作品タイトル不明
第十話「冒険者の街」
七月七日。
今日は僅か二十五kmの行程だが、ペリクリトルでの商売を考え、午前七時に出発した。
メイグル村を出発すると、すぐに緩やかな起伏の草原に入る。時々、野生の鹿がいるが、危険な獣や魔物の姿は全く見られない。
あくびの出そうな長閑さだが、陽が高くなるにつれ、夏の暑い日差しが俺たちを焼いていく。
俺はマントとジャケットを脱ぎ、シャツ姿で馬を操っていた。
正午の鐘が北西から聞こえてきた。
小さな丘を越えると、そこには数kmにも及ぶ木製の塀で囲われた巨大な街があった。
(凄いな。どのくらいの広さなんだ? それにしても石の城壁じゃないんだな。まあ、これだけの城壁を作るだけでも一大事業になってしまうんだろうけど……)
ペリクリトルは元々交通の要所であったが、カエルム帝国、ラクス王国との国境付近にあり、開発が遅れていた。
カエルム帝国の北方政策が変わり、商業都市アウレラから延びるアウレラ街道の流通量が飛躍的に伸びると、この辺りで出没する魔物の被害が無視できなくなり、ペリクリトルの前身の街が作られた。そして、魔物を効率よく討伐するシステムとして、冒険者ギルドという組織が作られた。
(商業ギルドが作ったと言われているけど、この冒険者ギルドのシステムを考えた人は天才だな。まず、階級制を入れたことで冒険者のモチベーションを上げている。次に税金を代行して納めることにしたことだな。これで国家がギルドを認めざるを得なくしている。そして、支部によるネットワークの形成だ。どの支部でも同じような扱いを受けることで冒険者の流動性を確保し、地域差を極力排除している……)
正午過ぎ、商隊はペリクリトルの南門前に到着した。
ペリクリトルの入市税は安い。
一人当たり大銅貨一枚、五十 e(エーレ) =五百円。馬も同額で他の街に比べかなり安い。
キルナレックやソーンブローでは小銀貨一枚、一 C(クローナ) =千円だった。
まだ、早い時間と言うこともあり、野菜を積んだ近隣の農家と同じように早めに出発した商隊の荷馬車が数台いるだけで、手続きの順番はすぐに回ってきた。
ガイが目的と名前、入市税の支払いを済ませ、一人ずつオーブ――身分を証明する魔道具――を見せていく。
門を守る守衛は革鎧にショートスピアを持っているが、良く日に焼けた顔には笑みが浮かび、役人という感じはしなかった。
俺の番になり、左手のオーブを守衛に見せる。
「おお、若いね。名前と年齢を教えてもらえるかな」
「ザカライアス・ロックハートです。十歳です」
守衛は「うむ。問題なしと。ようこそ、ペリクリトルへ」と言ったあと、俺の剣が気になったのか、「冒険者になりに来たのかね?」と尋ねてきた。
「いいえ、ドクトゥスに向かう途中なんです」
守衛は「そうか。それでは良い旅を」とにこりと笑う。俺が軽く頭を下げると、軽く手を上げ、「次の人」と仕事に戻っていった。
(この人が特別対応がいいのか、それとも全体にいいのか……こういう仕事は袖の下を要求してきたり、高飛車だったりするのかと思っていたけど、意外だな)
南門を抜けたところで、ノートンが声を掛けてきた。
「今回はご同行いただき、ありがとうございました。皆様のおかげで魔物の被害も受けず、順調に移動できました。何かございましたら、北地区のノートン商会にお越し下さい」
ノートンはそう言うともう一度頭を下げ、荷馬車に戻っていった。
護衛の傭兵たちも軽く頭を下げながら、俺たちの前を通っていく。
隊長のバイロンが立ち止まる。
「この度はいい勉強になりました。傭兵が必要な時はいつでも声を掛けてください。基本的にはここペリクリトルにいますから、傭兵ギルドでバイロン・シードルフと言っていただければ判ります」
「判った。バイロンの腕なら頼りになる。何かあれば声を掛けさせてもらうよ」
バイロンは深々と頭を下げ、ノートンたちの後を追った。
バイロンたちが見えなくなると、「面白い男でしたな」とガイが声を掛けてきた。
「そうだな。確かに面白い奴だったよ。傭兵というのがどういうものなのか、少し判ったような気がする」
俺はもしかしたら、またすぐに会うかもしれないと考えながら、彼らの向かった道を見つめていた。
まだ正午過ぎと早い時間であるため、とりあえず宿を見つけてから、昼食を食べに行くことになった。
宿の当てがあるのかとガイに聞くと、
「私も十五年ほど前にいただけですから。リディアさんは?」
ガイはリディアに話を振るが、「私の方がもっと昔よ」と手をひらひらと振っている。
とりあえず、ガイが昔使っていた宿を探しに南地区を歩くことにした。
ペリクリトルは大まかに分けて、南地区が冒険者の街、北地区が商業の街になっている。
ペリクリトルは人口五万人と、この辺りでは一番大きな都市であり、南北を貫く大通りには人が溢れていた。
大通りから脇道に入ると、武器屋や道具屋などが並んでいる。武器屋の奥からは 金槌(ハンマー) の音が響いており、道具屋の軒先には小物類が並んでいた。
(活気のある街だな。さすがに五万人の街だけのことはある。日本の街に比べれば、人口は少ないんだが、ビルがないからか、人が多いように見えるな。それにしても人種の坩堝だな……)
