軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十二話「決意」

明日、五月二十五日は俺の誕生日だ。

今年は節目といわれる十歳の誕生日に当たる。

俺はこの村を出て学術都市ドクトゥスにあるティリア魔術学院に入ることを家族に話そうと思っている。

しかし、両親や祖父に話す前に、俺が一番大切に思っている女性、リディに俺の決意を話しておこうと思っていた。

夕食も終わり、いつものように魔法の練習の時間になる。最近は俺の魔法のレベルが上がったことから、魔法の練習というよりおしゃべりの時間といった方が実情にあっているのだが、うら若い女性――実年齢は五十を過ぎているが――の部屋に入る口実として、未だに“練習”を続けている。

彼女の部屋に入ると、いつものように椅子に腰かけているリディの姿が目に入る。

いつもなら、俺が軽く声を掛けて入っていくのだが、今日は少し緊張気味に部屋の中に入っていく。

彼女も俺の様子に気付いたのか、不思議そうな顔で、「どうしたの? 今日はいつもと様子が違うわ」と立ち上がり、心配そうに近づいてきた。

俺は大丈夫だと手で制し、「大事な話がある」と話を切り出していく。

「七月になったらドクトゥスに行こうと思う。魔術学院に入るためだ……」

リディは突然の話に驚き、

「魔術学院は十二歳にならないと入れないわよ。まだ、二年も先の話じゃない」

俺は小さく首を振り、

「ニコラスに調べてもらったんだが、入学資格に年齢制限はないそうだ。試験に受かれば何歳だろうが入学できる。十二歳というのは慣習のようなものだそうだ」

彼女は信じられないという顔をするが、

「学院に入っても学ぶことなんかないわよ。もう、卒業生以上の実力を持っているんだから」

「ああ、それは分かっている。だが、少なくとも自分で学ぶことはできるはずだ。確か、世界最大の図書館があるそうじゃないか。学院に入れば自由に入れると聞いた。それならば……」

「何を学ぶつもりなの? 私が教えてあげる。私の知っていることをすべて……」

彼女は俺がここから出ていくことが信じられず、少し取り乱している。

「俺の苦手なのは、リディの持っていない属性、闇属性と金属性だ。特に闇属性はかなりの可能性を秘めていると思っている。だから……」

彼女は俺の話を途中で遮り、

「だからって……私と一緒にいるのは詰まらない? あなた一人で……」

そこで何かを思いついたのか、突然明るい表情になる。

「私も一緒にいくわ。この村は好きだけど、あなたと一緒の方がいい。私がここにいなくてはいけない理由もないしね」

「シャロンの修行はどうするつもりなんだ? 魔法と剣、どちらもリディが教えることになっている。魔法はともかく、剣の方はまだ護身レベルに達していないと思うが?」

彼女は「うっ」と言って、言葉に詰まる。

「それにドクトゥスは人が多くて嫌じゃないのか? ようやくこの村の人たちにも慣れてきたのに、また見知らぬ人がたくさんいる街にいけるのか?」

俺もリディと離れたくないと考えていた。だが、人見知りというか、対人恐怖症の彼女を大都会であるドクトゥスに連れて行くことに躊躇いも感じていた。

「それなら大丈夫。あなたと一緒なら……ゴーヴィと一緒の時はペリクリトルにだっていれたんだから……問題はシャロンのことよね……」

二人の間に沈黙が流れた。そして、リディが再び何かを思いつき、やや興奮気味に話し始めた。

「分かったわ! シャロンも一緒に学院に行けばいいのよ。あの子なら絶対に受かる。間違いないわ!」

「本人の意向も聞かずに決められる話じゃないだろう。それに授業料のこともある。入試の上位五番以内は入学金が免除されると聞いたが、授業料なんかで年間三千 C(クローナ) (=三百万円)は掛かるはずだ。それをガイに負担させるわけには行かないだろう」

