作品タイトル不明
第二十九話「竜人伝説」
二月二十五日。
フィニス島の温泉地クーラト村でのんびりとした時間を過ごしている。今のところアウレラ行きの船が来る可能性が低いため、十日ほど逗留する予定だ。もちろん、船が到着したら商業ギルドから連絡が入るように手配しているので予定を切り上げて戻るつもりだが、ギルドの話ではその可能性は低い。
今日はこの村を見て回る予定にしていた。
朝風呂に入り朝食を摂った後、宿の従業員に面白いものはないかと聞いてみた。
「面白いものですか? そうですね。大したものはないんですが、竜人がいたという洞窟がありますよ」
「竜人ですか?」とメルが質問する。
「ええ、この島には竜人がいると言われているんです。と言っても何十年も見たという人はいませんから、本当かどうかは分かりませんけど。でも、その洞窟にいけば竜人が使っていた道具なんかが見れますよ」
竜人は獣人の一種で竜の特徴を持つ人族と言われている。学術都市ドクトゥスの大図書館には竜人に関する文献が残されており、カウム王国にあるケルサス山脈の奥地に竜人たちが実在したことは分かっている。
その竜人だが、エルフ以上の魔法の才能を持ち全属性の魔法が使え、更に身体能力も獣人以上という非常に優れた種族だ。寿命もエルフ並みで文化的にも高いレベルを保っていたと文献には記されていた。
しかし、二千年ほど前に突如として姿を消した。一部の研究者の間では、同時期に西側から追われた魔族との関係が示唆されているが、その理由は分かっていない。
竜人についてはそれほど興味がなかったので、フィニス島にも住んでいるという話は初めて知った。
「その洞窟には大昔に竜人と会ったことがある年寄りがいましてね。その時の話を聞かせてくれるんですよ。まあ、どこまで本当のことなのかは分かりませんが、退屈しのぎにはいいかもしれませんね」
今日の予定は温泉でのんびりすることと、醸造所に行ってビールを買ってくるくらいしかない。
「特に予定もないし、一度見に行ってみるか?」と四人に振ると、全員がその話に乗ってきた。
「竜人って伝説だと思っていたわ」とリディが言うと、ベアトリスが「眉唾ものなんじゃないかね」と笑っている。
「でも、面白そうです。道具があるっていう話ですから、どんなものがあるのか楽しみですね」
シャロンも興味を示している。
従業員に場所を聞くと、山の方に歩いて二十分ほどの場所にあるということで、早速向かうことにした。
渓流沿いにある道を上っていくと、すぐに森に入っていく。森といっても遊歩道が整備され、ところどころに道案内用のたて看板があり、危険な感じは全くない。
このクーラト村には十人ほどの兵士が駐在し、定期的に魔物を狩っており、弱い魔物すら出てこないという話だ。
ただ念のため、武器だけは持っている。
従業員の言う通り二十分ほどで洞窟が見えてきた。
「あれみたいですね」とメルが言いながら少し早足で前に出ていく。そして、看板らしきものを見つけ、
「ここで間違いないみたいですよ」といって手を振る。近づくと看板を指さし、「入場料がいるみたいですね」と教えてくれた。
「一人五十 e(エーレ) か。本当に観光地の見世物だな」
五十エーレは日本円でだいたい五百円だ。洞窟と多少の道具類を見るだけの観光スポットだが、気が大きくなっている観光客相手ならほとんどためらうことなく支払う金額だ。
洞窟に入るところに受付用のスペースがあった。そこには七十歳くらいの老人が座っていた。五人分の金を渡すと、
「中に儂の兄がおります。少々耳が遠いが、話が聞きたかったら声を掛けてくだせぇ」
礼を言って中に入ると、灯りの魔道具が等間隔に設置され、足元を照らしていた。
中は自然にできた洞窟だったが、五メートルほど進むと人の手によって作られたトンネルになる。
見た感じでは土属性魔法を使った本格的なものだ。
「ザック様が作るトンネルに似ています。竜人が作ったものでしょうか?」とシャロンが聞いてきた。
「どうだろうな。何年前のものかは分からないが、帝国の魔術師が作ったものとは微妙に違う」