脇道に入っても多くの人とすれ違う。その多くが防具を身につけ、剣を下げている冒険者たちだった。冒険者の中には、人間、エルフ、ドワーフ、獣人など雑多な種族が入り乱れており、俺は映画のセットの中に紛れ込んだような錯覚を覚えていた。
しばらく歩くと、ガイが一軒の宿の前で立ち止まった。
木造三階建てのかなり立派な建物で、入口に吊るされた看板には“荒鷲の巣”という文字と、白頭鷲のような獰猛そうな鷲が木の上の巣にとまっている絵が描かれていた。
「ここが昔使っていた宿なのですが、確か代替わりしていたはずです。前に来た時には満室で泊まれなかったので、どうなっているかは……」
俺は自信無げなガイに「どうせ、どこがいいのか判らないんだし、ここにしよう」と提案する。
リディにも異存はないようで、ガイが部屋の空きを聞きに行った。
すぐに「空いているそうです」と声が掛かり、馬を厩舎に連れて行く。
「馬の世話は有料ですが、既に依頼してあります。荷物だけ降ろして、部屋に入りましょう」
この世界の宿のチェックインというのは結構いい加減で、空いていれば大抵部屋に入れてもらえる。
馬を厩舎に連れて行き、荷物を手に宿の中に入っていくと、三十代半ばの女将らしい女性がフロントで待っていた。
オーブの確認の後、食事の時間などの説明をしていく。
「……夕食は四時以降なら、いつでも食べられるわ。朝は夜明け前くらいからね。湯がいるなら早めに言ってね。一応、一階に浴室があるから、そこで湯浴みができるから……」
一泊二食付きで六 C(クローナ) =六千円。馬は飼葉と簡単な世話がついて一日二C=二千円だそうだ。キルナレックやソーンブローといった地方都市とほとんど同じ値段であり、これが標準的な値段なのだろう。
女将が説明していると、奥からガイと同じ歳くらいの男が出てきた。その男は太鼓腹で、顔は酒焼けのように赤い。前掛けをしていることから、調理人なのだろう。
その男はガイを見るなり、「昔、ここに泊っていたことがなかったか?」と首を傾げている。
「十五年ほど前だが……もしかして、ヨアンか?」
ヨアンはこの宿の今の主人で、ガイが泊っていた十五年前にも調理人をしていたそうだ。
ガイが旧交を温めている間、俺たちは女将のミラに昼食のうまい店がないか聞いていた。
「それなら、うちで食べていきなよ。簡単なものしか出せないけど、そこらの食堂よりはうまいから」
ガイが戻り、荷物を部屋に入れてから、食堂に下りていく。
食堂はかなり広く、テーブル席が二十ほどにカウンターが十五席ほどある。今はテーブルの上に椅子が乗せられ、開店前の食堂のような感じだ。
主人のヨアンが奥で調理を始めており、俺たちは近くのテーブル席に座って待っていた。
十五分ほど待つと、料理を持ったヨアンが厨房から出てきた。
「夜の材料から適当に作ったからな」
出てきたものは、パンに豚肉のソテーと朝の残りのスープに野菜を足したものだそうだが、食べてみるとかなりうまい。
(香辛料も効いているな。さすがに大都市だからスパイスが手に入るのか?)
「うん、うまいな……この豚肉に使っている香辛料は何なんだろう? それにこのスープの出汁も変わった香りがする……」
横で見ていたヨアンは俺の独り言に少し驚き、「いい舌をしているな。坊主」と言って肩をはたく。
それを見たガイが「俺の仕える家のご子息だ。粗略に扱うんじゃない」と一睨みする。
俺はガイに「別に構わないから」と言って、ヨアンに「俺はザカライアス・ロックハート。ザックでいいです」とニコリと笑いかける。
「ロックハート? あのロックハートか。そういや、お前さん、ロックハート家に仕えるって出ていったんだっけな。本当に仕えているとはな」
ガイはやや得意げな表情で「そういうことだ。だから、敬意を持って対応してくれ」とヨアンに釘を刺す。
ヨアンは頷くが、「判ったが、俺は貴族様の作法なんざ、知らねぇぞ」と少し困った顔をしていた。
俺はガイに向かって首を振った後、ヨアンに話しかける。
「この街は冒険者の街でしょう? 聞いた話だと身分に関係なく、実力がものを言うところだそうじゃないですか。なら、実力を認められるまでは普通に対応してくれればいいです」
ヨアンは「話が判るな。さすがは 獅子心(ライオンハート) の血筋だ」と俺の肩をもう一度軽く叩く。
「なら、俺にも敬語はいらん。だが、ザックと呼ばせてもらうぞ」
俺が頷くと、ガイは不満そうに俺を見るが、軽く首を横に振ると渋々それを認めた。
その後、調味料で意気投合した俺とヨアンは、リディたちが呆れて立ち上がるまで、香辛料の話で盛り上がっていた。
使っていたのはホワイトペッパーで、カエルムの南部から商業都市アウレラ経由で入ってくる高価なものだそうだ。他にもシナモン、カルダモン、クローブなど様々な香辛料が手に入るそうだ。
(ここは当たりかもしれない。この“荒鷲の巣”を“スコッチ”の卸先にしてもいいかもしれない。あとで持ってきたスコッチを飲ませてみよう)
今回のドクトゥス行きで、ここペリクリトルに滞在する予定としていたため、三年物のスコッチを五本だけ持ってきた。うまく行けば、ペリクリトルの食堂に卸せるかもしれないと思っていたからだが、いきなり当たるとは思わなかった。
(やはり旅は面白い。バイロンもそうだが、このヨアンも。この先もいろいろな人に会えるのだろうが、本当に幸先がいいな……)