め、ベアトリスが俺を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつで無茶苦茶恥ずかしい。俺は自分で歩けるから降ろしてくれと言ったが、二人は聞く耳を持たず、そのまま階段を降りていった。

お姫様抱っこのまま、食堂に連れていかれるが、一つだけいいことがあった。

リディは革鎧を脱いでいなかったが、ベアトリスは既に装備を外し、シャツにベストというラフな格好になっていた。抱かれている俺の右側には大きな二つのクッションがあったのだ。

弾力性のあるクッションの感触を楽しんでいたが、すぐに食堂に着き、ゆっくりと椅子に座らされる。

既にシャロンがシチューのような煮込み料理を温め、俺の前に出してくれた。

俺が食べようとすると、シャロンが「ザック様は手を洗っておられません。私がお手伝いします」と言って横に座り、俺の手からスプーンを奪って、シチューを食べさせてくれる。ベアトリスとリディはそれを微笑ましそうに見ていた。

俺は三人に心配を掛けたので、この羞恥プレイに耐えることに決めた。

「助かるよ、パンをちぎって浸してくれるかい」

シャロンは俺の指示に従って、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

その間にリディが着替えに行き、残っているベアトリスが帰ろうとしていた。

「今日は本当に助かったよ。ありがとう」

ベアトリスが「気にするな。今日のはあたしのミスでもあるんだ」と言って片手を上げる。

俺にはその表情が寂しげに見え、思わず声を掛けていた。

「今日は風呂を入れられないが、泊っていったらどうだ?」

ベアトリスが何か言いそうだったので、「なあ、シャロン。ベアトリスがいてもいいよな」とシャロンに声を掛けた。

「はい。ベアトリスさんがいてくれた方が助かりますし。私とリディアさんではザック様を運ぶのは大変ですから」

そこにリディも現れ、「そうよ。ザックの寝顔を見ながら飲みましょう」と笑っている。

俺が「それはないだろう」と言うと、「心配を掛けた罰よ」と言って頬にキスをしてきた。

翌朝、頭痛も吐き気も無く、すっきりと目覚めた。

夜中にトイレに行く時にも、ベアトリスが抱き抱えていくのには閉口したが、何事もなく朝を迎えることができた。

天気は良さそうだが、今日は休養日にするつもりなので、朝の鍛錬もせず、のんびりと布団の中でゴロゴロと寝返りを打つ。

隣には客用の折りたたみ寝台を持ち込んだリディとベアトリスが寝ていた。

冗談かと思ったら、昨夜は本当に人の寝顔を見ながら飲んでいた。ただ、何もしゃべらず、静かに飲んでいるだけだったので、俺はすぐに寝てしまったが。

俺は二人の寝顔を見ながら、シャロンを含め、三人の女性に愛されていることに戸惑っていた。正確にはラスモア村にいるメルもいるから、四人の女性に愛されていることになる。

メルとシャロンはまだ子供だから、ただの憧れかもしれない。だが、ここに寝ている二人は大人の女性だ。そして、十分に美しく、自立した二人の女性が俺を愛しているのだ。

ベアトリスは何も言っていないが、昨日の態度から察せないほど、俺は鈍感ではないつもりだ。いや、十分に鈍感かもしれないが、それでも昨日の態度から、男として俺のことを見ているということは判る。

俺は元の世界ではもてなかったし、結婚にも失敗している。リディ一人が俺に思いを寄せてくれるだけでも十分に幸せなのだ。だから、この状況に戸惑っている。

(今はまだいい。いつかは真剣に考えなければいけないことだ。しかし、これがリア充って奴か……爆ぜるわけにはいかないが、俺がこの状況になるとはな……)

俺がそんなことを考えながら、二人の寝顔を見ていると、シャロンが階段を降りていく足音が聞こえてきた。

朝食の準備をしにいったのだろうが、その足音で二人が目を覚ます。

「おはよう、リディ。おはよう、ベアトリス」

俺の声に二人が反応し、リディはあくびをしながら、ベアトリスはこの状況に戸惑いながら、挨拶を返してきた。

俺が「今から着替えるから出て行ってくれよ」と言うと、二人が手伝うと言ってきた。さすがに羞恥プレイは昨日で終わりなので、二人を部屋から追い出し、着替えてから階段を降りていった。

朝食を食べながら、昨日のグール戦の反省会を行った。

俺は油断したつもりがなかったが、状況の変化に対応できなかったことは油断だというと、ベアトリスが頷く。

「確かにそうだね。あんたはどんな状況でも冷静だし、魔法も剣もかなり使える。それに避けることに関しちゃ、既に一流と言えるほどだ。その分、油断していたんだろうね」

彼女の意見は俺の考えと一致していた。

「確かにその通りだな。俺自身、グール程度に捕まるとは思っていなかったな」

「あんたの一番の油断は防具を着けていないことだよ。防具は無い方が動きやすい。あんたのスタイルには無い方がいいのかもしれないが、前衛に立つなら、昨日みたいなことは、いずれまた起こるんだ。その時に防具があれば、全く違う状況になるはずだよ。あんたなら判っているんだろ?」

ベアトリスの言っていることは自分でも考えていたことだ。昨日の失敗の最大の要因は、“保険”を掛けていなかったことだろう。つまり、昨日までの戦い方は、どのような状況になっても、失敗しないことが前提だったということだ。

奇襲を受けても、アクシデントが起こっても、必ず回避できる。そういう考えが俺の中にあったのだろう。もし、革鎧を着ていれば、肩のダメージはかなり軽減されたはずだ。肩の傷が浅ければ、肩に噛み付いているグールに反撃できたかもしれない。

「ベアトリスの言う通りね。前衛に出ないシャロンはともかく、あなたは防具を着けるべきよ。それに今から防具をつけることは無駄じゃないわ。ねぇ、ベアトリス」

リディの言葉にベアトリスが頷く。

「あんたは防具を着けたことがないんだろ。防具を着けた時と着けない時では体の動く範囲が違う。この先、一生防具をつけるつもりが無いならともかく、防具を着けるつもりがあるなら、今から慣れておいた方がいい。そういうことだ」

俺は「判った。昼から防具を見に行きたいんだが、案内してくれるか」とベアトリスに言うと、

「今日は休養日なんだろ。ゆっくり休まなくちゃ駄目だろう」

リディもシャロンもそれに頷いているため、反対多数で俺の買い物は却下になった。