軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話「フィニス島」

二月二十四日の昼過ぎ。

ジルソールを出てから十日目、俺たちを乗せた小型の帆船、シーガル号は順調に航海を行い、フィニス島のガートブレック港に到着した。

出港初日に小さなトラブルはあったものの、その後は船長のデッカーの統率力のお陰で特にトラブルは起きなかった。ただ、船員たちが何となく避けている感じはしたが。

フィニス島は東西約百五十キロ、南北約百五十キロの台形を斜めにしたような形の島だ。

島の中央部には千メートル級の活火山であるシレクス山があり、絶えず噴煙を上げている。

ガートブレック港は島の北側にある湾内にある天然の良港だ。大型の商船や軍船が入港できる港と山の斜面を利用した港町がある。

本来なら帝都プリムスと商業都市アウレラを結ぶ主要航路にあり、多くの商船でにぎわっているはずだが、桟橋にはシーガル号と同程度の小型船しかなく、寂れた感じがあった。

シーガル号を降りると、そのまま商業ギルドの支部に向かう。

温暖なジルソール島とは異なり、少し肌寒い感じだ。それでも気温は十五度くらいある感じで、凍えるほどではない。緯度的にはジルソールと大して変わらないが、神々の力が影響しているのだろう。

支部は港に程近い商業地区にあるが、この地区も人通りが少なく、閑散としていた。

支部の建物に入っても状況は同じで、商談スペースや受付カウンターに人の姿は少なく、受付の職員が手持ち無沙汰という感じでぼんやりとしていた。

話を聞いてみるが、少し困った顔で説明をしてくれる。

「アウレラ行きの船ですか? ルークスとの戦争の話はご存知ですか?」

「ええ、戦争は避けられないと聞いています。ですが、本格的な侵攻作戦はもう少し先だと聞きましたが」

「 陸(おか) の上の戦争はその通りなんですが、海では少し状況が違います」

「状況が違う?」

「ええ、ルークスはペリプルスの船を使って海上封鎖をしようとしているんです。ラークヒルに運ぶ物資の輸送を妨害するために……」

職員の話では光神教の教団本部が西の海洋国家ペリプルスに協力を要請し、軍船が派遣されているらしい。

「ペリプルスが帝国に剣を向けたのですか?」

ペリプルスは聖王国とも帝国とも距離を置いている中立国家だ。聖王国に加担するということは世界最強の軍事国家、カエルム帝国を敵に回すことになる。

「いえいえ、表向きはペリプルスの船じゃなくて、聖王国の旗が掲げられています。まあ、内実は指揮官から末端の船乗りまでペリプルスの連中なんですがね……」

船ごと傭兵という形で聖王国が雇っているという建前らしい。

「それだと商業ギルドが黙っていないのでは?」と聞いてみるが、職員は「そうなんですが、上の方は煮え切らないんですよ。何を考えているんでしょうね」と言っていた。

想像だが、商業ギルドの上層部も迷っているのだろう。

ルークス聖王国はそもそも商業ギルドが帝国の膨張政策の影響を受けないように支援している国家だ。その盾である聖王国が滅べば、次は自分たちの番ということは自明であり、聖王国が生き残れるように手を尽くさなければならない。

一方で商業ギルドの本拠アウレラとペリプルスは海上覇権を争うライバル同士だ。ギルドにとってペリプルスは叩きのめしたい相手だが、聖王国の存続のために活動しているため、手を出しにくい。

今まではギルドが聖王府に働きかけ、ペリプルスと手を握らないようにしていたが、商業ギルドの消極的な態度に業を煮やした教団本部が独断で秘密裏にペリプルスと結んだのだろう。

「というわけで二月に入ってからアウレラ行きの船はほとんどありません。まあ、運がよければ先日帝都に向かった船が半月後くらいに戻ってくるかもしれませんが、これも帝国軍に徴用されなければという条件が付きますね」

商業ギルドの支部を出た後、宿に向かう。

ジルソールと異なり、港町に宿はたくさんあった。しかし、そのいずれもが閑散としており、そのお陰もあって高級な宿のスイートルームも格安の値段で泊まれた。

「狭い船室で過ごしたから、ここは天国だよ」とベアトリスが満面の笑みで言うほど広い部屋だ。

装備を外した後、リビングに全員を集める。

「ギルドで手に入れた情報を整理すると、当分の間、アウレラ行きの船は現れない。折角だからフィニス島を観光しようと思うんだが、どうだろうか」

「私は賛成よ。といっても何があるのか知らないけど」とリディが賛成する。

「確かに大きな町はここだけで、あとは海岸沿いに小さな農村と漁村があるだけだったと思います。特産品は栗の加工品と豚肉ですから、観光をするようなところはなかったと思いますが」