俺の言葉にリディが項垂れる。

「分かったわ。シャロンにどうしたいか確認する。入学金や授業料は私が出してもいいわ。だから……」

「シャロンはまだ十歳の子供だ。親から引き離していい年じゃない。まして女の子だ。そのことをよく考えてから話すんだぞ」

彼女は小さく頷くが、「どうして急に……」と呟いていた。

「前から考えていたんだ。俺がこの先、ここにいていいのかと。もし、ここにいるなら、この村を守れるだけの力を付けなければいけないと……」

俺はこの先に起きるであろう“神の遣わした者”との邂逅について話していく。

「俺は臆病なんだ。“神の遣わした者”が俺の前にいつ現れるのか。そいつと出会った後、どのくらいのタイミングで“神に敵対する者”が手を出してくるのか。そう考えると、俺に残された時間がどうしても少なく思えてしまうんだ。ここ二年間、リディやメルたちとの時間を削ってでも、森に入っていったのはそれが理由なんだ。だから、少しでも俺の力になることは何でもやっておきたい……学院も役に立たないと分かったら、さっさとやめるかもしれない。そんなところにシャロンを連れて行くのは……」

リディは俺の言葉にショックを受けているのか、何も話さない。

「俺は今の家族が、この村が好きだ。そして、リディのことも……前の世界の家族や 故郷(ふるさと) よりも大切なんだ……その大切なものたちを壊されたくない。そのためなら、俺は神が言うことを無視してもいいとさえ思っている……」

そして、俺は自分の考えをすべて話すことにした。

「今はそう思っているが、相手は神だ。俺の心を弄ることなんか簡単にできるだろう。夢の中で俺の意向を尊重するということを言っていたが、それを守るとは限らない……いや、守るだろうが、俺の“意向”の方を“調整”すればいいだけだと思っているかもしれない。そうなった時、俺は家族やこの村のことを、リディのことを考えられなくなるかもしれない……」

リディは「そんな……」と呟き、目を見開いている。

「そうならないようにするには、神の意向に従うしかない。俺が俺でいるために……だから、俺は強くならないといけない。神が“よくやった”と認めてくれる程度の力を付けないといけないんだ……それに、恐らく数年以内に俺は“神の遣わした者”に出会うと考えている」

彼女は少し首を傾げ、「どうして分かるの? もっと先かもしれないじゃない」と、やや強い口調で反論する。

「そうだな。だが、夢の中で聞いた話じゃ“守り、導いてくれ”と言われた気がする。相手は俺より五歳年下のはずだ。そうなると、今は五歳だろう。十年経てば十五歳。“守り、導く”という条件なら、十年以内に出会うと考える方が自然だ」

彼女は俺を引き止める方法がないのかと必死に考えているようだ。

「……それなら、余計にドクトゥスになんか行っている暇はないんじゃないの?」

「ああ。ここでおじい様に剣の稽古を付けてもらったほうが強くなれるかもしれない。だが、俺の最大の武器は魔法だ。魔法の力を上げるためには、どうしてもドクトゥスに行ってみる必要がある。もちろん、ドクトゥスに行っても剣の修行は続けるし、森や山にも入るつもりだ。この辺りより魔物が多いから、いい修行になるだろう」

彼女は静かに「そこまで考えていたのね」と言った後、

「それなら、もっと早く相談して欲しかったわ。ほんとに勝手に決めておいて話したいことがあるって……分かったわ。私も考えてみる。ここであなたを待つか、一緒に行くか。でも、行く前にメルとシャロンにはちゃんと話をしなさい。あなたにとっては子供なんだろうけど、あの子たちもちゃんと考えられる歳になっているの。それに……まあいいわ」