帝国の魔術師が作るトンネルは大きさが規格化されているものが多い。用途によって幅や高さが厳密に定められているのだ。しかし、このトンネルは俺が知る帝国の標準とは異なっている。人が通るだけの小さめのトンネルより若干大きいが、荷物を運ぶためのトンネルより二回りほど小さい。
そんな話をしながら更に奥にいくと、木製の扉があった。扉を開けると、十メートル四方ほどの部屋になっており、一人の老人が椅子に座っていた。
その老人は眠っていたのか下を向いていたが、俺たちが入ったことでゆっくりと顔を上げる。
「お客さんかの?」
「ええ、竜人が住んでいた洞窟と聞いたので見にきました。竜人が使った道具もあると聞いたのですが?」
「道具なら、ほれ、そこに置いてある。不思議な金属が使われておる工具類じゃ。竜人が言うには五千年前のものだそうじゃ」
老人が手で指し示した先には木の台があり、ハサミやスパナなどの工具が置いてあった。その工具は銀色に輝いている。
「近くで見てもいいですか」というと、老人は「触らぬのなら」と言って許可する。
よく見てみると、ステンレス製だった。
「これってあなたが作るタンクと同じ素材よね。確かラスペード先生の研究室にも同じような金属があったと思うけど」
リディの言葉に「恐らく同じステンレスだ。まあ、組成は微妙に違うようだが」と答える。
「あんたたちはこの金属のことを知っておるのかの?」
「魔法で調べたわけではないので確実ではないですが、恐らく古代文明で使われていた金属と同じです。私はこれを“ 錆びない金属(ステンレス) ”と呼んでおります」
老人は目を見開いて驚く。
「与太話だといって誰も信じてくれんかったんじゃ。儂が竜人に会ったこともこれで信じてもらえる……」
そういって涙を流して喜んでいる。
「私は学術都市ドクトゥスで学んだ者です。ドクトゥスで古代文明を研究している者ならすぐに分かったと思います」
詳しく聞くと、ここに来る人たちは最初から老人の作り話で、この工具類も毎日彼が磨いていると思われていたようだ。
「竜人のことを聞かせていただきたいのですが」
俺が話を振ると、うれしそうに頷き、
「立っておっては疲れるじゃろう」と言って部屋の端にある椅子を勧めてきた。
椅子に座ると老人はゆっくりとした口調で話し始めた。
「儂が竜人に会ったのは七十年ほど前じゃ。儂がまだ成人したばかりの若造だった頃じゃ。当時の儂は狩人じゃった。この山には美しい鳥がおっての、それの羽根を使った工芸品を金持ちに売っておったんじゃ。その鳥はここから一日ほど東に行った場所に多くおっての。その日も親父と一緒にそこまで行っておったんじゃ。しかし運が悪いことに雨が降ってきての……」
老人の話を要約すると、鳥を狙っていつもの狩場にいったが、途中で雨が降ってきたため、狩りを中断して雨宿りの場所を探した。しかし不幸なことに雨は今までになく強く、前が見えなくなるほどだったそうだ。
「……偶然雨宿りに使える洞窟を見つけたんじゃ。洞窟と言ってもここのようなもんじゃなく、奥行き三 m(メルト) ほどの小さなものでの。儂と親父は助かったとばかりに中に入ったんじゃが、そこには先客がおった。なんと竜人だったんじゃ……」
「竜人とすぐに分かったのですか?」とシャロンが質問する。
「いや、最初は魔物じゃと思って慌てて弓を向けたんじゃ。トカゲのような姿じゃったからの。じゃが、その竜人が“射たないでくれ”と言って両手を挙げての。その時は魔物がしゃべったと思って腰が抜けそうになったもんじゃ……」
竜人の姿だが、文献ではトカゲのような皮膚に大きな硬質の頭部、背中には退化した翼の名残があるとされる。老人の語る姿はそれに合致していた。
その竜人は雨で足を滑らせ、足の骨を折っていた。運よく洞窟を見つけたものの、仲間たちに連絡する手段もなく、途方に暮れていたそうだ。そこに老人と彼の父親が現れたらしい。
「……その竜人はカスパルという名で、掠れた聞き取りにくい声で、動けぬから自分たちの村まで送ってほしいと頼んできたんじゃ。儂と親父は見た目こそ恐ろしいが、話をすれば普通の人間と変わらんと思って村まで送ってやったんじゃ」