シャロンがそう説明する。

「火山はどうなんだい。温泉とかありそうなんだが」

風呂好きのベアトリスとしては温泉を探したいようだ。確かにここ数ヶ月間、まともに湯船に浸かっていないから俺もその考えには賛成だ。

「温泉の話は聞いてみてもいいかもしれないな。メルは何かあるか?」

「私も温泉があるなら入りたいです。それと火山なら強い魔物がいるかもしれませんから、戦えればもっといいです」

私掠船との戦いはあったものの、十月の初めから五ヶ月近く、まともな戦いをしていない。そのため、腕が鈍っていないか気にしているのだ。

翌日からガートブレックの街に繰り出し、情報収集を行うことにした。

ガートブレックは人口五千人ほどの港町だが、周辺の農村や漁村を加えると一万人近い人口を誇る都市となる。

主な産業は海運に関するもので、破損した船の修理を行う造船所が多く、また船用の木材を加工する製材所もある。他にも食料や酒などの航海に必要な物資を売る商店が軒を連ねているが、戦争による不況でほとんどの店が開店休業状態だった。

商店を回って特産品を見ながら情報を収集する。特産品は事前の情報通り、栗だった。既に収穫時期から半年近く経っており、生の栗はあまりなかったが、乾燥させた粉末や砂糖漬けなどは多く売られていた。

「この粉を使った料理が美味いんだよ」と商店の女将に勧められたので、近くの食堂で食べてみた。

料理は栗の粉に水と調味料を加えてピューレ状にしたものを焼いた素朴なもので、少し粉っぽいかんじはするもののサツマイモのような甘みが独特な風味を醸し出し、ワインのいいつまみになった。

また、栗を食べさせて育てた豚肉も美味かった。特に脂身が秀逸で、上質なバスク豚かイベリコ豚のような甘みを感じる脂身と、さっぱりとしながらもしっとりとした赤身のバランスが抜群だった。

温泉に関する情報はあっけないほど簡単に手に入った。

温泉地の名前はクーラト村といい、ガートブレックから南に二十キロメートルほどのところにあり、道も整備されていることから馬車を使えば半日ほどでいけるとのことだった。

更に詳しく聞くと、港に停泊している船の乗客や上級船員たちを相手にしているらしく、乗合馬車もあるということだった。

乗客や船員たちがよく利用することから、予定変更などがあった場合のために商業ギルドに連絡を頼むことができるそうだ。俺たちも船が到着したら連絡を送ってもらうようギルドに依頼している。

翌日、乗り合い馬車に乗りクーラト村に向かった。

馬車にはほかの乗客はいないが、村に物資を運ぶ仕事もしており、三人の傭兵が護衛としてついていた。ジルソール島と異なり、この島には魔物がいるためだが、クーラト村までは比較的安全なため、ほとんど襲われることはないということだった。

町を出るとすぐに山道になる。元々フィニス島には平原はほとんどなく、山間の盆地や丘陵地に農村があった。但し、ジルソール島と異なり、麦の栽培が盛んで、ガートブレックだけでなく、寄港する船にも麦やビールを売っている。

山道を一時間ほど進むと、平地に変わっていく。標高は二、三百メートルほどのなだらかな高原地帯だ。

この辺りには多くの畑があり、村がいくつかあった。目を先に向けると、煙を吹くシレクス山があり、どこに温泉が湧き出ていてもおかしくない感じだ。

途中の村で休憩を行い、再び南を目指して馬車は進んでいく。

徐々に標高が上がり、森も深くなっていく。活火山の麓だが、こちら側に噴煙が流れてこないためか、火山の影響があるようには見えない。

標高が上がったこともあり、冬の寒さを感じる。それまでは上着があれば充分だったが、マントを羽織る必要があるほどだ。

森の中を進んでいくが、豊かな森の割に平和な感じだ。

「ちょっと変わった匂いがする。硫黄に近い気がするが、別の匂いも入っている感じだね」

俺たちには感じないが、獣人のベアトリスには既に温泉の匂いが感じられるらしい。

正午過ぎに湯煙が見えた。すぐに森が切れ、目的地であるクーラト村に到着した。

石造りの宿と比較的大きな木造の家屋が並んでおり、村の中心にはきれいな渓流が流れている。

「よさそうなところね」とリディがいい、メルとシャロンも「そうですね。何となくラスモア村を思い出します」と話している。

実際には丘陵地にあるラスモア村と山間にあるクーラト村では見た目は全く違うが、水が豊富で家の周りに花がたくさん植えられているなど、何となく雰囲気は似ていた。

ガートブレックで事前に宿の情報を入手しており、宿は五軒あることが分かっている。その中で一番評判のいい宿に向かうが、ここもガートブレックと同じように旅行者はほとんどいなかった。