俺はリディが途中でやめた話が気になり、

「それに? 気になるじゃないか」

「あなたは、あの子たちがあなたのことをどう想っているのか知っている? ずっと好きでいるのよ。こんな小さな頃から……」

彼女は床から一mくらいの高さを示す。

「ああ、何となくは分かっていた。だが、それは男女の関係じゃないだろう? 家族の間の愛情じゃないのか」

リディは呆れ顔になり、「やっぱり分かっていなかったのね」と首を横に振る。

「あの子たちがあれほど頑張れたのは家族のため? ゴーヴィの修行なんか五歳の子が耐えられるものじゃないわよ。シャロンもそう。あなたと一緒にいたいから、物凄く頑張って勉強したし、魔法の練習もかなり無理をしていたわ。いくら才能のある子供でも、普通はあそこまで頑張れないわ」

確かにメルとシャロンの頑張りは、小さな子供としては異常なほどだと思っていた。だが、それは俺の常識が元の世界、日本の常識に縛られているからだと思っていた。そして、ザックカルテットのもう一人のメンバー、ダンのことを思い出す。

「じゃ、ダンはどうなんだ?」

「あの子はメルが好きなのよ。メルに振り向いてもらおうと必死に頑張っていたの。本当に素直でいい子たちばかり」

リディに言われるまでもなく、俺も気付いていた。だが、言葉にしたくなかっただけのような気がする。

「本当にそうだな。素直ないい子たちばかりだ。あの子たちの人生を俺の使命とやらで狂わせたくないんだ。だから……」

「だから、あの子たちの考えは無視して、一人で行くつもりなの? もう一度言うわ。あの子たちは十分に自分のことを考えられる歳になっているの。だから、あなたの考えを、あなたの想いを、きちんと話してあげて。あの子たちがどういう判断をするのかは分からないわ。でも、あの子たちがきちんと考えたことなら、それを受け止めるのはあなたの義務よ」

俺はリディの言葉に返す言葉を見つけられなかった。

(確かにまだ十歳と十一歳の子供だ。だが、だからと言って三人の想いを無視していいという理由にはならない。明日、きちんと話そう。俺がどういう人間で、何をするためにここに来たのか。そして、これからどう生きていくのか……)

俺はリディの部屋を後にし、自分の部屋に戻っていった。

ベッドに寝転がり、いろいろなことを考えていた。

(俺はこの先、どうしたいんだ? 神の言うことを聞き、“神の遣わした者”を助けるのはいい。だが、それをどうやって成し遂げる? この村が危険に晒されるのは絶対に嫌だ。家族やメルたちに危険が及ぶのも……ここにいれば、じい様や父上たちは俺を守ろうとするだろう。だが、それでいいのか? 俺には勿体無い家族だ。その家族を危険な目に合わせるのは……)

そして、三歳の時のお告げのことを思い出していた。

(こう考えると神様も面倒なことを押し付けてくれたものだ。あまり覚えていないが、生きたいように生きれば、おのずと神の目的に適うと言っていた気がする。だが、今の俺は生きたいように生きていない気がするんだが……確かに俺が望んで強くなろうとしているし、家族に迷惑を掛けないように出て行こうとも考えている。だが、これは俺が生きたいように生きている結果じゃない。まあ、旅に出るのもいいとは思っているけど、旅というより修業に近い……修業か……)

そこで俺はあることに気付いた。

(修業と考えるなら、俺の望んでいたことと合致するかもしれないな。俺は元々自分の能力を上げたいと潜在意識で考えていたはずだ。そう、自分の願望として、TRPGの設定を選んだくらいだからな。そう考えれば、今の俺の状況は望んでいる通りなのかもしれない。もの凄く狡猾に仕組まれた罠とも言えなくはないが……)

そして、不謹慎だが、ある考えが浮かんでいた。

(TRPGと考えるなら、今回のことは最初のキャンペーンシナリオと考えられるな。ならば、これをクリアすれば新たな冒険に出られる。クリア条件がよく分からないところが欠点だが、そう割り切って考えた方がいい結果を生むかもしれない。神に対しても、家族に対しても不謹慎だとは思うが、そう考えないとやっていられない……俺が納得する形がシナリオクリアなら、やれるだけやるべきだろう……)

こうして、俺は旅立ちについて自分の中で決着をつけた。