疑問が湧き、思わず質問してしまった。
「竜人は魔法が使えると聞いたことがあるのですが、治癒魔法を使わなかったのですか?」
竜人は八属性すべてが使える種族と言われており、当然治癒魔法も使えるはずだ。重傷で意識が保てない状況ならともかく、話ができるなら詠唱は可能であり、自らに治癒魔法を掛ければ済む話だ。
「親父もそのことを知っておって聞いたんじゃが、攻撃魔法は使えるが、治癒魔法は使えぬと言っておったの」
疑問は残るが、ここで問い詰めても答えが出るわけではない。
「話の腰を折ってすみません」と謝ると、再び話し始める。
「うむ。どこまで話したかの……そうじゃ、村まで送ったところで礼だと言ってこの道具をもらったんじゃ。それとこの洞窟のこともその時に教えてもらった。ここは大昔に使っておった避難用の洞窟だそうじゃ。儂らが初めて見つけた時は岩で塞いであったんじゃが、岩を取り除くとこの洞窟が現れたんじゃ」
老人の話が終わった。
「それで竜人はまだその場所にいるんでしょうか?」
「分からん。あれから何度か足を運んだが、場所がはっきりせんのじゃ。あの時はカスパルが案内してくれたから迷わず行けたんじゃが、その後は何度行っても見つからんかった。親父も儂も山には慣れておったから迷ったことなどなかったんじゃがの」
「竜人は何人くらいいたんですか? どんな村だったんですか?」
メルの質問に「そうじゃな」と思い出しながら答えていく。
「儂が見たのは五人じゃ。村の入り口といっても何もないところでの。恐らくじゃが、儂らが近づいてきたから出てきたんじゃろう。だからどんな村かは見ておらんのじゃ」
竜人は人前に姿を見せないという話だが、思った以上に徹底しているようだ。
「私たちがいっても見つけられないですよね」とシャロンが聞くと老人は大きく頷く。
「儂の話を聞いた物好きが何人も行ったが、誰一人会った者はおらん。恐らく、既にどこかに移ったのじゃろうな」
俺は竜人に興味を持った。
ステンレス製の工具を使うということは古代文明の生き残りの可能性が高い。生き残りでなくとも何らかの関係はあるはずだ。
その後、詳しい場所の情報などを聞き出し、洞窟を後にした。
帰り道、ベアトリスが「竜人を探しにいくつもりかい?」と聞いてきた。
「竜人なんだが、古代文明の生き残りの可能性がある。会えるかどうかはともかく、あの工具を見る限り、古代文明の遺跡がある可能性が高い。この島にドクトゥスの研究者が来たという話はないから、面白そうなものが見つかるかもしれないしな」
「そうですね。猟師の足で一日ということは私たちでも三日あれば戻ってこれるはずです。船を逃すかもしれませんが、私は行ってみたいです」
シャロンは乗り気のようだ。
「私も山に入りたいと思っていたので賛成です。奥に行けば 火蜥蜴(サラマンダー) がいるという話ですし、もっと強い魔物が出てくれればいい訓練になりますから」
メルは竜人が目的ではなく、魔物を狩りに行きたいようだ。
「リディはどうだ?」と聞くと、
「私も構わないわ。ここはいいところだけど、暇を持て余すと思うから」
ベアトリスも賛成のようで、竜人探しに向かうことになった。
翌日も天候は安定しており、村の農夫に聞いた感じでも数日間は雨の心配はないらしい。
宿に不要な荷物を預け、装備を整える。宿を出る時、従業員が申し訳なさそうな表情で見送ってくれた。
「私が変なところを紹介しなければよかったです。どうか気をつけて」
竜人の洞窟の話をしたことが発端だったので責任を感じているようだ。
「これでも 冒険者の街(ペリクリトル) じゃ名が売れている冒険者なんだ。それに無理そうならすぐに引き返してくるよ」
そういって山に向かった。
村の中を歩いていると、洞窟で説明してくれた老人が現れた。
「昔を思い出して地図を描いてみた。当てになるかは分からんが、これを持っていきなされ」
そういって手書きの地図を手渡された。その地図には目印になりそうな木や岩、海の見え方などが書き込まれていた。
俺が礼を言うと、老人は「構わんよ」と笑うが、すぐに真剣な表情に変え、