宿に入り、食堂で昼食を摂った。

さすがに村一番の宿であり、名物の豚料理は絶品だった。残念なことに酒は帝都から運ばれてくるワインと地場のビールだけで、いずれも売れ行きが悪いためか、味はいまいちだった。

「ビールは自分で買いにいった方がよさそうだな」

宿の従業員に聞くと、村には醸造所があり、出来立てのビールが手に入るということだった。

「この後、醸造所に行ってみるか」

俺がそういうと、リディが「私は温泉に入りたいわ」と反対し、ベアトリスも「あたしもまずはさっぱりしたいね」と頷いている。

「お風呂上りのビールがいりますよね」とメルが笑いながら言うと、リディとベアトリスは揃って大きく頷く。

「ザック様とメルちゃんと三人で買ってきますよ。リディアさんたちはゆっくり温泉に浸かってください」

シャロンも笑いながらそう言い、午後はとりあえず二組に分かれることになった。

温泉だが、ラスモア村のような公衆浴場ではなく、ヨーロッパのスパのようなもので、水着や湯着を着用して入る。そのため混浴になっていた。

「後で合流するよ」と言って二人と別れ、メルとシャロンと一緒に醸造所に向かった。

醸造所は村の南側にあり、渓流の水を引き入れていた。水を飲んでみるが、温泉の匂いは全く感じなかった。

醸造所に入り、熟成が終わったビールを試飲させてもらう。

上面発酵のやや濃い目のビールで、白ビールのように白濁している。やや酸味は強いものの、香り自体は悪くない。

これなら充分に飲めるので、二十リットルくらいの樽に詰めてもらった。

宿に戻ると、計ったかのようにリディとベアトリスが温泉から戻ってきた。

二人は薄手のブラウスにスカートというラフな格好で、パタパタと手で顔を扇ぎながら樽を見つめている。

「いい湯だったわ。あら、ビールが手に入ったのね。なら、味見をさせてほしいわ」

「そうだな。あたしにもよく冷えた奴を一杯頼む」

何事もなかったかのように風呂上りの一杯を要求してきた。その連携のよさに思わず笑いが漏れる。

「分かった、分かった。すぐに入れてやるから、ソファに座って待っていてくれ」

収納魔法(インベントリ) から二人のジョッキを取り出し、ビールを注ぐ。更に擬似ペルチェ効果の魔法でキンキンに冷やす。

二人にジョッキを手渡すと、何も言わずにすぐに口を付け、一気に飲み干す。

二人同時に「「プハァ!」」という親父臭く息を吐き出し、満足げな表情でジョッキを差し出してきた。

二杯目を渡すと、さすがに今度は味わって飲み始めた。

「意外に美味しいわね。これなら夕食の時にも出してほしいわ」

「あたしもそう思うわ。まあ、今は何を飲んでも美味い気はするけどね」

二人が二杯で終わるとは思えないため、樽ごと冷やすが、

「俺たちも風呂上りに飲むんだからな。飲み干してしまうなよ」と釘を刺しておく。

二十リットルもあるから二人で飲み切れるとは思えないが、あまりの飲みっぷりのよさに思わず言ってしまったのだ。

「さすがに全部は無理よ。ねぇ、ベアトリス」

「ああ、精々半分というところだろう」

「それじゃ、晩飯の分は足りなくなるじゃないか。まあ、足りなくなったらまた買いに行くから別にいいんだが」

そんな会話をしている間にメルとシャロンの準備が整った。二人は髪を下ろし、着替えなどを手に持って待っている。

俺の準備は簡単なのですぐに温泉に向かった。

温泉は歩いて数分のところにあり、脱衣室を兼ねた管理棟があった。管理棟の入口で入浴料を支払うと、手ぬぐいと湯浴み用の服を手渡される。中に入っていくと簡単なロッカールームがあり、そこで紺色のハーフパンツに着替え、温泉に向かう。

他の客はおらず、貸し切り状態だ。

温泉は白濁した湯と透明な湯だった。白濁した方は硫黄の匂いがするので硫黄泉だが、透明な方はどんな温泉かは分からない。

そんなことを考えていると、メルとシャロンがやってきた。二人も湯浴み用の紺色のシャツとハーフパンツという姿で、恥ずかしそうに手ぬぐいで体を隠している。

三人でのんびりと湯に浸かる。

「久しぶりにお湯に浸かると気持ちいいですね」とメルが話しかけてきた。

シャロンも話に加わってきた。

「本当に気持ちいいです。でも、早く村に帰りたいです。長い間、皆さんと会っていませんから……といっても五月までは帰れないんですけど」

村を出たのは昨年の七月中旬。既に七ヶ月以上も村を離れていることになる。

「そうだな」とだけ答え、空を見上げる。

木々の間から白い雲が流れており、ヴァニタスが世界を破壊しようとしていることなどないかのようだとぼんやりと考えていた。