作品タイトル不明
第九話「宴会」
カルシュ峠を越えたノートンの商隊の面々は、ペリクリトルまでの最後の難所を越えたと喜びあっていた。
俺は自分の魔法が役に立ったことに満足し、更にリディやシャロンが認められたことにも満足していた。
ガイの案内で宿に向かおうとした時、ノートンと護衛隊長のバイロンに呼び止められる。
「本日のご活躍に対して、お礼をさせていただきたいのですが」
ノートンが上機嫌にそう言ってきた。
「まだ、ペリクリトルまで八十km以上あったはずだ。祝うのは目的地についてからでも遅くはないと思うのだが」
ノートンは笑顔で事情を説明していく。
「この先はペリクリトルに近くなりますから、頻繁に冒険者たちによる討伐が行われています。そのため、魔物も少なく、盗賊もほとんど出ません。ここまで来れば何も問題はないのです……」
ソーンブローから先は、グラミス、メイグルという村を経由してペリクリトルに到着する。
ペリクリトルの冒険者の活動範囲が南東にあるソーンブローから北東にあるリッカデールであり、グラミス、メイグルはその活動範囲に入っていた。
そのため、ペリクリトル-ソーンブロー間は、時折迷い込んでくる狼などがいる程度で、十両程度の商隊を襲うような魔物はほとんど駆逐されている。
ガイやリディに意見を聞いても、問題ないとのことだったので、申し出をありがたく受けることにした。
バイロンらと同じ宿に泊まることにし、その夜はノートンの奢りで宴会が開かれることになった。リディとシャロンはむさ苦しい傭兵たちの宴会に出ることを嫌い、部屋に篭っている。
俺もまだ酒がまともに飲めない体であるため、軽く付き合って早々に退散しようと考えていた。
だが、夜が更けていっても、バイロンら傭兵に捕まり、なかなか逃げ出すことが出来ない。
酒が入り、陽気になったバイロンが昼間の話を振ってきた。
「……しかし、ザカライアス様の魔法は凄いですな。ハーピーを四羽も叩き落す魔術師など、見たことがありませんぞ」
俺は自分の実力以上の評価に面映ゆい思いをしていた。
「あれはリディアーヌの魔法のおかげだ。彼女の 空気の鎚(エアハンマー) で奴らがバランスを崩した時にたまたま俺の魔法が決まっただけだ」
バイロンは「ご謙遜を!」と俺の背中を熊のような手で叩く。
俺はむせそうになるのを堪え、
「謙遜じゃない。今日の俺の戦い方は間違っていた。彼女のように 空気の鎚(エアハンマー) を撃てば、もっと楽に倒せたはずだ」
正直な話、俺はリディの実力を見誤っていた。
祖父と一緒に冒険者をやっていたとは聞いていたが、治癒師としての能力を発揮していたと思っていたのだ。
だが、今日の戦いでリディは 空気の鎚(エアハンマー) を撃ち、ハーピーのバランスを崩したあと、弓で攻撃を加えている。
横で見ていても、魔術と弓術をうまく組み合わせたかなり強力な射手だった。
彼女の今日の戦い方は、敵を寄せ付けないようエアハンマーを撃ち込み、敵が怯んだところへ矢を射ち込むというものだった。恐らく、一旦離れた敵が再び接近してきたら、もう一度エアハンマーを撃ち込むつもりでいたのだろう。今日は俺とシャロン、ガイの攻撃で近寄る前に片が付いたので、二度目のエアハンマーが無かっただけだ。
俺は敵を落とすことだけを考えていたが、彼女は敵を寄せ付けないことを考えていた。
彼女の昔のパーティメンバーである祖父にしても、もう一人のハルバード使いのバルドゥールにしても、対空戦は苦手だったのだろう。つまり、敵を落とすより、味方に損害が出ない戦いを念頭においていたと考えていい。
今回も同じだ。俺とシャロン、ガイという飛び道具がいるが、基本的には商隊を守ることが目的だ。ガイは俺たちを守ることを優先するし、俺とシャロンは実戦経験が少ない。
ならば、数を減らす戦い方より、敵が自由に攻撃できないように行動を制限する方に力点を置いた方がいいと考えたのだろう。
(……俺は確実にダメージが与えられる 燕翼の刃(スワローカッター) を選択した。確かに自由に動かせるスワローカッターは強力だ。一対一なら俺の選択も間違いじゃなかった。だが、集団戦は一対一の戦いとは違う。一対一の戦いを集めたら集団戦になるわけじゃない。考え方を根本から変えないと、いつか足元を掬われるな)
俺が自分の考えに沈み込んでいると、バイロンが更に話しかけていた。
「……傭兵の戦いは、生き残れば勝ちなのですよ。あとであれこれ考えても結果は変わりません。それに同じ状況になることなど二度とないのですから」
彼の言うことも判らないわけではないが、俺は後悔したくなかった。それに元日本人の技術者としては、“分析”を否定する気にはなれない。
成功と失敗を冷静に見つめ、どうして成功したのか、どうして失敗したのかをきちんと考えることが習い性になっているのかもしれない。
(まあ、この世界に QC(品質管理) の概念なんかないだろうからな。この世界の普通の人にとって、 P(プラン) D(ドゥ) C(チェック) A(アクション) を回すなんていうのは理解の範疇を超えているんだろう。ニコラスにこの概念を説明するだけでも結構大変だったからな)
再び考え事をしていると、バイロンの部下、副隊長のカーティスが話に割り込んできた。
「隊長が小難しいことを話しているなんて驚きっすよ。それにしても、リディアーヌさんは来ないんすか? あんな美人を隠すなんて……ねえ、ザカライアス様。リディアーヌさんを呼んできてもらえません?」