「大した魔物はおらんが、充分に注意するんじゃぞ」
老人に見送られた後、すぐに森の中に入っていく。
森は杉などの針葉樹が多いが広葉樹も結構ある。そのため、落葉した木が多く、日の光が地面に届いており、尾根に立つとアウストラリス海がよく見える。
もらった地図と見比べながら歩いていくが、数十年前と地形はほぼ変わっていないのか、目印は簡単に見つかった。
道もない山の中であるため、思いのほか移動に時間が掛かる。正確な距離は分からないが、半日で十キロほど進めたかどうかという感じだ。
魔物はほとんど見かけず、ごく弱い昆虫系の魔物が現れたが戦うことなく逃げていった。
昼食を摂った後、更に三時間ほど山の中を歩く。
「この辺りに洞窟があるはずなんだが……」
老人の書いた地図によると、最初に竜人を見つけた洞窟がある場所に近づいていた。
しかし、七十年も前の話であり、地形もその当時のままか分からないし、木も成長しているから痕跡すら見つからない。
一時間ほど近くをうろうろとするが、それらしいところは見つからなかった。
野営に適した場所を見つけて一夜を過ごしたが、魔物の襲撃もなく、無事に朝を迎えている。
朝食を摂りながらこれからの予定を話し合った。
「今日一日探すか、半日で切り上げるかだが、どっちがいいかな」
一番にリディが口を開く。
「そうね。どうせ暇だし、もう一日くらい調べてもいいと思うわ」
「あたしもそれでいいよ。鈍った身体に喝を入れるにはちょうどいいからね」
「私もベアトリスさんに賛成です」とメルも賛成する。
「私も賛成ですが、この辺りというよりもう少し山の奥にいってはどうでしょうか。人が入った痕跡はありませんし、おじいさんもどこかに行ったのではとおっしゃっていましたから」
「シャロンの言うことはもっともだな。じゃあ、今日はもう少し奥に行って、明日クーラト村に戻るということにしようか」
こうして更に奥に入っていった。
二時間ほど山を登ると、斜面が急峻になり、植生も変わってきた。それまでは深い森だったのだが、潅木が増え雑草もまばらな感じになっている。地面には溶岩のような石がゴロゴロと転がり、火山だと改めて思ったほどだ。
休憩のために大きな岩陰に入った。
その岩は高さ五メートル、幅十メートルほどでほとんど斜面に埋まっており、岩壁といってもいい。
最初は何の変哲もない大きな岩に見えたが、何気なく見ていたら違和感を持った。
岩を触りながらじっくりと観察していくとそのことに気づいたシャロンが声を掛けてきた。
「何かあったのですか?」
「ちょっと気になってな。この岩だけ周りと違う気がするんだ……」
そう言いながら更に調べていく。そこであることに気づいた。この岩だけ粒子が細かいのだ。
「こいつは砂を固めた堆積岩に近い感じだな。だが、他の岩は溶岩が固まってできたものが多いんだが」
火山だからと言って火山性の岩、火成岩ばかりとは限らない。地殻変動で隆起した後に火山が生まれれば元の堆積岩があってもおかしくはないためだ。
しかし、他の岩や石を見ても粒子が粗くてザラッとした感じの火成岩ばかりで、堆積岩はこの大きな岩しかない。普通ならこの岩が割れたり崩れたりしてできた石が転がっていてもおかしくないのだが、それすらなかった。
「自然にできた岩に見えるが、微妙に不自然だな……」
「魔法で作ったものですか? 土や砂を固めて作る方法もあったと思いますが」とシャロンが聞いてきた。
「ああ、俺が作るともう少し違うが、 石生成(ストーンクリエイト) で作るとこれに近いものになることが多いな」
俺の場合、玄武岩や大理石などいろいろな岩を模しているので違うが、帝国の道路でもこれに近い形の岩を使っているところが多い。
「何かが埋まっているということでしょうか?」
そう言いながらメルは剣を強く握っている。
「この岩なら穴を開けることは簡単だが、少し調査した方がいいな」
そこまで話したところで、リディの叫び声が聞こえた。
「岩の中で精霊の力が動いている! 何か来るわ!」
俺はその声に剣を引き抜き、彼女が指差した方向に視線を向けた。