かなり酔っ払い、馴れ馴れしい態度で俺に絡んできた。
その様子にガイの目が光るが、俺は彼を制するため、小さく首を振る。
「それにしてもカーティスも一羽撃ち落しているんだろ。一番後ろのあの距離から」
俺が昼間の戦いの話を振ると、すぐにそれに乗ってきた。
これ以上、馴れ馴れしくさせると、ガイが一言言うかもしれない。そうなると場の空気が悪くなる。
(サラリーマン時代に宴会で磨いた酔っ払い操縦法は、異世界でも通用するようだな……)
「そうでしょ。でも、隊長は“前に出過ぎだ。戻るのが遅い”って怒るんですぜ。俺だって考えて動いてるんです。それを……」
俺は大きく頷き、彼に同意する素振りを見せる。
「確かに考えているようだな。最初の状況、あれだけのハーピーの数を見たら、隊で一番の弓術士が前に出てしかるべきだろう」
俺の言葉に我が意を得たりと、嬉しそうに頷いている。
「そうでしょ。さすがはザカライアス様、良く判っているよ」
ここで調子に乗らせると、バイロンがあとで苦労すると考え、最後に釘を刺しておく。
「だが、バイロンの言うことにも一理ある。俺たちが攻撃し始めたところで戦いの趨勢は判ったはずだ。すぐに戻るべきだというバイロンの言葉は理解できるな……」
カーティスは少し不満そうにしたため、更に話を続ける。
「お前は副隊長なんだ。下っ端の傭兵とは違う。だから、バイロンはあえてそれを口にしたんだと思うぞ。期待しているんだ、お前のことをな」
俺の言葉に気を良くしたのか、
「そうですよね。隊長の言うことももっともだ……」
(日本にいた時には、こんな話をすると煙たがられたんだが、案外素直に聞くんだな……)
他の傭兵たちも集まってきたため、そんな会話を繰り返していく。だが、素面で酔っ払いの相手をするのは結構辛かった。
俺もついつい酒に手を伸ばしそうになるが、成長期の体のことを考えて、何とか踏み止まる。
(こういう席も嫌いじゃないんだが、酒を飲めないのが辛いな。あと五年、十五歳になるまでは出来るだけ飲まないようにするつもりなんだが……そのうち、手を出しそうだな……)
この世界では未成年が酒を飲んではいけないという法律はない。ただ、体への影響を考え自主規制しているだけだ。
(確か、脳の成長や骨への影響があったよな。記憶力が悪くなるとか、背が伸びなくなるとか聞いた気がする。他にも内臓への影響があったはずだから、体が成長するまであまり飲まない方がいい。でも、二十歳までは待てないよな……)
二時間ほど付き合い、俺はトイレに行く振りをして部屋に逃げた。
ガイは俺がいなくなった後も付き合わされ、寝ている俺を起こさないようにと、食堂で寝ていたそうだ。
翌日、午前八時にソーンブローを出発した。
傭兵たちも二日酔いと寝不足で体調はあまり良くないが、さすがに隊長のバイロンと副隊長のカーティスはいつも通りだった。
カーティスは酔って絡んだことを申し訳なさそうに謝ってきたが、俺は気にしていないと軽く流す。
食堂で寝ていたガイも普段と変わらない様子で俺の横に控えている。だが、カーティスが近付いてきた時、ぎろりと睨んでいたことに俺は気付いていた。
(酒の席なんだから、少しは大目に見てやってもいいだろうに……カーティスがビビっているぞ……)
御者たちを見ると、かなり酷い二日酔いの者が多く、青い顔をしている者が大半だった。思わず、これで大丈夫なのかと思ってしまったほどだ。
ソーンブローからグラミス村までは三十km。昨日のボウデン-ソーンブロー間と同じ距離だが、整備された平坦な道であるため、休憩を入れても午後四時には到着できる。
昨日はあまり風景を見ている余裕はなかったが、この辺りは右手にアクィラ山脈、左手にポルタ山地、そして、正面にサエウム山脈と大きな山脈に囲まれた盆地になっている。
平地を進むため、全体は見渡せないが、地図ではペリクリトル周辺が比較的広い平原になっている。
バイロンらの言う通り、何事もなくグラミス村に到着した。
更に翌日は雨が降ったものの、問題は何も発生せず、無事メイグル村に到着した。
メイグル村はペリクリトルに食糧を供給する村で、人口は千人ほど。ソーンブローのような城壁はなく、村の周囲に簡単な囲いがあるだけの 長閑(のどか) な農村だった。
ラスモア村のような丘ではないが、森に向かって緩やかにのぼっていく草原には、真っ白な羊や茶色い牛たちがのんびりと草を食んでいた。
そんな風景を見ながらも、明日には到着できる冒険者の街、ペリクリトルに思いを馳せていた。
(冒険者の街か。その言葉を聞くだけで心が躍る。どんな街なんだろう……)
魔術学院の入学試験は七月二十二日から行われる。
試験の十日前から筆記試験の前日まで、いわゆる適性検査を受ける期間が設けられており、その期間中であれば、いつでも受験申請を行える。つまり、受験の申請は筆記試験の前日までに行えばいい。
ドクトゥスに到着しなければならない期限まで、まだ半月あった。
俺たちはペリクリトルに三日間滞在する予定としている。
ペリクリトルからドクトゥスまでは二百km。この間のアウレラ街道はアルス街道より整備されており、更に頻繁に討伐が行われているため、かなり安全な道だ。旅慣れた者なら五日程度の行程であり、俺たちでも八日あれば十分につける。